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2/17

 密の手が、青い空にかざされる。


 するとそこからは丸い光の珠が噴水のように溢れ出る。


 そして眩い光には蝶が群れ、鳥が集った。それを仰ぎ見て微笑む密。


 奇跡の手と呼び、渓が女王に対するように、恭しく密の手の甲にキスしたのはいつだったか。


 対して渓は、水を(しもべ)のように操った。彼が両手を広げると、その間を水飴のように美しい、透明な水の流れが走った。虹色に光る泡で、密の身体を包んで見せたこともある。二人並んで一つの泡に包まれて微睡(まどろ)むことが、お気に入りだった時期もある。


 その為どんなに水嵩(みずかさ)が増していようと、隠れ処の泉で密が渓と遊ぶ際、溺れる心配は無かった。水は常に、密を守るべく動いた。


 二人の不可思議な力は、両親と本人同士しか知らない秘密だった。


 密と渓が十三歳の、ある夏までは。




 その日はとても暑かった。


 他所よりはひんやりとした裏森の暗がりにも、降るように蝉の声が木霊した。


 木苺の実る時期もとうに過ぎ、密は一人で泉の上の、せり出した小岩に気怠げに寝転んでいた。木漏れ日を見上げながら、たまに寝返りを打つ。


 渓は家が臨済宗の寺で、今日は檀家の法事の手伝いに駆り出されている。夏の寺は忙しい。商売繁盛、書き入れ時だなどと言って渓は茶化していたが、密は渓を寺に取られた気がして面白くなかった。渓はお寺の子供ではあるが、そのことは密にとって関係ない。密が渓に対して思うように、渓もまた、密の物であって然るべきなのだ。密と渓の間の、それが当然の理だと彼女は考えていた。


(渓は私の渓なのに。取られてばっかりでつまらない)


 渓がいなければ、素敵な隠れ処の魅力も半減する。


 彼が透明な水のような声で密を呼ぶ。焦らしながらも密は渓に応え、泉に身を浸す。それは密にとって欠かすことの出来ない儀式のようなものだった。そしてそれは恐らく、渓にとっても。泉の水が温み、肌に清水が気持ち良く感じられる時期が続く間中、その儀式は繰り返された。だから密は一年の中で春と夏と秋が好きだ。冬は泉の氷が溶ける日を待ち遠しく思い、過ごす季節だった。


〝氷を溶かしてあげようか?〟


 渓がそう言ってくれたこともあったが、さすがに密も厳寒期に泉に入る気にはなれず遠慮した。そんな密の反応を受けて渓もまた、密に劣らず物足りない風情で冬を過ごしていた。


 泉の四季を巡る渓との記憶を思い出しながら、琥珀色の髪を岩に広げ、密は退屈紛れに光で遊んでいた。


 いつもは小さな野鳥たちが寄って来るところ、今日は何かの天啓のように真っ白な中鷺(ちゅうさぎ)が一羽、ふわりと密の光溢れる手に舞い降りた。


 密は目を丸くした。


「わあ。……お前、ここに住んでるの?」


 こんなに間近で鷺を見たことのない密は、羽毛の白さに見惚れた。


 密の言葉に答えるように、鷺は優美な首を動かして、密の細い首に頭をこすりつけた。


 ふわふわとした感触が心地好くもくすぐったく、密は笑い声を上げた。


 その時、人の気配と共に中鷺が青空にバササッと飛び立った。


 白い羽根が密の頭上から緩慢に降って来る。


 その緩やかさとは対照的に、密は飛び起きた。


「渓?」


 しかしそこに立っているのは、身なりの良い、見知らぬ少年だった。


 白い襟付きのシャツに、柔らかそうなグレーの綿のズボンを穿き、足には茶色に艶光りする革靴を履いている。学生靴だろうか。


 彼は眉を顰めて密を見ていた。どこか唖然とした顔だ。密と同年代だろう。


 密は慌てて身を竦め、両手で胸元を庇う姿勢を取った。


 彼女はその日真夏の暑さに音を上げて、上は薄いベージュのキャミソール一枚、下は白い(もも)も露わに見える短いピンク色のキュロットスカートという、開放的な格好をしていた。まさかこの場所に、渓以外の人間が入って来るとは思っていなかったのだ。無防備な姿を見られた羞恥心と同時に、渓と二人きりの聖域を侵されたことへの怒りが湧いた。


「――――君、――――」


「見たの!?」


 少年が何かを言うのを遮り、密は鋭い声で糾弾した。


 彼は出鼻をくじかれた様子で一旦、形の良い口を閉じたが、気を取り直したようにすぐ、また声を出した。


「見たかって訊かれると、まあ色々見せてもらったよ。……結構な、眼福(がんぷく)だった」


 年に似合わない言葉遣いに、世慣れた物言い。最後の言葉には明らかに含むものがあり、密の顔に朱が注した。


 屈辱的だ。だが、ここで懇願する立場にあるのは密のほうだった。


「――――誰にも言わないで」


 密が光で遊んでいたのは、鷺が飛び立つ前までだ。まだ、この少年が密の不思議を目撃したとは限らない。出来れば彼が有り得ない光景を見ていなかった少ない可能性に期待して、密は具体的な内容を明かさずに頼んだ。


 だがその期待は少年の次の言葉で、呆気なく打ち砕かれる。


 彼は微笑んで言った。


「光のマジックのことかい?」


「――――……そ、う」


 密の落胆とは反対に、少年の微笑みが深くなる。


「とても綺麗だった。とても」


 どうしよう渓、と密は心の中で悲鳴を上げていた。


 この年頃の子供というものが、どんなに好奇心旺盛で口が軽く、残酷なくらいに無邪気で人の領分を荒らすかを、密は良く知っている。


 だから中学校でもそつなく態度を合わせながら、級友たちに馴染めずにいる。


 密の明るい髪の色は目立ち、彼らの興味本位と異端視、或いは妬みの対象となる。よくよく見なければ判らないような目の奥の薄青さにも、目敏く気付く。


〝あんた、絶対ハーフでしょ!〟


〝何で隠してんの?良いじゃん、別に〟


〝逆に見せびらかしてるって、それ〟


 未だに勘繰(かんぐ)り、密にそう言って来る女子は多い。


 目の前の少年が、多少世慣れた態度を取るからと言って、何を安心出来るだろうか。


 睨むような、追い詰められたような色を大きな瞳に浮かべて自分を睨む少女を、少年はしばらく興味深そうに眺めていたが、やがてあっさりとした口調で請け負った。


「解った。誰にも言わないよ。約束しよう」


 気前の良い言葉を、密はすぐには信用しなかった。疑い深い声で念を押す。


「本当に?」


 少年は白い歯を見せる。嫌味の無い笑いだった。


「ああ。本当に。――――君と僕だけの秘密にしよう。……じゃあ、またね」


 彼はそれだけ言うと身を翻して、来た時と同様、瞬く間に密の前から姿を消した。


 少年の姿が去っても、密は息を詰めたままでいた。岩の上に落ちていた鷺の白い羽根を拾うと、腹立ち紛れに泉に放り投げる。羽根は優雅に、水の上へと落下して行った。白い色が、透明の揺らぎに向かって遠くなる。密はそれに気を取られ、少年が口にした、再会を暗示させる言葉を忘れてしまった。




「密!」


 やがて待ち焦がれた渓の声が聴こえた時には、密は泣き出しそうだった。


 感情の赴くまま小岩から小走りに降りて、駆けて来た渓の首にしがみつく。


「渓――――……っ」


 法事の手伝いをしていた彼は白いシャツに黒いネクタイを締め、真っ黒なズボンという窮屈そうな格好だった。白と黒の渓に、ピンクの密。密のファッションの色とも開放度とも渓は対極にあった。それがまた似合ってしまうところが、彼らしくもあった。


 渓の身体からは、線香と汗の匂いがした。息が軽く弾んでいる。普段は涼しい顔を崩さない渓が、急ぎ慌てる様子は余り見られない。渓は密の異変には気付かず、彼女の身体を抱き留めたまま釈明した。


「渓、渓……、」


「待たせてごめん、姉貴の目が厳しくて。中々、抜け出せなかった。全く、死んだ奴の為に生きてる人間の生活が煩わされるなんて、どうかしてるよ。父さんのやたら大きな念仏で、まだ耳がジンジンしてる。読経だって、大きけりゃ良いって物じゃないだろうに」


 寺の息子にあるまじきことを言う。住職を務める厳格な彼の父が聞けば、一時間の説教は必至だろう。その在り様を想像し、密の心が少し和んだ。クスリ、と笑いをこぼして目尻の涙を拭う。


「伯父様に、怒られちゃうよ」


「……密。何かあった?」


 そこで渓も初めて、密の様子がいつもとは異なることに気付いた。


「変な子に、見られたの」


 まだ感情の(たかぶ)っている密の台詞は、ひどく具体性に欠けた。


 こんな時の彼女の宥め方を、渓は良く心得ていた。


「落ち着いて、密。僕がついてる」


〝僕がついてる〟


 それは密にとって、魔法の言葉だった。渓の起こすどんな奇跡よりも密の好きな魔法だ。


 大好きな渓の、大好きな魔法だ。


「誰に、何を見られたの?……ひょっとして、光を使うところを見られた?」


 穏やかな湖のような声に、密がコクン、と琥珀色の髪を垂らす。渓のシャツの背を密の髪が撫でる。甘えるように密は渓に更に強くしがみつく。まだ育ちきらない少女の、中途半端に柔らかな身体の感触が渓を軽く酩酊させる。


「このへんで見たことない、男の子だった。まさかここにまで入って来るなんて。私たちと、同じくらいの年だと思う。……お金持ちそうで、とっても生意気そうな。私の力のことは口外しないって、言ってくれたけど」


 急に自分の背中に回った渓の腕の力が強まったので、密は驚いた。


 若木のように頼りない、細い背がしなる。


「――――渓?」


「……だから、薄着で出歩くべきじゃないっていつも言ってるんだ。そのキュロットの丈だって、短過ぎる」


 父親のような小言を言う。


 密の衣服が扇情的に見えないのは、偏に彼女が純真無垢を形にしたような少女であるからだ。だが春夏の季節が来るたびに、渓は無防備な姿の密が危なっかしく、心配で堪らなかった。


 渓の赤く染まった頬は、密には見えない。


「ごめんなさい」


 素直に謝った密の唇に、渓の唇が押し当てられた。それから唇の縁をなぞるように舌の先で強く舐められる。その圧に押され、密が一歩、二歩と後ずさる。草を踏みしだく感触を足の裏に感じる。


(渓は、力が強いなぁ)


リップも何も塗っていなくて良かった、と密は呑気に思った。


「――――ん――――渓?」


「……何」


 怒ったような声で渓が応じる。舐められた唇を自分でもペロリと舐めて、密はただ戸惑った。彼の怒気の所以が解らない。


「どうしたの?」


「別に……いつもしてることだろう」


「――――そうだけど」


 密の顔に、年頃の少女に相応な恥じらいは見られない。澄んだ目を瞬かせるだけだ。渓が初めて十歳の密の唇にキスした時も、彼女はきょとんとしていた。


〝渓。今のなあに?〟


〝何って……、密にキスしたんだよ〟


〝それは解るんだけど。どうして?〟


〝どうしてって……〟


 学業の成績優秀で、教師の出す難問にもスラスラと答えて見せる渓が、この時ばかりは答えに窮した。自分に顔が火照るような思いをさせた密をどうしてくれようと思い、次には力が抜けた。その遣り取りをした当時の脱力感を、渓は今でも覚えている。


 だから彼女には、今の渓の苛立ちも理解出来ない。


 せめて赤面するなりして見せたらどうなのだ、と渓は思う。


 これでは自分ばかりが密にのぼせ上ってるようで滑稽だ。そんな一方的な立場に甘んじていられる程、自分の自尊心は低くない。


 彼女はいつまで夢の国におっとり構えた気でいるのか。


 知らしめてやりたい、と渓は強く思う。密を傷つけたくない思いとその強い思いは、渓の中にいつも共存していた。


 嫉妬も欲望も醜い感情も。焦がれる熱の全てを、自分同様、密にも思い知らせてやりたかった。天使のような少女が羽を失い、堕ちる時には一体どんな表情をするのか。


 渓の腕目がけて堕天する密。その想像に渓は酔う。


 呼べば泉には落ちて来てくれると言うのなら。


 いつも。


 渓は試していた。


 セイレーンのように密を誘い。


 泉に、自分の手の中に落ちる彼女の姿に恍惚(こうこつ)とする。


 天上を自在に飛ぶ翼を失くし、自らの醜さを憂い密が流す涙であれば、是非とも見てみたい。それはさぞや美しく、渓の胸を清々しく満たすだろう。


(壊してしまいたい)


 細い肩を見て思う。薄い布の一枚で、どれだけ身を守ったつもりでいるのか。


 それは彼女の傲慢だ。簡単に、自分はそれを突き崩してしまえる。十三歳ともなればもう男女の体格差が明らかになるころだ。


 誰より密が愛おしい。


 誰より密が憎らしい。


 いっそ壊して、自分だけのものにすれば良いのだ。


 喪服に身を包んだ渓の頭がジリジリと焦げるように狂った思惑に傾く。照りつける夏の日光はとても暑くて、鳴り響く蝉の声が渓に同調するかのようだ。


 傾斜した思考のまま、指を動かしかける渓の狂気に、密の無邪気な声が明るく割り込む。


「でもあの子、莫迦だわ。君と僕だけの秘密にしよう、だなんて」


 そんなことを言ったのか、と再び頭に血が上りそうになる渓に密は笑いかける。


 春風のような優しさで。


「だって、渓がいるのに」


 渓は虚を突かれた顔になる。ぱち、と一つ(まぶた)を上下させた。


 密の瞳は、無条件の愛情と信頼で穏やかに輝いていた。奥に映る青は、渓の瞳と同じ色だ。


「秘密と言うなら、私は渓との間に一番たくさんの秘密を持ってるわ。光の力だって、あんな子より渓のほうが、ずうっと先に知ってた。生まれた時から、渓が一番に私を知ってる。守って来てくれたわ。あんな、ちょっとくらい覗き見ただけの子に、何が解ると言うの。ね? お莫迦さんな子だわ」


「――――……そうだね」


 渓は毒気を抜かれた思いで密の琥珀の髪に顔を埋め、彼女の体温を感じた。


(……壊すだなんて。密を壊してしまうだなんて)


 心臓が早鐘を打つようだった。こめかみから、汗が一筋流れ落ちる。


 どうしてそんなことが思えたのだろうと、自分自身が恐ろしくなる。


 密は熱くて汗ばんで、花のように濃く甘い香りがした。


(誰にも奪わせない。僕の花、僕の光)


「……今生こそは」


「え? 何か言った?」


「――――――――何でもない」




 寺の境内の裏森の中、両手をグレーのズボンのポケットに入れ、サクリ、サクリと腐葉土を踏む少年は口の端を釣り上げていた。


 老いた声が、長閑にその背にかけられる。


御気色(みけしき)、麗しくあらせられますな。若」


「そうかな? そうかもしれないな」


 傍らに付き従う銀灰色(ぎんかいしょく)の羽織袴姿の老人に答える。枯れたような和服の老人と、仕立ては良いが今時の服を着た少年。一風変わった取り合わせだが、本人たちに頓着する様子は無い。そもそも二人が歩いている土地は、渓の家の寺が管理する土地であり関係者以外は立ち入り禁止にしているのだが、歩く彼らに後ろめたい様子は見受けられない。


 実際少年は愉快な気分だった。


 自分に差し掛かる夏の光も、今は愛でてやりたい心地だ。


(そう――――光だ。まさに)


 思わぬ拾い物をした。世界は自分の手の内にある。堪え切れずに笑いを洩らしてしまう。


 ふとした偶然で彼は、清らな泉の上の岩に横たわる少女を見つけた。


 光と戯れる彼女の正体を少年はすぐに見抜いた。


(……女神……)


 未だ幼き姿ではあるが、その身より滲み出る神気は隠しようも無い。


 彼が首を一振りすると髪から偽りの色が抜け落ち、陽光を弾く美しい銀髪が現れた。


 光が金であるならば、その一対の片割れには銀色こそが相応しい。


 それが彼の信条だ。


「……まさかまさか。あのような場所におわすとは」


「若?」


(じい)。私は光の姫に出逢った」


 高揚する気持ちを抑えられない少年の言葉に、老人の、白く長い眉の下の目が見開かれる。


「――――なんと。重畳(ちょうじょう)ですぞ、若。それは最早、お二方の運命と申すべきかと」


 少年は自信ありげに、満足そうに笑む。


「然り。あれは私の横に並び、尊ばれるべきお方だ。無論、我が手に入れる。……が」


 眉根を寄せた主人に老人は問う。


「いかがなされました」


「……いや」


 光の姫の近くには、異質な気配も感じた。


(小うるさいように清明な。――――……あれが花守か?)


 まさしく流れる水のようなその気配がもし、「水臣」の転生者であるとすれば。


 光の姫――――理の姫が唯一と恋い慕った花守。そのあとを追い、神殺しの宝剣で自らの命を絶つ程の存在。「水臣」は神界でも今や伝説となっている。


 少年の目が細められる。銀色の双眼は、冷たく無慈悲な意思に光っていた。


 後頭部を目掛けて飛んで来た蛾を、彼は見向きもせずに左手を俊敏に閃かせて捕らえた。


 そしてそのまま、容赦の無い力を籠めて握り潰してしまった。その死骸で手が汚れるのも厭わない。


(許されぬ)


 玉座に座る者が有するような、酷薄で不遜な空気を少年は纏う。


 彼は生まれ落ちた時から他の何者より気高く、恐れを知らずに生きて来た。


 紛う方ない神族である花守でさえ、彼にとっては凡なる輩に等しい。




 密が渓の腕の中で小さく身震いした。


「密?」


「渓。渓。……何か、何か怖いものが」


 密の開いた瞳孔はどこにも焦点が合っておらず、細い指が渓の白いシャツを掴む。


「怖い?」


「冷たくて大きい――――怖い何かが、近くにいる気がする。私を見てる。嫌だ。怖いよ、渓……」


 本気で脅える様子の密に、渓が眉を険しく顰める。彼には何も察知出来る物が無い。だから(すが)りついて来る密の身体を強く抱き締めた。彼女を視えない脅威から守るべく。


「僕がついてるよ。密」


「うん、うん」


 涙ぐむ密の頷き声を聴き、渓の五指に力が籠る。


(……ご案じ召されますな。姫様。光の我が姫。私がついております。何を恐れることがございましょう――――――――)


 そんな渓を嘲笑うように、生温い風が吹き抜ける。


 二人を翻弄する変動の予兆は、既にこの時訪れていた。





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[一言] 見事です! 10代の少年少女の危うさと求めるものへの心情が、深く抉るように流れる文体で綴られていく。 正直溜息ものでした。 目の前でフランスやイタリアの映画を見ているような、何とも言えない空…
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