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2-3 未知との遭遇




「うわあぁあぁあぁ!」



 麗らかな日曜の昼下がり、午睡を破ったのは張りのある良く通る悲鳴だった。

 隣の彼女のまどろみが妨げられていないことを確認してから、グウェンはそっとその場を離れる。

 階段を降りて行けば、逆に駆け上がって来る和馬と遭遇した。どうやら地下へ降りていたらしい。少し冷たく湿度の高い空気が静かに這い上がって来る。



「どうしたね、和馬。お昼寝中のリラ嬢が起きてしまうだろう」

 渋い顔でそう言えば、

「しゃべしゃべしゃべったぁ!」

 相変わらずの大声で和馬は迫って来る。相当混乱している。

「私が喋るのがそんなに意外かね」

「そうじゃなくて! じーさんじゃなくて!」

 ビッと人差し指が階下を示した。

「地下! 地下にさぁ! でっかいのがいたんだよ」



 地下にでっかいのが。

 一体何がいたと言うのか。



 あぁ、ドア閉め損ねたどうしよう、と言い出すが何がそんなに怖いのかグウェンには皆目見当がつかない。が、人間の恐れるものとして一つの生き物が浮かんだ。アレはグウェンも好きではない。

「もしや、黒くてつやっとしているミスターGかね」

「それはそれで嫌だけど!」

 しかし違うらしい。ではネズミでも出たか。

「蝙蝠だよ!」

 と思ったら、和馬が騒いでいたものの正体は蝙蝠であるらしかった。拍子抜けだ。

「滅茶苦茶大きいヤツ! 腕広げたらすんごいサイズになるヤツ!」

「はぁ、まぁ蝙蝠にもサイズは色々あるだろうよ」

 グウェンは和馬の大騒ぎに拍子抜けしたが、和馬の方はグウェンの手応えのない反応に不満を覚えたらしい。なんでそんな冷めてるんだよ、と言ってから、ふと気付いたように問うてきた。



「あれ、じーさんのペットか何か?」



 言うに事欠いてペットとは。

 だがそうか、人間が動物を内に入れる時、そこにはほとんどペットという意味合いしか存在しないのか、とグウェンも遅れて気付く。



「ペットではない。配下にあり、使役できるものだ。眷属と言うべき存在だよ」

 こちらの庇護下に置く代わりに、色々と便利に使える存在だ。吸血鬼と蝙蝠はセットで考えるべきものである。人間がする空想にも、よく一緒に描かれているではないか。

「ひ……じゃあなんだ、もしかして夥しい数の蝙蝠が実はこの屋敷の中にいるのか?」

「そんなに家の中にいると煩いだろう。必要な時には喚び方というものがある」

「なにそれ魔法じゃ……って違う違う、ただの蝙蝠じゃなかった! ペットの蝙蝠ってあくまでただの蝙蝠だろ? オウムじゃないんだから人間の言葉なんて喋らないよなぁ!?」

 だからペットではないと言っている。だが、喋る蝙蝠というのは確かに人間には奇異に映っただろう。普通の蝙蝠にはそんな能力はない。グウェンの配下にいる蝙蝠でも、そんな芸当ができるのは数えるほどだ。

「地下のさぁ、ワインセラーからなんか音がしたと思って覗いたら、急に声がしたんだよ! 知らない男の声!」

 そう、地下にはワインセラーや備蓄庫、物置なんかがある。頻繁に入ることはないが、和馬も時折物を探して降りることがある場所だ。

 ワインセラーにはずらりと年代もののワインが並んでいる。グウェンのコレクションはマニア垂涎もののラインナップだ。何せ、本人が恐ろしい年月を生きていて、その間に集めたものなので、信じられないような一本があったりする。幻の一本、と言われ破格の値がつくものがごろごろあるだろう。

 そんなワインセラーから。



「知らない男の声ね」

「知らないと言うことはないだろう」



 グウェンの声に被せるように響いたのは、和馬の声ではなかった。つまり、第三者。

 さっき和馬が閉め損ねたという地下室の入口から、ソレは現れた。



「ぎゃあぁあほらぁ! これはヤバいって!」

 真っ黒な羽根は、広げると和馬が両手を広げるのと同じくらいはあるだろう。二メートルはいかないが、それなりの大きさである。横がそれだけあるということは、縦もそれなりに長さがある。天井からぶら下がるとまぁまぁ邪魔だ。

「和馬、だからリラ嬢が起きるとさっきから」

「だったらこれをどうにかしてくれよ、吸血鬼にとってはマブダチでも、人間には犬猫ほど馴染みはないんだから……!」

 苦い声も大して耳に入っていないようだ。グウェンの腰に縋り付いてくるくらいだから、相当に怯えているのだろう。

 だが、吸血鬼の屋敷で暮らすなら、これくらい慣れてもらわなければ困る。



「マスター、これは本当に貴方と隷属契約を結んでいるのか? あんまりポンコツでは」

「現代の日本人などこんなものだろう。魑魅魍魎が溢れていた愉快な時代は遥か彼方だ。馴染みなど、あるはずもない」



 その昔はこの国も豊かな夜闇に溢れ、種々様々なあやかしが跋扈したものだが、人間の領土拡大は彼らの生活圏をあっという間に丸呑みにしてしまった。隣に合わせに淡く混じり合っていた隣人の気配は、もう不夜城を生きる現代人にはほとんど感知できないものだ。



「ほら和馬、知らない相手ではないだろう」

「蝙蝠の知り合いなんていませんけど……!」




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