第20話「与えられた過ち、選んだ間違い」
パラレイド、それは絶対の対空能力を持つ殺戮装置。航空戦力を過去の遺物へと葬った、恐るべき敵だ。強力な光学兵器を持ち、統制の取れた物量で全てを飲み込み粉砕する。
そして、その頂点たるセラフ級は、一騎当千の戦闘力を誇る。
関わる全てを灰燼へと屠る、死そのもの。
今、月夜に振り向くセラフ級サマエルを、艦上から復讐の狂戦士が見下ろしていた。
それを見やる五百雀千雪は、奇妙な違和感に機体を走らせる。
「統矢君……なにを? 母艦が的に……いえ、敵の様子が。サマエルが……迷っている?」
巨大な高高度巡航輸送艦である羅臼は、基本的には艦体構造物をぶら下げた飛行船だ。当然ながら攻撃力はないに等しく、パラレイドに対しては巨大な標的でしかない。
だが、サマエルはまるで躊躇するように動きを止めた。
左手に尖る巨大なドリルも、金切り声を叫ぶ回転が停止している。
その理由がすぐに、広域公共周波数へとキンキン響く声となって突き抜けた。
『ちょっと、統矢っ! 大見得切ったんだから、さっさとブッ倒しなさいよね! このアタシが、スコアを譲ってあげるんだから!』
「……ラスカさん? なにを」
レーダーの反応は、高速で母艦から遠ざかる光点を表示している。
そして、サマエルは移動するラスカの機体を気にして、その場で戸惑っているかのようだ。その不思議な光景のトリックを、追いついてきた兄の五百雀辰馬が叫ぶ。
『やっぱりか……奴らは、パラレイドはれんふぁと【シンデレラ】を狙ってる! つまり』
辰馬の声に、美作総司が『つまり?』と聞き返す。
千雪はもう、その先の言葉を理解している。
既に芽生えていた疑念は今、確信へと変わっていた。だから迷わず、愛機89式【幻雷】改型参号機をフルブーストで前へ押し出す。
そして、その先で摺木統矢の声が静かに響き渡った。
同時に、羅臼から無数の重金属音が高鳴り、一斉に地表へと舞い降りてくる。それは、搭載された全てのパンツァー・モータロイドを出撃させての、決着を賭けた総力戦だった。
『サマエル……お前の探してる【シンデレラ】は、ラスカが改型四号機で運んでる! 追うか? それとも……艦のれんふぁを先にやるか? 選べよ……どっちにしろ、俺が、俺たちがブッ潰す!』
同時に統矢が、展開するPMR部隊の最前線へと飛び降りた。そのまま背の鞘から巨剣を抜き放つ。その名は、【グラスヒール】……灰被りが残した未来への希望、ガラスの靴と呼ばれる最強の刃だ。
統矢の新たな愛機として蘇った97式【氷蓮】セカンド・リペアが、吼える。
月夜に遠吠えを叫ぶ孤狼のように、甲高い駆動をを響かせる。
ようやくサマエルが【シンデレラ】の追撃を保留した、その僅かな間隙に統矢は吸い込まれていった。迷わず千雪も、サマエルを統矢と挟撃する形で肉薄する。
「統矢君、フォローします!」
『任せた、千雪っ!』
「ずっと……背中に、後ろに、います。いつも、いつでも」
両手で握った大剣を、【氷蓮】が振り上げる。冴え冴えと光る刀身が、淡い月光を反射して輝いた。そのまま、単分子結晶の刃を統矢は叩き付ける。
機動力を重視したスピード自慢のサマエル乙型が、その攻撃を受け止めた。
避けることができなくて、防御したのだ。
明らかに、サマエルの動きは精細を欠いている……統矢の咄嗟の機転は、恐らく兄の辰馬の入れ知恵だろう。そう、パラレイドはどういう訳か、【シンデレラ】とれんふぁを狙ってくる。以前の青森での戦いでも、パラレイドは両者が存在する|皇立兵練予備校青森校区を狙ってきた。戦略的な拠点としては価値の低い、千雪たちの学び舎を。
千雪は、斬撃を浴びせて払い抜ける統矢を追って、拳を振りかぶる。
唸る豪腕を引き絞った改型参号機は、千雪が体得した武術を宿して吶喊した。
放たれた鋼の正拳突きが、炸裂する。
統矢の攻撃でバランスを崩していたサマエルは、今度は防御すら叶わず直撃を受けた。
「このまま、ブチ抜きます!」
千雪の気迫を、操縦桿に内包されたGx感応流素が吸い上げる。精神感応物質である、絶対元素Gxの恩恵を得て駆動する機兵……パンツァー・モータロイド、通称PMR。その性能は時として、操縦者次第でカタログスペック以上の潜在能力を発揮する。
千雪のためだけに最適化され、極端を通り越して極限の境地へと改造され尽くした、【幻雷】改型参号機。その厳つい拳が今、天使の名を冠する敵へと食い込んでゆく。
あと一歩、いや……半歩。
少しだけ踏み込めば、打ち抜ける。
確かな手応えは千雪に、愛機の鉄拳が敵を砕いて押し込む感触を伝えてきた。
同時に、新たなる違和感をも感じさせる。
「これは……動揺、している? 想定外、れんふぁさんと【シンデレラ】が分断されることを、予見していなかった? この挙動と感覚……もしや、セラフ級は」
その時、突如として捩じ込む拳が空を切った。
サマエルは再び三機の飛翔体へと分離変形し、星降る夜空へと舞い上がる。
今までの形態、乙型と呼ばれるドリル付きの陸戦タイプは、あっという間に姿を変えた。だが、乙型の時に頭部を形成していた飛翔体、白い機体……皇国軍がコードβと呼称するに異変を感じる。
他の二機に比べて安定感が欠けている。
震える翼は、僅かに合体のフォーメーションをゼロコンマの世界で乱していた。
『くっ、また合体する! 千雪、一度下がるぞ! 埼玉の連中も出てきた、包囲する!』
「待ってください、統矢君。サマエルの動きが、妙です」
『妙? なにがだ』
「一糸乱れぬ合体フォーメーションが今、少しだけずれていました。もしやサマエルは、セラフ級は――」
だが、戦いの趨勢は千雪に思考の時間を与えない。
今は訓練で鍛えられた反射と技術で、生き延びて殺すことに集中しなければいけない。そう思うことは、千雪には自然に思えた。
そう、殺す……きっと、統矢は今回のセラフ級も許さないだろう。自分さえ赦せない少年は、これからも天使たちを殺し続けるのだ。千雪はその背を見守り、護り続ける。そして、血で手を汚し続ける統矢に、いつか自分も傷物に汚して欲しいのだ。
そして、再度心に呟く。
殺す、殺し続ける……そう表現するのが今は当然に感じる。どうして今まで、誰もがこの可能性を言及してこなかったのだろうか? セラフ級パラレイドに、自分たちと同じ人間……少なくとも、生の感情を持った知的生命体が乗っているという可能性。
辰馬の声が援護射撃を連れてきて、空中で再合体するサマエルを牽制する。
サマエルは今度は、黄色いコードγを先頭に合体、第三の姿へ変形した。
今までの呼称になぞらえるならば、第三の姿はサマエル丙だ。
『くっ、千雪! 統矢も! 気をつけろ、初めて見る形態だぜ……下半身が無限軌道になってやがる。陸戦型か?』
第三の形態、サマエル丙が着地する。同じ質量の三機が合体した、サマエル甲型やサマエル乙型と同じ重量の筈だが……単純明快な物理法則さえ裏切るように、激しい地鳴りが超弩級の巨大さを伝えてきた。
サイズは勿論、重量さえ変化している。
先程のドリル付き、サマエル乙型が一番軽かったのだろう。
今は、地鳴りを引き連れる巨大な壁となってサマエル丙型が迫っていた。
しかし、距離を取る統矢と千雪を、背後からの援護射撃が包んで守る。
混戦する通信の中を行き交う、虚勢と、蛮勇と、狂奔と。
『うわああああっ! 出てけ、出てけよっ! 東京から、日本から……ここからも、どこからも! 出てけってんだよ!』
『C班とD班、回り込んで! 美作一尉を探して、助けるのよ!』
『沙菊の奴っ、抜け駆けしやがって……俺だって、美作一尉みたいな人となら!』
『ああ! 戦うぞ……ようやく俺たちを、使い捨ての弾除けや捨て駒じゃなく、戦力として使ってくれる人が現れたんだ! 後輩たちのためにも、あの人を死なせてはっ!』
『死んでもみんなを……あいつを守る! あいつの未来に、美作一尉は必要なんだ!』
なけなしの、覚悟、振り絞った、勇気。
半狂乱に近い中で、埼玉校区の幼年兵たちが射撃を続ける。
闇夜を曳光弾の軌跡が眩く彩り、火線がサマエルに吸い込まれてゆく。
だが、40mmのHP弾を全て受け止めていた。全く揺るがぬ様子で、ゆっくりとサマエルが動き出す。地鳴りを響かせ、巨大な戦車となった下半身が地を蹴った。周囲に爆発の花を咲かせながら、徐々に第三の姿となったサマエルが迫り来る。
即座に千雪は、対ビーム用クロークを棚引かせて馳せる。
急加速で突進する改型参号機を、更なる加速で統矢の【氷蓮】が追い抜いた。
互いにもう、言葉はいらなかった。
確認も必要ない。
ただ、敵を駆逐し、殲滅する……その想いを重ねているから、千雪は統矢に全てを預けられる。全てを捧げて戦えるのだ。
「機動力は格段に落ちた……ならば、装甲重視の防御形態でも!」
その時、サマエルの背から巨大な弾頭が空に上った。白煙を巻き上げて垂直上昇する、巨大な質量弾。それは突如、夜空で弾けて無数の礫を驟雨と浴びせてきた。
まるで、歩兵を薙ぎ払うためにPMRが運用する、対人用のクラスターだ。
あっという間に、回線が悲鳴と絶叫で満たされる。
戦域の全てに降り注いだ死の雹が、背後で爆発音を連鎖させた。
通常の教練をこなした程度の幼年兵では、避けるのは不可能だ。上空からの面での制圧攻撃、それは回避不能な死となって大地を蜂の巣にする。
だが、千雪は統矢と共にそれをしのいで、その先へと踏み込んでいた。
統矢の【氷蓮】が、その手の大剣グラスヒールを回転させながら守ってくれた。その下で千雪が、改型参号機を強く押し出す。
『行けっ、千雪! ここは俺が……!』
統矢の声に背を押されて、千雪が必殺の間合いへと踏み込み、同時に拳を振り上げる。必中の距離、取った……そう確信した瞬間、悲劇が千雪を襲った。
頭上を守ってくれる統矢が、突然『避けろ、千雪!』と短く叫ぶ。
同時に、装甲越しに肌で敵意を拾った千雪は、機体を翻して横へと転がっていた。
ここまでの距離を加速してきた突進力、貫き穿つ一点突破の拳が……遮られた。
そして、千雪が今までいた場所に、突然弾着の爆発が無数に生まれる。
フレンドリーファイヤ……誤射だ。
そして、レーダーの端に浮かぶ光点が、怯えたような声を震わせていた。
『違う……駄目だ、こんあのは駄目だ! こんな戦争は間違ってる……どうして子供たちが戦場に! 何故、僕ら軍人ではなく、子供たちばかりが!』
重武装の鈍重さを忘れて、のろのろと一機のPMRが彷徨い出た。セオリーを無視して単騎、おぼつかない足取りで砲撃を続けつつ、突出してくる。ガンナー・プリセット特有の88mmカノン砲を両肩に装備した、それは美作総司の機体だ。
陸軍正規兵仕様の94式【星炎】が、まるで出鱈目な攻撃を繰り返す。
無駄にサマエルの注意を引く総司は、嘆くような声を叫び続けていた。
『下がれ、埼玉校区のみんな……下がってくれ! ここは僕が、僕たちがなんとかする! 君たちは……子供たちは、僕が守るんだ! 国の宝たる若者を、その明日を……未来を』
咄嗟に千雪は、総司のフォローに回ろうとした。既に周囲を見ていない総司は、サマエルへふらふらと吸い込まれてゆく。強引にでも下がらせなければいけない……恐慌状態となっている場合、戦域外まで下がらせて戦闘薬の投与も必要かもしれなかった。
PMRには、コクピットの搭乗者へ直接投薬をする機能は実装されていない。
パイロットは最も安価で、無限に代えのきく人間なのだから。
千雪が機体を向ける先で、総司の【星炎】が無意味な射撃を続ける。
その背後に、静かに影が降り立った。
『……なにやってんだよ。あんた……邪魔するなら下がってろ! そんなに死にたいのかよ!』
統矢の【氷蓮】が、手にする巨大な刃を振るった。
斬撃の軌跡が光と走って、総司の機体が四肢を吹き飛ばされた。そのまま転がる機体の中で、まだ総司はなにかを喚いている。だが、統矢は構わずその胴体を蹴っ飛ばして、端へと転がす。
夜空へとカノン砲を乱射していた残骸は、弾切れでようやく静かになる。
通信回線には今、すすり泣くような声が響いていた。
『僕は、守りたかった、だけなのに……この街で、あの時も。六年前の、東京も。守りたかった……守れなかった』
総司の独白を聞いてる暇はない。
だが、体制を立て直す千雪は、統矢と共に忙しく機体を操る。二度三度と回避する中でも、サマエルは執拗に襲ってきた。車両のような下半身に低く構えた体躯、そして反比例するように長い両腕。左右の手を文字通り伸ばしてくる。蛇腹状になっているのか、その太く逞しい腕は、無限に追いかけてくるかのように夜空を切り裂く。
徐々にスクラップとなった総司の機体が、見えなくなってゆく。
既にサマエルにも敵として認識されなくなり、彼の声も遠ざかっていった。
最後に微かに、許しを請うような声が響く。
それに統矢は、なんの感慨も感情も抱かぬかのような言葉を吐き捨てた。
『戦っちゃ、駄目なんだ……君たちが、命を賭けることなんて』
『ゴチャゴチャ五月蝿ぇ! 俺は……俺たちは、戦う。もう、守ってもらうだけの戦いは嫌だ……誰だって、守られるより守りたいんだよ! 行儀がいいだけなら引っ込んでろ!』
それは、血を吐くような言葉だった。
かつて、幼馴染の少女に守られ、彼女が生きるべき未来を譲られた少年の声。彼を乗せて紫炎に燃える【氷蓮】は、夜風に対ビーム用クロークをはためかせて下がる。
千雪もまた、掛ける言葉を探せど見つからず、考えてる暇もない。
徐々に下がるしかない防戦一方に押し込められて、二機は交互に巨大な掌を避け続けた。周囲で援護してくれていた射撃は、先程のクラスター攻撃で激減している。即死だった幼年兵はまだいい……中には、まだコクピットに密閉されたままで生きてる者もいる。
そういった幼年兵が待つ最期を、千雪は知っている。
先の戦いでも見たし、世界中のアチコチで今も繰り返されている現実だ。
『う、ああ……腕が! 俺の腕がっ! 誰か拾ってくれよ、腕がないんだ!』
『なにも……見えない。ああ……このまま死ぬのかよ。寒いなあ……もう一回、あいつを……抱き締め、たい……』
『誰か! お願い誰か! ハッチが開かないのよ、炸裂ボルトも死んでる! このままじゃ私、私、蒸し焼きになっちゃう! 暑い……熱い! いやあああっ、火が、火がっ!』
阿鼻叫喚の地獄絵図が、次々と左右の耳から雪崩れ込む。
そんな中で、場違いな声が興奮も顕に響いた。
声の主は八十島彌助、千雪たち|海軍PMR戦術実験小隊《かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》。通称フェンリル小隊のメカニックマンだ。母艦の羅臼にいるらしい彼は、問答無用で歓喜の声を叫んでいる。
『聞こえているね、摺木統矢! 今こそ新たな力を解放する時……小生の設計と計算が正しいことを証明したまえ! 新兵器を、秘密兵器を……【グラスヒール】の鞘を使うのだぁ!』
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、千雪は背後に波の音を聴く。
知らぬ間に都内を移動して戦っていたため、東京湾に出てしまったのだ。着地する改型参号機の足元が沈み込み、ぬかるみとヘドロが飲み込み始める。白い波涛に洗われながら、気付けば腰まで海水が押し寄せていた。
それは統矢も同じだが、彼は背の巨大な鞘を……【グラスヒール】の鞘を取り外す。
鞘へと剣を納めた【氷蓮】は、濡れるままに身を沈めて、居合斬りのような構えに身体を引き絞る。全身に手当たり次第といった感じで貼られた、オレンジ色のスキンタービンがぼんやりと輝く中……統矢の新しい力が解き放たれようとしていた。




