第16話「その敵の名は、サマエル」
日本皇国海軍の高高度巡航輸送艦、羅臼。今は、五百雀千雪たち|海軍PMR戦術実験小隊《かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》の母艦だ。|皇立兵練予備校青森校区の戦技教導部をそのまま取り込み、正規軍として海軍では初めてのPMR部隊も一緒だ。
そしてここに、先程の戦闘でかろうじて生き残った幼年兵たちが合流した。
今、艦内には無数のパンツァー・モータロイドが集まっている。
だが、呉越同舟という言葉を心配すれば、自然と千雪は溜息が零れた。陸軍と海軍は、昔から険悪な関係にある。戦場の主役である陸軍に対し、輸送や兵站、援護射撃でしか貢献できなくなったのが海軍だ。そして今、遺都警備大隊のほんの僅かな生き残りも来ているという。
杞憂であればと思いつつ、千雪は前の席に並んで座る摺木統矢とラスカ・ランシングを見やった。ここは羅臼のブリーフィングルームだ。
「うっさいわね、アタシ気絶なんかしてないわ! もうちょっとであの合体パラレイド、倒せたんだから。……ここんとこ決めてに欠くわね、アルレイン」
「いやまあ、あんだけ軽くしちゃって、今更デカい武器も積み難いだろうが」
「知ってるわよ……ちょっと、なに一人で食べてんのよ、よこしなさいっての!」
「あ、おい! ひっでえ女だな……あーあ、一人で食っちゃったよ、ったく」
統矢のあれは多分、彼の遅い昼食で、少ないが支給された精一杯かもしれない。だが、そんなことはお構い無しで、ラスカはその手からカロリーカムラットを取り上げるや、ぱくついてあっという間に食べてしまった。
あれは、意外と珍しい芋煮味だ。甘じょっぱくて美味しいやつだ。
そして……間接キスだと思うと、ちょっと千雪は面白くない。
それで前の二人から視線を逸らすと、すぐに人だかりの中心に兄の姿が見えた。五百雀辰馬は今、埼玉校区の幼年兵たちに囲まれている。生き残ったのが20人ほどで、一人を除く全てが辰馬に憧れの眼差しを注いでいる。
饒舌に喋る兄のお調子者っぷりは、妹の千雪が見ても、少し恥ずかしい。
「でな、で……俺はその時、こう思った。仲間のためなら、愛する女のためなら死んでやれる! ってな。そいで突っ込んで正面からガチンコバトルよ。セラフ級ってな、もう、とにかく洒落にならねえ。でも、相手にならねえ訳じゃねえんだ」
身振り手振りを交え、机の上に座った辰馬の話が続く。周囲の少年少女たちは、上級生の言葉に瞳を輝かせていた。彼ら彼女らの目に映るのは、あの有名な強豪校、青森校区の戦技教導団……通称、フェンリル。今は海軍のフェンリル小隊となった千雪たちは、ある意味では世界中の幼年兵が憧れる英雄だ。
それを知るからこそ、敢えて辰馬は自分を大きく見せている。
虚栄を貼りながら、生き残った者たちの凍えた心に希望を植え付けてゆく。
「安心しな、埼玉の諸君! 大船に乗ったつもりでいりゃいいんだよ。俺らはできる、俺らがやるんだ。誰も死なせねえ、楽に死のうったってそうはいかねえ。這い蹲って泥をすすっても、俺たちは戦って、そして勝つ! いいか!」
辰馬の威勢のいい声に、元気な返事が無数にあがる。
先程まで疲れ果てて、死兵と貸していた埼玉校区の者たち……だが、食事と休憩と熱いシャワー、そして辰馬の言葉が戦力外の子供たちを奮い立たせる。
辰馬はいつでも陽気で強気、誰にも弱みを見せず楽勝ムードを常に演じる。
仲間を鼓舞して勇気づけ、的には虚勢を張ってでも味方の強さを誇示するのだ。
多分、兄はあの女にしか弱い自分を見せない。むしろ、あの女がいるからこそ、強い自分でいられるのだろうか。それは、まだ恋愛の半分の半分、片思いの恋しか知らぬ千雪にはわからなかった。わかるのは、社交的で明るく感情豊かな兄と違って、自分がどうしようもなくかわいくない女だということ。
またも溜息が零れて、憂鬱な気分になる。
そんな千雪の横で、元気のいい声が響いた。
「千雪殿! どうしたでありますか? あ、千雪殿はお腹が空いているでありますね! こんなこともっ、あろぉかと! 自分、ちょっとなら非常食を持ってるであります」
千雪の隣には今、そばかすの目立つ顔に満面の笑みを浮かべた渡良瀬沙菊がいる。彼女は何故か、千雪に猛烈に懐いてしまった。先程からずっと、子犬のようにべったりじゃれついてくる。少し鬱陶しい反面、その笑顔が千雪にもありがたいのは事実だ。
悩みを知らないような笑顔で、自分を気遣い敬ってくれる後輩の少女。
友達の少ない千雪にとっては、フェンリル小隊の仲間以外で話せる相手というのは珍しかった。それも、こんな短時間に親しくしてくれるなど、稀である。
「……沙菊さん。その、ええと」
「はいっ! なんでありましょうか、千雪殿。ああ、こっちの浜松うなぎパイ味の方が好みでありますか? 自分、他にはおしるこ味と盛岡冷麺味を持ってるであります!」
「いえ、カロリーカムラッドは……いいんですけど」
目の前に次々と携帯食料を並べる沙菊を見て、静かに千雪は笑った。だが、僅かに口の端を緩めた無表情は、おそらくは沙菊には通じていない。
そして、自分の表情の機微を拾える男の子は、さっきからラスカにやりこめられていた。
「沙菊さん、埼玉校区で生き残ったのは何人くらいでしょうか」
「はい、千雪殿! 89式【幻雷】で降下したのが、全校生徒210名であります。内、残ったのは23名……残りは、母艦ごとボカーン! でありまっす!」
「……わかりました、ありがとうございます」
「因みに今のは、母艦とボカーン、つまり爆発音とを掛けたダジャレでありますからして、つまり――」
この、かなりガッカリな残念感が丸出しの少女は、不思議な雰囲気を持っていた。妙に許せてしまう、無条件でかわいく思えてしまうのだ。美少女と言えば美少女だが、そばかすの目立つ顔立ちは幼く、短い髪はざっくばらんで色気が感じられない。
それでも、くるくると変わる表情で話しかけてくれる、それは嬉しいことだった。
そうこうしていると、周囲がざわめきを広げて視線を同じ方向へと向ける。
なにごとかと肩越しに振り向けば、サングラスを掛けた御巫桔梗が入室してきた。バインダーに書類を束ねた彼女は、それを手に千雪の隣に座る。沙菊とは逆側に、なんだか妙にピリピリした気配が突然現れた感じだ。
「あの、御巫先輩……階級で呼んだほうがいいでしょうか」
「いつも通りで構いませんよ、千雪ちゃん。でも、仮にも軍人になったのですから、引き締めるところは引き締めていきたいのです。よろしいでしょうか?」
「よろしい、です、けど、あの」
沙菊も周囲の生徒たちも、じっと千雪と桔梗を見ている。辰馬なんかは、露骨に肩を竦めつつニヤニヤしていた。
それでも、統矢はラスカと機体の整備やチューニングの話ばかり、振り向いてはくれない。彼は今、新しく蘇った97式【氷蓮】セカンド・リペアに夢中なのだ。千雪としては、更紗れんふぁのことも心配だし、その話も統矢としたい。自分と同じく、れんふぁが心配だと統矢に言って欲しい。
遺都東京で過ごした一晩が、嘘のようだった。
それが思わず、隣へと本音となって漏れ出る。
「そういえば、御巫先輩。そのサングラス……凄く、似合ってません」
「……そうですか?」
「ええ、とても」
「そう、ですか……ふふ、千雪ちゃんが言うなら、やっぱりそうなんでしょうね。辰馬さんにも言われてしまいました」
クスリと笑ったが、桔梗の目元は暗いレンズの向こう側だ。あの柔和なタレ目が見えないのは、ちょっとだけ不安だ。嫌いではないが苦手な人、いつか家族の一員になるかもしれない人、それが桔梗なのだが……千雪はやはり、どこか苦手だと再確認した。
そんなことをしてると、「諸君、御苦労!」と甲高い声が響く。まるで大昔のアニメに出てくるような声音で、小さな小さな特務三佐が現れた。千雪たちの直属の上官、御堂刹那だ。彼女は全く似合っていない軍服で、皆を見下ろすホワイトボードの前に登壇した。そしてマイクが置かれた台の影に、その矮躯が完全に隠れてしまう。
それでも彼女は、台の上によじ登ってしまうと、マイクを手に喋り出した。
「疲れている中すまん、だが敵は、パラレイドは待ってくれん! ここに、遺都警備大隊及び埼玉校区の残存兵力を吸収する。今後は我々海軍に従ってもらう、それがまず一つだ!」
相変わらず、刹那の物言いは高圧的で、見事なまでに完璧な上意下達だ。反論も意見も許さず、求めず、応じない。その上で、組織の歯車として十全の活躍を望んで期待し、そうでない者を厳しく追求してゆく。
ある意味では統矢と同じなのに、全くの間逆な上官、それが刹那だった。
統矢はパラレイドを憎み、自ら戦いの中へ飛び込んでゆく狂戦士だ。
だが、刹那は憎むパラレイドへと、ゲームの駒のように軍人や幼年兵を放り込んでゆく。勝ち目があると踏めば、千雪たちフェンリル小隊の面々も捨て駒にするだろう。
なにが彼女を駆り立てるのか、それはわからない。
だが、小さな女の子の姿には、統矢と同じくらいの憎悪が満ちている気がした。
「次に、先程のセラフ級だが、これをサマエルと呼称する。空戦に特化した攻撃的な形態をサマエル甲型、地上戦に特化し地中へ潜って消えた高速移動形態をサマエル乙型と呼ぶことにした。……恐らく、三機合体で三種の形態を持つ、つまりサマエル丙型もありうると警戒せねばならん」
サマエル、それが敵の名。
セラフ級とは、それぞれが天使の個体名を冠した、最強のパラレイドである。必ず単騎で出現し、戦略級の破壊力で都市や国家を消し飛ばす。北海道やブリテン等、一つの島を地球儀から消してしまう力があるのだ。
だが、倒せなくはない敵だと、この場の誰もが知っている。
千雪たちフェンリル小隊は、先の戦いでこのセラフ級を撃墜、破壊したのだから。
「やつは地中に潜ってしまい、今はロストしたままだ。だが……私にはやつを再び地上に引っ張り出す用意がある。そして、ここは無人の遺都東京、戦うにはおあつらえ向きの場所だ」
刹那の言葉に、少年少女がざわつきを広げてゆく。
そんな中、隣では沙菊が「やりましょう、千雪殿!」と意気軒昂。そして逆の隣では黙って桔梗が前だけを向いていた。
そして、刹那は千雪たちと敗残兵の23人を見渡し、大きく頷く。
再び彼女が口を開いた、その時だった。
不意にブリーフィングルームの入り口に人影が立つ。
「よし、では作戦だが――」
「待ってもらえませんか、御堂特務三佐。意見具申! 戦力の吸収を拒否したく思います!」
若い男の声だ。
それで誰もが、背後を振り返る。
頭に血の滲む包帯を巻いた、一人の軍人が立っていた。年の頃は、二十代半ばだろうか? 精悍な顔つきで、怪我も大したことがないようだ。階級章で陸軍の一尉だと知れる。
辰馬が親しみやすいタイプだとしたら、現れた青年は頼りがいのある上官といった雰囲気がある。まだ若いのに妙な貫禄があって、自然と千雪は彼がくぐりけてきた激戦を感じた。
「む、貴様は……陸軍だな? 官姓名を名乗れ」
「日本皇国陸軍遺都警備大隊副隊長、美作総司一尉であります」
「フン、ここでも陸軍と海軍でくだらんセクト争いをするか? 足の下には今も、セラフ級が……サマエルが潜んでいるかもしれんのに。ん?」
「失礼はお詫びします、御堂特務三佐。貴官が人類同盟の秘匿機関、ウロボロスから派遣された人員であることは承知ですし、自分に派閥争いを増長させる趣味はありません」
「……現場のたかだか一尉ごときが知ってては、秘匿機関もなにもあったもんじゃないな。ええ?」
ニヤリと刹那が笑うも、周囲の幼年丙たちは首を傾げるばかりだ。千雪たちならいざしらず、一般の兵練予備校の生徒が知る筈がない。秘匿機関ウロボロス、それは人類同盟の影で暗躍する謎の組織……今は味方だと信じるしかない者たちだった。
そして、総司は入室してくると刹那に歩み寄った。
「自分に、元の遺都警備大隊の残存勢力を……幼年兵たちをお預けください。自分が隊長を引き継ぎ、彼らを直接指揮します」
「出世が望みか?」
「いえ……自分は我慢ならないのです。彼ら子供たちは、国の宝。この戦いを勝ち残れば、地球の文明を復興させてゆく力なのです。それを捨て駒同然に使い捨てる作戦を、自分は許したくありません」
「ふむ……貴様の上官は、大隊長は真っ先に彼ら彼女らを降下させたな? サマエルが暴れる戦場へと、露払いに……弾除けにばらまいたんだ」
「……否定はしません。そして、自分が大隊長を止められなかったことも事実です。ですが!」
誠実さの塊のような表情で、懇願にも似た瞳で総司が言葉を選ぶ。
なにか気に食わないのか、刹那はそんな総司を壇の上から見下ろしていた。
だが、意外な言葉を刹那は発した。
「よかろう! やってみろ、一尉。元から埼玉校区の連中は遺都警備大隊の管轄だ。今後もそのまま一尉が率いる方が効率がいいと判断する」
「ハッ! ありがとうございます!」
「だが、貴様のような甘ちゃんに指揮官が務まるかな? 無駄死にさせるかしないかではない……死を無駄にせぬ戦いができるかを問われるのだぞ?」
「死ねば無駄も有益もない筈です。生きてこそ、生き残ってこその――」
「話は終わりだ、席につけ。話すことも少なく、作戦らしい作戦もないがな」
それ以上刹那は、総司の言葉に取り合わなかった。
そのまま憮然としつつも、総司は空いてる椅子に座る。
刹那は残りの連絡事項を話して部屋割りを確認させると、翌朝早く再び遺都東京上空へと艦を進める旨を告げる。
千雪たちフェンリル小隊には個室があてがわれているが、埼玉校区の者たちは下士官用の四人部屋だ。巨大な輸送艦とはいえ、スペースは有限、そして軍艦故に階級の上下は全てにおいて優先された。
改めて准尉扱いの自分を振り返る千雪だった。
「……では、以上だ! 客員、乗機の整備をした上で整備班と連携し、今日中にチェックリストを提出しろ。埼玉校区の者たちは美作一尉に、フェンリル小隊は私にだ! ……それと、摺木統矢。お前は残れ、ちょっと来い」
千雪の前で「俺が?」と、自分を指差す統矢。周囲が立ち上がって口々に言葉を並べつつ、部屋を出てゆく。それを見送れば、どうやら先程の総司は埼玉校区の生徒たちにも元から人気があったらしい。
同じ大隊からの付き合いは、なるほど作戦時には有効かもしれない。
連携を密に取るためには、パイロット同士の連帯感は必要になることも多いのだ。
「うーし、桔梗! 俺らもさっさとやることやっちまおうぜ」
「了解です、辰馬さん」
「それとなあ、桔梗……やっぱそのサングラス、全っ! 然っ! 似合わねーぞ。わはは」
「……やっぱり、ですか。困りましたね」
苦笑する桔梗も立ち上がると、辰馬と言ってしまった。
そして、当然のように千雪の腕に抱き付いて、沙菊が立ち上がる。つられて立った千雪に、彼女は満面の笑みを浮かべてはにかんだ。
「自分、千雪殿の機体整備を手伝うであります! ……実は、有名なあの千雪殿の機体、あの空色の一本角をじっくり見たいであります! 触りたいのでありまして、ハイ!」
「……一人で、できますけど」
「自分なんかに遠慮は不要であります!」
「はあ、では」
統矢と刹那の話が終わるのを待ってもよかった、むしろそうしたかったのだが、断り辛い。そして、ウキウキとひっついてくる沙菊に押し切られて、千雪は格納庫へ向かおうとした。自分の機体が終われば、沙菊の機体を手伝って……遅れて来るであろう統矢を手伝えばいい。いつもPMRを介して二人は一緒だったことを思い出す。
その時、統矢の突然の声が叫ばれた。
「ちょっと待て、御堂先生! そりゃないぜ」
「御堂刹那特務三佐と呼ばんか、バカモンが」
「じゃあ、なにか? ……れんふぁを囮にしようってのか? サマエルを引きずり出す餌に、そういうことかよ!」
「現時点で最も有効な可能性の一つだ。他に選択肢はない」
――れんふぁを、囮に?
その言葉の意味がわからず、千雪は足を止めた。そして思い出す……以前、北海道を消し飛ばしたあのゼラキエルは、どうして青森校区を狙っていた? 何故、サマエルは遺都東京で初めて合体してみせたのか?
その答の中心に、一人の少女が浮かび上がるのを、千雪は否定しようにも否定できなかった。




