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【Vol.11】

 いつかそんな日がくるとは思っていた。

 執務中の社長室。

 アリスの頭のてっぺんに、雪崩をおこして落ちてくるダンボール。

 ぐしゃぐしゃの書類やら資材やらが破れたダンボールから飛び出して、アリスの小さな体に刺さっている。

 音を聞きつけて雪が社長室へ入ってくる。

 いままで無事だったのが奇跡なくらいですよとボヤいて、ダンボールを掘って、アリスの襟首を口でくわえて引きずりだす。

「だから社員寮を半分でいいから潰しましょう。寮には三百匹しかいないのにキャットタワー百台なんて、誰も使ってませんよ?」

「…絶対に嫌。あそこで遊ぶ子たち見るのが私に対する福利厚生なんだってばさ」


 午後の日差しが気持ちいい。

 アリスは社長室を追い出され、ラップトップパソコンを抱えて地上へ出る。御苑の高い樹上に寝そべる。

 いまごろは社長室を雪の部下たちが片付けてくれているのだろう。

 風が凪いでいる。

 落ちた機材がいくつか頭や肩に刺さったままだが、あんまり痛みは感じてないらしい。化け物の感覚は、自分でもよくわかっていない。

 アリスのそばにはミミとネネ。小さな猫ベッドに丸くなり、かすかな寝息をたてている。

 頭にセットしたインカムは会議モードになっていて、各部署の幹部たちの音声が流れ込んできている。

 インモラルの幹部は優秀で、アリスの決裁が必要になる場面はあまりない。

 ぼんやりと風に吹かれて、大好きな猫たちの声を聴いている。

 にんまりと、幸せそうな顔をして目を閉じる。

「あのさ…」

 ひとりごとのようにアリスが言う。

「もし理想の家に住めるとしたら、どんな家に住みたい?」

 インカムからのアリスの声が幹部たちの耳に流れている。部下たちの声のが大事なのでアリスの声は音量を絞られているが、それでも幹部たちは聞いてくれている。

 地下一階では桃と梅子。

 何をいきなり馬鹿みたいなことをと怪訝な顔をする桃。水道班の成績表をデスクで検分しつつ。

 梅子はオペレータのエスカレへ指示出ししつつも意識をアリスへ向けている。

 地下二階では佐倉と翠。

 佐倉は総務と備品の相談をしていたところ。唐突な話題のふられように、何か裏があるのではないかと警戒気味の顔になる。

 翠は出撃から戻り、ちょうどフロアの扉をあけたところ。なんだなんだお祭りか、と嬉しそうにインカムを頭につける。

 地下三階では雪。

 なんとかカーテン裏に収めたダンボールの山を眺めて、いっそ社長室そのもの潰してしまおうか考えていたところ。

 アリスには、みんながどんな顔をしているのか見えなくてもわかっている。

 ふふふと笑って、勝手に話をつづける。

「桃はさ、幹部用の個室にドレッサーとシャワーつけてほしいとか思ってないか。ふつう猫って水は嫌いなのにな。おまえ、水は嫌いなのに体を拭くのは好きだろう」

 桃、無言。

 そんなこと考えたこともなかったけれど、言われてみれば、そんあのがあったら嬉しいかも、という顔でいる。

「梅は、個室もらえるんなら桃の隣がいいとか思ってないか。なにかと監視が必要な兄貴だからな。目の届くとこに置いとけると安心だろう」

 このあたりでようやく梅子、アリスが変なこと言い出してるのに気がつく。

 うーん、と考える。

 家具などで欲しいものはないけれど。たしかに桃の隣なら、殴りに行きやすいしパシりの命令も出しやすいから便利かも、と。

「佐倉はさ、シンプルなのが好きだろ。自分の部屋はナチュラルインテリアにして何も置かないで。部屋のすぐ外にゴハンやトイレや便利な公共物を置いときたいタイプじゃないかな」

 ちょうどリアルで備品の相談中である。

 ふと総務班員との話を止めて、佐倉は考える。そんな個室がほんとにあったら、とても居心地がいい気がする。

「翠は…」

 言いかけてアリス、にたぁっと笑って。

「…いや、言わないでおくか。インテリアならメタリック調とか好きそうだな。モノトーンでさ」

 だっはっはー、と翠が大笑いする。

「いいぞ言っちゃえ言っちゃえ!」

「隣で佐倉が聞いてるのに言えるわけがないだろう。佐倉の隣ならどこでもいいだろうだなんて」

「さっすがアリス、わかってるじゃねぇかっ!」

 筋肉太りの陽気な黒猫が大口あけてゲラゲラしている。

 佐倉、聞くんじゃなかったアホらし、の顔で。総務班員との話に戻る。

 あの馬鹿どものことは気にしなくていいから、と総務班員をうながして。

 そこへ雪が通信してくる。

「私の部屋は、どんな部屋ですか」

 だいたい想像ついているけど念のため、という口調で。

 アリスはドきっぱりと断言する。

「雪のは、ない。私と一緒の部屋だから。インテリアは雪の好きにしていいぞ。私は雪さえいればどんな部屋でも天国だから!」

 だめか? とすこし甘える口調のアリス。

 そんなことないですよ、と甘やかす口調の雪。

 勝手にやってろよ的な空気が幹部たちから流れるところへ、唐突に。

「だから…」

 アリスが言う。

「バーベキュー大会、やろう」

 全員、目が点になる。

 ちなみにこの時、莉々は休日。地下四階のねぐらでイビキをかいて大の字で寝ている。

 三木は人事班の自分の席で、本来の仕事をしている。インカムの会話は聞いていて、微笑ましそうな顔をしながら手を動かしている。

 さすがにバーベキューのくだりでは吹き出してしまいつつ。

 パソコンの時計表示を見る。

 時間ですね、の顔で席を立ち、佐倉へ会釈してフロアを出ていく。


 動物病院の玄関で。

 三木が座っている。看護師が出てきて扉をあけてくれる。

 勝手知ったる足取りで三木は病院へ入り、入院室へ向かう。

 看護師に抱きあげられて、金属ゲージをのぞきこむ。

 変わらない青い顔で眠っている陽子がいる。

 三木が手をのばす。

 ゲージの隙間から手をさしのべて、点滴の管のついた陽子の手に肉球をそっと乗せる。

 陽子は目覚めない。

 別の看護師もやってきて、三木と一緒にゲージをのぞく。

 抱きあげている看護師と目を合わせ、不思議な猫さんよね、と目くばせをしている。

 ありがとう、とでも言うように三木はぺこりと看護師へ頭を下げて。

 するりと看護師の腕から降りて、玄関へと戻っていく。


 アリスと莉々、御苑の外へ放り出される。

 なんでだよ、と憮然としたアリス。

 休日の昼寝から起きてまだ目が覚めてない莉々。

 バーベキュー用の買い物リストを見ながら、ふたりで歩道を歩いている。

 狙撃銃を背負ったパンクな子供と、泥だらけで真紅のキャバ嬢スーツの女。異様な光景だが、ここは新宿。歌舞伎町も新宿二丁目もすぐそばである。世界的スーパースターが通行人に紛れていることもあるくらいなので、見た目がイカレてるくらいでは誰も振り向いたりしない。

 えー、肉はバナマサ、野菜はそのへんの店でいいかな、とアリスがブツブツいいつつ、莉々を見あげる。

「なんで私が、おまえなんかと」

「自分でバーベキューとか言うからじゃん。あたしこそせっかく寝てたのに、いいメーワクだい」

「バーベキューて聞いただけで寝ぼけて一階まで飛んでくるからだ。荷物運びにちょうどいいってとっ捕まるのは目に見えてるだろ」

「そーゆーふつうっぽいやつ、あこがれてた。あたしバーベキューしたことないんだ」

 そりゃよかったな、とアリス。

 御苑のそばの食料品店へ入っていく。

 莉々もあとをついていく。

 ニンジン、ねぎ、などとアリスが品を選んで電子決済し、配達を頼んでいる。

 それを莉々が見下ろしている。

 じっと。

 店を出てから、頭頂部への視線に気づいて。

 アリスが顔をあげる。

「…何だ?」

 莉々、いきなりアリスの手を握る。

 ギャッと叫んで手をひっこめようとするが、抵抗をものともせずに莉々はアリスをひきずって早足で行く。


 高級デパートがいくつもある界隈である。

 莉々はブランド物には詳しいらしい。どのビルのどの階にどのショップがあるのかわかっている足取りで。

 高級子供服ブランドのショップへ一直線にむかう。

 アリスを試着室へ放りこむ。

「アリスって、せっかく顔だけはカワイイじゃん。ちゃんとカワイイの着なきゃダメだろ」

 その店は、パンキッシュなアリスの服とは真逆なテイスト。ピアノの発表会で金持ちの家の子が着ていそうな、フリルとレースの正装である。

 数着ひっつかんで莉々も試着室へ入る。

 むりやり着替えさせてるらしい。

 ふんぎゃー!

 とアリスの叫び声が響いたのちに、試着室のカーテンが開く。

 現れたのは、ピアノの発表会モードのアリス。臙脂のベルベットのワンピースに、黒いエナメルの靴、黒のリボンのコサージュ、揃いのデザインのヘアアクセサリ。どこかのお嬢様として晩餐会に出れそうな。

 そして後ろに超ドヤ顔の莉々。

「ほれみろ、カワイイじゃん!」

 しかしアリスは、ブチギレ。

 破れんばかりの勢いで正装を脱ぎ捨てる。

 カボチャパンツいっちょの姿になってから、着てきたパンクな服を頭からかぶる。

 店員は、唖然。

 カボチャパンツから、猫の尻尾のようなものが生えてふわふわ動いている。

 なんですかあれは、と目が離せなくなっている。

 憤然と店を出ていくアリスを莉々が追う。

「なんでだよー、なにが気に入らないんだよー!」

「あんなビラビラしたもんで雪たち守れッか馬鹿。私は好きでこれ着てんだよ!」


 御苑のベンチにて。

 アリスと莉々、並んでクレープを食べている。

 ふたりともプンスカしているが、甘いものを口にして、機嫌が直っていく。

 食べ終わる頃にはふたりとも、いつもの顔に戻っている。

 空の包み紙をボールみたいに丸めて、すこし離れたダストボックスに投球して。

 アリスが言う。

「ああいう服、好きなのか?」

「うん。あたしには似合わないけどね」

「着ればいいだろう。私に着せないでさ」

「むかし、近所に金持ちの子がいてさ。その子が着てた。あたしが着る服じゃない気がしてた」

「その子に憧れてたのか」

「ちがう。その子のお父さんのほう。うち、お父さんいないから。お父さんてどんなもんかと思って見てた」

「ふぅん…」

「どんな子のこともホメてくれた。あたしのことも。そのときいちばんガンバッててホメてほしいところを、さらっとホメてくれるんだ」

 ふぅむ、とアリスはうなる。

 横目で莉々をじっと見て。

「おまえさぁ、自己肯定感すごい高いよな。恵まれてない家庭育ちだと低くなりがちなのにな。もしかしてそのお父さんのおかげか?」

「…やめろよそういうムツカシイはなし」

「すまん」

 ふたりそろって空を見る。

 青い空を、綿菓子みたいな雲が流れている。

 遠い雲を眺めて、アリスがぼんやりと。

「おまえさぁ、転職したいのか?」

 莉々がアリスを見る。

 どう返事をしたらいいのか考えている。その沈黙が答えのようなものだとアリスは思う。

「うちは特殊だから社員が辞めない会社だけどな。人間の社員は辞めるのも仕事のうちだと思うぞ。本当にしたい仕事があるなら応援するよ。うちでスキルを身につけて、どこへ送り出しても恥ずかしくない社員に育ったら、おまえが最初から望んでた丸の内の大企業に応募してみたらいい。三木さんには私から話しておく」

「中卒だよ。スキルあるくらいじゃダメだろ。もっとでっかい手みやげがないと」

「手みやげ、なぁ」

「うん」

「私の首でもペルソナに持ってったらどうだ。きっと喜ばれるぞ」

 わははと笑うアリス。

 莉々、じっとアリスを見ている。

 アリス、その目にギョッとする。

「…今おまえ、マジで首かっ切るつもりでいただろ!」

「え、いや、その…」

「アイスおごれ!おごったら許してやる!私はチョコミント食べるんだ!」

「あたしブルーベリーがいい!」

 ふたり大笑いしながら、ダッシュでアイスの自販機へ走っていく。

もし少しでも楽しんでいただけましたら、

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