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1-13 甘くて、薄くて、これじゃなくても




 ワイン、と歯切れ悪く伝えられる。



「それは…………」



 子どもにはダメだ。絶対にダメだ。



「参考になるような答えでなくて済まない」

「いや、それはしょうがない……」

 グウェンが悪いのではない。

 何かヒントになればと思ったがそうは上手くいかないなぁと溜め息を吐きかけたところで、ふと思い出すものがあった。

「そうだ」

「和馬?」

「どこにしまったっけ。床下じゃなくて……開きの方か」

 グウェンがリラのためにと食費を惜しまないから、このキッチンには沢山のものがある。少しでも興味のあるものを探そうと、多種多様な品揃えなのだ。それから、グウェンには付き合いが色々あるらしく、そこそこの頻度で様々なものが送られてくる。

 先日宅配業者が届けに来たものがあったはずだと、和馬はそれを取り出した。



「リラ」

 手早く準備を済ませて、依然泣いているリラに差し出す。

「…………」

 彼女はちらと視線は向けて来たが、手は伸ばさなかった。ひっく、としゃくり上げる声が唇から漏れる。

「ほら」

 柔らかい声音を意識して、催促する。慌てては、押し付けてはいけない。

 しばらくリラは和馬の手の内にあるものをじっと見つめていた。それだけだったが、無視したり顔を背けたりしない辺り、可能性はあるのだと思う。

 そしてしばらく悩んだ末、ぐすっと泣き声を必死に飲み込んで、その小さな手で和馬の手にあったコップを掴んだ。

「…………」

 そっと口を付ける。コップを傾ける手は慎重だ。

 ほんの少し、舌に触れるくらい。恐る恐るリラはそれを口に含む。



 濃い色の、甘い果汁を。



 それは、ぶどうジュースだった。国産の果実をふんだんに使った、最高級のぶどうジュースだ。りんご、みかん、ももと一緒にギフトセットとして贈られたものだった。

 コップが更に傾く。



 真夜中のキッチンで、グウェンと和馬は固唾を呑んで小さな彼女がジュースを飲むのを見守った。



 どうか、全部飲んでくれますように。忌避感など生まれませんように。



 祈るような気持ちで、そのコップが空になるよう見守る。

 果たして、リラはゆっくりながらも一杯分のジュースを飲み切った。



「…………あまい」



 飲み干してから、憮然とした表情でそう言ったけれど。



「…………うすい」



 不満がない訳じゃないようだけれど。



「…………これじゃない」



 でも、全部飲んだ。水やお茶の時より、他のどんな甘いジュースの時より明らかに飲み干すスピードは速かった。

「こんなの、こどもだましだわ」

「子どもだろーが」

 グウェンが濡れた頬をそっと拭う。その隙に、和馬は二杯目をそのコップに注ぎ入れた。

 ぶつくさ言いながらも、リラはまた口を付ける。それを見るだけで和馬はホッとする。

「リラ、苦しくても、辛くても、身体に合ったものを摂取しないと、結局はもっとしんどくなる。血じゃ、人間の身体は駄目なんだ」

 さっき、和馬には関係ないと言われた。そうかもしれない。

 和馬はリラの兄ではない。家族ではない。血の繋がりなんてない。ただの他人だ。

「嫌じゃないものを、ちょっとずつ探していこう」

 でも、和馬はリラを放っておけないな、と思う。

「世の中これだけ沢山の種類の食べ物があるんだ。まだ知らないだけで、リラにだってぴったりのものがあるかもしれない」

 グウェンとの契約があるから。それが仕事だから。学費がかかっているから。最初はそういう打算的な部分があった。というか、それしかなかった。

 だけどこうして一つ屋根の下で暮らして、リラだって好きで拒絶している訳ではなくて。リラなりに闘っていて。口達者で生意気で容赦がないし素直でもないが、口では色々言いながらも和馬に気を遣ってくれたり。

 そういった日々のやりとりの中で見えて来たものが、関係ないでしょの一言では片付けられないだけのものを築き上げてきたと思う。少なくとも、和馬にとっては。

「オレも色んなものを作ってみるよ」

 だから、和馬は関係ないでは済まさない。



 そうして、二杯目のぶどうジュースが空になる。






◆◆◆






「寝てしまったな」

 グウェンの腕の中で小さな寝息がすーすー上がる。さっきまであんなに大泣きしていたのが嘘みたいだ。

 しまった、口ぐらいゆすがせておいた方が良かったんじゃ、とも思ったが、今日くらい口の中に幸せな心地を抱いたまま眠ってもいいだろう。きっと良い夢が見れる。



「じーさん」

「ん?」



 寝顔だけ見ていると、本当に天使みたいだ。びっくりするくらい愛らしい顔立ちをしている。

 これは成長した暁には、とんでもなくモテモテになってしまうのではないだろうか。贔屓目なしにそんなことを思う。



 でも、そんな未来も健康な食生活があってこそ。



 和馬は平和な寝顔を眺めながら改めて言う。



「先は長そうだし、すごく大変だと思うけど、オレも地道に頑張ってみるよ」



 いつか、リラが笑顔で和馬の作った料理を全部平らげるところを、和馬は見てみたいのだ。

 美味しいと、そう告げる声を聞いてみたい。




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