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1-5 リラ嬢は語学堪能




「ただいまー」

 見栄えは良いがその分物理的に重い門と扉を押し開けて、がらりとした屋敷の中へ声をかける。応える声はなかったが、しばらくしてイザックがぬっと奥の食堂の入口から顔を出した。

「リラ、昼食は?」

 と訊くと、

「パンを、少々……」

 と覇気のない声が答える。

 なんだか朝見た時よりボロッとしている。昼食の際に随分リラと格闘したのだろう。

「それだけ?」

「スープも、半分は」

「まぁ上出来な方だけど」

 それでも少ない。

 リラだって、拒みはしても腹は減るのだ。やはり早急に改善が必要な状況ではある。

「それで当のリラは?」

「図書室に」



 図書室。

 凡そ一般の家庭では聞かない部屋の名称だが、この屋敷にはあるのである。それこそ小さな図書館なら優に超してしまいそうなほどの、書籍の山が。



 一階の突き当たりの部屋。扉を開けば天井の高さまである本棚が整然と並び、もちろん棚の中身はぎゅうぎゅうに詰まっている。立派な装丁の本は、残念ながら和馬にはほとんどまともにタイトルが読めない。外国のものばかりだからだ。



「リーラー」



 リラは出窓によじ登って、一冊の本を広げていた。膝の上で広げたら、自分の腿の幅より大きなサイズの本だ。一体この小さな身体でどこからどうやって引っ張り出して来て、ここまで漕ぎつけたのか。



「暗いところで読むな、目が悪くなるだろう」

 図書室の大きな窓には緞帳(どんちょう)が降ろされていて薄暗い。

「わっ、ちょっと和馬ぁ」

 一旦本を取り上げると、リラは抗議の声を上げた。

「読むなら明るい部屋に移動して……ってうわ、何だこれ」

 手にした本を見て、和馬は目を剥く。

「全部外国語じゃん」

 そこにはかなりの細かい文字がびっしりと印字されていて、しかも全く見慣れない文字ばかりだった。

 外国語、と言ったのは、見たところ英語ですらなかったからだ。

「ドイツ語よ」

「ドイツ……本当に読めてんのかよ」

「しつれいね。これが何語かもわからなかった人間に言われたくないわ」

「うっ」

 しかもドイツ語だけでなく、英語、フランス語、スペイン語まで分かると言い出す始末である。



「ちなみに、この本の内容は」

「中世のまじょ狩りのれきしについて」



 さらりと述べられた内容に再度目を剥く。



「五歳児の読む本じゃない!」

「私をただの五歳児あつかいしないで!」



 確かに、普通の五歳児の口から魔女狩りなんて単語が出て来るはずもないが。



「いや、そういうことじゃない、年齢に応じた情操教育ってものが」

「前世のきおくをもつ私に、いまさら意味があるの?」

 そんなことは分からない。

 リラには確かに前世の記憶があるのかもしれないが、そればかりを重視して今を生きる“五歳児のリラ”を蔑ろにしても良いのだろうか。そんなことは、外野の自分が口出しすべきことではないのか。

 和馬はこの幼女を目の前にするといつも迷ってしまう。



「何か入口らへんに子ども用の絵本があっただろ」

「グウェンは私をばかにしすぎだわ」



 この図書室には明らかに毛色が違うラインナップが並べられた一画がある。やはり、グウェンが幼い子用に買い足したものらしい。



「おもしろくもないし、読みにくいし、私にてきした書物じゃないわ」

「これだけ難しい本読んでおいて、面白くないのはそうだろうけど、読みにくいって何だよ」

「にほんごはいやね。どうしてひとつの書き文字にしぼらないの? かんじやかたかなやひらがな、こんなにしゅるいをまぜ合わせるなんて、正気のさたじゃないわ」

「なるほど、そうか、日本の書き文字の知識は見た目年齢と見合ってるんだな」

 グウェンの見た目から言っても、リラの前世とやらは外国でのものだっただろう。だから四か国語の知識が頭にあっても、日本語の読み書きはできないと、そういうことなのだ。

「まだひらがながやっとなのよ」

「今の年齢考えたら上出来だよ」

 絵本には漢字はそれほど使われないし、使われていてもルビが振られているはずだが、まぁ興味がないと言い切るのだから読みはしないのだろう。



 それでも、開いてみるだけ開いてみれば良いのに。内容に興味がなくとも、絵を気に入ることはあるかもしれない。



 決め付けず触れてみることも大事なのになぁ、と思いながらも、和馬はひとまず明るい部屋にとリラの身体を抱き上げた。





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