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ゆめをみるほうほう

サバイバル


 高地にあるジューヌでは不審な噂が広がっていた。黒いローブを身に着けた男が、夜な夜な現れて村中の薬屋の在庫をさらっていくというのである。最近ではすすけた甲冑をまとった幽鬼のような剣士も一緒にいて、その恐ろしさはたとえようもないという話であった。

「ちっきしょう。魔王のヤツ、ただじゃおかねえからな。話が違うじゃねえか」

「だまされた方が悪い。あんなに俺が言ったのに気づかねえからだ」

 村から戻り、枕元でぶつぶついうジークに、カーンは寝転がったままぼそっと答えた。金はモンスターからぶんどったのがたんまりあったから、最初に動けるようになったタリオンが買い物に行っていた。回復魔道師はボス戦では必須である。後列に配置したのが幸いした。

「あと何がいる」

 がしゃり、とよろいの音をさせてジークがその場に座る。明華がやっと、といった感じで冷たい回廊の床から身を起こした。

 ここは風曵の谷、ボス戦の場所となった大ホール手前のセーブポイントである。このホールの中にある抜け穴から、魔王城にまっすぐ行くことができる。ただしその道はダンジョンだ。途中にはかなり強いモンスターが出るため、大ダメージを食らった一行は安全な回り道をとるか、このまま抜け道を強硬突破するか悩んでいた。

 おそらく魔王城手前までは休息の取れる場所はないだろう。通常の彼らであれば問題はない。気力体力ともに充実しておれば、レベルアップもついでにできてちょうどいい状態で魔王城に入れる。装備だってほどほどのものが抜け道に転がっているはずだ。

「マジカルリキュールは売ってなかったのかい」

「ない。これしかなくて僕も困ってる」

 タリオンの言葉に明華が顔をくもらせる。彼が買ってきたのは、MPハイと書かれた缶入り飲料である。マジカルリキュールは酒屋にしかない。ジュールには酒屋はないので、ジークがそれを3ケース、タリオンが1ケースと分配して、ここまで運んできた。

 タリオンは自分の持ってきた分の箱を空け、明華に渡した。

「こんなもんじゃしょうがないね」

ないよりましという程度の効き目しかないそれを、彼女はぐいぐい空けていく。半ダースも飲まれてから、タリオンは慌てて明華を止めた。

「おいおい、僕の分がなくなっちゃうじゃないか」

「男のくせにケチなこと言うんじゃないよ」

 若干酔っ払い気味ではあるが、ようやく戦力の半分が回復した。問題は残り半分である。ジークはなんとか回復したものの、カーンとヤコブは重傷だった。

「ヤコブ、調子はどうだ」

「まだ死にたくない」

 その言葉を聞いてタリオンが治療にかかる。歩けるようになれば少しは違うだろう。戦闘に参加しなくとも、ヤコブの腕があればモンスターからいいアイテムを盗って、回復にまわすことができる。

「迂回はしない。このまま魔王城に突っ込むぞ」

 床の上から、ふいにカーンが言った。あまりに暗いその声に、一同がぎょっとする。

「動けもしないのになに言ってんだ」

ジークが言う。タリオンも、半身を起こした明華もうなずく。

「村に戻って宿屋に泊まれって? その間に魔王も、あのムカつくサーキュラーとやらも逃げちまうぞ。フーシャはやつらの仲間だ。お前、自分の女を取られて悔しくないのかよ」

 カーンの言葉にジークが下を向いて黙り込んだ。ふうん、と明華は何か納得したような表情になる。タリオンが少しがっかりした顔になり、それから考え込むような顔になった。

「なんで、だと思う。なんでフーシャ姫は僕達のところに帰ってこないんだろう」

 一同はタリオンの言うことを聞いていた。

「フーシャ姫はジークの婚約者だ。それは最初から決まってる」

 そういうルールだったはず、とタリオンはひとりごちた。

「フーシャ姫はジークの婚約者で、ジークは魔王を倒すんだ。ジークは魔王に勝ってフーシャ姫と結婚する」

 タリオンはここで言葉を切った。ちらっとジークのほうを見る。彼は不機嫌な顔をしてタリオンの話を聞いていた。

「フーシャ姫は勝者と結婚する、ということなのかな? そうすると……」

 タリオンははっとした表情になった。話を聞いていたほかの連中も事の重大さに気がついた。

「このゲームの勝者はジークに決定のはずなのに……どうして途中でルールが変わってしまったんだろう」

 おずおずとカーンにタリオンは聞いた。決まってる、とカーンは答えた。

「魔王だ。あいつがフーシャを抱き込んで、勝手を始めたんだ」

 さっきから黙ったままのジークが口を開いた。

「つまりそれは、このままだと俺の負けってことか」

 そうだ、とカーンはうなずいた。

「お前があのお姫さまを好きとか嫌いとか、そういうんじゃもうねえ。ルール変更、あの姫を手に入れた方が勝ちだ。システムが変わっちまったんだよ」

 負けたほうはゲームシステムから消去される。もしくは敗者の烙印を押されて、永久に自分の出番はない。仮に消去されなくてもユーザーにそう思われてしまえば同じことだ。「不用」と書かれたシステムフォルダに押し込まれて、えんえんと誰かに思い出してもらえる日を待つのは、いったいどんな気持ちだろう。

「分かった。カーンのいう通りにしよう。ここでもう一泊したら出発する。みんな準備をしておけ。タリオンはヤコブとカーンの治療に専念しろ」

 全員、一斉にうなずく。にわかに静まり返った回廊の中を、回復魔道師の唱える呪文だけが、低く低く流れていた。


ファイナル・クラッシュ


 決定事項だったはずの部分は、比較演算子に書きかえられていた。すなわち、「もし○○が勝利すれば××は消去される」という一文に置き換わっていたのである。プログラムが自走したのか、誰かがいたずらしたのかは定かではない。バグなのかもしれなかったが、ともかくその変化はもう片方の陣営にも伝わっていた。

「セラ、魔王様が帰られましたわ」

 城に戻った魔王を走って出迎えたのはフーシャであった。セラフィムはその後からゆっくりとついてくる。魔王の横にはサーキュラーが並んでいたが、愛想よく彼女に挨拶をしただけで、すぐセラフィムと奥に入っていった。

「ジークが追いかけて来る」

 フーシャがえっ、という顔になる。魔王はてみじかに話をした。

「回復の術者が残っていた。体勢を立て直して、まもなくこの城にやってくる」

 すべて相談済みの上、魔王はサーキュラーを代役に立てた。いうまでもなく風曵の谷はサーキュラーの守護する土地で、彼はこのいとこが最大限に力を発揮できるように取り計らっていた。サーキュラーもまた自分の結界に入ってからは、彼らを逃さぬように十重二十重に網を張り、殲滅させたはずだった。

「姫は早く中に。私のあとをついて、はぐれぬように」

 けわしい顔をして早足で歩く魔王の後を、フーシャは必死で追いかけて行った。待って、と言っても振り向きもしない。彼女にははじめて見せる表情だった。

 フーシャはフラグだ。彼女を手に入れた者が勝利者となる。フーシャが戦う者のどちら側に立つかによって、このゲームのシステムは勝利者を決定するようになっているのだ。

「城門前にジークの姿が見えました!」

 伝令が走った。魔王は小走りに追いかけて来る王女を抱きかかえ、そのまま最奥の間まで跳躍した。


 異常に静かで緊迫した空気が漂っていた。ジークは気持ち悪く流れる汗を指先でぬぐった。いつもやかましいパーティの面々なのに、今回に限ってひっそりとしている。しゃべる者は誰もいなかった。

 互いに生き残りを賭けて必死なのだ。ルールが変化したから、敵地内に回復、セーブのできるポイントは置いていない。設計書にはあったはずだが、光点のグラフィックを残して掻き消えていた。代わりにひとつだけ、荷物の中に青く光る石が出現していた。

「結界石だろう」

 消耗した体力・魔力の完全回復と装備の補強ができる。ただし一回きりだ。こんなものはさっきまでなかった。

「モンスターなんか出やしねえ。やつら、マジだ」

 カーンがつぶやく。その額にも生ぬるい脂汗が浮いている。明華、タリオン、ヤコブは後列に並び、体力の消耗を避けていた。

 魔王城につくまでの間、明華とタリオンは戦闘に参加していない。MPがなくなったら回復できないからだ。ヤコブは残り少ないアイテムを補充するため、モンスターからかっぱらうことに専念していた。

「来たぞ」

 先頭のジークが足を止めた。素早く陣が敷かれる。短時間のうちに、驚くほど動きがなめらかになっていた。魔法陣のかなめには明華が配置されている。前回のような失敗はしたくなかった。

「どちらさま、とはお聞きしませんが」

 白い髪に赤いマントをはおった術者が現れた。気配だけでかなりの手錬れであることが分かる。用心深く、ジークらは彼と対峙した。

「用件は分かってるな」

 ジークが言うと相手は困ったような顔をした。同時進行で明華が呪文を唱え出す。

「ここを通せと言うのですね」

 カーンが構えを取る。ヤコブの手に鉤爪が現れる。タリオンの周囲に白い霧が召喚される。

「わたくしも一応、近衛隊長なのですよ。あんまり向いてないと思うのですが、しょうがないですね」

 言うやいなや、セラフィムの姿が変化した。

 真紅の六枚の翼を持ち、四つの顔を持つ異形の生き物が空中に浮かぶ。燃える車輪が二つ、その体から下がっている。それが回転を始め、見る間に彼をガードする盾に変わっていった。

「この姿を見たのは、人界の者ではあなたたちだけでしょうねえ」

 のんびりした言葉と共に、熱線と閃光が迸った。かつての叡智の神、現魔王の側近が持つ魔力は、風曵の谷で魔王が見せた力よりも大きいように彼らには感じられた。

「悪いことはいいませんから、お帰りになりませんか?」

 縦横無尽に、数千もの光球が視界を埋め尽くして走っていた。幻想的な光景に目を奪われるひまもなく、それらがすべてジーク達の頭上に落ちてきた。


 青い石が城内で使われた。どんな場所にいても魔王には、城内に持ち込まれた異質なものが分かる。それは側近の敗北をも意味した。

「セラは……セラは大丈夫なのですか」

 不安そうに王女が聞いた。予定通りともそうでないとも言えず、魔王はただ横に首を振る。あまり大丈夫でないことは確かだ。

「死にはしない。それだけは大丈夫だ」

 セラフィムのほうが自分より高位の存在だとは、誰が思うだろう。サーキュラーですら知らなかったのだ。異教の神々であることを嫌って彼は魔族に化け、気楽なこの城に長い間もぐりこんでいた。

「だが思ったよりもダメージが大きい……驚いたな」

 フーシャがしがみついてくる。魔王よりもジーク達のほうが基本能力は高く設定されている。そうでないとゲーム自体が成り立たないからだ。しかしそのことを差し引いても、先ほど魔王に伝わってきたセラフィムのダメージは少々大き過ぎるようだった。

(変化していなければいいが……)

 彼に扮したサーキュラーが出て行く。ここから先はフーシャには知らせていない。いやゲームシステムが変わったときから、フーシャは中立でなくてはいけないことになっているのだった。

 まもなくサーキュラーの存在が感じられなくなった。ドアを隔てた向こうには人の気配がむんむんとしている。宙に浮いてしまった闘志が、相手を探してさまよっている。

(キャラクターの自律性)

 セラフィムの持っていた銀箔皮張りの本には、そんな文章がいつのまにか書き加えられていた。彼はその文章に賭けてみることにしたのである。

「どこいった、魔王! 出てこいよ!」

 ジークの叫び声が聞こえる。泣き出しそうなフーシャをそこに置き、彼はおもてに出ていった。

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