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ゲームスタート

ファースト・コンタクト


 町だと思ったらダンジョンだった、なんてのはよくある話で、ジーク達はわざとらしく手前にある古びた教会で一夜を過ごすと、燐光ともる廃屋の街並みに入っていった。

「かまされたぁ。やっとゆっくりできると思ったのに」

「うるせえ。少しは黙ってろ」

 教会の物置にあった防具をもらったヤコブがこうるさく騒ぐ。本当は自分達で使いたかったのだが、これからダンジョンに入るというのにヤコブの防御は低過ぎた。それでジーク達はしかたなくそれを彼に着けさせたのである。

 もっともそのほかにあった、騎士のよろいだのなんだのといったものは、全部自分達で装備していた。タリオンが「ずるい」と抗議したのだが、

「最前線に出ねえやつが何を言ってる。人食いグモに食わせてやろうか」

とカーンに脅され、あっさり却下されてしまっていた。

「出たぞ! ファントムウルフだ!」

 いきなり今までとは違うタイプの敵が出てきた。陣形を組み、敵と向かい合う。ジークとカーンが攻撃するがあまりダメージを与えられない。かえってカウンターを食らって瀕死の重傷である。

「明華!」

 様子が分からないので彼女は大型の火焔魔法を繰り出した。どうせザコなのでもったいない気がするが、前列の二人がやられてしまうと後が面倒くさい。一度ダンジョンに入ってしまうと、回復を待つため教会まで戻るのも大変なのだ。

「我が主、火の精霊王に願い奉る。その御技をもって我等を救い給え。その火焔をもち、我等の障害となるこの悪しき邪霊を取り除き給え。いざ、その御力を賜らん!」

 空から巨大な火の玉が降ってきた。どうやってかなのか分からないが、すぐ近くにいる彼らには当たらず、ピンポイントでモンスターを攻撃する。2000なんてカウントが出たところを見ると、どうやら少し大型過ぎたらしい。

「なんだよ、強えな」

「違う。俺達が弱すぎるんだ」

 タリオンに傷を治してもらいながら、ジークとカーンはぶつくさ言っていた。明華は戦利品の、黒真珠のイヤリングを拾ってご機嫌である。

「おい、ヤコブ」

「お前なにやってた」

 二人の矛先は使えない盗賊に向いた。彼はこの戦闘中、どこにいたのか分からなかった。

「あ、これ盗ったんだ。魔法の小手ってスゴイねえ」

「はあ?」

 一同は彼の差し出したアイテムを見て驚いた。戦いもせず、いったい何をやっていたのかと思えば、スリの腕を磨いていたらしい。

「それ……魔王城のアルバイト入館証だぞ。返してやれよ」

 タリオンが作業の手を止めて言った。他の者もその小さなピンバッジを見て呆れかえる。

「あのケガじゃバイト料だけじゃ足りないな。こんなもの盗っちゃったことだし、あとできっと取り返しにくるぞ」

 そのタリオンの言葉をカーンが引き継いだ。

「あとでじゃない。今、来たみたいだぞ」

 さっきまではなかった黒雲から、するすると黒い人影が降りてきた。紺色の超ロングヘアに、裾を引きずる長いマントをはおった若い男の姿である。顔色はあまり芳しくない。

「おい……」

 その顔を見てジークが絶句した。他の者もそのいでたちとまといつく妖気に、彼が何者なのかを瞬時に理解した。

「まさか……」

 そのまさか、魔王みずからの登場だった。


 たかがバイトの入館証である。てっきりパシリの小魔がやってくると思っていたのに、魔王が現れたものだから、みんな驚きを隠せなかった。

(なんでだ)

(知るか)

 彼が登場するのはもっとストーリーの後半、話が盛り上がってきた頃である。あまりに中途半端なこの時期に、こんな大物が現れてはまずいのではないか、一瞬パーティの面々にそんな思いがよぎったのは言うまでもない。そもそもまだこのダンジョンを抜けてもいないのだ。

「なんの用だ」

 精一杯、ジークは強がって言ってみた。マントをはためかせ、腕組みをしたまま魔王はぎろりと彼らを見る。その目つきの悪さに気の弱いヤコブが

「ひぃ」

と言って腰を抜かし、明華は魅入られたようになってその顔を見ていた。

 ジークの持っている「旅のしおり」には「魔王……敵のボス。最終戦に登場。準備を整えておくこと」と書いてあるだけだった。こんなザコ敵にも苦戦するような状態で魔王と遭遇することがあるなどどはどこにもない。タリオンはとっくにカーンの後ろに隠れていた。

「お前がジークか」

 低い声が問う。そうだ、と勇者らしく見えるよう、彼は無理やり胸を張った。

「そうか……まあいい。今日はどんなヤツなのか顔を見に来た。そうか、お前か……。邪魔をした」

 聞きたいことを聞き、言いたいことを言うと魔王は帰ってしまった。もちろん黒雲にまぎれてである。

「……なんだったんだ」

「さあな」

 ジークもカーンも魔王がいなくなったのでとりあえずほっとした。タリオンとヤコブも緊張が解けてもそもそと動き出す。

「ふん。僕の方が潜在能力は上だね」

 タリオンは魔王がいなくなってから強がりをいい、明華はふうっと息を吐いて

「インテリだねえ。あんた達とは全然違うよ」

と言った。

「そうか、悪いな」

 さっきの魔王が音もなくパーティの後ろに立っていた。タリオンは真っ青になってその場にしゃがみこんだ。ジークは「なんだ」と言おうとしたが、声が震えて

「なななななんだ」

と言ってしまった。

「用事を忘れていた。入館証、返してくれ」

 明華は緊張のあまり固く握り締めているヤコブの手を開き、小さいピンバッジを取り出して魔王に渡してやった。その間、男たちは金縛りにあったようになって、その様子を見つめているだけだった。


LOVING YOU


 彼はジークの「勇者たる資格」など確認しにきたのではなかった。単にフーシャ姫の婚約者の顔を見に来たのである。入館証はそれがないとバイト料が払えないので、セラフィムが困り果てたためであった。なにしろアルバイトの数は膨大なのだ。

(つまらん小僧だな。あの姫にはもったいない)

 こんなやつが勇者というのも不思議だ、それが魔王の正直な感想だった。あれから王女はたびたび

「これが終わったら国に帰らなくてはいけないのですね」

というようなことを言っているらしい。国に帰ったらジークと結婚させられて王位を継がなくてはならない。王位は別にかまわないのだが、結婚相手がいやなようだとセラフィムは昨日、魔王に報告してきた。

「ふーむ」

「魔王様、姫は返してあげるおつもりですよね」

 王座に座って考え込む彼に、セラフィムは情け容赦なくツッコミをいれた。側近だからカンがいいのである。

「何を言ってる。そんなことをしたらストーリーが変わってしまうではないか」

そうは言うものの、日頃と違って魔王の顔は赤くなっていた。ついでなのでセラフィムは

「魔王様がそういうことを気にされているようには見えませんが」

とも言ってみた。ほかの者だったら殺されているであろう。

「……姫は国に帰りたくないと言っているのだな」

「はっきりとはおっしゃってくれませんが、どうもそのようです」

「ジークが嫌だとも言っているのだな」

「それも、おそらくはそうでしょう」

 セラフィムはあるじの次の言葉を待った。

「……国に帰りたくないのならば、しょうがあるまい。できる限りおいてやろう」

 彼の予想そのもののセリフだった。ただし、もうひとつ予想していた質問はなかった。

 いや、本当は魔王は「姫は私のことをなんと言っていたか?」と聞きたかったのである。ただし、いくら相手がセラフィムと言え、あまりに気恥ずかしいのでやめたのだった。幸か不幸か、魔王にもそのくらいの正気は残っていたのである。


 一方、フーシャ姫は正直だった。まだ十七才ということもあって、ひっかかることは尋ねてみないと気が済まないたちでもあった。だからここのところセラフィムは、お茶の時間のたびに

「今日は魔王様はいらっしゃらないのですか」

と言われ続けっぱなしだった。

「魔王様はお忙しいようで……お願いはしているのですが、なかなかお時間が取れず、この城にも最近はいらっしゃらないのですよ」

 すらすらといい加減な言葉が出てくるほど、セラフィムはこの質問を浴びせられていた。事実は魔王のふんぎりがつかないだけで、彼が「行く」といえば、セラフィムは喜んで王女とのお茶の時間を譲るつもりだった。確かに王女は可憐でかわいかったが、それとは別にセラフィムにも自分の仕事というものがある。

「では、こちらから会いに行ってもいいのでしょうか」

「え……誰にです?」

 ここで紅茶ポットを持ったまま間抜けなことを言ってしまったのは、王女の言葉がセラフィムには予想外だからであった。

「もちろん魔王様にですわ。ちょっとならご迷惑にはならないでしょ?」

 フーシャの言い方はかわいらしかったが、内容はとんでもなかった。セラフィムがこう言ってしまったのも無理はない。

「あの、王女様、ご自分の立場が分かっていらっしゃいますか? あなたはここに幽閉されていることになってるんですよ。建前だけですが、それでもこの城からお出しするわけにはいきません」

「何もこの城から出て行こうなんて言っているんではありませんわ。魔王様はこの城にいらっしゃるんでしょう?」

 にっこりと王女は笑った。

「昨日と違うことを言っていたから、すぐうそだって分かっちゃいましたわ」

 おもわず赤面した彼に、王女は天真爛漫に言った。

「セラが取り次いでくれればよいのです。もしそれも嫌なら、どこにいらっしゃるのかさえ教えてもらえれば、わたしは自分で会いに行きます」

「でも、カーンはどうするんです。彼はこの城のこの場所にいる、あなたに会いに来るんですよ」

「あら、魔王様がなんとかしてくれるはずですわ。そうでしょ?」

 彼の完敗だった。

 ろくに顔も合わせてないのに、どうして互いに考えていることが分かっているのか不思議になりながら、セラフィムはフーシャをそばまで呼び寄せた。

「失礼します」

 赤いマントを広げて、その中に小柄な彼女を包み込む。魔王に見つかったらぶっとばされそうだ、そんなことをぼんやり考えていた。

「跳びますからここでじっとしていてください。いいっていうまで動いちゃだめですよ」

 くくっ、とくすぐったいような笑い声がマントの中から聞こえてきた。セラフィムは短く呪文を唱えると、魔王の自室のすぐそばまで跳んでいった。


三日月の夜


 乱暴にもセラフィムは、王女を魔王の寝室に放り込んで帰ってきてしまった。驚いたのは魔王である。

「姫、どうしてこんなところにおられる」

 天蓋付きのキングサイズベッドにちょこんと腰掛けている彼女を見て、魔王は驚きを通り越して焦ってきた。この状況をなんとかしなくてはならない。これではまるで、自分が彼女に何かしようとしているようにしか見えない。

「セラに送ってもらいましたの。絶対魔王様に会えるところに連れて行ってほしいっていったら、ここで待っているようにって」

「セラ? ああ、セラフィムか。あれがそんなことを」

 親しげに彼女が側近の名を呼ぶのを見て、魔王は自分の失敗を悟った。素直かつお人よしのセラフィムが、王女の頼みを断りきれないのは当然だ。ほかの面ではとてもとても有能なのだが、頼まれごとをいやと言えない。それをいいことに、魔王はずいぶんと彼をこき使ってもいるのである。

 しかし面倒くさいことを全部彼に押し付けたのは自分だった。どこにも文句の持って行き場はない。魔王はフーシャ姫の目の高さまでかがみこんで、子供にさとすようにゆっくりと言った。

「姫、ご自分をわきまえられよ。男の寝室に一人でいたら、それこそあらぬ誤解を招く。あれから一度もお尋ねしなかったのは申しわけない。あとで姫のご気分のよいときにでもお伺いしよう」

 フーシャはじっと魔王がていねいに、じゅんじゅんと諭すのを聞いていた。その様子に安心して、彼はこう続けた。

「私が送って差し上げるから、今日のところはあの部屋に戻られよ」

 だが王女は本当のところ、まったく彼のいうことなど聞いていなかった。ただ魔王の顔を間近で見ていただけだったのである。

「いやですわ」

 困り果てた彼がさらに困るようなことを、フーシャは平然と言ってのけた。

「魔王様はわたしがお嫌いですか?」

「そういうことを言っているのではない」

 思わず魔王が強い口調で言ってしまうと、フーシャはびくっとした顔になった。あわてて優しい言葉で言い直す。

「そういう、そういうこととはまた別の話で、姫がここにおられるのはいいことではない、そう言っているのですよ」

 理解したかどうかよく分からなかったが、フーシャは小さくうなずいた。魔王は今度こそ安心して、そこから立ちあがった。

「分かったらお帰りになられよ。ああ、セラフィムに送らせよう」

 側近を呼ぼうとした彼をフーシャは止めた。

「魔王様にお部屋まで送っていただきたいですわ。さっきそうおっしゃいましたし」

「そうだった。では」

 ベッドサイドにいる彼女に、魔王は手を差し伸べた。フーシャがその手を取る。立ちあがると彼の胸元にひょいと飛び込んできてしまった。

「冗談が過ぎます!」

「セラはこうやって運んできてくれましたわ」

 くすくす、と楽しげな笑い声がした。抱きとめた格好の彼の両腕は、フーシャの細い腰の上にある。腕の中の王女からはいいにおいのする甘い香が立ち上ってきて、魔王はカウンターを食らった気分になった。

「魔王様はわたしがお嫌いですか?」

 フーシャはもう一度彼に聞いてみた。

「……そんなことはないが……」

 耳まで赤くなっていたら何を言っても同じことである。フーシャが笑うと彼は幻惑されたような表情になった。

「いや、そんなことはない」

 魔王はそっと仔猫のような、花束のような、腕の中にいる若い娘を抱きしめた。相手がそうしてもらいたがっていることも、今やはっきりと分かっていた。

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