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1-8 マシンガントーク




「えー、やだ、何この子! お人形さんみたいなんだけど!」



 正面から向けられる声に目を向けるが、和馬は内心首を捻った。



 知らない女子だった。二人いるけど、どちらにも覚えがない。



 いや、でも身に付けている制服は自分が通う高校と同じものだ。名前を知られているということは、何らかの関わりがあるのだろうか。和馬はバイトで忙しくしていたこともあって、あまり付き合いが良くないのでそれほど友人がいない。いてもすぐに数えきれる程度で、同性の相手ばかりだ。



「カワイイ~」

 手前を歩く、校則ギリギリアウトくらいの茶髪をゆるっと巻いた女子が、リラを見てそう言う。後ろのボブヘアの少女は何も言わないが、興味津々な様子ではあった。

「え、この子なに? 外国の子だよね? ってことは妹とかじゃないよね」

「いや……」

 その前にアンタがなに? って感じなんですけど、と和馬はツッコミたくなる。

 いや、だがもしかすると同じクラスの人間かもしれない。派手めな女子グループがあることは、さすがに和馬も認識している。その内の一人かも。

「え~、どういう関係?」

 どういう関係? 親の再婚相手の連れ子設定とかなら見た目の違いを誤魔化せそうなんて思っていたが、実際にそう言う訳にはいかない。あまりに嘘が多すぎる。あとでバレたり、説明に困るようなことは安易に言うべきじゃない。

 でも丁度良い説明もない。いや、近所の知り合いの子とか、面倒見るの頼まれてるとか、そういうので良いのかもしれない。だが、何故よく知りもしない相手に根掘り葉掘り訊かれ、それに懇切丁寧に答えなくてはいけないのだろうとも思う。



 ぐっと顔を覗き込まれて、リラは不快そうに顔を背けた。抱き上げている状態だったので、上手いこと顔を逸らしやすい体勢だ。



「やだ、人見知り?」



 それを相手は自分に都合良く解釈した。

 人見知りじゃない。機嫌が悪いのだ。

 元々リラは既に十分ご機嫌斜めだったのに、更にそれに拍車がかかっているのが伝わる。リラはずかずかと踏み入って来るタイプの輩が大嫌いなのだ。



「東条君ってやっぱ謎だよね」

 和馬は確かまだ“いや……”と二文字しか発していないし、別に会話をするつもりもないのに、完全に足を止められている。話術がある訳じゃないのにこの強制感は正直すごい技だと思う。

「何かすごいバイト入れてるんでしょ? だってクラス会も来なかったもんね。バイトしてる子は他にもいるけど、候補日いくつかあって一日も都合つかなかったの東条くんくらいじゃない?」

 直接会話をした覚えもないのに、よく友達でも何でもない和馬の予定なんて覚えていたものだ。確かに新学期に開催されたクラス会には参加しなかった。全日バイトが入っていたし、まあそもそもあまり興味がなかった。

「っていうか、家ここら辺なの? あたしはね、そこの駅前のとこに住んでるの。ご近所さん?」

 というか聞いてないことも何でも喋ってくれる。

「でも今まで見かけたことなかったよね。不思議~。それともやっぱり今もバイト中なの? その子もバイト関係?」

 切り上げたいと思うが、マシンガントークすぎて口を挟む隙がない。



 質問してくるのに、答える暇がないということはこれ如何に。



「こんな可愛い子抱っこして、手にはスーパーの袋ってどんなバイト?」



 世の中には、いるんだよな。それを訊かれたら相手がどんな気持ちになるのか想像できないタイプの人間。悪気がなければいいと思っている人間。自分がされたらって絶対に嫌なクセに。



 さっきリラは和馬にデリカシーがないと言ったが、これまたとんでもなくデリカシーのない人間である。

 ご機嫌斜めなのは、リラだけではなくなっていた。和馬の中にもうんざりした気持ちが蔓延している。



「悪いけど、急いでるんで」

「えーっ、つれない~。あたし東条君に興味あるんだよね。仲良くなりたいなって前から思ってたんだけど。だから色々教えてほしいんじゃん?」



 溜め息とか舌打ちが咄嗟に出なくて良かった、と和馬は思った。これは相当面倒な相手に絡まれている。



 友達になりたい? 興味がある? なんだそれ。

 興味と言っても下世話な興味だろう。どうせ明日には友達同士の会話のネタにされ、消費されて終わりだ。根拠のない噂をされるおまけつきかもしれない。



「マユ」

 さすがに彼女の遠慮のなさと和馬の表情が硬くなっていることに気付いたのか、一緒にいたもう一人が窘めるように小さく声をかけた。ここで初めて情報を得られる。目の前の女子は名前にマユと付くらしい。

 が、小声の静止がそのマユさんとやらに届く訳もなく。再びその口が開こうとするので、さすがに和馬ももう付き合っていられないと先んじようとした時だった。




「あなた」



 幼くも、凛とした声が響く。

 リラの発言だった。



 リラが再び彼女に顔を向けたことに和馬は驚いたし、彼女の方はこんな小さい子に“あなた”なんて呼び掛けられて大層びっくりしたようだった。確かに、なかなか幼女にされる呼びかけではない。



「あなた、おなまえは?」

「え……」



 リラは相手を真っ直ぐ見つめて、そう訊ねた。和馬が抱き上げているから、リラの方が目線が高い構図になっている。相手はぽかんとリラを見つめ返した。


 そこからは怒涛の質問返しだ。


「おいくつ?」

「きょうだいはいるの?」

「お父様はなにをしてらっしゃるの?」

「どこにおつとめ?」

「ねんしゅうはおいくら?」

「はたらいて、自分でおかねをかせいだことは?」

「おけしょうがすきなの? 爪がとってもきれいだけど、中指はハゲてしまっていてよ?」

「あいてのはなしを聞くのは苦手?」

「どうしてそんなにおしゃべりなの?」

「うしろでおともだちが見てられないってかおしてたわ」

「ねぇ、いま、どういう気分? たのしい?」

「私もあなたにきょうみがあるわ?」

「だからしりたいのよ?」

「だってとっても愚……むぐっもごご! んー!」



 女子達と一緒に呆然とそのマシンガントークを聞いていた和馬だったが、あんまり容赦なくぐさぐさ言うので、これ以上はヤバいとその小さな口を塞ぎにかかった。

 抗議の声が手のひらいっぱいに吐き出されていたが、あんまりやりすぎると相手を逆上させてしまう。いや、もうさせているかもだが。



「ごめん」



 和馬は一応謝っておいた。形だけ。



「この子、失礼な人間を許しておけない性質なんだ。ホントごめん」

 そう言い置いて、呆然としている彼女らが我に返ってしまう前にと、急ぎ足でその場から離脱した。





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