【Vol.13】
やたら陽気なアンポンタン人間が、ZOOMの会議モニタいっぱいに現れる。
「ちわーっす!」
インモラル側のモニタには、アリスと幹部連中が並ぶ。パンクな子供がひとりと猫が三匹。フォーダイヤ証券の面々にはビビられたメンツである。
だがアンポンタンは驚いた様子もない。ニコニコして名刺を出す。
「浜横銀行のナリタです。ナリちゃんって呼んでください!」
そういや担当者が変わったと聞いたのは覚えていたが。
こんなフザケたのが二行目のメインバンクの担当者で大丈夫だろろうか。アリスたちのほうが不安な顔をしている。
ジト目でナリタを見ているアリスたち。
ナリタの背後にいるスーツの男たちと視線をかわす。
男たちは視線を返してくる。だいじょうぶです人違いじゃありません、残念ながら彼が担当者です、と目くばせをする。
浜横銀行。地銀の中ではナンバーワンで、下層の都銀よりは力を持っている。港の見える丘あたりで絶大な勢力があるため都心での営業には力を入れてないらしい。インモラルは金を借りてるだけで付き合いは深くなかった。しかし、フォーダイヤがあの様子である。場合により上場時の引受業務などは浜横に依頼することも視野に入れたい。それで今回は顔合わせも兼ねて、上場話をしたくてナリタを呼んだのだが。
えへらえへらとナリタは嬉しそうである。マザーズとはいえ上場となれば、銀行側にも相当な収入となるわけで。
さあはりきって仕事してもらおうか、とアリスが口火をきろうとした時。
ナリタが言う。
「ぼく、猫ちゃん大好きなんです。うちの子も保護団体さんから譲ってもらった保護猫なんですよぉ!」
見て見て!
とモニタ越しに自分のスマホの写真を見せてくる。グーグルフォトにはみごとに猫の写真しか入っていない。
「ぼくがお腹を痛めて生んだんです。ね、ね、カワイイでしょ!」
黄色い歓声あげながら、写真をぐいぐい押しつけてくる。
たぶん彼にとってはアリスたちの素顔などどうでもよくて、猫と仕事だけ見て生きているのだろう。
いい人なのはよく分かったから、黙って働け。
と口に出す寸前のアリスである。
ナリタの背後に立っているのはおそらく傘下の浜横証券であろう。これを連れてきたということは、ナリタも仕事する気はあるらしい。
社長室の薄いパーテーションに、莉々がくっついている。
壁に耳をつけて、あからさますぎる盗み聞き。
運輸班の猫が莉々を見て、通行の邪魔だから一階に戻ってくれないかな、の顔をしている。
莉々のポケットで携帯が鳴る。
莉々、携帯つかんで廊下へ飛び出していく。
薄暗い廊下で。
莉々が通話をオンにし、開口一番で怒鳴る。
「うっせえ。いまナリちゃん来てんだよ!」
それだけ言って返事も聞かずに通話を切る。
そしてまた社長室の壁へ戻ろうとした時。
莉々の襟首をつかむ者がいる。
ふりかえれば三木がいる。キャビネットの上から莉々の襟首をつかみ、見下ろしている。
「まさかここまで冗談みたいな産業スパイが実在するとは思いませんでした。全員があなたを見て呆れていたことに、なぜ気づかずにいられたのですか」
まずはお話をしましょう、と。
三木は莉々をうながす。逃げようと思えば逃げられるはずだが気迫に押されて動けない。莉々は神妙に三木のあとをついていく。
廊下を歩く三木。
インカムで話をしている。
「ああ、はい、わかりました、だいたい想像はついてますが、念のため依頼人と依頼内容を。はい…」
そこは地下一階の廊下。
莉々はいきなり三木を突きとばす。扉を蹴りとばしてフロアへ駆け込み、三木のデスクへ。
猫ベッドでうとうとしているミミとネネをベッドごと胸に抱く。
追ってきた三木たちへ向きなおる。
「道をあけろ。でないとこの子を殺すよ」
三木たち無言。
莉々が仔猫にそんな事ができるとは思いにくいが、万が一のこともある。
三木のインカムはオンにしてある。莉々の声がアリスに聞こえるように。
アリスの社長判断が、インカムから流れる。
『道をあけてやれ。私が追う』
出口にむかって、あとずさる莉々。
その胸で寝ぼけ、ぽわんとしているミミとネネ。
きびすをかえし、莉々が出口へダッシュする。
玄関扉が莉々をのみこんで閉じる。
直後に階下から駆けてきたアリス。
雪、桃、佐倉、翠があとにつづく。
全員が一瞬で、玄関口の外へと消える。
その背に三木が敬礼する。
ご無事で、と。
おでこから土と埃をかぶっている莉々。
丸ノ内線、走る電車内にいる。窓の外はトンネルの壁がスピードあげて流れていく。
莉々はドアにしがみついている。
視線はドアの上、路線図をにらみつけている。
ミミとネネも一緒になって、路線図を見ている。
莉々の視線は路線図の、新宿駅から丸ノ内線で赤坂見附へ。銀座線に乗り換えて表参道駅へと動いていく。
莉々の脳裏に、古い記憶。
近所のお金持ちの子の、父親の姿。
その胸には社章があった。
赤いPのイニシャルをあしらったデザインの社章。
あれさえつかめば幸せになれるとでもいうように、莉々の記憶の中に浮かびあがっている。
地下三階、社長室。
誰もいなくなったモニタを、ぽかんとしてナリタたちが見ている。
そこへ三木が現れる。
まるで学者のような穏やかで知的な風貌で、小さな丸眼鏡をかけて。
着席して微笑む。
「申し訳ありません、社長が急用となりましたので改めて後日お時間を頂きたいのですが…。本日取り急ぎの案件につきましては私がかわりにお話を伺います」
間延びしすぎて居眠りできそうなほどゆっくりと話す三木。しかし口調とは真逆の猛スピードで、手元のパソコンを操作する。
今日の会議資料、今日までの進捗、着地するべき議題の目的地。速読で確認する。
三木は人事畑である。財務も法務も明るくない。はたしてどこまで代役が務まるか、と。
水面下で水かきをかきまくる白鳥のように、顔だけは穏やかなまま手と頭を必死でフル回転させている。
しかしナリタは、三木の口上も聞いちゃいなかった。
目をハートマークにして、うっとりと三木を見ている。
「猫さんだ。こんどはハチワレさんだぁ…!」
担当者がアホでよかった、と安堵する三木である。
手元資料の、ナリタの経歴を確認する。
本社法人営業推進本部。エリートコースである。
出身は西日本で最高学府のK大。異様に頭はいいのにちょいと頭のネジが飛んでる、いわゆる天才と紙一重なやつを大量生産してることでも有名な。
長い付き合いになりそうな予感にため息つきつつ。
三木がインカムへ小声で囁く。
「銃後はこちらで守ります。どうか、ご存分に」
階上では梅子が、青い顔して走り回っている。
佐倉の地下二階はバックヤード主体なので緊急判断を要する案件がほとんどないが、地下一階、コールセンターは逆である。
二分以内に判断しなければならない案件が、次から次へと梅子を襲う。
ねぇこれ幹部全員で向かわなきゃいけない案件なわけ?
お兄ちゃんぐらいは会社に残ってくれてもいいんじゃないの?
と叫びだしそうになりながら。
ミミとネネのいなくなった三木のデスクを見る。
もしもあの子らに何かあったら、とゾッとする。
たしかにこれは全社あげての案件だ、と再認識する。
あたし、がんばる。
目が回って倒れそうになりながら、拳をにぎりしめて思った瞬間。
班長が三匹。それぞれ別方向から別案件を抱えて梅子めがけて走ってくる。
「今すぐ判断してください。三十秒以内で!」
ムンクの叫びになる梅子。
会社に残されるくらいなら人質になるほうがマシだった、仔猫と交代したい、と泣きながら。
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