存在意義
前回までのあらすじ
北城村にて謎の異形に襲われた絆と桜。その窮地を救ったのはなんと桜の『幼馴染』達であった。3年前、夏希の事件をきっかけに居場所が無くなってしまった桜達へ最後の最後まで救いの手を差し伸べてくれたのもまた彼らであった。
突然とも言える3年ぶりの再会に桜は戸惑いを見せつつも懐かしさを感じていた時、ある話題へと突入する
久々に出会った親友。桜達は時間も忘れてお互いについて打ち明けていた。
お互いの顔すらまともに見えない暗い車内の中にも関わらず、始まった会話は長い時間途切れることは無かった。
3年ぶりの再会。桜にとってはとても長いと感じられた3年間という月日。
けれどその様な間すら感じさせない暖かな空気が、夜道を進むキャンピングカー内に徐々に広がっていく。懐かしさも相まって居心地の良さを感じながら桜は背を丸めながら皆の会話を静かに聞いていた。
3年前より背が高くなり声が低くなった…… この中で一番見た目が変わった元クラスメイトの神庭 遥疾はそのまま地元の高校に進学したようだ。
この国は一般の教育課程がある程度修了すれば、軍に行く人が多い。昔の名残だ。争いが無くなった今の時代でこそ多種多様な職業へ就く人が多くなった。しかしながらそれまでは姉の夏希のように、軍に所属させられる事が殆どでありそれが普通と考えられていた。
無論、今も昔も『強制では無い』が……
とはいっても、良い学校に出て『立派な軍人』になるというある種一つの『人生モデル』を持ち上げるという風潮が未だに根強いのは確かである。幼い頃から英雄伝を聞かされては子供達は『軍人』に憧れを持つものだ。
そしてそんな遥疾も……将来の夢についての詳細は語らなかったが、恐らくそのような道を歩んでいくのだろう。何故なら彼もまた桜と同じように、軍に所属する兄と姉がいるからだ。
遥疾の兄、そして姉については時折話題に上がっていたことから桜もある程度は抑えていた。そこまで詳しくは知らないが、話を聞く限りではかなり『立派な軍人』のようで遥疾も小さな憧れを抱いていることを時折仄めかしていたこともある。
誰しもが一度は姉や兄に憧れを抱くということなのだろう。
そして、遥疾の隣で座っていた紋章 九曜も同様に遥疾と同じ高校に進学したのことであった。
彼の目的は明白であった。以前からずっと『とある夢』を口にしてきたからだ。
『兄を追う。かつて、皇軍に所属していた兄を見つけたい』と……
それは本人は滅多に他人に対して話さない『九曜の夢』、桜達のみが知る夢であった。
九曜が産まれる前に軍に引き取られてしまった兄がいたという。名を昴、どこで何をしているのかも…… そもそも生きているのかも九曜自身も彼の家族も全く知らないとのことであった。
その中で、九曜が知る僅かな兄の情報を頼りに自分が動くしかない。その答えが皇軍の入隊であった。入隊して兄についての情報を探す。
行方を眩ました、生きているかも分からない兄を追いかける……と
そもそも日本に存在する軍隊の中で一番『皇軍』がハードルが高く、誰しもが行こうと思って行けるような軍隊ではない。そんな中で行方不明の兄を探すだなんて──
それ故に公に言ってしまえば、揶揄われてしまうような儚い夢だ。それは九曜も承知していた。だから本当に親しい人間しか話さなかった九曜の『夢』。
だから彼は必ず軍人になる。学校を卒業してもそのまま皇軍へ至るのはまず無理なので、恐らくその下……本軍へ所属してから入隊へ挑戦していくのであろう。かつての夏希が辿った皇軍所属へ至る王道ルートだ。
それでも厳しい道のりになるのは変わりはないが、きっと彼なら……
そして桜の幼馴染である雲雀岡 瑞理。彼女は看護関係の専門学校に進学したようだ。幼い頃から看護師になりたいという夢、怪我をした軍人をサポートしたいという夢をずっと語っていたのが印象深く、その話を聞けば桜も納得の表情を浮かべた。
桜の怪我した脚を手際よく処置していたのも彼女が懸命に学んだからであろう。その成果が、今桜の左腿に巻かれた包帯にして表れている。
揚々とした顔つきで看護学校の日々について語る瑞理へ見守るような視線を送りながら、桜はそっと包帯に巻かれた左腿を撫でた。
皆、夢に向かって一歩一歩進んでいるんだな……
話を聞いていると無意識にふっと口角が上がってしまう。本当に穏やかな空気、長らく桜が感じる事のなかった居心地の良い空気、出来ればずっとこのままでいたい、そんな気持ちすら芽生えてしまった。
話をしたからなのか、安堵を得たのかは分からないがほんのりと身体が暖まりつつあるのを感じた桜は羽織る上着を脱ぎ、その場で畳んでいった。
話の内容もひと段落ついた頃、九曜が思い返すように「こんなことを言うのもアレだが、暫くは東京に戻りたくねえな……」と外を眺めながらそっと呟いた。
それを聞いた瑞理も「本当、大変だったよね」とため息混じりに同意をする。そんな二人を伺うに東京での出来事は相当であったようだ。
「そうか……そこまで酷くやられていたのか」
「ああ、しかもこともあろうに『皇軍』はダンマリだ。どうかしているぜ」
九曜の言葉に桜は耳を疑い、桜は思わず「えっ」と声を漏らしてしまった。確かに東京に黒の化物が出没してしまった不幸なことであるが、向こうは『皇軍』の本拠地だ。外部からの脅威である黒の化物が現れたのであれば、皇軍が対応しているはずではないのか……?
「そんな、皇軍が動かなかったのか……?」
「──実はそうなんだ、桜……」
分が悪そうに遥疾が答えた。
──飛行する青い色をした鷺のシルエットに、三つの星が並べられたエンブレム──
それは、この国で産まれたのであれば誰しもが一度は憧れを抱く強さの象徴だ。
皇軍…… 正式名称:皇帝軍隊とは国防省が管轄する軍隊の一つだ。国からの選りすぐりの人間10万人が集う世界最高峰と言っても過言ではないこの国最強の軍隊だ。9割型陸軍で構成されており、本国皇帝が指揮をするいわば『皇帝の加護』そのものを実体化しているような存在であった。
彼らに課せられた使命は主に3つである。
・都市部を中心とした国家治安維持につとめること。
・対外の脅威に対しては率先して出動し、本軍(国防省の管轄するもう一つの軍、下位組織)と協調して撃退につとめること
そして……
──皇室の防衛
であった。
もう3つ目は事実上果たされぬことのない使命であるが、皇軍の存在意義の一つであるため未だに態として残しているようだ。
とは言っても、夏希が所属していた5人の皇軍精鋭部隊──皇帝近衛特殊部隊──こと通称:騎士は夏希の事件をもってして強制的に解散させられてしまったようだが。
『皇軍は皇女が指揮してはじめて皇軍である』
そう人々から、疑念の声を浴び続けても尚軍を存続していることに関してはまた別の話だ。無論桜の中にも皇軍の意義に関して疑問に思うことはしばしばあるが、それ以上に今回の事件であの皇軍が何もしないというのは桜にとって不可解な事であった。
「国防省で揉んでいるということ……なのか?」
「さぁな、俺には難しいことは分からねえけどよ」
皇軍が動けばその配下的存在でもある本軍も同時に動くだろう。本軍は都市部に展開する皇軍とは異なり全国あらゆるところに支部を展開する300万もの軍人を抱える超巨大組織だ。陸、空、海とバランスよく戦力が揃っており、時には皇軍と協調し、時には皇軍を牽制し合うような存在である。
大きく分ければ都市圏は皇軍、地方は本軍と言ったところか……
しかしながら、皇本軍その二つが動いてくれなければ、外来の敵に対しては何も出来ないような状態であるのは間違いないだろう。
軍に所属した夏希を姉に持つ桜は、ある程度は内情を把握していたため余計に事の不自然さを感じてしまう。
遥疾の言葉から色々察した桜は「ということは……」と切り出していった。
「今は誰も動いてくれていない……のか?」
「いやそうでもねえ、確か……何だったかな、アレは」
九曜が顳顬に右手を添えて思い出すような仕草をとる。あまり印象が薄いのか、すぐには思い出せないようだ。
そこですかさずフォローに入ったのは桜の隣に座っていた瑞理であった。
「あれって確か……『旧東軍』だったよね?」
「あ、そうだ。それだ! 瑞理の言う通りあのマークは間違いねえ、旧東軍が化物を対処していたんだ!」
なかなか思い出せないものを思い出すのは達成感があるようで、満足気に九曜が「サンキュー瑞理」と言葉を添えていた。
「旧…… 東軍?」
瑞理の声を聞いた桜は思わず首を傾げてしまった。
旧東軍…… 正式名称は忘れてしまったが、その通称名の通りかつて『権威戦争』にて東側で戦った組織のはずだ。3年前までその存在があった桜は一応覚えていたがすぐに解体されるものと思っていた。
戦後数年経った今でも解体されず残っていること自体桜は知らず、不意に首を傾げてしまったのだ。
恐らく雇用とか、皇本軍の牽制とか色々な意味合いがあり直ぐには解体できないことから今でも残っているのだろうが、皮肉なことに結果として一番動いてくれているのはそんな『旧東軍』であったようだ。九曜や瑞理達の会話を聞くにも『旧東軍』の応援がなければ確実にやられていたとのことである。
そんな歪なことになっているのか……
3年間の間に都市圏でも大きな変化が起こり始めているようだ。どれもこれも夏希の起こした事件の影響から始まったものであろう。そう感じた桜は申し訳なさそうに目を伏せる。
その時、突然キャンピングカーが停止した。
「ん? 何かあったのか?」
不思議に思った遥疾達は運転席の方へと顔を向けると、前の方から「ごめ〜ん」と朱音の声が響き渡ってきた。
「ほんと、ごめん。すっごい疲れちゃった。そろそろ休憩していいかな?」
運転席からひょっこりと顔を出した朱音が申し訳なさそうに片目を瞑り瑞理達へそう述べると、心配そうな顔を浮かべた一同が理解したのか「ほっ」と肩を撫で下ろした。
「なんだ、そんなことか。また例の化物が現れたかと思ってビビっちまったぜ」
「あはは、そうだよね。だって朱音さんもう9時間以上も運転しているもんね、疲れちゃったよね」
瑞理がくすくすと笑うと桜は「9時間も?」と聞き返してしまった。
「そうなんだよ。すごい渋滞だったし、道も所々閉鎖されているし思ったより時間がかかったんだよ。ねー朱音さん」
「ほんと、瑞理ちゃんの言う通り。こんなに時間がかかると思わなかったしさあ。それにアタシ、昨日もそこまで寝ていないんだよ。今でも結構意識が朦朧としててさ」
「あ、それは結構やばいね。朱音さん休まないと!」
「そうそう、このままじゃマジで事故っちゃうよ。居眠り運転で減点だなんて勘弁だよ」
どんな状況においても朱音は余裕を忘れない人だ。その緩やかな調子に惹かれる人間も少なくない。桜も彼女の魅力に惹かれた人間の一人であり、相変わらずの安定感を見せる朱音へ桜は安心すらも感じてしまう。
「そうですね朱音さん。どこかで休みましょうか。流石の化物もここまで直ぐに来れるとは思えないですし」
遥疾の言葉を聞いた朱音は「よし、休憩だ!」と意気込みながらダッシュボードから地図を出しペラペラとめくり始めた。
「うーん、ここはどこだ? 長野は広すぎるんだよね。近くに何かあればいいんだけど…… まずここがどこか分からない…… 逃げるのに必死だったからどこへ行こうか全然考えていなかったんだよね」
そんなことを呟き出す朱音。流石に心配に思ったのか瑞理が「もぉ、朱音さんったら」と呆れながら前へと移動し一緒に地図を見ることに。
「朱音さん、あそこの看板に麻績村って書いてあるよ! 多分麻績村の近くなんじゃないかなあ」
瑞理が指差す方向を見れば、ぼんやりと薄暗いが『麻績村』と書かれた看板が寂しく佇んでいるではないか。
「えっ、瑞理ちゃんよく読めたね。なるほど『おみむら』か……そうなると、ここの道は……」
「多分この辺りだよ。ほら、そこのカーブが一致しているし……」
「さっすがだね〜瑞理ちゃん。ほんとだ! 今ここかあ、そうなると……」
瑞理と朱音のコンビネーションが妙にマッチしており、二人のやりとりを聞いていた九曜が苦笑いを浮かべていた。世話好きの瑞理にとっては少し抜けた朱音と息が合うようで、桜も微笑ましく感じていた。
「お、わりかし近くにガソリンスタンドがあるじゃん! よし、ここにしよう! 皆、時間かかって申し訳なかったね。そろそろ出発するよ!」
「こんなところにガソリンスタンドがあるのか……」
感心する遥疾をよそに、キャンピングカーは再び前へと進み始めた。