章末:曇り空の夜
東京都某所
薄暗い密室の中、二人の男女がテーブルを挟んで向かい合うようにして座っていた。見るからにディナーでは無さそうな雰囲気であり、一人の女性は神妙そうな顔つきを浮かべながら手に持っていた2枚の写真をテーブルへと叩きつけるようにして置いた。
「随分そっくりじゃない? この子」
「あぁ、確かにな」
「懐かしい?」
「どうだか。で、この子達の身柄を確保が上からのお達しか?」
「ご明察ね。この子達が怪我なく東京まで連れてくる、これが私達に課せられた任務……」
「そうか」
「一応理由も聞いてきたわ」
「……」
「表向きには3年前に起きた皇女暗殺事件関連となっているわ。 売木夏希が死刑確定となった今でも謎に残る部分が多く、一つ屋根の下で暮らした妹からも調査すべきとの声があったらしいのよ」
「今更か? そんなの皇軍に任せればいいだろう」
「表向きには」
「……」
「二人の人間を確保するのにわざわざ軍の人間、しかも私と先輩を使う意味、犯人が既に死刑確定されている事件の再調査、あげればもう突っ込み所満載よ。名目上とはいえもう少し真面目に嘘を付いて欲しかったわね……」
「相変わらず疑り深いんだな」
「あら、これでも随分と落ち着いた方よ、先輩のおかげで」
「……」
「やはり旧東軍は色々知っているようね。相変わらず教えてはくれないのだけど……」
「そうみたいだな」
「売木夏希の妹…… 今更連れてこいだなんて、 しかも軍を使って…… 一体上層部は何を考えているのかしら……」
「お前も売木夏希の妹と知り合いじゃなかったのか?」
「零佳のことかしら? 確かに零佳には良くしてもらっていたけど、彼女の妹達については知らないわ。それに、零佳が今どこで何をしているのか私にも分からない……」
「そうか……」
「ただ諜報部の調査によって目標の居場所が確認されているわ。なんでも長野県の北城村という所にいるらしいのよ」
「北城村…… ? 八方山がある所か、随分寒い場所に暮らしているんだな」
「あら、寒いのはお好きじゃなかったのかしら?」
「……昔の話だ」
「自然豊かで空気が綺麗、景色も美しくて…… ゴミゴミとした東京なんかよりずっと住み心地は良いと思わない? 引退したら田舎でゆっくり過ごしたいわね」
「その北城村に赴いて居ればいいのだが、そうも上手くいかないだろう」
「そうね、敵は多そうね」
「それに、 素直に俺たちの言う事を聞いてくれればいいがな。 怖がるだろ、突然軍の人間が二人も現れたら」
「それは大丈夫よ。そんな小さい事気にしているの?」
「相手は年頃の女性だ。何かあってもお前に任せるからな」
「呆れた、そろそろ女性の扱いの一つや二つ身につけないと後々損するわよ」
「……」
「何か言いなさいよ、不安になるじゃない」
「悪かった……」
「名目どうあれ、あれからもう3年経つのよね…… 先輩どう思います? 例の事件について」
「どうと聞かれてもな……」
「私は未だ夏希さんが殺したと信じることができないし、やっていないと思っているわ」
「でも、売木夏希が現行犯なんだろう?」
「公にはそうなっているけど、どうだか。 今の国がやる事なんて全く信用していない」
「あくまで自分の目で確かめたいんだな」
「そうよ。当時夏希さんの騎士抜粋に関して疑問視をする軍の人間も少なくなかったと聞いたわ」
「選抜時はいつでもそういった奴は一定数いたけどな。あの静岡の騎士抜粋の時でも普通に言われていたぞ」
「静岡 蜜柑…… 歴代最強騎士と名高かったあの方の時ですら、選ばれた時には批判の声も一定数存在していた。枠の少ない騎士だからこそ色々物議を醸すのは致し方ないことかもしれない」
「嵌められたとでも?」
「当然言い切れないけれど、色んな憶測は追究すべきと思わない? 例えば、先輩も知っているわよね、夏希さんと同期で蜜柑さんの妹が同じ軍に所属していたことを……」
「柑夏のことか?」
「そう、静岡柑夏。売木夏希と常に上位を争っていた人物ね。 彼女もまた騎士候補と言われていたわ…… 正直、私も当時は夏希さんより柑夏さんが選ばれると思っていた…… けれど、現実は夏希さんに旗が上がった」
「それを快く思わなかった柑夏によるものと……?」
「例えばの話よ。いいじゃない、考えるくらいは。柑夏さんに限らず、当時の皇軍は思った以上に秩序を保てていなかったらしいのよ。そういった環境も踏まえると考察も進むものよ」
「そうか……」
「軍が何を考えているか分からない…… けれど、私にとってこれはいい機会だと思っているわ」
「事件の真相を探るのにか……?」
「そう。本当の真実をね」
「直接巻き込まれた訳じゃないのに、随分と熱心なんだな」
「ええ、だって私…… 夏希さんの『ファン』だもの」
「そうだったな……」
「……さてと、部屋でゆっくりしているところ申し訳ないけれど今から出発よ。大好きな星空を眺めながらドライブといきましょうか」
「……今日は曇りだ」
「あら、残念ね」
「……それに東京は光が強くて、星があまり良く見えない」
「そう、それなら長野に行くのが楽しみね。あそこなら星が良く見えるだろうし。とりあえず、先に準備しているわ」
そう言い残し女が立ち上がって部屋を後にする。
部屋に残された男が涅色の髪をした女の写真を手に取り黙って見つめた。
──絆か…… 残酷な名前を付けたものだな……