中編
前編と後編では終わりませんでしたので中編になります。
それから僕は、依馬さんを目で追うようになった。
またあの時のように彼女の逞しい筋肉を拝むことはできないだろうか。そんな風に思いながら、気づけば彼女ばかり見てしまっているのだ。
そのせいなのか、前より挨拶する回数が大幅に増えているように思う。
「お、おはようございます、依馬さん。こんなところで会うとは奇遇ですね……」
「おはようございます」
思わずドキドキして声が上擦り気味になる僕に対し、じーっ、とこちらを見つめて来る依馬さん。
表情はあくまで柔らかな笑顔だがその視線はどこか鋭い。もしかするとこちらへの脅しの意味なのだろうか……? あの後何度も何度も「絶対言うな」と念押しして来たし。
そもそもどうして彼女がそんなに体型のことを隠したがっているのかが僕には理解できない。もしかして何か重大な秘密があるのでは?などと、色々と妄想を膨らませてしまう。
そうして僕と依馬さんの微妙な関係はしばらく続いた。
自分の中に確実な好意の感情が芽生えているのは知っていたが、努めて見て見ぬふりをすることにしたのだ――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
依馬さんはあくまでただの事務員さんだ。
とはいえ国家公務員であり、かなり有能なのだとは思うが……それはともかくとして、普通に考えてあまり学校の現場対応はしないだろう。
だから今まで目立たなかったのだろうが、『いつも穏やかな事務員さん』である依馬さんの本性が露呈してしまう事件が起きたのだ。
何度も言うがこの地域は治安が悪い。
だから当然、カッコ良いとでも勘違いしているのか知らないが、ヤクザの真似をする不良学生もいるわけだ。
そしてこの日、とあるトラブルを発端にして校庭にて激しい殴り合いが始まった。
それがまだ不良同士であれば『ただの喧嘩』で済んだだろう。だが、そこには都合が悪いことに、ごくごく普通の善良な生徒――他ならぬ僕が含まれていたのである。
どうしてこんなことになってしまったかといえば、女子を無理矢理ナンパしようとしている不良グループに鉢合わせし、逃げようと思ったが女の子に助けを求められて結局やんわりと注意したら校庭に引き摺り出されてしまったというだけである。女の子の声など無視して逃げ出せば良かったと今更ながら後悔した。
僕はマッチョ好きだが、僕自身がマッチョかといえばそうではない。どちらかというと情けないヒョロガリだ。
だからヤクザ顔負けの不良どもに勝てるわけがない。命乞いをしたが……当然のように無意味だった。
「いっぺん仕掛けた喧嘩はやるしかねえ」とのこと。
僕は周りに助けを求めたが、それも無駄。この場に駆けつけた体育の先生もただ僕の方を見つめるばかりで、他の生徒も棒立ちで動く様子がない。
これはダメだ。僕はどうやらここでボコボコにされる道しかないらしい。
……依馬さん、来てくれないかなぁ。
僕は半ば現実逃避で彼女が助けに来てくれる様を思い描いた。
その直後、彼女は来た。
「あなたたち、何をしているんです」
――いや、ちょっと待って!? ここは三次元で合ってるよな? あまりにも都合が良さすぎるだろ。これは二次元なのか!?!?
グッドタイミングすぎてそう確認せずにはいられなかった。
でも夢でも幻でも妄想でも何でもなく依馬さんは確かにそこにいて、不良学生たちの前で仁王立ちしていたのである。
そしてその後、一体どうなったか。それは大体お察しの通りだ。
二度とこの校内で暴力事件を起こそうとする不良はいないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの事務員さん、強いって聞いた!?」
「聞いた聞いた。ギャップ萌えだよな」
「あの人、今まで目立たないと思ってたけど意外と美人じゃね?」
「あんなムキムキ女は俺は嫌だな」「あたしは憧れるなぁ、ああいう人」
「でもキモいよ〜」「確かに。ちょっと私はドン引きだわ……」
依馬さんの姿を目にしたクラスメートたちの反応は様々だった。
マッチョだから気持ち悪いなどと言う奴。逆に身を乗り出して興奮する奴。
その中で秘密を以前から知っていた僕は、どういう反応をすればいいのかと困り果てていた。
――そういえば依馬さん、あの後どうしたんだろう。
警察が駆けつけるほどの大事件ではなかったと思うが、何かしら問題になっているだろう。この間のヤクザの件と言い、危険人物だと思われていてもおかしくない。
依馬さんが心配になり、僕は後で彼女の家に寄ろうと決める。……どうして家の場所を知っているかというと、部活帰りに依馬さんが家に入って行くところを見たことが数度あるからだ。
ストーカーまがいの行為であることは自覚しているのでどうか許してほしい。
残りの授業をどうにかやり過ごすと、部活を休んで帰宅することにした。
途中で助けた女の子から、「ありがとう」と言われ、さらには告白されかけたが逃げた。細っこい女子にはまるで興味が湧かない。
今日の事件で、もう気持ちが抑えられなくなってしまった。
僕は覚悟を胸に帰り道を駆けたのだった。