素直になれない元王女様は、夫との関係改善を試みます
ヴェルデリア王国の元第二王女。現在はアルウィン侯爵夫人であるルヴェリアは、その気品ある美しさで、常に王国の人々の注目を集めていた。
ルヴェリアは透明感のある肌と意志の強そうな深い青色の瞳を持っていて、金色に輝く柔らかな髪が、彼女の優美な姿をさらに引き立てていた。
王国の女性たちはルヴェリアの美しさに憧れ、彼女の服装や髪型を模倣しようと励んでいた。
ルヴェリアは、民のために自らの義務を全うしようと努める、熱く正しき感性の持ち主で、周囲の人々からはとても好意的に支持されていた。
しかしながら、ルヴェリアには大きな欠点があった。誇り高くあれと育ってきた故もあってか、とにかく、ルヴェリアは肝心なところで素直になることができなかった……。
夫であるアルウィン侯爵、レオンとの婚姻は、彼が二十二歳の時、ルヴェリアが二十歳の時、ルヴェリアの王立学院卒業と同時に結ばれた。
お互いに、知らぬ仲だったわけではない。学院時代に、会話をしたこともある。彼はルヴェリアに対し、とても紳士的で親切だった。
だがルヴェリアはこの婚姻にとても、とても不満を抱いていた。
なぜならばレオンには大切な従妹であるリュネットがいて、仲の良い彼らは、学院でもいつも一緒にいたことを、ルヴェリアは良く覚えていたからだ。
いつも丁寧なレオンが、リュネットに対してはごく気さくに、くだけた様子で話しているのを見た時、ルヴェリアはひどく驚いた。
(どうせ、わたくしはお飾りの妻)
そういう思いの強かったルヴェリアは、結婚式当日の夜でさえ、レオンを自らの部屋に入れなかった。
初めての夜に「どうしても、頭痛が治らないから」と言い訳をしてからは、のらりくらりと適当な理由をつけて、レオンを避けていた。
「ルヴェリア様、ご結婚からもう半年がたちました」
王宮から連れてきた侍女のリリアンが、怖い顔をしてルヴェリアを見ている。
ルヴェリアは何食わぬ顔で答えた。
「そうだけど、それで?」
「最近は侯爵様も、ルヴェリア様にお声をかけることを遠慮されていらっしゃいます。いい加減になさらないと、離縁されてしまいますよ」
幼い頃から親しくしているリリアンは、ルヴェリアの身辺の世話をしっかりと行いながら、友人や相談相手としての役割も果たしている。
リリアンの小言を、ルヴェリアは怒ることもなく、平然と聞いている。
「別に良いわ」
「良い訳がありません!」
と、きっぱり言ってからリリアンは、コホンとせきばらいをして、つかつかと扉に向かう。
リリアンが扉を開けると、そこには一人の女性が立っていて、リリアンは彼女を招き入れた。女性は、腰まであるフードつきローブを深く被っていて、表情がはっきりと見えない。
「……誰?」
「未来視のできる術師でございます。ルヴェリア様の未来を、見ていただきます」
ルヴェリアの返事を待たずに、リリアンは術師に指示を出し、うなずいた術師は持っていた水晶玉をルヴェリアの前に掲げた。
ルヴェリアは吸い込まれるように、思わずのぞき込む。
まず目に飛び込んできたのは、夫であるレオンの姿だった。彼はさらりとした黒い髪に、気品あるアメジスト色の瞳が印象的な、いつもながら整った顔立ちをしている。彼の振る舞いはいつも落ち着いていて、貴族らしい優雅さと自信に満ちていた。
そしてレオンの隣には、彼の従妹であるリュネットの姿があった。信じられないことに、二人は花婿、花嫁の姿で並び立っている。
ルヴェリアは眉間にしわを寄せた。
「何よ。結局そうなるんじゃない」
心から嬉しそうなレオンの表情。ルヴェリアの胸がズキズキと痛む。
「このままではルヴェリア様は離縁となり、侯爵様は再婚なされるでしょう」
「わたくしは構わないわ」
ルヴェリアはぷい、と水晶玉から顔を逸らした。
「いけません! ルヴェリア様、さあ、続きをご覧ください!」
「……何なのよ」
促されて仕方がなく、ルヴェリアはもう一度水晶玉をのぞき込む。
場面はすっかり変わっていた。見えてきた光景に、ルヴェリアは見る間に血の気を失う。
「これは……。何なの。王宮が燃えているわ!」
「革命でございます」
「革命!?」
慌てて振り仰いだルヴェリアに、リリアンは真面目な顔でうなずく。
「ルヴェリア様と侯爵様のご結婚には、ヴェルデリア王国にとって、とても大切な意味がございます。ルヴェリア様も、良く分かっていらっしゃいますよね」
「……それは。もちろん、分かっているわ」
ヴェルデリア王国は、建国以来続く王室のもとで繁栄を極めてきたが、近年では内部の政治的な緊張が高まっていた。
伝統と保守を重んじる王室派と、革新と進歩を求める新貴族派が対立しており、その対立が近年、王国の安定を揺るがすほどに激しくなってきていたのだ。
王室派の筆頭であるサマーウッド公爵の嫡男、レオンとの婚姻により、王室の力を確かなものとすることが、今回の婚姻の目的であった。
「侯爵様との離縁は、王室にとっての打撃となり、やがて新貴族派の革命を許すことになるでしょう」
「……そんな」
見せられた絶望的な光景に、ルヴェリアはよろよろと膝を落とした。
リリアンは術師を下がらせ、同じく膝を落としてルヴェリアの肩を抱く。
「リリアン……。この国は、わたくしのせいで滅びてしまうの……?」
「いいえ、ルヴェリア様。未来はまだ、変えることができます。意地を張らず、侯爵様と向き合ってください」
「…………」
ルヴェリアは不安げに揺れる瞳でリリアンを見る。リリアンは「きっと、大丈夫ですから」と、力強くうなずいてくれた。
◇ ◇ ◇
「おかえりなさいませ、レオン様」
「…………」
公務を終えて、遅い時間に屋敷に戻ってきたレオンを出迎えて見れば、レオンはルヴェリアを見つめたまま、固まってしまった。
レオンが遅くなる際は、いつも先に就寝しているルヴェリアが待っていたことに、驚いたのだろう。
「……おかえりなさいませ、レオン様」
硬い笑顔を張り付けて、ルヴェリアが繰り返すと、レオンははっとした。
「あ……。申し訳ありません。ただ今、戻りました」
「レオン様、本日は王宮で閣僚たちと夕食会があったと聞いております」
「ええ、そうです。それで、遅くなってしまって……。ルヴェリア様は、こんな時間にどうなされたのですか?」
そうレオンが尋ねてくれたので、ルヴェリアは思い切って言った。
「レオン様」
「はい」
「お願いがあって」
すっと真顔になると、レオンはわずかに表情を硬くした。
「それは……。私がかなえることのできる、お願いでしょうか?」
「……どうでしょう?」
「…………」
「…………」
何とも言えない沈黙が流れた。
(嫌だと言われても、仕方ないけれど……)
ルヴェリアは燃える王宮の様子を思い浮かべ、勇気を出す。
「とりあえず、聞いてもらえますか?」
「……分かりました。何でしょう?」
「今晩、わたくしの部屋にきてくださいませんか? おいしいハーブティもあるので」
「…………」
目を見開いて、再び言葉を失うレオン。
「…………」
「…………」
(……さすがに、身勝手すぎるわよね)
レオンの様子にルヴェリアは小さく息をついた。
「……突然すぎましたね。今日はお疲れでしょう。またにします」
そう言って、くるりときびすを返したルヴェリアの手首が、ぎゅっとつかまれる。驚いて振り向けば、レオンは慌てた様子で言った。
「行きます。絶対に」
なぜか必死なレオンの様子に、ルヴェリアはきょとんとしてしまう。
「……よろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。ルヴェリア様が良ければ、私はいつでも」
「そうですか……。良かったです。では、お待ちしておりますわ」
そう答えると、レオンは嬉しそうな笑顔になった。ルヴェリアは思わず目を見張る。
(笑顔。見るのはいつぶりかしら……。ずいぶん、避けてしまっていたから)
胸がどきどきと高鳴っていたが、ルヴェリアは気がつかないふりをした。
◇ ◇ ◇
「ルヴェリア様」
名前を呼ばれたことに気がついてふっと目を覚ますと、すぐ側で、リリアンが苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていた。
「……リリアン?」
「はい。リリアンでございます。ルヴェリア様、おはようございます。よく、お眠りでございましたね」
「……いつの間に」
ルヴェリアはゆっくりと体を起こす。ここは、自分のベッドの上だ。
(何か、忘れている気がする……)
そう思った瞬間、「あっ」と思わず口に出してしまった。
「……わたくし、いつ眠ったのかしら」
「ルヴェリア様……」
リリアンは盛大にため息をついた。
「昨夜、ルヴェリア様は、ハーブティーをお飲みになり、お眠りになってしまわれたようです。ソファにお座りになったまま、ぐっすりと。わたくしが部屋を出て、侯爵様がお部屋にいらっしゃる、そのほんのわずかな間に」
「……きたの?」
ルヴェリアが驚いたように尋ねると、リリアンが力強く答えた。
「ええ! 侯爵様はルヴェリア様をベッドにお運びになり、それからすぐにお部屋から出てこられました」
「起こしてくれたら良かったのに……」
「ルヴェリア様」
眉間にしわを寄せたリリアンに、ルヴェリアはバツが悪くなって、小さな声で答える。
「……分かってるわ。今日こそは、ちゃんと待つから。それで、レオン様は?」
「早朝から会議があるとのことで、既に王宮へお発ちになりました。本日は早くお戻りになるそうです。ご夕食をご一緒にと、おことづけを預かりました」
「分かったわ」
素直にそう答えると、リリアンはほっとしたように息をついてから、続けた。
「ルヴェリア様は本日、第二王子妃殿下ご主催のティーパーティーがございます」
「……そう」
ルヴェリアの気分が一気に下がる。ティーパーティーには、レオンの従妹である、伯爵家の令嬢、リュネットも招かれていることだろう。子供のようで情けないのだが、ルヴェリアは、リュネットとは極力会いたくはなかった。
◇ ◇ ◇
会いたくないと思えば思うほど、会ってしまうのはなぜなのだろう。ルヴェリアが案内されたテーブルの正面には、奥ゆかしくほほえむリュネットがいた。
「侯爵夫人、お会いできて光栄です。お元気そうで何よりです」
「……ええ。あなたも、お元気そうで何よりです」
「侯爵様も、お元気でいらっしゃいますか?」
「……はい。そう思います」
(そんな風に聞くなんて。最近は、レオン様と会ってはいないの?)
聞きたい言葉を、ルヴェリアはオレンジティーをこくりと飲むことで、口には出さなかった。
「侯爵夫人」
「……はい、何でしょう?」
「侯爵様にご尽力いただきまして、この度、とても良いご縁をいただくことができました。来月には、結婚いたします」
「……え?」
にこにこと、リュネットは嬉しそうにほほえんでいた。
「侯爵様には、とても感謝しております。父が体を壊してしまってからというもの、母と私と妹たち、女ばかりで心細かったところを、本当のお兄様のようにずっと助けてくださいました」
「……お兄様」
それからの会話を、ルヴェリアはあまり覚えていない。
ごくごく普通に、近況を知らせてくれるリュネットに対して、ルヴェリアはその後、思考が停止してしまっていた。
(わたくし……。一体、今まで何をしていたの?)
二人はただ、本当の兄妹のように親しく過ごしていただけ。
だとしたら、いったい、ルヴェリアはどれほどレオンにひどい態度をとっていたのであろうか。ばかばかしい勘違いで、本当はどうなのかと聞くこともせずに、勝手に意固地になっていた。
リリアンの言葉を思い出す。
『意地を張らず、侯爵様と向き合ってください』
何てことをしていたのだろうかと、ルヴェリアは激しい後悔の念にかられていた。
◇ ◇ ◇
その日、約束通り向かい合った夕食の席で、ルヴェリアはどういう顔をして良いのか分からなくて、ひたすら視線を落として目の前の皿を見つめていた。
「ルヴェリア様、本日のティーパーティーはどうでしたか?」
優しい声に促されて、ルヴェリアは視線を上げる。
「……楽しかったですわ。リュネット様がいらっしゃいました」
「リュネットが。そうですか」
従妹の名前を口にして、レオンはゆっくりとほほえむ。その表情に、ルヴェリアの胸はざわついた。
(リュネット様が、レオン様のことを本当のお兄様のように思っていたとしても、レオン様は違うかもしれない……)
ルヴェリアは、おそるおそる口にした。
「リュネット様が、ご結婚なさると聞きました」
「ええ、そうです」
「レオン様は、悲しくはないのですか?」
「……悲しい? 私が? なぜでしょう。叔母もとても喜んでおりましたし、私も嬉しく思っています」
「そうですか……。いえ、何でもないのです」
と、ルヴェリアはカトラリーを置いて、食事を止める。
「ルヴェリア様?」
「……今日はこれで、失礼させてください。あまり食欲がなくて」
ルヴェリアには、どうしてよいのか分からなかった。思い込みによる勘違いと、これまでのひどい態度を、正直、許してもらえるとは思えない。
ルヴェリアは、逃げるように立ち上がって背中を向けた。しかし、少し低くなったレオンの声がぽつりと響き、ルヴェリアの足を止めた。
「ルヴェリア様は……。いつまでも私を見てはくれませんね。私を、お嫌いでしょうか」
「……!!」
驚いて振り返ると、レオンもまたカトラリーを置いていた。うつむきがちで、ひどく傷ついた顔をしている。ルヴェリアの胸がズキンと痛んだ。
「……昨日は、部屋に誘っていただいて、本当に嬉しく思いました。でも、あれは単なる気まぐれだったのでしょうか」
思いつめたようなレオンの声に、ルヴェリアは何も言えなかった。
ルヴェリアがただうろたえていると、最後にレオンは、諦めたようにふうと大きなため息をついた。
「……申し訳ありません。今の言葉は、忘れてください」
レオンもまた食事を中断して立ち上がり、立ちつくすルヴェリアの側を通り過ぎていく。
ルヴェリアはただ、ふるふると震えていた。どうしようもなく情けないことだが、ルヴェリアはプライドを捨てきれない。レオンを引き留める声が出ない。
パタンと、扉の閉まった音がした。
(……わたくしは、本当に、何をしているの!? なんて、なんてバカなの!)
一人取り残されてルヴェリアは、こみ上げてくる感情をこらえるように、下唇をかんだ。
「ルヴェリア様……」
給仕人たちをダイニングルームから下がらせて、ルヴェリアに声をかけたのはリリアンだ。
慰めるような、たしなめるようなリリアンの声に、ルヴェリアはその場に立ちつくしたまま、首を横に振った。
「……分かってるわ。何も言わないで。わたくしが、自分で行かなくちゃ、駄目」
自分に言い聞かせるようにそう言って、ルヴェリアは決意をしたように、くるりときびすを返し、扉に向かう。
「レオン様は、執務室?」
「先に確かめて参ります」
扉を開けてくれてからリリアンは、さっと早足にレオンの執務室に向かってくれた。
ルヴェリアは緊張で青い顔をしながらも、リリアンに続いた。
◇ ◇ ◇
許可を得て入室すると、レオンは驚いた顔で出迎えてくれた。ルヴェリアが訪ねてくるとは思いもしなかった様子だ。
部屋にいた側近をレオンが下がらせ、ルヴェリアとレオンは二人きりになった。
「ルヴェリア様……?」
困った様子のレオンに、ルヴェリアは、何とか口を開いた。
「……違います」
それだけ言うので、精一杯だった。と同時に、ポロリと涙が零れ落ちてしまう。
「ルヴェリア様!?」
レオンは目を見開く。慌てた様子で、一瞬でルヴェリアとの距離を詰めた。
「どうしたんですか、ルヴェリア様。泣かないでください」
「……っ」
ルヴェリアの涙がぽろぽろと流れ、レオンはおろおろとしている。
ルヴェリアは必死の思いで、背の高いレオンを見上げた。
「……レオン様を見ていないだなんて。嫌いだなんて……。それは、違います」
「ルヴェリア様……」
ルヴェリアは無意識に、両手でドレスをきゅっと握りしめていた。
「わたくしは、ずっとレオン様を見ていました。でも、わたくし……。レオン様が、リュネット様と恋仲なのだと思っていたから……」
「……ええ!?」
涙ながら、やっとの思いでルヴェリアが打ち明けると、レオンは心底驚いていた。
「そんなことは、絶対にありません」
ポケットからハンカチを取り出して、ルヴェリアの頬にそっとあてながら、レオンは見たことがないくらい困っている。
「だってわたくしと一緒にいるときよりもずっと、レオン様は気を許しているように見えたから……」
「それは……。子どもの頃から家族ぐるみで過ごしていましたので……。いえ、でも、私の配慮が足りず、誤解をさせてしまったのですね……。申し訳ありません、ルヴェリア様。どうか泣かないでください。リュネットのことは妹のように思ってはいますが、本当にそれだけです。やましいことなど何一つありません」
「……本当?」
ルヴェリアがレオンを潤んだ瞳で見つめると、レオンはほんのりと頬を染めた。
「……学生時代からずっと、ルヴェリア様から目が離せませんでした。あなたはとても眩しかった。結婚できることになって、夢のようだと思っていました。だからそれ以上は、望んではいけないと思っていて……」
「……わたくしも、レオン様を見ていました。それで、お二人がいつも一緒にいたから……」
「リュネットは、いくつかの教科で、一学年上の私と同じ授業を受ける許可をもらっていたんです。学年違いの学友の中で、不安だったんでしょう」
「……知りませんでした」
いや、知ろうともしなかったのだ。ルヴェリアは体を小さくする思いで、深くうなだれた。
「ごめんなさい」
小さな声であったが、レオンはしっかりと受け止めてくれた。
「ルヴェリア様」
「…………」
「どうか、顔を上げてもらえませんか」
優しい声で言われて、ルヴェリアはゆるゆると顔を上げる。レオンも、申し訳なさそうな眼差しをルヴェリアに向けている。
「ルヴェリア様。私こそ、申し訳ありません」
「レオン様が謝ることなんて……」
そう言いながらルヴェリアが小さく首を横に振ると、レオンはゆっくりとほほえんだ。
「では、お互いに許すというのはどうでしょう?」
「レオン様……。それで、よろしいのですか?」
「もちろんです」
そう言ってレオンは、少し照れたような表情になる。
「ルヴェリア様、私を見てくださっていたというのは、本当ですか?」
「……はい」
ルヴェリアは恥ずかしくてたまらず、頬がカアッと熱くなるのを感じた。涙はもう、止まっている。
「……レオン様は、とても優秀で、冷静に周りを見渡せる、心に余裕のある方だと思っていました」
「そんなことはないですよ」
と、レオンは苦笑する。
「だって私はずっと、ルヴェリア様に振り向いてもらえないと思っていて、余裕なんてこれっぽっちもありませんでした」
「……違います。わたくしは、ずっと…」
「はい。それはもう、分かりました」
レオンが、柔らかくほほえんだ。
「昨日、ルヴェリア様からお願いがあると言われた時、別れ話なのではないかと、一瞬胸がつぶれる思いがしました。そんなこと、とてもかなえてあげることなんてできないと思いました」
「レオン様……」
「でも、そうじゃなかったから、本当に舞い上がるほど嬉しかったんです。……ルヴェリア様、もう一度、昨日と同じお願いを、私に言ってくれませんか?」
何だか恥ずかしくなりながらも、ルヴェリアは素直にうなずいた。
「レオン様。……お仕事が終わったら、わたくしの部屋にきてくださいませんか?」
瞬間、レオンは本当に嬉しそうに、きらきらと明るい笑顔を見せた。
「もちろん、喜んで」
今度こそは、眠ってしまわないようにしなければ、リリアンにどれほど怒られてしまうか分からない。ルヴェリアはそう思いながら、ゆっくりとほほえむ。
それを見たレオンが頬を赤らめて、また笑った。
◇ ◇ ◇
その後しばらくして、ふとレオンはルヴェリアに惹かれ始めた頃の話をしてくれた。
二人がまだ学院に通っている頃、学院内でも発言力を増していた新貴族派から、ルヴェリアと、ルヴェリアを支持する王室派は、度々の嫌がらせを受けていた。
それに屈することなく、いつも毅然と正しき道を進もうとするルヴェリアに惹かれたのだと、レオンは教えてくれた。
ルヴェリアからしても、ルヴェリアを支持し、守ろうとしてくれた王室派の中心にレオンがいてくれたことを、しっかりと覚えている。
「新貴族派であるオーギュスト家の嫡男を覚えていますか?」
「ええ。くだらないことで絡んでくるので、不愉快でした」
「今だから言いますが、彼はルヴェリア様に気があったのだと思います」
「……まさか」
「オーギュスト家には、ルヴェリア様との縁談を持ちかける計画があったようです。縁談がまとまるのなら、王室派に転向するとでも、言うつもりだったのでしょう」
「王室派に? そんなこと、とても信じられません」
「ええ。だからオーギュスト家が動く前に、私がルヴェリア様と結婚ができるよう、国王陛下と女王陛下のもとへ、父とともに参りました。もちろん、王室派の誰にも、私の計画を反対するものはいませんでした。私がそうは、させませんでしたから」
レオンは柔和な表情のままだか、ルヴェリアはこくんと息をのむ。
「……レオン様は、もしかして、わたくしの知らない、少し怖い顔も持っていらっしゃる?」
そうするとレオンはくすりと笑ってから、ルヴェリアの髪を一房手にとって、恭しくそこに口付けた。
「私はルヴェリア様のためなら、何にでもなります」
◇ ◇ ◇
うまくいった二人の姿を確認して、リリアンはやれやれと胸をなで下ろす。
あの術師に、リリアンはたんまりと褒美を渡していた。
種を明かせば、あれは未来を見せるものではなく、単に想像上の姿を映し出すだけの魔法に過ぎなかった。
市井の子供たちの喜ぶ魔法だが、まさかこんな風に利用することになるとは、リリアンだって思ってはいなかった。
リリアンからすれば、ルヴェリアは素直になれないだけで、どうみてもレオンを想っていた。そしてレオンも同様に、遠慮しているだけで、ルヴェリアに心を寄せているに違いないと感じていたのだ。
今、窓の外では、良く手入れされた侯爵家のローズガーデンで、ルヴェリアとレオンが散策を楽しんでいる。指を絡めあって歩く二人は、とても幸せそうだ。
リリアンはにっこりとほほえんで、満足げにつぶやいた。
「めでたし、めでたし。ですわね」
(THE END)