第22話「未来を、贖え!」
夜空に浮かぶ、黒い太陽。
今、再び飛行形態に再合体したサマエルが、かざす両手の中に暗黒を圧縮している。それは、放たれれば東京を巨大なクレーターへと変える戦略兵器クラスの力だ。
だが、大破した愛機の中で、五百雀千雪が感じる不安は、ない。
恐怖すら感じない。
ひび割れノイズが走るモニタの中に、背を向け立つ97式【氷蓮】セカンド・リペアの姿があるから。再び剣を鞘へと収めた、紫炎を象る包帯姿が今は頼もしい。
そして、交錯する広域公共周波数の中へ、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
『やっこさん、本気になりやがったな! だが……こいつはチャンスだ、行くぜ野郎どもっ! フェンリル小隊、フルアタック! ブッ潰せ!』
白亜に輝くパンツァー・モータロイドが、跳躍と同時に光になる。
スラスターを全開にして夜天に舞い上がったのは、千雪の兄だ。五百雀辰馬の駆る89式【幻雷】改型壱号機が火線を迸らせた。グレネードランチャー付きのアサルトライフルから、40mmのAP弾が炸裂する。
サマエルは己の装甲で鉛の礫を歌わせながら、ゆっくりと首を巡らせた。
群がる羽虫を払う巨象のように、その目から苛烈なビームが走る。
辰馬はアクロバットな高速機動で、夜を引き裂く光を避け続けた。
見ている者の寿命さえ削るような、危うい綱渡りのサーカス……そして、全く有効打を撃ち込めぬ虚しい攻防。だが、そう見えた瞬間が、次の言葉でひっくり返る。
『測距データを送るぜ、桔梗! こんなもんでどうだっ!』
『受け取りました、辰馬さん。お疲れ様です……あとで甘やかしてあげないといけませんね』
『へへ、だろ?』
『ええ』
瞬間、なにかがサマエルの右腕を貫いた。
禍々しく明滅する巨大な光球を掲げたまま、それを支えるかのような両腕の片方が滑落する。
突然の出来事で、千雪にも理解が及ばない。
突如、サマエルが狙撃された。
無敵を誇ったセラフ級パラレイドの装甲が、あっさりと貫通弾を許した。
ガクン! と揺れながらも、片腕でエネルギーの塊をより高々と掲げるサマエル。悪魔のような翼を翻して振り返る先に、魔弾の射手が佇んでいた。
『誤差修正……次弾、直撃させます!』
金切り声をあげる巨大なジェネレーターを、片足で踏み締める姿がそこにはあった。コンテナ大のジェネレーターと、何本ものケーブルで直結された超々長砲身……冷却に白煙を巻き上げるそれは、20mを超える巨大な電磁投射砲だ。
それを構えた御巫桔梗の89式【幻雷】改型弐号機が、バイザー状の狙撃スコープを回転させる。
三つのターレットが回転しながら照準を合わせれば、超電導で加速された弾体が飛び出した。火を噴く電磁投射砲から、重質量のGx超重金弾頭が炸裂する。
サマエルの胸が火を吹いて、大きくぐらりとバランスを崩した。
そして、三発目の射撃が、衝撃に耐えられず爆発した砲身から放たれる。
改型弐号機を巻き込み自壊した爆炎の中から、最後の一矢がサマエルの頭部を穿った。
「御巫先輩っ!」
『へー、千雪でもそんな声だすんだ? ビックリドッキリって感じ……殺したって死にゃしないわよ、あの女! それより、分離するっ! これ、邪魔!』
大地を消し飛ばす最凶最悪の攻撃が防がれた。
放つべきエネルギーの塊は霧散し、夜空をビリビリと震わせる。
同時に、損傷著しいサマエルは再び分離、三つの飛翔体となって乱れ飛ぶ。その軌跡を追いかけ馳せる真紅が、担いだトリコロールのPMRを投げ捨てるや加速した。
【シンデレラ】を降ろした、ラスカ・ランシングの89式【幻雷】改型四号機だ。
非常識なまでのピーキーチューン、徹底して軽量化されたネイキッドな機体が翔ぶ。
誰もが予想だにせず、想像の余地を常に裏切るトリッキーな機動……ラスカは無軌道なランダム回避を織り交ぜながら、飛び去るサマエルの三分の一を捉えた。
最後尾を飛んでいた黄色い翼に、紅い死神がのしかかる。
『こんのぉ! 暴れ、ん、なって、言ってる、でしょ! ……まず、一つっ!』
ラスカは機体ごとブチ当ててしがみ付くや、乗り上げて抱える飛翔体へと刃を突き立てる。大振りな単分子結晶、鉈のようなナイフが火花を巻き上げ食い込んでゆく。後にコードγと呼ばれる、黄色い飛行型パラレイドが編隊を乱した。
そして、三位一体のフォーメーションを崩した、他の二機にも動揺が走る。
そう、見守るしかできない千雪の目には、動揺が見えた。
狼狽える乗り手の不安が、揺れる翼から感じられる。
やはり、セラフ級には人が乗っている?
それは過去のセラフ級も、同じなのか?
このサマエルだけが、人を乗せて駆動しているのだろうか?
だが、そのことを考える余地を与えぬかのように、ラスカはとうとうコードγを叩き落としてしまった。一緒に墜落して炎上、大爆発。その中から、真っ赤な機体がゆらりと起き上がる。装甲らしい装甲を殆ど持たぬ改型四号機は、流血の満身創痍にも似た全壊状態で立ち上がった。
激しく燃え盛る炎を背負った、その姿はまさしく紅の修羅。
そして、改型四号機がキュインと首を巡らせる先に……まだ、残る二つが飛んでいる。既に三分の一を失った今、合体することは無理に思えた。だが、それでよしとしないのがフェンリルの牙と爪だ。
|海軍PMR戦術実験小隊《かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》……通称フェンリル小隊。
|皇立兵練予備校青森校区の戦技教導部を母体とする、PMRの運用データ収集や各種兵装の実働試験を行う部隊。しかし、それは陸軍に遅れをとる海軍の表の顔でしか無い。
秘匿機関ウロボロスとも密接に繋がったこの部隊の目的は、一つ。
すなわち、あらゆるパラレイドの完全な殲滅、剿滅である。
『っし、よくやったラスカ! あとでおにーちゃんが安くて美味いもんをおごってやろう!』
『ちょっと辰馬! 誰がお兄ちゃんよっ! あと二つ、叩き落としてやるわ!』
『あとは任せな、あらよっと! こいつで……二つ目、ダウンだっ!』
辰馬の改型壱号機が、再び空へ舞い上がるや急制動。雲を引いて飛び回る残りの飛翔体を攻撃する。即座に散開したコードαとコードβは、左右へと別れて逃げ始めた。
そして、それを目で追う千雪は、戦域が広がるのを感じて焦れた。
既に動かない千雪の改型参号機は、廃墟の街に横たわるスクラップに等しい。辛うじて動く首を巡らせても、その視界の外へ戦闘は続いてゆく。
意を決した千雪は、ハッチを開いて外へ出た。
大の字に横たわる愛機の胸に立ち上がれば、すぐ側に棚引くマント姿の機神が立ち尽くしていた。そこからヘッドギアの無線へと、摺木統矢の声が響く。
『下がってろ、千雪! ……幕を引くぜっ、こいつでっ!』
統矢の声に呼応するように、空の戦域が一つの決着を呼ぶ。
夜空を舞う辰馬の改型壱号機が、曳光弾の光をばらまきながら敵の機動領域を削ぎ落としてゆく。徐々に自由な機動を奪われる中で、ついに白いコードβが火を吹いた。
先程のラスカの攻撃でも見た通り、どうやら分離中の三機に特別な防御処理はされないらしい。サマエル甲乙丙、三機合体の三形態と違って、通常の兵装でも十分な打撃を与えることができそうだ。
『統矢っ、残り一つ! 任せたぜ! 辛えなあ、主人公ってな……嫌でも見せ場が回ってきちまう。なんてな、はは! っし、そこ! |Rock and Roll!!』
基本的に陸戦兵器のPMRで、辰馬は華麗な空中戦を演じていた。自らの空中での限界に挑みつつ、相手の自由を奪う戦い。最後には辰馬は、左腕に装備された大型シールドを叩きつけ、Gx超鋼製のパイルバンカーを叩き込む。
空中での大爆発を突き抜け、純白の隊長機は墜落するように不時着した。
同時に、敵を見据えて身構えていた、千雪のすぐ側の【氷蓮】が動き出す。
『見てろ、千雪っ! こいつが……蘇った俺の、お前と俺の……俺達の、【氷蓮】だっ!』
ヒュン、と【氷蓮】が巨剣を振り回す。
新開発された鞘は、単分子結晶の大剣【グラスヒール】の切れ味を覆うと同時に、その攻撃力を何倍にも高める秘密兵器だ。
その鞘が、割れた。
切っ先を包む先端を基部に、扇のように左右に割れてゆく。
顕になる刀身が、月明かりに輝いていた。
割れた鞘の基部は、その奥に隠されていたグリップがせり上がり、それを【氷蓮】の左手が伸びて握る。
それは、まるで弓だ。
【グラスヒール】の刃を矢に見立てて広がる、強大な剛弓……だが、引き絞る程に張り詰める、弓に必要な弦がない。千雪がそう思った、次の瞬間だった。
『【グラスヒール】、アンシーコネクト、モードB! 出力安定、フルッ、ドライブ!』
光と光とが、走る。
【グラスヒール】の鍔にセットされた、二丁のビームハンドガンが輝いていた。リボルバーにも見えるシリンダーが回転し、現代人類が実現し得ぬ超小型の粒子加速器が臨界の光に包まれる。そして、銃口から細い細い光の弦が伸びて、巨大な弓矢を完全な姿へと象った。
【氷蓮】は、鋭い矢となった【グラスヒール】の柄を握って引き絞る。
光の弦が張り詰めて、弓となった鞘が唸りを上げた。
「こ、これが……鞘の、もう一つの姿。……はっ、統矢君! 最後の一機が!」
『黙ってろ、千雪っ! って、なに外に出てきてんだよ。耐ショック防御、隠れてろ! いっく、ぜぇぇぇっ……こいつでっ、終わりだっ!』
身を翻した最後の一機、赤いコードαが突っ込んでくる。
その機体が、眩い光を集めて輝いていた。先程、飛行型のサマエル甲で生み出したエネルギーの塊に、勝るとも劣らぬ熱量が凝縮されてゆく。
白熱に輝く光球そのものと化して、コードαは特攻するつもりだ。
真っ直ぐ突っ込んでくるコードαに対し、【氷蓮】は動かない。
長大な剛弓を構えたまま、その必殺の一矢を狙い定めて、そして放った。
手を離した【氷蓮】から、統矢の気迫が叫ばれる。
矢のような【グラスヒール】は、飛び去る代わりに切っ先から苛烈な光条を絞り出した。
咄嗟に愛機の影へと滑り降りる千雪を、爆風と衝撃波が襲う。
統矢の生み出す地表の夜明けが、暗い闇夜を切り裂いた。
爆光、そして轟音。
暴れる長い黒髪を手で抑えながら、千雪は沸騰する空気の中で勝利を確信した。
そして、緊張感のない仲間たちの声が、耳元のレシーバーに響いてくる。
『っし、状況終了。作戦完了ってやつだな。母艦の羅臼に連絡して迎えに来てもらおうぜ』
『おつかれー、って……アタシの四号機、またボロボロ。なっ、直るわよね! 辰馬! ……これというのも、全部、ぜーんぶっ! 統矢が悪いんだわ!』
『なんで俺だよ、ったく。いいから辰馬先輩に、安くて美味いもんでもおごってもらえ』
『アタシ、お好み焼きっての食べたいわ! 明太子? とか、海老が入ってるやつ!』
『勝手にしろ、それより千雪は……ま、大丈夫だよな。桔梗先輩は無事ですか?』
『平気ですよ、統矢君。電磁投射砲は、この試作型では三発が限度のようですね。ふふ……心配しないでください。統矢君もあとで、うんと甘やかしてあげますから』
『うおーい、桔梗? 俺の前でそゆ話、しないでくれよなあ……アレしちゃうのか? それともアレか、アレもいいよな。俺はどっちかってーと――』
なんだか、面白くない。
気付けば千雪は、ぷぅ! と頬を膨らませてむくれていた。
同じフェンリル小隊の仲間で、自分だけ蚊帳の外のような疎外感。それに、やっぱりあの女はちょっと苦手だ。近い将来、確実に義姉になるであろう女性……なんだかかなり、面白くない。
「アレ、ってなんですか? アレとかアレとか、いったいどういう」
『わはは、愚妹よ! 子供にはまだ早いぜ……お前もいつか、統矢に教えてもらいな』
『いや、俺もわかんないですけど。それより千雪、無事だよな! し、心配してねーけどよ、お前のことだから。……参号機、修理手伝うからさ。帰ろうぜ、千雪』
バシュン! と【グラスヒール】の鞘が変形し、元の形で刃を包む。それを背負って、統矢の【氷蓮】が歩み寄ってきた。
夜風に流れる髪を抑えれば、近付いてくる【氷蓮】の輪郭が光り始める。
廃都と化した東京の戦場は、恐るべき敵を夜と共に拭い去っていった。
地平の彼方に、払暁の光が満ち満ちてゆく。
それに目を細めながら、千雪は【氷蓮】を見上げていた。
『乗れよ、千雪。参号機はあとで回収してもらうからさ』
片膝を突いて屈んだ【氷蓮】が、厳つい手を伸べてくる。それに飛び乗れば、ゆっくり持ち上がる中で千雪は振り向いた。
最後まで自分を守ってくれた愛機、改型参号機が仰向けに横たわっている。
損傷著しい擱座状態だが、直るだろう。
否、直すのだ。
我が身が傷ついたかに思える程の疼痛が、胸の中に疼く。
それもまた、目の前の少年が治してくれるような気がした。
【氷蓮】は片手で千雪を胸元へと持ち上げ、コクピットのハッチを開く。奥の暗がりから、計器の明かりに照らされた統矢がハーネスを外した。立ち上がる彼が身を乗り出し、手を伸べてくる。
「ほら、千雪。掴まれよ。……どした?」
「あ、いえ……」
「早くしろよな」
「ふふ、わかりました」
「……ったく、なにが面白いんだか」
統矢は笑った。
多分、千雪が笑ったからだ。
徹底して無表情な千雪の、自分でも笑い方を知らぬ微笑み。ほんの僅かに口元を緩める、その笑顔を統矢はいつも拾ってくれる。
統矢の手を取り、少し跳んでコクピットへと乗り移る。
弾みで統矢の胸へと飛び込んでしまったが。少年の薄い胸板はびくともせず受け止めてくれた。二人はほんの数秒、短い時間だけ抱き合う。
「身体、冷えてないか? お前……なんか、女の子って冷やしちゃ駄目なんだよな。昔からりんながうるさくてさ、そういうの」
「私、女の子ですか? ちゃんと、女の子できてるでしょうか」
「概ねな。概ね割りと、そこそこ女の子じゃないか。俺にはそれで十分だけど……嫌か?」
「いいえ、ちっとも」
もう少しこうしていたい気もしたが、名残惜しくも千雪は統矢から離れる。
こうして並び立つとやはり、千雪の方が少し背が高い。それも昔は気になったが、今は些細なことだと思える。見下ろす距離に統矢がいてくれる、それだけで満たされる気分だ。
「統矢君、アレってなんですか?」
「……は? いや、アレって……知らないよ」
「私にもできるでしょうか、アレ」
「だから知らないって! いいから早く乗れ、帰るぞ!」
「統矢君、御巫先輩にしてもらったことは」
「ない、絶対にない! 知らないっての、本当なんだからさ」
「兄様は好きらしいですけど……アレ。なんでしょう、アレ、とは」
「う、うるさい、放り出すぞ! ……は、早く乗れって」
再びコクピットのシートに引っ込んだ統矢は、目を逸しつつ……膝の上をポンポンと叩く。
千雪はおずおずと、内心はしゃぐ心を表現する術も持たず、そこに座った。
夜明けの光が昇り始めた空には、薄らいで消えるような白い月が浮かんでいた。




