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第1話「プロローグ」

 それは、四月も初旬(しょじゅん)だった。

 度重(たびかさ)なるパラレイドによる、全地球規模の攻撃が続いてより三十と三年……既に地軸の傾きは乱れ、世界中のバランスが狂い始めていた。この季節、日本最北の地となった青森はまだ雪が()まない。

 確か、人類同盟(じんるいどうめい)第三次北方防衛戦だいさんじほっぽうぼうえいせんで敗北し、北海道が消滅して間もなくだったと思う。

 そのことを五百雀千雪(イオジャクチユキ)は、今も覚えている。

 そして、いつでも思い出せる……

 きっと、いつまでも忘れないだろう。


「おう、千雪。お前、なにそんなに急いでんだ? ミーティングだ、まずは部室に顔を出せっての。……おい、千雪っ! あー、たまにはかわいい兄貴(あにき)の言うことを聞けよな、ったく」


 兄の五百雀辰馬(いおじゃくたつま)が苦笑する声を、千雪は全速力の駆け足で振り切った。

 部室には必ず顔を出す、後でミーティングにも参加する。

 でも、今この瞬間だけは、自分のことを優先させたかった。

 滑るように階段を降りる千雪の背に、部活の……戦技教導部(せんぎきょうどうぶ)の仲間たちの声が弾んでいる。こうして今日も平和な放課後だが、誰もが知ってて平穏を甘受(かんじゅ)していた。

 薄氷(はくひょう)の上の、仮初(かりそめ)の平和。

 こうしている間にも、敵は迫っている。

 長らく人類が戦い続けている、謎の敵性機動兵器群てきせいきどうへいきぐん……その名は()()()()()

 既に先の戦いで北海道が地球上から消滅した今、この青森は最前線の緊張感を(はら)んでいた。


「あーあ、行っちゃったじゃない。で? 誰がかわいい兄貴なんだか。辰馬、アンタさ、千雪のこと甘やかし過ぎ。そりゃ、パンツァー・モータロイドの扱いは凄いけどさ。……ア、アッ、アタシの次にね! 次に!」

「あら、ラスカさん。辰馬さんはとてもかわいい人ですよ? とても、かわいい人なんです」

「おいおい桔梗(キキョウ)。そういうのやめてくれよな、もう」


 キンキンと耳に響く楽器のような声は、ラスカ・ランシング。この|皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくでは、中等部でエースを張ってた天才少女である。エスカレーター式に高等部へ入って、直ぐに凄腕(すごうで)パイロットたちの集う戦技教導部へ入ってきた。

 それに追従する声は副部長の御巫桔梗(ミカナギキキョウ)()()みに眼鏡の文学少女的な大和撫子(やまとなでしこ)だ。

 どうやら桔梗は、風の噂で聞いたが兄の辰馬と付き合っているらしい。

 もう、とっくに男女の仲だとか。

 だが、そんなことも今は千雪の意識の埒外(らちがい)だ。


「もう搬入が始まってるでしょうか……急がなければいけませんね」


 長く伸ばした黒い髪が、走る千雪を追うように翻る。

 息は(はず)めど、呼吸が苦しく肩を上下させることはない。

 均整の取れた体は、しなやかな筋肉を少女期特有の柔らかな起伏(きふく)で包んでいる。千雪は無駄に大きな自分の胸が好きではなかったが、空手や柔道で鍛え上げられた肉体には自信があった。

 この学園、皇立兵練予備校は生徒全員が幼年兵(ようねんへい)と呼ばれる予備役扱いの軍人だ。

 誰もが皆、パンツァー・モータロイド……通称PMR(パメラ)に乗って戦う。未熟な女子供、果ては多少の基礎訓練をした学生たちでも運用できる、素人と同じ形をした戦術機動兵器、それがPMRだ。

 そして、千雪はPMRが好きだった。

 乗るのは勿論、見るのも大好きだ。

 世が世ならPMRオタクと呼ばれていたかもしれない。


「97式【氷蓮(ひょうれん)】……全高6.8m、自重17.5t、全備重量は標準的なトルーパー・プリセットで21.8t!」


 ――97式【氷蓮】

 それは、御巫重工(みかなぎじゅうこう)が昨年末にロールアウトさせたばかりの、日本皇国軍が制式採用した最新型PMRだ。まだ、皇国軍が世界中の軍と共に集う人類同盟ですら使用されていない。北海道を拠点に生産からテストまでが行われ、先の第三次北方防衛戦では幼年兵たちにも緊急配備されたという。

 その【氷蓮】が、転校生と共にこの青森校区へやってきたというのだ。

 噂では、北海道がパラレイドによって消滅させられ、生き残った者たちは数える程……それだけ過酷な戦いを生き抜いてきた、軍の最新鋭機。千雪は胸を踊らせた。


「標準的な89式【幻雷(げんらい)】よりパワーとトルクで勝り、軍の現用主力機である94式【星炎(せいえん)】より軽い……パワーウェイトレシオの差は歴然。間違いありません、これからの戦いの主力になる子」


 あまりに楽しみな気持ちが(はや)りすぎて、口から思った言葉が()()ているのにすら千雪は気付かない。そうして校舎の正面玄関でもどかしげに靴を履き替え、白銀の世界へと飛び出した彼女を誰もが振り返った。

 フェンリルと恐れられた青森校区の戦技教導部でエースを張る美少女、才色兼備で文武両道の五百雀千雪は全校生徒の憧れだ。

 だが、本人には男子諸君の憧憬(どうけい)を集めている意味も、そのことすらも知られていない。

 誰が呼んだか、フェンリルの拳姫(けんき)……全国のPMR乗りは【閃風(メイヴ)】と恐れる。

 外へと飛び出た千雪を待っていたのは、一面を覆う白い闇だった。


「っ! ……コートを着てくれば、よかったですね。格納庫(ハンガー)まではすぐですが」


 荒れ狂う風は氷雪を(まと)って、数メートル先も見渡せぬ白亜の世界を広げている。四月の頭はこの時代、青森では真冬だ。月末には雪解(ゆきど)けも訪れ、花も(つぼみ)をつけるが……今はそんな春が遠い未来であるかのように、叩きつける猛吹雪が風鳴りを響かせている。

 さながら、津軽平野(つがるへいや)を吹き渡る地吹雪(じふぶき)だ。

 そんな中、凍える身体をすっと伸ばして、背筋をピンと真っ直ぐに千雪は歩く。

 逆巻く吹雪は容赦なく吹き付け、脚を格納庫へと向ければ自然とオイルの()けた臭いが鼻に届く。訓練用、そして有事には実戦投入されるPMRが並ぶ先へと千雪は急いだ。


「……あれは。PMRキャリア? 今、搬入ですか。間に合い、ましたね」


 巨大なトレーラーが一台、格納庫へと入ろうとしていた。暗緑色(ダークグリーン)に塗られたPMRキャリアは、荷台に巨大な人型兵器、PMRを載せている。上から被せたカーキ色の保護シートにはもう、真っ白な雪が積もっていた。

 駆け寄り脚を止めた千雪の前で、ゆっくりとPMRキャリアは格納庫へ入ってゆく。

 それを右から左へと見送って、後に続こうとした、その時だった。

 ふと、千雪の視野を支配する白一色の世界に、黒い影が()ぎった。


「あら? あの方は……?」


 目の前をPMRキャリアが通り過ぎた、その向こうに一人の少年が立っていた。

 他校の生徒だろうか、それとも……? 彼はこの青森校区の制服、ブレザーにネクタイではない。()(えり)の真っ黒な学生服を着ている。随分とそこに長く立っているのだろう……その漆黒(しっこく)の上着には叩きつける風が雪化粧(ゆきげしょう)(ほどこ)していた。

 だが、刺々しい髪型の少年は、じっと格納庫へ消えたPMRキャリアを見詰めていた。

 間違いない……噂の転校生だ。

 あの北海道での激戦を生き抜いた、地獄からの帰還者(リターナー)


「あの……中、入りませんか? こちらの校区は初めてかと思いますが」


 千雪が掛けた声も、彼には届いてないようだった。

 そして千雪は、気付けば見に来た最新鋭機ではなく、それを凝視して動かぬ少年に興味を奪われていた。

 心も奪われていたのだと、後に知る。

 一目惚(ひとめぼ)れだったのかもしれない。

 その少年は、酷く暗い瞳に黒い炎を燃やしていた。

 まるで自分自身さえ焼き尽くすかのような、怨嗟と憎悪。

 そして、死地からの敗残兵(はいざんへい)とは思えぬ程に、強い意志と決意に満ちた目だった。

 その彼が、口を開いた。

 (つぶや)かれる言の葉が、はっきりと凍えた空気を震わせる。


「――全てのパラレイドを、駆逐する。……殲滅してやる」


 固く拳を握って、その少年ははっきりとそう言った。

 ()(たぎ)る想いがささくれ尖った、自分で自分に突き刺すような声音だった。そうして少年は、凍えた様子も見せずに格納庫を(にら)んでいる。

 千雪が見詰める少年は、千雪を見もせず、その存在に気付きもしない。

 なのに千雪は、呼吸も鼓動も奪われたまま立ち尽くした。

 それが、五百雀千雪と摺木統矢(スルギトウヤ)の出会いだった。

 一瞬で、永遠に……心を奪われる千雪。

 それ程までに少年の瞳は危うい鋭さで、周囲の吹雪さえ(ぬる)く感じるほどの暗さを秘めていた。その時はまだ、千雪は知らなかった……運び込まれた大破状態の【氷蓮】が、彼の幼馴染にとって鉄の棺桶となったことを。

 そして知ることになる……まだ出会いすら終えてない二人の手で蘇る【氷蓮】が、次第に世界の戦況へと大きな意味を持つことに。

 西暦2098年、四月……春がまだまだ遠い厳寒の吹雪が、少年と少女を包んで吹き荒れていた。

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