1-11 不法侵入者!?
それは、金曜日の夜のことだった。
夜中に喉の渇きで目が覚めて、和馬は屋敷の一角に与えられた部屋のベッドから這い出した。
暗く闇に沈む廊下を辿って、階段を降りて行く。
こういう時、和馬は狭い狭い自分の家を思い出す。
思い立って立ち上がれば、大抵のものにはすぐに手が届いた。用事はすぐに済んだ。広い家は目的地までが遠い。大変不便だ。
コップ一杯の水を手に入れるのに、こんなに労力を払わなければならないなんて。
移動している間にどんどん目が冴えてきて、せっかくの眠気が遠ざかっていく。
今度から部屋にペットボトルの水でも置いておくか、とぼんやり思ったところで、不意に和馬はその異変に気付いた。
ガタン! ゴトン! と何かを漁るような物音が聞こえて来る。
「……?」
物音は目指す先から響いて来ているようだった。つまり、キッチンの方。
「まさか、今度こそ本当に」
不法侵入者なのでは。
郊外に建つ、見るからに立派な大きなお屋敷。
住んでいる人間は資産家だろうとか、中には何か価値ある品があるのではとか、誰もが思うだろう。つまり、不法侵入を企てる不届き者がいてもおかしくはない。
和馬はざっと辺りを見回して――――何も武器になりそうなものがなかったので、諦めて様子を見るだけ見るだけと、息を殺して抜き足差し足で入口へと忍び寄った。
相変わらず物音は続いている。こちらに気付いている様子はない。何やらカチャカチャと金属が鳴らすような音もする。
「…………っ」
息を押し殺して、キッチンの内をそっと覗き込む。
そこには――――
「リラ!?」
暗闇の中、床に蹲ってごそごそしているパジャマ姿のリラがいた。いや、これはパジャマじゃなくてネグリジェって言うんだっけ、と驚きのあまりどうでもいいことが頭を過る。
「なにやっ、いやいや危ない危ない!」
見ると自力で開けたらしい床下収納に半ば頭から突っ込むようにしている。さっきの金属音は、取っ手の部分を引っ張っていた音か。
「落ちるだろっ」
「なによう、やめてよぉ!」
慌ててその身体を引っぺがすと、リラは腕の中で大層暴れし出した。
「こら、何をそんなに、あんまり暴れると落とっ」
「だったらはなしなさい!」
床下収納にはぎっしり備蓄が詰められている。
落ちてもリラの身体が丸ごとすっぽり収まってしまうことはないかもしれないが、下手な嵌り方をすれば自力では脱出できなくなるかもしれないし、弾みで蓋が倒れて来たら頭を打ったり手を挟んだりするかもしれない。それもこんな暗闇の中だ。危ないにもほどがある。
「リラ、落ち着けって」
「私にさわらないで!」
「じっとできるなら放してやるから」
「なんで私に言うこときかそうとするの! きくぎりなんてないわよ!」
「リラ」
何が何だか分からないが、随分気が立っている。離すと何をしでかすか分からないので、拒絶されながらも和馬はその小さな身体を抱きかかえ続けた。
それにしても、一体何をしていたのだろう。
和馬はぽかりと口を開けた床下収納に視線を落とす。
ここは、リラの嫌いな食べ物が山ほど詰められた場所だ。まぁ危ないものもあるので普段からそう近寄ることはないが、それでなくとも夕飯のいい香りがキッチンから漂ってきただけで眉間にシワを寄せるほどのリラが、何故こんなところに。
床下収納になんて、何の用もないはずなのに。
ここに何か隠してたとか?
一瞬そう思ったが、キッチンは和馬の城だ。ここの中身はグウェン以上に熟知しているし、和馬の好き勝手にできるようになっている。こんなところに何かを隠すのは、向かないと思うが。
そうだ、あの物音は何かを隠してたという雰囲気ではなかった。探し回るような音だと、そう思ったのだ。
探し回る。――――一体、何を?
ここはキッチン。家で一番食糧がある場所。そう、食糧が。
「…………食べ物、探してたのか?」