第14話「遺都、燃ゆ」
上だけを見て、天だけを睨んで五百雀千雪は翔んだ。
彼女を乗せて地を蹴る愛機、89式【幻雷】改型参号機が微動に震える。巨大な拳を振りかぶる空色の機体は今、その先に威圧感を放つ魔神を捉えていた。
三機の飛行型が合体した、セラフ級パラレイド。
その大きな瞳が、装甲越しに千雪を見下ろしていた。
「もう少し……あと少し! 踏み込んでっ!」
小さく叫ぶ千雪の気迫を、操縦桿に内包されたGx感応流素が拾う。絶対元素Gxによって精神力や感情波を拾って増幅するその機能が、改型参号機の全身へと千雪の意思を行き渡らせた。
背面に並ぶスラスターから輝きを引っ張り出して、さらなる加速で急上昇。
瞬く間に、眼下を睥睨するセラフ級の真上へと躍り出た。
太陽を背に、重力に身を委ねるや、垂直落下。
同時に、インパクトのタイミングを見定める千雪の集中力が雑音を消す。音も光もない世界の中で、彼女は完璧な一瞬に全てを解放した。
「正中線……穿つ!」
避けることなく視線を巡らし、ゆっくりとセラフ級が見上げてくる。
その目線を放つ双眸の間、眉間へと鋼の拳が突き出された。
激しい衝撃音と共に、確かな手応え。だが、パンツァー・モータロイドが立って歩ける程に巨大な顔面の中心部は、奇妙な感触で千雪の肉体そのものとなった拳を押し返す。
操縦桿を介して、無手の格闘戦用に強化された改型参号機の拳が触れるもの。
それは、硬い感触と同時に、瞬時に解けて柔らかく弾んだ。
急に手応えが消え失せると同時に、千雪は回避運動で敵から離れる。
一秒前の自分の残像が、目の前で巨大な両手に押し潰されていた。そして、遠ざかるセラフ級の揺るがぬ姿を見ながら、落下しつつの姿勢制御に機体を操る。その間もずっと、千雪は驚くべきセラフ級の力に歯噛みしていた。
「装甲が……自己再生、する。嘘……直撃だった筈ですが」
改型参号機の拳が穿った、巨大な窪みが消えてゆく。
まるでダメージがないかのように、全く動じずにセラフ級は宙に浮いていた。その背に広がる真っ赤なマント状の装甲が、まるで凱歌に揺れる旗のように棚引いている。
全くの無傷に、千雪には見えた。
その絶望感が、全裸の肌という肌を不気味な悪寒で凍えさせる。
全身の毛穴という毛穴から、見えない何かが浸透してくるような感覚……泡立つ柔肌を這い上がってくる嫌悪感に、千雪は歯を食いしばって抗った。
そして、自分と入れ違いになにかが空へと上がってくる。
天へと昇る龍のように、光の尾を引く金切り声。それは、猛り荒ぶ怒龍の咆哮にも似た、独特の駆動音を響かせていた。全身を象る紫炎の輝きが、背の巨大な剣を手に加速する。重力など知らぬかのように舞い上がる。
『千雪っ、合わせろ! もっと高さを……奴のずっと上を取る!』
「統矢君? ずっと? もっとですね!」
すかさず千雪は、愛機の両手を重ねて待ち受ける。
同時に、視界を埋め尽くすように、紫色のPMRが浮かび上がった。ツインアイの片方をオレンジ色のスキンテープで覆った、隻眼の人型。相変わらず新造パーツと従来の装甲とを、無理やりに応急処置で繋ぎ止めている。
摺木統矢の新たな力、そして変わらぬ想い……97式【氷蓮】。
セカンド・リペアへと再び蘇った機体からは、すぐに統矢の意図が千雪に伝わってくる。装甲を隔てて空気を間に挟んでも、千雪はすぐ間近に統矢の息吹を感じた。
「統矢君、《《|打|ち|上|げ|ま|す!」
『頼むっ!』
千雪の改型参号機を、統矢は踏み台にした。
大きな両の手を、【氷蓮】の脚が踏んだ、その瞬間……全力で千雪は空へと腕を振り上げる。そのイメージを注がれた改型参号機が、フルパワーで【氷蓮】を打ち上げた。
あっという間に統矢の【氷蓮】が、悠々と飛ぶセラフ級の上を取る。
同時に、母艦である羅臼から叫ばれる声が悲鳴のように裏返った。
『摺木統矢、統矢君! 小生の説明はまだ終わっていないのである! まず、以前からの問題であった高出力稼働時の排熱でスキンテープが発火する現象、これを新型のGxスキンタービンで……ただのスキンテープではない、排熱を吸収して全身の稼働を補佐する、いわば補助人工筋肉で……聞いているのかっ! もぉーっ!』
『御託はあとででいい! 今は……こいつをっ!』
手にする巨大な剣から、統矢の【氷蓮】がなにかを外した。
それは、鞘だ。
今までなかった、鞘を抜き放つや彼は捨てた。
もともとは【シンデレラ】が装備していた、現在の技術では生成不能な大きさの単分子結晶だ。その煌めく刃が、巨大な鞘を払って現れた。
またも母艦から、PMRの整備や開発のためにやってきた八十島彌助が絶叫する。
『ぬおおっ! 鞘を! 鞘を、捨てた!? んぎぎ……そ、それはーっ! 新装備の、新たな【氷蓮】の力っ、捨ててはイカーン!』
とりあえず、落下し始めた改型参号機を微調整で操り、千雪は巨大な鞘を拾う。
手にした瞬間に、それがただの鞘ではないことが千雪に伝わった。
「これは……? ……なるほど、そういうことですか」
だが、地面へと吸い込まれる千雪は今は、鞘を手にして落ちるしかない。
反対に、空中で姿勢制御もそこそこに、統矢の【氷蓮】はセラフ級へと斬りかかる。闘志が迸る統矢の咆哮が、回線を通じて千雪の耳に木霊した。
鼓膜を揺さぶる熱い雄叫びが、自然と不快な寒さを振り払ってゆく。
身体が火照るのを感じながら、千雪はそっと片手で己の肩を抱いた。
『そこを動くなぁ! 叩き斬ってやるっ!』
高く高く大上段に構えられた剣が、陽光を反射する刃を振り下ろす。
すかさずセラフ級も、再び両肩から手斧を射出、それを握って受け止めた。
異次元の力と力が鍔迫り合う中、セラフ級の背後に迫る光。それは、大きくターンして加速距離を確保した、れんふぁの【シンデレラ】だった。音速に匹敵する速度で飛び交う【シンデレラ】は、機体を包む重力場がハッキリと目視できる。
まるで、青空を歪めて飛翔する小型のブラックホールだ。
注ぐ光を捻じ曲げながら、【シンデレラ】が纏う力場で体当たりを敢行する。
そして、統矢の声が叫ばれた。
『れんふぁか、下がってろ! その機体じゃ戦闘は……うおっ!?』
その時、巨大なセラフ級は突然……己を象る輪郭を弾けさせた。突然爆発したかのように、その巨躯が霧散する。
再び三つの高速飛翔体へと分離したセラフ級は、統矢の剣戟をすり抜けた。
同時に、身を浴びせるように飛び込んでくる【シンデレラ】をも避ける。
三つの影は連なり並んで、一つの列になって飛び交った。
速過ぎるその機動を目で追えば、千雪の意思を拾って改型参号機が着地と同時に首を巡らせる。PMRの細かな動きは全て、Gx感応流素による思考制御の補助機能が司っていた。
大きく弧を描いて再び戻ってくるセラフ級の、その並びに千雪は目を光らせる。
「並びが……違う? 先程の合体、赤、白、黄でしたが」
今、編隊を組んで頭上を、あっという間に三機に分かれたセラフ級が飛び去る。辛うじて捉えた画像は、やはり先ほどとは違う。
その意味を千雪は、混乱しながら降りてくる統矢の声で知った。
『大丈夫か、れんふぁ! ……あ、【シンデレラ】には無線が……くそっ、とりあえずお前は下がれ! 奴は……《《|奴|は|ま|た|合|体|す|る|ぞ!』
統矢の言う通り、大きなループで宙に円を描いて、再び三機が合体する。
縦に白、黄、赤の順に連結され……そして再び巨大な人の姿へと変わった。それは、先ほどとは全く別の形態となって、地上へと降りてくる。
その着地点に急ぐ千雪のすぐそばに、統矢も逆噴射の風圧を広げて並んだ。
見上げればまだ、【シンデレラ】は飛んでいる。
「統矢君、先ほどと全く違う形態です。もしや」
『ああ! あいつは、あのセラフ級は……三機で三種の合体パターンを持っているんだ。そして恐らく、さっきの空中戦用と変わって、今度のは!』
朽ちて廃墟となった街に、セラフ級の巨体が立ち上がる。
それは、まるで古代の聖典にある悪魔のように、頭部が天へと尖ってそそり立つ。右手は巨大なドリル状になっており、右手には簡素だが頑強そうな鉤爪状のマニュピレーター。
地上戦闘用に機動性と運動性を重視しているのか、下半身は細く鋭い印象を与える。
そして、千雪の分析を裏切らぬ疾さで、セラフ級は走り出した。
そう、《《|走|り|出|し|た……PMRと同様に、大地を揺らして二本の脚で駆け出したのだ。
その加速が次第に、物理法則さえ捻じ曲げてさらなる増速で空気を切り裂く。
「信じられません……統矢君! 気をつけてください。敵が、音速を……突破、しました」
周囲に空気の断層を幾重にも広げて、セラフ急が廃都となった街を疾駆する。ただ駆け抜けるだけで、遅れて広がるソニックブームが、朽ち果てたビルを次々と切り裂いた。
その移動に巻き込まれるだけでも、普通のPMRならひとたまりもない。
千雪は統矢の【氷蓮】を見送りつつ、忘れかけていた仲間を思い出して通信を繋ぐ。同時に、高高度へと退避した羅臼からは、二つの機影が射出された。パラシュートで優雅に降りてる時間はない。限界高度で逆噴射しての、強引な強攻着陸だ。
「あれは、兄様の改型壱号機と……御巫先輩の改型弐号機。ラスカさん? 聴こえていますか? さっきから気配が……ラスカさん?」
千雪の呼び掛けに、ややあって声が響く。
『……ん、んっ……はっ!? ア、アタシ……千雪?』
「気付きましたか? ラスカさん。すみません、統矢君に夢中で忘れてましたが、大丈夫でしょうか」
『っ……!? アタシ、気絶なんかしてない! ったく、いい性格してるわ、千雪。アンタね、そういうとこだけ素直なの、気に食わないわっ!』
「ありがとうございます。とりあえず連携、五機で追い込みましょう。フォーメーションを……」
『褒めてないっての! ……アタシ、【シンデレラ】の……れんふぁのフォローに回るわ。ちょっと無茶しすぎた、アルレインの関節や駆動系の負荷が気になるし、オイルも上がってきてる。もう全力では動けないかも』
「了解です」
先行する統矢の【氷蓮】を追って、走る改型参号機が次第に歩幅を広げてゆく。一歩一歩が跳ぶように馳せれば、千雪は愛機の推力を解放した。
加速力を爆発させた改型参号機が、あっという間に低空を滑空して【氷蓮】に追いつく。
二機が向かう先では、音速の竜巻と化したセラフ級が土砂を巻き上げていた。
土色に逆巻く空気の断層が、その中にプラズマをスパークさせながら迫ってくる。
「統矢君、鞘を。これは大事なものだそうですが」
『待て千雪っ! 持っててくれ、後で……避けろ!』
それだけ言うや、統矢の【氷蓮】が左へと飛び去る。
同時に、千雪も右へと大きく操縦桿を倒した。
二手に分かれた両者の間を、渦巻く死の風圧が擦過した。
そして、一拍の間を置いて、地面のアスファルトがめくれ上がる。放置されていた路上の車両が宙を舞い、同心円状に建物が吹き飛ばされてゆく。
これでは、攻撃のしようがない。
接近することすら許されないのだ。
『クソッ! なら射撃で!』
地面を削りながらターンしつつ、【氷蓮】が手にする大剣の鍔を分離させる。それは二丁の拳銃になっており、しかも通常の火器ではない。以前は共通規格の30mmオートを接続していたが、今は元に戻されていた。
【氷蓮】は地に剣を突き立て手放すや、二丁の拳銃を交互に撃ち放った。
加速された重金属が粒子を纏って、光の矢となり飛んでゆく。
謎のPMR【シンデレラ】がもたらした未知の兵装、ビーム兵器だ。これもまた、現在の人類では製造不能なオーバーテクノロジーである。
再度、千雪は胸の奥に浮かびかける疑問符を心で踏み付ける。
巨大な単分子結晶にビーム兵器、そして重力場によるバリアに……次元転移。
果たして【シンデレラ】は、そして……れんふぁはどこからやってきたのだろう。
今は戦い一意専心を意識しつつも、千雪は行き交う回線上の会話の奥へと無言で問い掛ける。通信機器が搭載されていない【シンデレラ】は、なにも応えてはくれない。
『桔梗! フォーメーションを組み直すぞ、援護してくれ! 統矢、千雪、合流しろ! ラスカはれんふぁの【シンデレラ】を頼むっ!』
兄の五百雀辰馬の声が、いつにも増して緊迫感を増している。彼の白い改型壱号機は、既にセラフ級が嵐となって吹き荒れ蹂躙した大地の、巨大な轍を走っている。
御巫桔梗の改型弐号機はスナイパーなので、既に廃墟の何処かに気配を消していた。
数でこそ四対一、ラスカとれんふぁも頭数に入れれば六対一だ。
だが、パラレイドの侵略が日常化したこの世界で、セラフ級を撃破した前例は少ない。そして、千雪たちがその希少な前例を打ち立てた人間であることも事実だ。
「兄様、統矢君と攻撃に備えてください。御巫先輩、聴こえていますか?」
『ええ、感度良好。見えてます、千雪ちゃん』
「援護射撃、お願いします。当てなくてもいいので、少しでいいからセラフ級の足を止めてください」
『了解です。……大丈夫ですよ、当てて足止めしますから』
奇妙な間を挟んで行き交う言葉に、男性陣の『なんか、怖くねーか? 統矢』『はあ、まあ』と腰の引けた声。だが、千雪は桔梗に思うところがある反面、チームの一員として信頼を預けていた。
彼女の銃口から逃げられた者は、存在しない。
魔弾の射手はその目に映る全てを、狙い違わず撃ち抜く。
「兄様、私が仕掛けます。速度を緩めたところに私が吶喊するので、統矢君と射撃で私ごとお願いします。……こっちは自分で避けますので」
『おい待て千雪! そういうのは作戦って言わねえ、俺が部長、今は隊長だ。俺の話を――』
「では……行きますっ!」
『こんの、馬鹿娘! 愚妹! デカパイミルクタンク! んにゃろぉ……誰か、あのボケナスを止めろぉ!』
踵を返すや、千雪は愛機に鞭を入れる。
同時に、どこからともなく弾丸が向かう先へと吸い込まれてゆく。二発、三発と飛来する狙撃を追って、音速のセラフ級へと千雪は飛び込んだ。
だが、圧倒的な疾さで大地を走破するセラフ級は、周囲に巻き起こる対流で弾丸を跳ね返す。それすらも千雪には計算通りだった。敵意を拾って察知するや、セラフ級は速度を緩めて振り返った。
その間隙に全力で千雪は特攻する。
改型参号機は、低く地を這う影のようにセラフ級へ吸い込まれていった。
そして、予想外の言葉が回線越しに千雪の鼓膜を掻き毟る。
『こちら皇国陸軍の遺都警備大隊! いかなる理由であれ、遺都東京への侵入は禁止されている! ……なに? パラレイドだぁ? セラフ級!? ……肉眼で確認した、海軍は引っ込め!』
『クソッ、陸軍の能無し連中が到着か。こちらは|海軍PMR戦術実験小隊《かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》、指揮官の御堂刹那特務三佐だ。貴官の階級と姓名を名乗れ!』
『特務の、ウロボロスのガキか! いいから海軍はどけっ、あくまでパラレイドとの交戦権は陸軍にある! 海軍は輸送任務だけやってりゃいいんだよ!』
『そんなことを言ってる場合ではないのだ、セラフ級だぞ! 沖縄でも青森で足を引っ張りおって……』
『貴様、その言葉は上官侮辱罪だぞ! ……なに? よし、出せ。幼年兵からさっさとばらまけ! 奴らの降下を陽動にして強行着陸、本隊を急速展開する! 急げよ!』
気付けば空には、羅臼以外にもう一隻の巨大な飛行船がいた。絶対元素Gxによる不燃性ガスの発見により、高高度を低コストで大量輸送に行き来する巡航輸送艦だ。
しかし、羅臼と違って高度を下げ、さらに大量のPMRを降下させた。
悠長に落下傘が無数に開く中、セラフ急は再び分離して空へ舞う。
それを見上げる千雪の拳が、旋風となって残った嵐の残滓を突っ切った時だった。
再度最初の姿へと合体したセラフ急が、空へと四肢を伸ばして腹を突き出す。高熱源反応に光が収束し、そして苛烈なビームが迸った。
それは、ばらまかれた幼年兵の大半を巻き込み……割り込んだ【シンデレラ】のバリアをも打ち破ると、降下中の艦に直撃した。輸送効率を第一に造られた、軽合金製の船体などひとたまりもなかった。駆けつけた陸軍の遺都警備大隊は、日頃から足に使っていた海軍の艦ごと天空で大爆発に消える。
同時に、セラフ級は分離合体するや地上型に戻って、地の底に潜って消えた。
全く相手にならぬ勝負の中で、勝負にすらならなかった戦いが終わった。




