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CODE:I  作者: 一木 川臣
第3章 〜欠けた歯車〜
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雨女

前回のあらすじ


売木桜と絆を保護するように任務を受けた旧東軍所属の霆霙と三河恭一の二人は、九時間かけて遥々北城村までやってきた。しかしながら、先客が既に桜達の元へ来ていたのか、北城村には桜達の姿はなく『空振り』に終わってしまう。


とは言っても、追跡に長けた二人にとってそれはお馴染みの展開でもあった。いつものように粛々と僅かな手がかりから絆達を追いかけていくことに。そんな道中での出来事であった。


今日も長野の空は不安定であった。山に囲まれたこの一帯では、天候の変化が特に激しい。さっきまで薄曇りだった空に、いつの間にか鈍い灰色の雲が立ちこめ始めていた。そして、しばらくすれば、パラパラと小雨が降ってくる。静かに走る車の窓に、小さな水滴がつき始め、ひとつ、ふたつと軌跡を描いて流れていった。


「雨女」


運転席に座る霆霙が、不意に口を開いた。


「いつも突然だな、みぞれ……急にどうした?」


唐突な霙の言葉。それに対して三河が落ち着いたトーンで聞き返した。ハンドルを軽く握りながら、彼は一瞬だけ霙に視線を送る。


それを受け取った霙は、やや得意げな表情を浮かべ、前方に視線を戻す。雨粒が増えてきたフロントガラスをワイパーが静かに滑っていく。


「夏希さんの通称名、先輩は知っているわよね。夏希さんがどうして『雨女』と呼ばれていたのかを」


「あぁ、知っているが…… なんだ? 皇女暗殺事件の考察に続いて、今度は夏希について話すのか?」


「だって楽しいもの。先輩とこれ関係について話すのは特にね。それに、私は夏希さんのファンよ。ファンとして推したい気持ちを吐露するのは、当然の気持ちだと思うのだけど……」


「その気持ちはよく分からんな」


霙はわざとらしく肩をすくめた。助手席で脚を組みなおすと、「だって暇なんだもの。移動の間おしゃべりなしで過ごすつもり?」とうんざりな感じで言い放った。


三河は表情を変えないまま、目だけを前方に戻し、静かにハンドルを操作し続ける。だが、その無言は拒絶ではなかった。霙の言葉に耳を傾ける意思が、無言のうちに伝わってくる。


「『雨女』……夏希さんの異名の一つ…… 雨のなるとめっぽう強くなる……憧れちゃうわね……」


「そうだな……」


 売木夏希は単なる剣豪ではなかった。彼女の特筆すべき点は、いかなる環境でも一切パフォーマンスを落とさない冷静さと鋭さ、そして天候をむしろ味方につけるような異質な強さにあった。雨で視界が悪くなろうと、ぬかるんだ地面で足元を取られようと、夏希の動きには狂いがなかった。


 むしろ、悪天候になればなるほど彼女は研ぎ澄まされるように、驚異的な戦闘力を発揮した。まるで自然と同調し、嵐の只中に在ってこそ、その本質を解き放つような戦士であった。


「風が強ければなお良し、雷であれば更に良し、豪雨であればもっと良し、暗闇であればもっともっと良し……」


 霙は助手席で両手を組み、目を閉じてうっとりとしている。その様子はまるで、遠い過去に出会った憧れのヒーローの武勇伝を反芻しているかのようだった。これも、彼女のいつものことだと三河は分かっている。


「……どんなに条件が悪くても力を落とさない。確かに彼女はそういった面では異常な強さを持つな」


 三河は小さく息をつきながら同意した。冷静に、客観的に語ってはいたが、彼自身、夏希の戦闘能力をかつて目の当たりにした一人である。霙の熱狂には共感しないまでも、その実力には一目置かざるを得ないと考えていた。


 ワイパーの音が、雨脚の強まりを知らせるように規則的に鳴っていた。



 道はまだ長い。だが、この追跡がただの任務で終わらないことを、二人はすでにどこかで感じ取っていた。

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