第4話「紅鬼と黄龍、相討つ」
夕闇迫る逢魔が時、|皇立兵練予備校青森穀区の敷地内に、甲高いメカニカルノイズが響き渡る。異次元の魔改造でハイチューン化された常温Gx炉が、異なる音で輪唱を奏でる。
春風に交じるオイルの臭いに、見守る五百雀千雪は自然と長い黒髪を抑えた。
今、青森校区の広いグラウンドに、二体の巨神が対峙して身構える。
真紅の装甲が各所でフレームを剥き出しにしているのは、ラスカ・ランシングの駆る89式【幻雷】改型四号機だ。極限まで機動性と運動性を高め、大半の装甲をオミットしたネイキッドな細身のシルエット。その前に立つのは、イエローに塗られた普通の【幻雷】に見える。
千雪は、隣でボード上のチェックシートへペンを走らせる御巫桔梗へと声を潜めた。
「御巫先輩。【幻雷】改型伍号機……まだほとんどノーマルの状態と聞いていますが」
「ええ。れんふぁさんの操縦でアタリを出して、彼女の専用機にチューニングする予定です。……気になりますか? 千雪ちゃん」
「統矢君が使う予定だった機体ですので。それに、あの子……少し、怯えています。まるで、操縦される自分の動きを、自分で知らずわからないみたいで」
「れんふぁさんも初心者だからでしょうか? 学科も実技もテストではいい成績だったのですが……実戦はまるで違いますから」
黄色い改型伍号機のパイロットは、更紗れんふぁだ。
転入後、戦技教導部の一員になったれんふぁには、予備機である改型伍号機が与えられた。摺木統矢が自分で持ち込んだ97式【氷蓮】の使用を望んだため、ずっと空いていた機体である。
ほぼノーマルの【幻雷】だが、改型伍号機もれんふぁに合わせて調整されるだろう。
だが、その改良の……改造の方向性を探るための模擬戦も、相手がラスカでは少し難しい気もした。千雪には、二人の実力差が嫌というほどにわかるから。
大型の山刀みたいな単分子結晶のナイフを構えて、改型四号機から声が走る。
『れんふぁ! 手加減しないわ、アタシはいつでも全力全開っ! どうすればアタシに勝てるか、どういう装備や仕様ならもっと善戦できるか、ちゃんと考えなさいよ!』
『う、うんっ。ラスカちゃん、えと、その、よろしく、お願いします!』
れんふぁの改型伍号機は、標準的なトルーパー・プリセットで装備されるシールドからナイフを抜き放つ。この時代の汎用機動兵器であるパンツァー・モータロイドには、その戦況や戦術に応じた様々なプリセットが想定されている。40mmのオート・カービンにシールド、そして格闘専用のナイフというのは、標準的な歩兵装備、トルーパー・プリセットと呼ばれる。他にも侵攻強襲用のアサルト・プリセットや、強攻殲滅用のデストロイ・プリセットなどが用意されていた。
エースパイロットともなれば、自分で装備をカスタマイズする。
戦技教導部の面々は皆、用意されたプリセットと別に自分だけの仕様を持っていた。
千雪が見守る中、二機のPMRが距離を取って向き合う。
「それでは、始めてください」
レシーバーへと桔梗が囁くと同時に、両者は轟音を響かせ地を蹴る。
全高7m程のPMRが、大地を揺らして疾駆した。
耳をつんざく駆動音は、なめらかな関節や駆動部の金属音が入り交じる。常に最前線で稼働していた改型四号機は勿論、倉庫で休眠状態だった改型伍号機の状態もいいようだ。螺旋を描くように響き渡る両者の音は、ぐずることもないしフリクションも感じられない。
灼けたオイルの入り交じる空気の中、千雪は模擬戦の行方をじっと見詰める。
チェックシートを記入しながら、顔を上げずに桔梗が声をかけてきた。
「そういえば千雪ちゃん。摺木君……よかったのですか?」
「よかったのですか、というのは」
「【氷蓮】は生産終了、現存するパーツは全て軍に移管されました。つまり、摺木君の【氷蓮】は直そうにもパーツが……少し、いいえ、かなりショックを受けているようでしたが」
そのことは千雪も気になっていた。
実際、先ほど格納庫で声を掛けようとしたのだ。
だが、なにも話せなかった。
掛ける言葉も見つからなかった。
擱座してスクラップのように座り込んだ【氷蓮】の前で、随分長いこと統矢は黙って佇んでいた。まるで、見えない言葉で【氷蓮】と会話しているようだった。
その背中が寂し過ぎて、千雪はただ見守るしかできなかった。
あの真冬の、吹雪の中での馴れ初めが自然と思い出される。
千雪は、真っ先に飛び出し肩を抱いて、己の胸に統矢を引き寄せたかった。持てる語彙の限りを尽くして慰め、励まし、元気付けたかった。だが、そういうことが不器用な千雪にはできなかった。
ただ黙って見詰める中、統矢はトボトボとどこかへ行ってしまった。
先ほど顧問の御堂刹那に呼び出されていたので、彼女の待つ高高度巡航輸送艦、羅臼へと向かったのだろう。
「……摺木君なら大丈夫ですよ、千雪ちゃん」
「そう、でしょうか」
「ええ。摺木君は強い子ですから。辰馬さんも見ててくれますし。……ふふ、やっぱり兄妹って似るものなのですね。心配性で世話好きなお節介、そっくり」
クスリと笑って、桔梗はチェックシートへとペンを走らせる。
目の前では、二機のPMRが激しい格闘戦を繰り広げていた。
千雪は意識して桔梗を見ないようにして、目の前の模擬戦へと視線を据える。どうもこの、兄の恋人が苦手だ。嫌いではない、寧ろあの放蕩者な兄、五百雀辰馬にはもったいない器量良しだと思うし、頼れる先輩で、きっといい義姉になってくれる。だが、どことなく翳りのある薄幸さが感じられて、少し気になるのだ。
れんふぁの改型伍号機を圧倒する、ラスカの改型四号機。
ラスカは一年生ながら、インファイトでは千雪に並ぶ青森校区のエースだ。何度か戦ったことがあるが、勝率は五分と五分。装甲と攻撃力を武器に、圧倒的な突破力で戦う千雪と違い、ラスカはスピードと小回りで相手を削ってゆく。並ぶと心強い仲間である反面、あまり相手にはしたくないタイプだった。
「れんふぁさんは、格闘戦はあまり得意ではないようですね」
「そうですね。……射撃系を重視したセッティングで、御巫先輩が色々教えてあげては」
「チームの編成的にそれがいいかもしれませんね。なにより、れんふぁさんに負担のない機体に仕上げなければ。ふふ、わたくしも上手くアレコレ教えられるといいのですが」
そうこうしている間に、どうやら勝負が決着を迎えそうだ。
善戦してはいるものの、改型伍号機のれんふぁは徐々に追いつめられてゆく。対して、先ほどより一層機動を加速させる改型四号機のラスカは、水を得た魚の如く踊っていた。
シールドを上手く使って致命打を避けているが、れんふぁの劣勢は明らかだ。
『ほらほら、れんふぁ! 苦しい時こそ手を出すのよ、っとにもう! 下がって防戦一方だと、ほら! アタシとアルレインは、付け込めるんだから!』
『わわっ、シールドが。オートバランス、制御アシスト全開……退いて体勢を――』
『詰んでるわよ、れんふぁ! どうにかしないと、ほら! アタシ勝っちゃう!』
ゴォン! と轟音を立てて、千雪と桔梗の遥か後にシールドが落下する。
ラスカの鋭い踏み込みからの一閃が、防御したれんふぁからシールドを基部ごと吹き飛ばしたのだ。愛機をアルレインと名付けてかわいがるラスカは、流石の技量でれんふぁを圧倒していた。
だが、教科書通りの動きをしていたれんふぁの改型伍号機が変化を見せる。
劣勢時はダメージコントロールと同時に戦況を俯瞰、まずは下がるのが鉄則だ。
だが、黄色いPMRは陽気なカラーリングとは裏腹に、甲高いエグゾーストを響かせパワーを全開に踏み止まる。爪先と踵とが分割されて地面を掴み、地面を抉って改型伍号機が前進、突撃を選択した。
『こういう時こそ、前に……統矢さんみたいに、千雪さんみたいに、やってみる!』
バイザーで覆われた改型伍号機のアイセンサーに光が走る。
シールドを失った分、身軽になった機体が強く速く踏み込んだ。
咄嗟にラスカが、狼狽えた様子もなく刃を刃で受ける。単分子結晶同士がぶつかり火花を散らして、思わず千雪は目を見張った。
手数で押してジリジリと力を削ぎ、装甲を刻んでくるラスカの圧倒的な攻勢……その中へと、冷静に踏み出せるれんふぁも大したものだ。PMRのことをなにもかも忘れた、記憶喪失とはとても思えない。
或いは――身体は覚えているのか?
れんふぁは謎のPMRに乗って、次元転移で現れた謎の少女だ。
失われた記憶の中に眠る技術と経験が、咄嗟に肉体に蘇ったとしても不思議ではない。
『やるじゃない、れんふぁ! アタシも本気、出して、あげるっ!』
『わたしはとっくに本気だよ、ラスカちゃん。苦しい時こそ、前へ出て……引き込む! 引っ張り込むの!』
トリッキーな幻惑殺法はラスカの十八番だったが、その上を行くれんふぁの決断力と判断力が爆発した。
激しく鍔迫り合う中で、じりじりと押されてゆく改型伍号機。
当然である……ラスカの改型四号機は、実戦も経験したフルチューンのハイパワーである。対して改型伍号機は、まだまだこれから手を入れねばならぬノーマルに近い仕様なのだ。
だが、不意にれんふぁは自らが駆る改型伍号機を沈ませる。
その場でラスカの力を受け流すように、れんふぁは自ら背後へと倒れ込んだ。
「あら、まあ……れんふぁさんも大胆ですね。千雪ちゃん、もう少し下がりましょう」
「私は……ここで大丈夫です。ラスカさん! れんふぁさんから離れてください! 仕掛けてきます……仕掛けられています!」
思わず熱くなって、千雪は声を張り上げる。
巨体が地を揺るがし、砂煙が舞い上がって千雪を包んだ。
だが、目を凝らす千雪の耳が、両者の明暗を分ける声を拾う。
『千雪、言われなくっても! 上を取ってトドメを決める!』
『パワーだと勝てないから……頭を、使うんだ。ええーいっ!』
れんふぁは乗機を自ら大地へ投げ出し、背後へと倒れた。その反動を利用して、ラスカの改型四号機の細い脚へと、自らの改型伍号機の脚を絡めてカニバサミのように引っ張り込む。
高機動型であるラスカの愛機、アルレイン……改型四号機の弱点は、膝下だ。
重量を極限まで軽量化し、装甲を殆ど廃した脚部は、類まれなるスピードを生み出す。圧倒的なラスカの回避能力も相まって、防御力を捨てたことは問題にならないのだが……その脚を殺す戦法をれんふぁは自然と選択していた。
二機のPMRが折り重なるようにして、砂煙の中で倒れて重なる。
その瞬間に既に、勝負は決していた。
視界を奪われる中で、駆動音だけを耳で拾って千雪も確信する。
『……発想は良かったわよ、れんふぁ。アンタ、絶対なにか格闘技やってるでしょ! 柔道とか柔術とか、そういうの!』
『ほへ? いやあ、わたしわかんないよ……覚えてないんだもん。それより、あれれ?』
『寝技に持ち込んでスピードを殺そうだなんて、でもっ! 十年早いのよっ!』
倒れ込んだラスカの機体へと、れんふぁは砂煙の中でナイフを繰り出す。だが、その時ラスカは人智を超えたマニューバを見せた。
千雪は、まるで生き物のように躍動する真紅のPMRに魅せられた。
改型四号機は、もつれ合う中で繰り出されたナイフをギリギリで避ける。行動不能を狙った一撃が、肩関節に申し訳程度に装備された三次装甲の上を滑った。
同時に、ラスカは大型ナイフを捨てた両手ですかさず立った。
改型四号機は、両腕で逆立ちのように立ち上がって、寝技で搦手を仕掛けた改型伍号機から逃れる。それで終わらず、完全にスタンドポジションに戻って着地したラスカは、遅れて立ち上がろうとするれんふぁの機体を抑え込んだ。ナイフを持つ右腕を逆関節に捻り上げ、そのまま動きを封じたのである。
勝負はあった……千雪は興奮に肌が粟立つのを感じた。
「ここまで、ですね。ラスカさん。れんふぁさんも。機体を停止させて降りてください」
変わらず平静で穏やかな声で、にこやかに桔梗が歩み寄る。彼女はチェックシートに最後の記入を終えると、関節技から解放されるや大の字に倒れた改型伍号機へ向かった。天を仰いで身を広げた機体のコクピットが、圧搾空気の漏れる音と共に開放される。
中から現れたれんふぁは、ヘッドギアを脱ぐやその場にへたりこんだ。
「ふええ、負けてしまいましたあ。ラスカちゃん、ありがとうございますぅ」
『やるじゃないの、れんふぁ! ま、アタシの勝ちだけど。そうね、今までで一番いい動きだったわ。65点くらいかな? ったく、マニュアル通りかと思えば変な動きするし、れんふぁの相手って疲れるんだから!』
片膝を突いて止まった改型四号機も、ややあってコクピットが開放される。現れたラスカは、悔しいことに汗一つかいていない。夕暮れ時の風を浴びて、真っ赤な夕焼けの中に真紅の機体が佇んでいた。
そして千雪は、改めて仲間の技量に感嘆し、興奮を禁じ得ない。
嫌な相手ではあるが、ラスカとの模擬戦を自然と望んでしまう。
ああもPMRを自由自在に動かせるというのは、只者ではない。Gx感応流素があるので、基本的にPMRは思った通りに動く。そのイメージする力がラスカは強いのだ。素早く簡潔に、細部まで精密なヴィジョンを描けるからこそ、最適化された機体がその通りに動くのだ。
そんなことを考えていると、桔梗がへばっているれんふぁと言葉を交わす。
「どうですか、れんふぁさん。少し自分の機体の方向性、考えられましたか?」
「御巫先輩ぃ~、負けましたあ。でもでもっ、わたしもノーマルよりは軽いセッティングがいい気がします。ラスカちゃんみたいに極端でなくていいですけど。あと、なんか意表をつける武器があれば……ワイヤードハーケンとかチェーンハンマーとか、あと鎖鎌とか!」
「……ちょっと、尖り過ぎですね。でも、考えてみましょう」
「あとあと、色は黄色でかわいんですけど、もっとこう……ネコミミがついてるとか、フリルとレースとか、少しリリカルでビビットな愛らしさも欲しいかなあ」
「ふふ、そうですか。それだけ言えるなら、大丈夫ですね。明日は射撃武器も一通り試して、それからゆっくり仕様を煮詰めましょう。さて……千雪ちゃん」
機体同様地面の上で大の字になるれんふぁから、桔梗は微笑みながら離れて振り返った。
千雪は思わず自分を指差してしまう。
「チェックリストができたので、これを御堂先生に届けてください。羅臼にいるそうですが、多分摺木君もそこへ……呼び出されてたので。帰りは二人で一緒に戻るといいですね」
「……御巫先輩、それは。ええと、そういうお姉さんっぽいこと、されると」
「あら、ごめんなさい。でも、摺木君も千雪ちゃんも、弟や妹みたいなものですもの。ふふ、これが老婆心というものかもしれませんね」
桔梗は、皇都東京が壊滅した時、弟ごと家族を失っている。だが、北国の青森に来てからも彼女は悪夢とトラウマに蝕まれつつ、千雪に向ける笑顔は温かい。そして、兄辰馬の背中を死守する、温和ながら冷徹な狙撃手なのだ。
千雪はためらったが、桔梗からチェックシートを受け取るのだった。




