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第23話「朝が照らすもの」

 長い夜が、明けてゆく。

 悪夢のような時間は終わり、昇る太陽は等しく全てを照らして温めた。

 鉄屑(ジャンク)となって廃墟に転がる、無数のパンツァー・モータロイド。

 死せる魂はなにも語らず、生き残った者たちは泣くこともまだできない。

 廃都東京での決戦は、おびただしい犠牲の上に決着した。

 初の飛行型セラフ級、サマエルは完全に撃破されたのだ。

 高度を落とした母艦の羅臼(らうす)を見上げて、五百雀千雪(イオジャクチユキ)は風に髪を押さえた。肌寒い空気はまだ、陽の光に(あらが)うように(とが)っている。

 摺木統矢(スルギトウヤ)の膝から立ち、開放された97式【氷蓮(ひょうれん)】セカンド・リペアから降りる。

 誰もが疲れた顔で、勝利を味わうことすら忘れていた。


「……虚しいものですね、統矢君」

「ああ。俺たちは、いつまで勝ちを拾い続けなければいけないんだろうな」

「生きている限り、勝ち続けるしかない時代、なのでしょうか」

「さあな。ただ、俺は戦い続けるだけだ。戦わない自分をもう、自分でも許せるものかよ」


 片膝を突いた【氷蓮】から、千雪を追い越して統矢が飛び降りる。

 彼は振り向くと、珍しく「ん」と手を伸べてくれた。

 その手に手を重ねて、千雪も大地へと降り立つ。

 既に救護テントが沢山張られ、あちこちに包帯姿の幼年兵たちがいた。血と硝煙、オイルの臭いが充満する空気は、PMR(パメラ)の駆動音が耳をつんざく。

 勝利したとは到底思えぬ、疲弊しきった光景が広がっていた。

 それでも、千雪たち二人に気付いて振り向く姿が駆け寄ってくる。

 それは、同じ|皇国海軍PMR戦術実験小隊《こうこくかいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》、通称フェンリル小隊の仲間たちだった。


「ちょっと、統矢っ! アタシにあんなつまらない仕事させて、アンタねえ! ちょっと、聞いてる? なっ、なによ、ねえ! なんでアンタ、千雪と一緒なのよ!」

「おーい、ラスカー? お前のお陰でみんな、サマエルの隙を()けたんじゃねえか」

「そうですよ、ラスカさん。とても素晴らしい機転でした。……やはりパラレイドは、更紗(さらさ)れんふぁさんと【シンデレラ】を狙っているのかもしれません」


 頬を膨らませて詰め寄るラスカ・ランシングを、統矢が手を伸ばして押しとどめる。

 オデコへつっかい棒を押し付けられたラスカは、左右の腕を振り回しながら息巻いていた。勿論、統矢には手が届かない。そんな光景が、ようやく千雪に生の実感を連れてくる。

 兄の五百雀辰馬(イオジャクタツマ)も、その恋人の御巫桔梗(ミカナギキキョウ)も無事だ。

 チームの仲間は、誰一人欠くことなく生き残ったのだ。

 そして、この場にいないもう一人もきっと無事だろう。

 千雪がそのことを考えていると、察したように辰馬が笑う。


「れんふぁちゃんなら無事だぜ? 統矢、あとで千雪と見舞いに行ってこいよ」

「え? 俺がですか? また俺か……い、いいですけど」

「【シンデレラ】はありゃ、完全にオシャカだな。元々怪しい機体だったが、れんふぁちゃんが壊したあとで、ラスカがなあ」


 全員の視線が、そろって小さな金髪娘に吸い込まれる。

 ラスカは唇を尖らせると、周囲を(すが)めて()めつけ、最後の一人をロックオンした。


「なによ、文句あるっての? 統矢」

「な、なんで俺だよ!」

「アタシがアルレインでアレを運んで陽動しなかったら、アンタ死んでるんだからね?」

「……それ、俺のアイディア」

「なんか言った?」

「イエ、ナンデモナイデス」


 彼女がアルレインと呼ぶのは、89式【幻雷(げんらい)改型四号機(かいがたよんごうき)である。徹底した軽量化で、一撃離脱の高機動戦闘に特化した駆逐仕様のネイキッドモデル。今回は、パラレイドが狙っていると思われる【シンデレラ】を、母艦から引き剥がして撹乱(かくらん)するという大任をやってのけた。

 だが、その改型四号機も大ダメージだ。

 そして、フェンリル小隊の多くが、損傷を負っている。

 改型弐号機(かいがたにごうき)、試作型の電磁投射砲(レールガン)の誘爆により、中破。

 改型参号機(かいがたさんごうき)、格闘戦の末に大破し擱座(かくざ)

 改型四号機は辛うじて自力で帰還できたので、むしろ軽度な被害とさえ言える。

 無傷なのは統矢の【氷蓮】と、辰馬の改型壱号機(かいがたいちごうき)だけだった。

 千雪は改めて、二人の技量に感嘆する。

 兄は勿論だが、最近の統矢の操縦には鬼気迫るものを感じる。既に規格外の火力を得た彼の愛機は、その中に頭脳であり魂として統矢を宿したかのよう。ともすれば、あの紫炎(フレアパープル)がくゆるような機体が、統矢を連れ去ってしまうような錯覚すら覚える。

 気付けば千雪は、統矢の袖をギュムと握っていた。

 だが、彼はそんな千雪の想いもどこ吹く風で、呑気に話し出す。


「でも、桔梗先輩も無事でよかったですよ。さっき、凄い爆発がしたから」

「電磁投射砲は、以前から整備部の有志たちが佐伯瑠璃(サエキラピス)さんと作ってくれていました。冷却の安定化と小型化が今後の課題ですが」

「取り回し、悪くないですか? 外付けのジェネレーターも運ばなきゃいけないし」

「現状、わたくしたちの科学力と技術力では、あれが限界ということでしょう。だからこそ……【氷蓮】の、摺木君の力が必要になります。凄い鞘ですね……【グラスヒール】の巨大な単分子結晶(たんぶんしけっしょう)超小型粒子加速器ちょうこがたりゅうしかそくき。それを、あんな使い方を」

「そうなんですよ、あの八十島彌助(ヤソジマヤスケ)って奴、凄くて」


 気付けば千雪を、ニヤニヤと辰馬が眺めていた。

 兄は昔から、自分をからかい、いじって、遊び倒す。そういう時は必ず、こういう顔をするのだ。彼は苛立ちも顕に統矢を蹴飛ばそうとしたラスカを抱き寄せ、さらに嫌な笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっと辰馬! なによ! アタシ、無性に統矢を蹴っ飛ばしたいわ!」

「はいはい、ラスカちゃん。それよか、約束したろ? 安くて美味いもん、(おご)ってやるぜ。なんでも辰馬おにーちゃんに任せなさーい」

「な、なんでも!? ……アッ、アタシ、たい焼きってのが食べたいわ! アンコが入ってるのと、カスタードのと、あとチョコレートの!」

「へえへえ、どうせこの後は一度埼玉に寄るらしいからよ。羅臼が寄港する先で買ってやる。なーんでも御馳走してやるぜ」

「……ジュルリ。あっ、あったりまえでしょ!」


 ずるずるとラスカを腕にぶら下げながら、辰馬は行ってしまった。

 千雪に意味深なウィンクを残して。

 そして、その背を見送る桔梗はもう、あの似合わないサングラスをしていなかった。いつもの眼鏡の奥には、優しげにタレ目が(まなじり)を下げている。

 すっごく、面白くない。

 不愉快とも違う、なんとなく面白くない。

 ぶすっとしても千雪は、その気持ちを表情に表すこともできず憮然(ぶぜん)としていた。

 しかし、思い出したように統矢と桔梗の間に割って入る。


「そういえば御巫先輩。兄様の言っていた()()って、なんですか? アレ、とは」


 それは、御褒美らしい。

 兄の辰馬は、大好きらしい。

 大好きな桔梗がしてくれる、大好きなアレ……気になる。

 よくわからないが、ひょっとしたら世の恋人たちは皆、アレをしてるのだろうか。アレとは食べ物だろうか、それとも行為をさすものだろうか。

 だが、動じずに桔梗は「まあ」とタレ目を細める。


「アレはアレですよ、ね? 摺木君」

「え?」

「男の子はみんな、アレが大好きですから……ふふ。でも、ちょっと千雪ちゃんには早いでしょうか」

「……御巫先輩はいいんですか? 一つしか違いませんけど」

「ふふ、どうでしょう。でも、男の子ってみんなかわいいですよね」

「答になってません」


 余裕の笑みだ。

 やっぱりなんだか、ヤな感じだった。

 統矢だけが、二人の間で訳もわからず首を傾げている。

 桔梗はでも、千雪をいつも優しい眼差しでみてくれた。いつでも、未来の義姉(あね)であることが当然のように優しかった。

 それも少し(けむ)たいのだけど、くすぐったくて照れくさい。

 桔梗は長い三つ編みを手でいらいながら、僅かに頬を染めて話す。


「男の子って、いつも無茶で無鉄砲で、ちょっとおバカさんで。でも、そんな人にいつも、なにがしてあげたくなるんです。そうでしょう? 千雪ちゃん」

「……え、えと、その………………はい」

「こんな時代だからこそ、誰かに恋して、誰かを愛して、そういう些細なことを大事にしたいんです。あの人を生に繋ぎ止められるなら、わたくしはなんでもしますわ」


 (かな)わないなと思った。

 こんなことを堂々と言える桔梗に、女性として負けた気がする。

 同時に、ようやく素直に憧れることができそうだった。

 それだけ言うと桔梗も、遠ざかる辰馬とラスカを追いかけて、行ってしまった。

 余裕、そして貫禄である。

 恋する乙女である自分より、愛を知る女の桔梗が上だと千雪は実感した。

 そして、それが思ったほど嫌ではなかった。

 だが、気付けば桔梗を視線で追って、辰馬と腕を組む背中を見詰める統矢には、少しムッとした。


「統矢君。顔がにやけてます」

「えっ? 俺がか? どうして」

「こっちが聞きたいくらいです。どうしてですか? やっぱり、御巫先輩のアレが気になるんですか? アレってそんなにいいんですか? 私にアレは早いんですか? 統矢君!」

「まっ、待て千雪! 落ち着けって。……そんなん、俺は知らないよ。されたこと、ないんだしさ」

「本当ですか?」

「……お、俺は、千雪には嘘は、つかねえよ」


 真っ赤になって統矢は目を逸した。

 それで、問い詰めていた千雪にその熱が感染する。

 頬を赤らめた二人の間で、冷たい空気が言葉の伝達をやめた。

 だが、不意に統矢は「あ……ッ!」と声をあげるや、走り出す。

 彼が駆ける先にある人物を認めて、慌てて千雪もあとを追った。

 そこには、包帯姿の男が憔悴しきった状態で座っていた。

 正規の皇国陸軍軍人、美作総司(ミマサカソウジ)一尉だ。

 彼は、目の前に立った統矢が日差しを遮ったので、弱々しく顔をあげる。そこにもう、気の良さそうな青年の表情はなかった。


「あ、ああ……君は、っ!? ま、待ってくれ、僕は」

「歯ぁ食いしばれっ、お前! 覚悟はできてんだろうな!」


 総司の襟首を掴んで、無理矢理統矢は立たせる。

 彼の瞳には今、あの炎が渦巻いていた。

 光を吸い込む、暗い闇……奈落の深淵で(たぎ)るような、冷たい業火だ。

 更紗りんなの(かたき)を取るべく、復讐の修羅と化した、あの目だ。

 少年を憎悪仕掛けの怨讐細工(アヴェンジャー)に飾る、()てついた殺意。

 それを今、統矢は一人の少女のために再燃させていた。


「背中から撃ったな? 千雪をっ! ……それがお前の言う、幼年兵(ようねんへい)の守り方か? 正しい戦争だっていうのかよ!」

「統矢君、やめてください。この方は、怪我人です。あの状況では」

「止めるな、千雪! お前が許したって、俺が許さない……許せるものかよ! パラレイドの最前線に放り出されて、弾除けの盾にされ、使い捨てられる俺たちを! お前は背中から撃ったんだ!」


 統矢の眼光から、総司は逃げた。

 目を逸らす彼はもう、吊るされた咎人(とがびと)のよう。

 どうにか統矢を止めようとしつつ、千雪は知っている。

 こうなった時の統矢は、止まらない。誰も、止められない。

 強く想いを寄せている千雪ですら、止めることができないのだ。

 そんな時、(りん)とした声が走った。


「そこまでだ、摺木統矢。離してやれ……あれは不幸な事故だった。ガンナー・プリセットの94式【星炎(せいえん)】、その88mmカノン砲が暴発したのだ。そうだな? 美作総司一尉」


 振り向くとそこには、小さな銀髪の少女が立っていた。

 フェンリル小隊を預かる女傑、御堂刹那(ミドウセツナ)特務三佐だ。千雪たちにとっては、部の顧問であり、皇立兵練予備校こうりつへいれんよびこうでの担任教師でもある。

 その刹那が、つかつかと歩み寄ってくる。

 統矢が鼻を鳴らして手を離すと、ドサリとそのばに総司は崩れ落ちた。

 刹那は冷静さを通り越して、冷酷とさえ思える声を響かせる。


「子供が大人を殴るものではない、摺木統矢」

「……そういう大人の理屈はいらねえよ、御堂先生!」

「ここは学校ではない、御堂刹那特務三佐と呼ばんか」


 そう言い放つと同時に、乾いた音が響いた。

 周囲の誰もが、騒がしい中で振り向き、刹那を見た。

 彼女が振り抜いた平手が、総司の頬に赤い手形を刻んでいた。


「……大人を殴るのは、大人の役目だ。そうだな? 美作総司一尉」

「御堂特務三佐、僕は……いや、自分は」

「悔しいか? また大勢の幼年兵が死んだ。幼年兵を有効戦力として活用し、正規軍と同等の権利で守ろうとしたお前が……結果的に多くの幼年兵を死地に追いやった。お前を慕って、誰もが自ら望んで出撃したのだ」

「そ、それは……そんな」

「貴様の失態だ。無様な結果で、なにも生まぬ致命的なミスだったな。……泣くな、馬鹿者が。貴様の(こころざし)は、手段を誤ったために多くの幼年兵を殺したのだ。覚えておけ!」


 そして、意外な光景に千雪は驚いた。

 厳しい言葉で、罵倒(ばとう)とも思える追求をしながら……膝をついて泣き出した総司を、刹那は抱き締めた。そのまま頭を平坦な胸の上に抱き寄せる。小さな小さな刹那は、立ったままでも座り込んだ総司より少し大きいくらいだ。

 そんな刹那の声が、驚くほどに優しくなる。


「泣くな、馬鹿者。人間は失敗から学ぶものだ……美作総司一尉、悔しかったら偉くなれ。戦果をあげて出世しろ。組織の中で、組織を変える戦いへ挑め。それまで今後は、泣くことを許さん。いいな?」


 そう言って刹那は、ジロリと千雪たちを振り返る。


「二時間後に羅臼に全ての資材と機体、及び生存者を乗せて出港する。いいからあっちに行ってろ! ……御苦労だったな、貴様等。まずは上出来だ、今後も期待させてもらう」


 それ以上の言葉を刹那は言わなかったし、返事も反論も許さぬ眼差しだった。

 それで千雪は、舌打ちする統矢と一緒に(きびす)を返す。統矢はまだ、食い込む爪の痛みが聴こえてきそうな程に、拳を握り締めていた。

 だから、隣を歩きつつそっと千雪はその手を握ってやる。

 統矢はなにも言わず、千雪を見もしなかったが……拳を開いて指に指をからめてきた。

 そうして二人は、勝利の実感がない朝を羅臼へ向かって歩いた。

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