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1-7 飢えと渇き




 許可はあっさり下りた。

 グウェンは自分も同行すると言ったが、それだと目立ちすぎると言えば割合あっさり引き下がった。

 リラとじーさんだけなら祖父と孫だが、そこに和馬が加わるとよく分からない取り合わせになる。それに異国の風貌を持つ二人が歩くと、とても人目を惹く。

“みな、うつくしいものは目にやきつけたがるのよ”

 なんてリラは言っていたが。



 リラと和馬の取り合わせは兄妹と言えなくもないはずだが、リラのその瞳と髪色があるので、やはり純日本人の和馬と並ぶとちぐはぐな感じだ。まぁ再婚で出来た義兄妹という設定にするなら、アリかもしれない。



「ねぇ和馬、スーパーに行くなら和馬ひとりでいいじゃない」

 不承不承和馬と手を繋ぎながら歩くリラが早速言う。全く気が乗らないらしい。

「私じゃにもつもちにもならないし」

「別にそこはアテにしてないよ」

 今日の献立を考えるために行くんだよ、と言うと、口をへの字に曲げられた。

「なんだそのひどい顔」

「だってきょうみないんだもの」



 興味ない、は半ばリラの口癖のようなものである。



「お前、その若さでその物事への興味のなさ、ヤバいぞ。将来頭のかったい人間になるぞ。この際例え興味がなくても経験の幅は増やしておけよ。頭の体操だよ、頭の体操」

「ひとをとしよりみたいに」

「実際ことある毎に前世を持ち出すリラは、半分そんなものだろ」

「わたし、おばあちゃんじゃないわ!」

「そのはずだけどな」

 女の子ってやっぱりおしゃべりだし口達者だなぁと思う。リラが特別語彙力があると言っても、子どもが得意な訳でもない和馬がこれだけ会話に困らないのだからすごいし有難い。



「まえから思っていたけど」

「なんだよ」

「和馬ってでりかしーに欠けるわよね」



 でもやっぱり、口が達者すぎるのも考えものだ。

 確かに自分にはデリカシーがないかもしれないが、リラはリラで遠慮がないよな、と和馬は思う。






◆◆◆






 結局、リラをスーパーに連れて行って食べ物の選択肢に幅を持たせる作戦は、失敗に終わった。

 店内を半分も回らない内にリラの機嫌がどんどん傾いてしまったのだ。



 野菜売り場では興味なさそうにしていただけだったが、精肉コーナーで眉間にシワが寄り、鮮魚コーナーでは見るのも嫌がった。お菓子売り場で何でも好きなの一個いいぞと言っても、早く出る出る出ると言って見向きもしなかったくらいだ。



「リラはさぁ、おなかが空かない訳ではないんだろ」

 仕方がないので手早く買い物を済ませて、早々に帰路に就くことになった。

「……食べたいと思うものがなんにもなかった」

 不機嫌に染まる声。歩調も、行きの半分以下でのろのろとしている。

「スーパーはきらいだわ。うるさくて、ごちゃごちゃしてて、こころがやすまらない」

 慣れない場所を回ったこともあって、疲れたのかもしれない。

 幸い、荷物はそれほど重くはなかった。腕力には余裕がある。和馬はリラの身体をよいしょと持ち上げた。



 面白いことに、リラは和馬にだっこされることを嫌がらない。もちろん何かから無理矢理引き剥がす時、連れて行く時には嫌がられるが、子ども扱いして! とは怒らないのだ。

 気位が高い彼女らしくないとも思うが、逆に気位が高いから自分が足を動かす必要のない時は抱いて連れて行ってもらうのは当然なのかもしれない。



 彼女は高貴なお方だよ、我らが常に仰ぎ見る存在だった。



 グウェンはそんな風に言っていた。リラはその前世、どれほどの立場にいた吸血鬼だったと言うのか。



「こらこらこら、噛むな噛むな」

 不意に首筋をがじがじされて、和馬は止めにかかる。

「美味しくないだろ、というか無理だろ」

 本気噛みではないし、乳歯が首筋を突き破ることはないのだが、誰彼構わず噛むようになっては事だし、それで空腹は埋められない。

「りふじんだわ」

「理不尽?」

 ボソリ、リラがそう零す。



「私だけがうえてる」



 真剣な口調で飢えてるなんて言われて、和馬はドキリとしてしまう。



「グウェンは吸血鬼のままで、私は人間だなんて」



 前世なんて、という気持ちがどこかにあった。でも、その前提を無視すると、リラの抱えている問題を一つも紐解くことができない。



「グウェンは私に会えてうれしそうだけど、みたされてるけど、私はずっとかわいてる」



 やはりどう考えても、彼女をただの五歳児扱いするには無理があるのだ。



「私には、うれしいよりくるしいが多い」



 そう、リラは苦しんでいる。好きで食べたくないと騒いでいる訳ではない。

 和馬には想像することしかできないけれど、頭の中の知識や覚えている味覚と、実際に今口に入れなければならないものの乖離が大きすぎるのだ。食べ物だと思っていなかったものを、食べなくてはならない。人間のリラには普通のものかもしれないけれど、それ以上に前世から引きずって来たものが大きい。

 彼女の主食は血液だった。彼女は人間の食事を嗜好品として嗜むことをほとんどしない吸血鬼だった。彼女の辞書には、食べ物として載っているものはほとんどない。



 例えば。

 草食動物に肉を突き付けて食え、と言って彼らが食せるものか。肉食動物に草を突き付けて美味いだろ、これがあれば生きていけるだろと言うことの、何と見当違いで傲慢なことか。



 自分がやっていることは、ある意味リラにとって酷い仕打ちなのかもしれない。彼女が食べ物と認識しきれないものを、その口に宛がうのだから。



 だが、どれだけ記憶がリラの食を歪めていても、その身体は本当にただの人間だ。人間には栄養バランスの取れた食事が必要だ。

 いやいっそ、栄養バランスを二の次にしても、とにかく定量を食べる習慣は必要だ。抱き上げたリラの身体は、普通の子どもよりは軽い気がする。今は何とかなっていても、どこかでツケを払わなくてはならない日が来てしまうかもしれない。



「なぁ、リラ」

「あれ? 東条君じゃん?」



 何か話を、と思って掛けた声は、けれど別の声に塗り潰された。




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