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優しさ

作者: 宗あると

 もうこんなことしなくていいから。

 そう言って、あなたは私の手首を両手で温めるように包んだ。

 傷跡で歪な私の右手首。

 こんな世界は嫌だから。いつも切る時は無意識で、痛みが生へ引き止めていた。

 私に刃物を持たせないように家族が気を配っていても、私は夜中にぼんやりした意識のまま、キッチンでカミソリを手首にあてていた。

 こんな世界は嫌だから。ひとりぼっちで、目に映るものすべてが私を嘲笑っていて、そこに罪悪感を感じる存在なんていない。私を追い詰めることを喜んでいる。

 消えてしまいたい。誰かの笑い声に怯えていた。本当は誰も誰とも笑っていない。私を笑っていることをそれは伝えている。

 怯えた私を見透かして、笑っている。

 すれ違う人達の会話の断片が、頭にはりつく。何もできないね、あんた。その前後の会話は聞こえない。私を落ち込ませる言葉だけ、耳に響いてくる。

 そうやって、世界が偶然に見せかけて、私を追い詰めていく。

 世界中が敵で、味方なんていない。死にたくなるほど辛い思いをしてるのに、誰にも気にとめられない。気づく人もいない。

 人は自分の為に生きていて、誰も私の為には生きていない。家族は慰めにもならない。優しくされても、理解されていないことは、わかっているから。

 私が何に怯えて何に絶望しているのか。

 この世界に幸せなんてないこと。

 寂しさで出来た蜜に群がらせて、その甘さと引き換えに人は孤独になっていく。孤独にしておいて、優しさで人を支配する。

 優しさは人を救わずに、孤独にする。

 優しくされないと孤独を感じ、優しさを得る為に、孤独なままでいる。

 抜け出せないことに気づけないまま、偽りの優しさを求め続ける。

 「その優しさは何の為ですか?」

 私の問いに、あなたは嘘のない顔で、

 「そうしたいから、してるだけ。意味なんてないよ」

 と答えて笑った。

 「人の優しさって、自分がそうされたいとか、自分が傷つくのが嫌だからとか、そうすれば自分が愛されるからとか成功するとか、相手のことじゃなくて自分の為の優しさですよね。そうやって、偽善の優しさで人を支配して愛されて、嬉しいんですか?」

 私が刺々しい口調で言っても、あなたは笑ったままだった。

 「まぁね。自分のことは自分で愛して癒すしかないから、傷ついてる人に優しくするのは、確かに偽善かもね。いや、自己満足かな?」

 「優しさじゃ人は救えないのに、なんで優しくするの?無意味だし、私は優しくなんかされたくない。私の為じゃない、嘘の優しさだってわかってるから」

 「だったら、もうこんなことしなくていいから」

 あなたはそう言って、私の右手首に両手を伸ばして、両手で温めるように包んだ。

 「自分のことを愛して。人に優しくされなくても生きていける人になって。これじゃあ、優しくしてって言ってるようなものだから」

 苛ついて、右手首を包んだあなたの両手を私は振り払った。

 「優しくされたくてしてるんじゃない!私の苦しみなんてわかりもしないくせに!」

 「それはそうね。私にはあなたの苦しみは理解できない。だって、私はあなたじゃないから。でも、その苦しみはあなたがこの先、幸せを感じる為にあるってことはわかる」

 「幸せなんか一生こないし、こんな苦しみもいらない!この人なら助けてくれるからってここに来たけど、一緒だよ。あんたも優しさで人を食いものにしてる連中と変わらない!」

 「そうかもね。でも自分のことは自分で救うしかないって、あなたはわかってるのに、どうしてここに来たの?」

 私は押し黙って、両手を強く握った。

 溢れてくる本音に蓋をしようとしていた。

 でも、それを抑えることは出来なかった。

 「優しくされたいなんて思ってないし!自分のことを自分で救うとか、考えたこともないし!そうじゃなくて、、、私は、、1人が嫌だから。もう1人で、いたくないから」

 私は、啜り泣いていた。1人で孤独と戦って生きていくのは、もう限界だった。

 「残念だけど、私はあなたの為には生きられないから。私は今幸せで、そうでないあなたに対してできることなんて、ひとつもない。寂しさもね、結局自分を愛することでしか乗り越えられないから。私といて1人じゃなくなっても、私がいなくなれば、また1人よ?自分でどうにかしなさい」

 あなたはそう言うと、立ち上がって部屋のドアを開けて、私に帰るように促した。

 「1人は嫌って言ってるじゃん!なんで何もしてくれないの?」

 私は啜り泣き続けていた。

 あなたは、ため息を吐いて言いたくなさそうな表情をした。

 「月並みは言葉はあなたは嫌がるでしょうけど、あなたは1人じゃないから。あなたが欲しがっているのは無償の優しさと愛でしょう?それは近くにあるから。私が出来ることはここまでなの」

 「家族がって言いたいの?家族も私のことなんか理解してくれない!」

 「さっきも言ったけど、誰もあなたを本当に理解なんてできないからね。あなたはあなたのままで、あなたを愛して認めて、そうやって自分を取り戻して生きていかなきゃいけない。でも1人じゃないから。きっとあなたに助けが必要な時は、きっと周りに誰かいる。あなたが気づくか気づかないかだけよ」

 「じゃあ、あんたが助けてよ!」

 「私は私がすべきことはしてるわ。何もかもしてあげることが優しさじゃないことは、あなたも気づいてるわよね?あなたは、まず自分を大切にしなさい。自分を傷つけることも責めることもやめて。そうしていけば、見える世界も変わってくる。あなたが今見ている優しさとは違う、あなたを包み込んでくれる本当の優しさがすぐ側に溢れていることに気づいていけるから」

 「ないよ、そんなこと、、、」

 「簡単なことだから。あなたは、自分が人にしてしまいそうなことを責めているだけよ。しなきゃいいだけ。偽善の優しさも、思ってるほどじゃないからね。無償の優しさも愛もあなたの中にあるから。あなたがそうあれば、世界もそれをあなたに返してくれる。まずは自分自身を無償の愛と優しさで包んであげなさい」

 私はあなたの言葉の意味を飲み込めないまま、でももうこれ以上ここにいてもいけないような気がして、その場を去った。



 悔しいな、と思う。言われたままに、自分のことを少しずつ愛してみた。

 自分を愛すると、不思議と人を責める気にはなれない。偽善の優しさも、いつの間にか

気にならなくなって、私が無償でさえいれば、他のことはどうだっていいと思えてくる。

 それにその優しさが偽善か無償かなんて、結局私の思い込みで本当かどうかもわからない。そんなことを気にするだけ無駄だった。

 家族は私の苦しみは確かにわからないけど、助けたい、支えたい、と言ってくれた。以前の自分なら不十分を感じた優しさに、今は感謝できている。

 自分を愛せば不安も消えて、私を追い詰めていた世界なんて、本当はなかったことにも気づけた。

 世界が優しさで溢れている。

 あなたの言った通りだった。

 自分を無償に愛せない人に、人が無償の愛をくれることはない。

 私は自分を愛して、そして人を、世界を愛していこうと思う。

 あの時の私を私は無償の愛で愛して、そしてあの時の私がいたから、今無償の自分でいられることに気づけるし、感謝できる。

 無駄なことはひとつもない。あの時の私も今の私も優しさに包まれていて、そのことに気づくか気づかないかの違いだけだった。

 でも、世界はまだ歪だ。不条理も争いもまだある。

 それでもすべての世界が本当の優しさと愛に包まれた時には、その不条理も争いも愛しく思えて、そしてなくなっていくだろうと思う。

 私はただ、すべてを愛して愛して、そういう世界が来ることを信じるだけだ。

 誰が何と言おうと私はそれを信じる。

 私が生まれてきた意味は、きっとそれしかない。


 あなたの優しさが私の世界を変えたように、私の優しさで誰かの世界を変えて、それが繋がっていけばいい。そしてその先に、すべての世界が優しさで溢れる時がくればいいなと思う。

 叶うか叶わないかはわからない。

 私はただ、そうしたいから、そうするだけだ。

 

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