【Vol.14】
丸ノ内線、四ツ谷駅。
そばの駅ビル、吹きさらしの非常階段にアリスがいる。
線路と水平の高さの階。
風になびく髪をふりはらい、コンクリートの踊り場に三脚をたてて固定し、PSG1の銃身を乗せて。
スコープをのぞく。
足元に雪。
微動だにしない。
非常階段の、ビルから階段へ出る扉がひらく。
桃、佐倉、翠、三匹が現れる。
肉食獣、戦闘モードの目をして、全員が線路を見ている。
地下鉄、丸ノ内線。
この特殊な路線には、地下鉄にもかかわらず地上走行する区画がある。赤い車体は四ツ谷駅で地上にあらわれ、陽光を浴びる。
莉々の依頼人はおそらくはペルソナ。
だとすれば彼女は本社ビルのある表参道へ向かう可能性が高い。
新宿からなら赤坂見附駅を経由し、銀座線で表参道駅へ行くはず。
桃、佐倉、翠、それぞれが地下鉄構内に散り、アリスの推察の裏を取ってきたところ。
佐倉が静かに。
「間違いなかったわ。アリスが当たり」
アリスが唇の端を歪めて小さく笑う。
「だろうな」
もうじきここを、赤い車体が通過する。
チャンスは一瞬だけである。
そして。
遠くから、電車の走る音が近づいてくる。
四ツ谷駅のアナウンスも響いてくる。
じきに来る。
莉々と仔猫たちを乗せた電車が。
三木からインカムへ通信が入る。
「報告のみお伝えします。返答は不要です。ナリタ様との会合は終了しました。早急の用のみ済ませました。詳しくは後日に改めての場を設けます。大変ご機嫌でお帰りになられました」
「ありがとう」
「では」
「おまえもすこし休んでくれ。何が起こるか分からなくなってきている」
「はい。そうさせていただきます」
通信が切れる。
もちろん三木が仮眠をとったりしないだろうことは想像がつく。
通信のむこうで三木が、心の中で牙をといでいる。
陽子の事件の時、復讐は望まないと三木は言った。
だがそれは、人の手を借りてまでは、という意味であることがアリスにはわかる。
高齢。文人。翠たちのような戦闘術はない。
だが、だからこその戦い方があることを、あの男は知っている。
有名コーヒーチェーン店、スタスタバックス表参道店。
タカハシ、サイトウ、ワタナベがいる。
だるそうな無表情で、一番安いアイスコーヒーを飲んでいる。誰かと待ち合わせしている風情。
タカハシが時計を見る。
遅いな、の顔。
サイトウが言う。
「ナリちゃん来てる、て言ったんだろ?」
ワタナベが眠そうに目をこすり。。
「浜横の担当者でなきゃいいが。あそこの担当、どんな名前だったっけ?」
タカハシが答える。
「フォーダイヤの内部なら情報があるんだがな。浜横のことまでは情報がおぼろげだ」
いらつきながらタカハシ、ストローを噛み、アイスコーヒーが空になっているのに気づく。
透明なカップを捨てて、もう待っていられなくなった様子で席を立つ。
サイトウとワタナベもあとにつづく。
ビル玄関口を出て、表参道交差点へ。
三人そろってサングラスをかける。
おそらく莉々がくるだろう原宿駅の方角をにらむ。
そして、ハッとする。何かに気づいた顔。
「車を回せ!」
急に目が覚めた顔になるワタナベ、そばに停めてあった黒いセルシオの、路上パーキングを解除する。
運転席にタカハシ。助手席にサイトウ。後部にワタナベ。同時に飛び乗る。
スモークたいてる筋者まがいのゴツい車が急発進する。
電車が揺れる。
莉々は不安そうに路線図を見あげ、真っ暗な窓の外を見る。
「ごめんね」
赤ちゃんサイズの小さな猫ベッドごと、ミミとネネを胸に抱いている。
申し訳なくて、罪悪感で、仔猫たちの目を見れずにいる。ごめんね、ごめんね、と何度もささやく。目はそらしたまま。落とさないよう傷つけないよう、大切そうに抱きなおす。
ミミとネネ、無表情で莉々を見ている。
いつもの親しみをこめたキュルンとした目ではない。静かに警戒している無表情。
莉々の携帯が鳴る。
タカハシの声である。
「さっきの話は間違いないな?」
莉々は複雑な顔。
「あんたの声、ききたくない」
「ふざけんな。こっちから迎えに行く。今どこだ」
「電車だよ」
「降りろ。次の駅は?」
「よつや」
「すぐに離れろ。いいな」
電話が切れる。
莉々、唇を噛む。
四ツ谷駅のアナウンスがアリスのところまで聞こえる。
風に乗って。
小声で翠が言う。
「若葉っていうタイヤキ屋、知ってるか。この線路のむこうがわにある」
アリス、スコープのぞいたまま。
「知らんな。それがどうした」
「俺の好物なんだ。若葉に迷惑かかんないよう撃ってくれ。あれ美味いんだ」
「…その前におまえを撃ち殺したい気分になったよ」
「撃てるもんなら撃ってみな。俺だっておまえの大事なダイヤモンドのひとつだぜぇ」
にゃははと笑う翠。
しかし目は線路を見据えたまま。
けっ、と吐き捨てるようにアリス。
「上司の足元見てんじゃねぇよ、ボケ」
ゴゥ、と地鳴りがする。
電車が姿をあらわす。
アリスの目、瞳孔が巨大化して銀色に燃える。
足元の雪の瞳もそろって巨大化して銀色に燃える。
雪が今、アリスの能力の増幅器になっている。
シンクロする四つの銀が、まるで顕微鏡のように、走る電車の内部をとらえる。
いる。
莉々の姿。
胸にミミとネネ。おそらくは無事。
スコープが莉々をキャッチ。
トリガーを引く。
無音とまではいかないが、初弾の銃声は電車の音にかき消される。
撃つ。
莉々が仔猫を破片から守るだろうこと見越して、電車のドアの窓を粉々にする。
莉々、驚愕。
自分の背中で仔猫を守り、驚愕に見開いた目であたりを見回す。
アリスが狙撃銃を構えたまま。
強いビル風が吹く。
けれどアリスも照準も、びくともしない。
間髪いれずに次弾を撃つ。狙ったとおりに一ミリのズレもなく、莉々の顔の横をかすめる。
これは警告。「動くな」と。
ダーツが飛ぶ。
先回りしていた佐倉の矢。仔猫を莉々の胸からベッドごとひっかけて舞う。
落下地点に翠。いつのまに走り込んできている。両手をひろげて仔猫を受け止めようとしている。
莉々が飛ぶ。
仔猫を奪われてたまるかとばかりにダーツの矢ごと、猫ベッドにしがみつく。
電車の外へ身を乗り出して。
猫ベッドを握り、奪い返し、反動でもんどりうって床に叩きつけられる。
仔猫の無事を確認し。
すばやく立ちあがる。
非常停止ボタンを押しまくる。
車内はパニック。ボタンなど押さなくても急ブレーキをかけられている。
莉々は夢中でボタンをガンガンに連打する。
電車は白煙をあげて焦げたような匂いをまきちらしながら、ホームへ入っていく。
アリスの目。
猛スピードで思考が走っている。
そして何かに気づいた顔。
しまった、とんだ作戦ミスだ、と悔しげに瞳が歪む。
電車の外。仔猫をキャッチしそびれて両手を空振りした翠。
仔猫奪還しようと電車の窓めがけて飛ぼうとする。
それを。
腕で制して止める者がいる。
アリス。
雪に乗ってビルから駆けてきている。
「追わなくていい」
厳しい顔して電車を見ている。
「やつの黒幕、この近くにいる。あぶり出すのが先だ」
セルシオ運転するタカハシ。
赤信号で止まり、オペラグラスで前方を見る。
グラスの中に、非常線を張られてとんでもない騒ぎになっている四ツ谷駅がある。
感情のない目がサングラスの奥で光っている。
目のはしでナビを確認。
アクセルを踏む。
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