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第2話 絶望と対峙する者

 少女は飛び跳ね、喜びを全身で表す。一方ドラゴンは、煽られたのを理解したらしい。身体をもたげ鱗を逆立て、いよいよ臨戦態勢をとる。


「……あ、もしかして怒ってるです?」


 跳ねるのを止めた少女は、神妙な面持ちで首を傾げる。――彼らの距離は、ドラゴンの尻尾の長さにも満たない。しかし少女は、あっけらかんとリュックに両手を添えたまま。命乞いも逃走もせず、ただ相手の反応を観察している。


「グルルル……ガァァァァアアアア!!」


 するとドラゴンは、気に食わんと言わんばかりに咆哮を轟かせた。直後、振りかざされた爪。――刹那、放たれた一太刀。


「ガ――!?」


 金属が割れるような音が響き、私は瞬きののち目を疑う。


 孤を描き地面に突き刺さった、ドラゴンの爪。大砲だろうと傷一つつかない、覇者の勲章。……それが今、小さなナイフによって壊されたのだ。


「ふう、まずは部位破壊がセオリーですよね!」


 ドラゴンは、折れた爪を見つめたかと思うと牙を剥く。――口に蓄えられた炎。それは少女の背後に落ち、彼女の退路を断った。


「はいは〜い。そんなに焦らなくても、すぐに相手してあげますよー」

「ガルル――グオァァァァア!!」


 耳をつんざく怒りと共に、両翼を広げるドラゴン。体躯、力、種族や経験。少女は全てにおいて格下であり、勝算は皆無に等しく思えた。しかし先の一手が通ったからか、少女はリュックを置くと口角を上げる。


「さてさて……。お前さまも、おいし〜いお料理にしてあげるです!」


 しかして少女はナイフを握り、ドラゴンに真向かった。



 ◇◇◇



 勝敗は、一時間と経たずに決まった。


「――」


 視界に映る、佇む勝者と散る敗者。散々岩を焼いた炎は消え、辺りは静けさで満ちていた。故にいささ煙たいが、咳を飲み込み最後を見守る。


 崩れた天井から架けられる、“天使の梯子”。その光を浴びるのは、首から血を流すドラゴン。そう――勝利の女神は、少女に微笑んだのだ。


「……お前さまの命、ありがたく頂戴するです」


 とはいえ、少女は驕ることなく。膝を折ると、手向けの祈りを捧げた。



 ……と締めくくれば、聞こえは良いかもしれない。しかしその実、少女の戦い方は驕慢(きょうまん)だった。


 降り注ぐ炎を躱し、爪を一本折っては距離をとり。猛るドラゴンを煽っては、翼を片翼ずつ切り落とし。やがてすっかり抵抗を止めたタイミングで、ようやく仕留めたのだ。


 〝もしドラゴンに遭遇したら、逃げるか一手で仕留めろ〟。そう教えたのにもかかわらず。


 彼女の言う“部位破壊”など、本来必要ない工程だ。むしろ肉が傷み、皮の再利用もしにくくなる。それを知っておきながら獲物を追いかけ回す様は、相手を散々嬲ってから殺すのが趣味だという、キラーホエールによく似ていた。


 ……人は本当に、見かけによらない。


 ◇◇◇


 それにしても少女は、本当にドラゴンを調理するつもりなのか。だとすれば私は、彼女の成長を目の当たりに出来るかもしれない。


 密かな期待を抱いていると、少女は立ち上がり裾を払う。


「さて、そろそろ良いですかね〜」


 傍らのリュックサックから現れた、二本の出刃包丁。相変わらず獲物に対して小ぶりだが、当然やってのけるのだろう。向き合う両者に、緊張が這う。


 ――やがて、少女が手を振り上げた次の瞬間。ドラゴンの身体は浮かび上がり、瞬く間に空中分解した。


「……よ〜し! あらためて、討伐完了です!」


 土煙を上げ落ちる肉塊は、頭や腕、足に胴体と、部位ごとに綺麗に切り分けられていた。一太刀も狂いのない切断面は、さながらベテランの屠畜(とちく)者だ。


「わあっ、キレイなピンク色! ふふっ。ドラゴンさんって、こんな美味しそうな中身だったんですね〜」


 危険な発言をする少女。だがそれも、並べられた調理器具に正当化された。


「さてさて! 鮮度が落ちないうちに、サクッと仕上げちゃいましょ〜」


 ともあれここまで来れば、後は結末を見届けるのみ。近場の岩に腰を下ろし、小さく鳴る腹を抱えた。

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