表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CODE:I  作者: 一木 川臣
第2章 〜疑念の天候〜
32/70

3年ぶりの再会2

「とりあえず、ギリギリ間に合ったな」


 九曜が胡座あぐらをかきながら自身の後頭部を撫でつつ細く息をいた。


「あぁ、 なんとか」


 なんと答えれば良いのだろうか、九曜の発言はあまりにももっともすぎた。ギリギリセーフ…… その一言で片付くことが出来る範囲なのかもしれないが、桜にとってほんの数秒でも遅れていれば自分の命が無かったと思われる事案だ。

 それだけにあっさりとした言葉で片付け始める九曜達に対して桜は無意識に申し訳ない気分を感じてしまった。

 命を助けるなんて事、本来であれば莫大な見返りを求めるようなものなのに彼らはあえて簡単に終わらせようとしているんだ。


 桜の性格を知っていて、あえてそうしているのだ。


 片付けられた話に対しこれ以上遡及(そきゅう)しても逆に九曜の善意に申し訳が立たないと感じ、心の中でひたすらに感謝の意を繰り返す。


 ……ただ、目が合った九曜からは「分かってる、何度もくどいぞ」と言わんばかりに黙って右手を振り払われてしまった。




 今度は水溜りを轢いたのか、発散される水滴音と共に運転席の方からかすかな溜息が聞こえた。タイヤ付近は泥にまみれてしまったようである。車の持ち主にとってはあまり喜ばしい事ではないだろう。

 

 とはいえ、その溜息を最後に車内はどことなく重い空気が漂い始めてしまった。


 話したいことが山ほどある…… それは絆も含め皆同じであったのであろう、お互いがお互いに話すタイミングを窺うかのようになってしまった為、再び沈黙が訪れてしまうことに。

 しかしながら横で桜の手を握り続ける瑞理が何かに気が付いたのか「あっ」と声を溢し桜の脚を見つめた。


「脚、怪我してる……」


 先の戦いで化物から切り傷を負ってしまった左腿ひだりもも、瑞理達とは違い桜は制服であったためスカートから伸びる左腿の切り傷が鮮明に浮かび上がっていた。


 かなり出血をしていた。今は暗いことから鮮明には見えないが、脚が血だらけになっていた。明るかったら見る人が見れば嫌な顔をされてしまうだろう。


 見た目はかなり痛々しいが、実際はそこまででもない。唾を付ければ治るの範疇はんちゅうは超えているものの、この事態下で騒ぐ契機にはならないだろう。


 ただ、瑞理はそんな桜の甘い思考を遮るかのように深妙な表情で傷口を続けていた。


「ちょっとじっとしていて」


 瑞理は先程からロードノイズと共鳴するかのようにカタカタと微震し続ける小箱を押さえつけるかのように静止して、手に取って開けた。


 箱の中身は応急キットのようで、慣れた手つきでガーゼと消毒液、包帯を取り出す。消毒液と思われる小瓶の口を開ければ、あまり慣れない独特な匂いが立ち込め若干だが桜の目が歪んでしまった。


「こういう切り傷は直ぐに処置しないと。後で雑菌が入ると大きな怪我に繋がりかねないよ」


「そうか、すまない……」


 処置が行い易いように左脚を伸ばしスカートを軽くたくしあげる。どうにも目のやり場に困った男二人が目を逸らしているが、別に桜は気にしていなかった。


 瑞理が消毒液をガーゼで浸しゆっくり傷口を押さえる。


「少しみるかもしれないけど……」

「大丈夫だ……」


 鈍い痛みが太腿から伝わり桜は軽く歯噛みをした。消毒液の冷たさも相まって、思わず吐いた息が鋭く歯茎をはしり音のない摩擦音が出てしまった。


  思った以上に傷口は深かったようだ。


 そのまま止血が終われば、軟膏を取り出し傷口を塞ぐ。そして清潔なガーゼを取り出し包帯で患部を押さえた。


「絆ちゃんは怪我していない?」


 手早い処置をしながら瑞理は絆にも気遣ってくれる。ただ絆は大きな怪我をしていないのか「あたしは大丈夫です」と返し、処置を受ける桜を見守っていた。


「とりあえず応急処置はこんなものかな」

「も、もう終わったのか……?」


 感嘆を隠せなかった。あっという間という表現そのままに桜の左腿は巻かれた白色の包帯により患部が塞がれていた。


「瑞理を呼んで正解だったな」

 

 遥疾がふっと笑みを溢しながら瑞理の肩に手を置いた。瑞理の表情はどこか得意気であり「だから瑞理を連れて行ってよかったでしょ?」とこれは若干の早口だ。


 そんなやりとりを見ながら桜はあることを思い出す。瑞理は幼い頃からずっと看護師になりたいと言っていたことであった。

 看護師として苦しむ人達を少しでも和らげてあげたいと毎日のように聞かされていたこともあったが、この手慣れた具合を見るに3年前から変わらず彼女はその夢をずっと追いかけ続けていることに乖離は無いようであった。


「ありがとう瑞理、そして皆」


 自然と込み上げる感謝の言葉。本来であれば長々と3年ぶりの再会を共有したいところであるが、事はそうも悠長ではない。



 絆、桜、遥疾、九曜…… そして瑞理の5人はどこから切り出そうかと悩んでいるのか不明だが、またも空気が拮抗きっこうし始めた。こんな時は小粋なアイスブレイクを一つした方が展開はしやすいであろうものの、寸前まで危機が迫っていたこともありそんな事誰も導入するような気分では無かった。




「ひっさしぶりー。桜ちゃん、絆ちゃん、元気にしてた?」


 ──とどうも緊迫感が高まりがちな桜達を突然にも割り込むかのように前方…… 運転席から飄々(ひょうひょう)とした声が聞こえてきた。声を辿るように運転席の方を確認すれば座席からひらひらと振られた左手だけが見えてくる。


 ここからでは姿は見えないがなんとも呑気さが伺える声色だ。けれど暗い夜を切り裂くかのような溌剌はつらつとした声であり重い空気を振り払ってくれるかのようであった。


 これもまた聞き覚えのある声だ。だが聞くだけで、桜の目頭が熱くなってしまった。


「その声…… もしかして朱音あかねさん!?」


 声の正体に気づいた絆が瞬時に立ち上がり慌ただしく運転席まで身を乗り出す。桜も気持ちとしては絆と同じように身を乗り出したい気分であった。


「うわっと、絆ちゃん、久しぶりだけど危ないよ。ちゃんと捕まってな」


 優しく絆を落ち着かせるそのマイペースな声…… けれど絆は彼女の声を一切に無視しはしゃぐように『朱音』の名前を何度も呼び掛けながら助手席まで飛び込んで行った。

 

 この車を運転する瀬戸せと朱音あかねは…… 桜達にとって「ご近所さん」にあたる女性だ。


「朱音さんまで……」

 

 込み上げるものを感じて、またも桜の目に涙が溢れそうになる。

 朱音はただの「ご近所さん」ではないからだ。

 幼い頃からずっと…… もう一人ののように桜が慕っていた言わば家族のような人物であった。とても面倒見が良く、裕福で無かった売木家に対して色々と手助けしていただいた経緯もある。


 彼女自身に兄弟姉妹けいていしまいはいなかったことから、近所に暮らす桜や絆を妹のように可愛がってくれていた。


 それに、慕っていたのは絆や桜だけではなかった…… 夏希からも、歳上の「お姉さん」としてよき相談役となっていた人物で、夏希の強い部分も弱い部分も知り尽くしている女性だ。

 

 そんな、「もう一人の姉」とも呼べる人物が現れたのだ。絆が落ち着かなくなるのも十二分に理解できた。特に絆は朱音との思い入れも強かったことから再会に対する気持ちも一入ひとしおであろう…… 徐々に絆の声が震え始めるのが伺えた。


「桜ちゃんも絆ちゃんも大きくなったね〜、3年ぶりだっけ? もうそんなに経つんだね」


「あ……かねさん……」


 後方で座る桜からは声でしかやりとりは把握できなかった。けれど絆の中で何かが切れたのであろう、 徐々にすすり泣くような声がロードノイズの狭間はざまから聞こえてくる。


「あぁ、そんな顔しちゃって、ほらティッシュ」


 本当は桜も朱音の胸に飛び込み再会を喜びたい程の気分であったが、湧き上がる気持ちをぐっと抑えた。

 

 今流している絆の涙は先程の悲しみで流したそれと違う。嬉しさと解き放たれた緊張感が一気に押し寄せて出て来たものだ。


 ほんの一時なのかもしれないが、不安から距離を置いた絆の姿を見て桜も安堵を感じていた。



  今は朱音さんに絆を任せよう……


 

 振り向き瑞理達と目を合わせると遥疾が姿勢を前に倒しながら先に口を開いた。



「どうしてここまで来たのか、まずそこから話すべきだな」


 桜は側に置かれた『桜花爛漫』をひとまず車両後方へ遠ざけながら、遥疾の聞き慣れていない低い声に耳を傾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ