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ホラー編

 とあるカフェにて、入社2年目の若手編集者、新田 穂奈美は頭を抱えていた。

 そんな新田とは対象的に、対面の席に座る若手小説家、東極冬彦は、のんびりとした表情で、新田が頼んだホットコーヒーから漂う湯気を眺めていた。

 新田はちらりとそんな東極の態度を見れば苛つきが増し、ついには内心で――どうして、どうして私が担当する作家はこんな奴らばかりなのだろう。こんなヤツを相手にする為に、私は大学で文学を学んだわけではないのに……。

 なんて、編集者になった事を後悔し、自然と溜め息を吐いてしまっていた。

 そんな新田の重々しい雰囲気を感じとったのか、東極は口を開いた。


「あのー、なんか問題ありました?」


 新田は、のんびりとした東極の口調にさらに苛つきを加速させるが、一度大きく深呼吸をし冷静さを取り繕ってから、口を開く。


「アリですよ。大アリなんですよ。何なんですか、あれ。この前もらった原稿。ねぇ東極先生、あれは何なんですか?」


「新田さんに頼まれた通り、ホラー小説を書いたつもりなのですが……」


「そうですよ。私が頼んだのはホラー小説なんですよ」


「すいません、面白くなかったですか? 何分あまりホラー小説は書いたことがなくてですね」


「途中までは面白く読ませてもらいましたよ。ええそうです……途中までは……」


 そこまで言うと、新田の肩が震えだした。

 そんな新田を見て何か合点がいったのか、東極はポンと手を叩き言った。


「誤字多かったですか?」


 その東極のあまりにも見当外れな質問に、ついに新田は机を叩き声を荒げる。


「そんっなッことッ私ッ言いましたかッ?」


「い……言ってないです。」


「これってあれですよねッ?大まかに内容を言えば、大学のオカルト研究会に所属する主人公の結城が、サークル仲間とたまたま見つけたオカルトサイトに書いてあった村に面白半分で訪れたら、村人は全員化け物で、仲間達がどんどん殺されながらも、その村の真実を追うっていうホラーサスペンスでしたよねッ!?」 


「はぁ、まぁ、はい。」


「じゃあ一体全体なんなんですかこれはッ?」


「なにか……問題ありました?」


「あるからッ呼び出したんですよッ。ほんっっっとに分からないんですかッ!?」


「えぇ……。あ! 結城が密かに恋心を抱いていた夏木が実はオタサーの姫的なビッチで、結城以外のサークルメンバー全員と寝てたってところが――」


 新田は東極の言葉を遮り、唸るように言った。


「そこじゃねーよッ」


「え、えぇー……」


「東極先生、本当に分からないんですか?」


「……はい。」


「じゃあ言いますけど、この終盤のシーンからですよ、結城が謎の老婆に襲われ絶体絶命の場面からですよッ。読みますよ、私」


(東極冬彦 著 陽の目村 一部抜粋 読み 新田 穂奈美)


『老婆の右目は、熟れすぎて木の枝から落ちた実のように床の上に垂れ落ち、音もなく潰れた。

 潰れた右目から強烈な腐臭が漂い、結城の恐怖心は加速する。

 結城は一度だけ、声にもならない声の金切り声に似た短い悲鳴を上げることしか出来なかった。

 助けを呼びたかったが、後はもう漂う腐臭により嗚咽がでるばかりで、恐怖により砕けた腰では立ち上がることもできない。

 そんな結城に、老婆はゆっくりとした歩みで近づく。

 結城はなんとか手に力を入れ、老婆から距離を取ろうとするが、しかし老婆の空洞となった右目の奈落に意識が吸い込まれ、上手く体が動かせずにいた。

 一歩。二歩。と、老婆は結城にゆっくりと近づく。

 老婆と結城の距離が近づくにつれ、段々と諦めに似た感情が結城の心を支配していった。

 三歩。四歩。

 結城はようやく泣き叫ぶ事ができた。

 出来たところで、それは無情なものだった。

 五歩。六歩。

 結城は神に願う。どうかお願いします。自分を助けてください。俺、無神論者だからとかイキッていた過去の自分を改めます。どうか、どうかお助けください。

 しかし、老婆の歩みは止まることはない。

 七歩、八歩。

 あぁ、もうダメだッ。死ぬんだ、俺はもう死ぬッ。

 九歩、十歩。

 終わりだッ。もう終わりだッ。

 十一、十二歩。

 終わりだッ。終わりだ!

 十三、十四歩。

――――――――――――――――――――――――』


 そこまで読んだ新田は、原稿を机に叩き付け言った。


「なげぇッ」


「……。」

 東極は黙り、下を向いていた。


「これ、百歩まで続きますよねッ!?」


「はい。」


「どうッなってんだよッババァとの距離ッ」


「……すいません、距離とか考えてなくて」


「考えてくださいよッちゃんと考えてくださいよッ」


「あ、でも! 距離は実はそんなに離れてなくて、歩幅がめっちゃ短いってことにすれば――」


 新田は東極の言葉を遮り、矢継ぎ早に怒鳴る。


「そんなスローテンポなババァ怖かねーよッナメクジじゃねーんだから」


「なめくじ? いやでもこの場面は引っ張れば引っ張るだけ怖い気がして」


「そうおっしゃるならですよ、東極先生。九十歩目くらいからのこれ、ここッ!」


(東極北彦 著 陽の目村 一部抜粋 読み 新田 穂奈美)


『九十、九十一歩目。

 終わりだぁーッ

 九十二、九十三歩目。

 終わりだ!

 九十四、九十五歩目。

 終わり……だ。

 九十六、九十七歩目。

 終わりだ?

 九十八、九十九歩目

 オワタ。

 百歩目。

 \(^o^)/      』


 そこまで新田は読み上げ、原稿を机に叩き付け怒鳴る。


「おめぇだよッ終わってんのッ」


「……すいません。」


「明らかにふざけてますよねッ?」


「飽きてしまっていて……。」


「先生は作家なんですよッ便所に落書きしてるわけじゃないんですよッ」

                         

「はい……おっしゃる通りです」


「本当に分かってんですか?」


「はい。それはもう……新田さんのご指摘通りだと思います……はい。すぐに二三歩で書き直してきますんで、はい。今日はもう本当にわざわざすいませんでした」


 そう言って東極は、激昂する新田に対し素直に頭を下げるが、まだ新田の溜飲は下がらなかった。


「ババァとの距離だけじゃ無いんですよッ」


「え、まだあります?」


「あるからわざわざ呼んだんでしょうがッ」


「……。」


「この後ですよッババァとの距離とかよりもッもっと問題なのがこのすぐ後でしょうがッ」


「えぇー、どこだろうなぁ」


 新田がなぜこんなにも怒りを露わにしているのか本当に分からないのだろう、東極は彼女が机に叩き付けたまま放置している原稿をそっと手に取りパラパラとページをめくっていた。

 そんな東極を新田は――こいつマジかよ……。と、若干引きながらも見守る。

 彼女は、東極自身で自分がなぜこんなにもキレているのかを分かってくれると信じ待った。


 それから数分後、パラパラと自分の原稿をめくった後、東極は顔を上げ言った。


「特に無いと思うのですが……。割と推敲も重ねましたし、誤字とかも無いような――」


 新田は、東極のまたも的外れな言葉により怒りで肩が震えていた。


「私、言いましたよね、東極先生。誤字の話してるわけじゃないんですよ……つーかマジですか? 推敲した時、冷静になって書き直そうと思わなかったんですか?」


「……。」


 東極は、黙る。

 新田がどうしてこんなにもヒステリック気味にキレているのか分からず、だんまりをきめる。

 だんまりをきめながら、学生の時分、先生に怒られた時の事を思い出していた。

 先生に帰れと言われて素直に帰ったら、普通に早退扱いにされたのは今でも腑に落ちないなー、なんてなことを思い出しながら、手持ち無沙汰だったのかパラパラと原稿を適当にめくっていれば、ついに痺れを切らした新田が東極から原稿を奪い取り、読みだした。


(東極北彦 著 陽の目村 一部抜粋 読み 新田 穂奈美)


『尻餅をついたまま、目の前に立つ老婆を見上げる結城の喉元に、右手がゆっくりと伸びた。

 彼にはもう抵抗する気力すら残されていないのだろう、振り払おうともせずに、その右手を受け入れてしまう。

 老婆の右手が結城の首を握り絞めれば、その長い爪が彼の薄い皮膚を容易に貫いた。

 老婆のその骨と皮しかない細腕からは想像が出来ないほどの力が結城を襲い、彼の体躯は宙に浮く。

 死に対する恐怖心とは対に、ようやく解放され楽になれるという安堵感が複雑に入り交じった彼の顔は酷く歪んでいた。

 涙と小便と首元から垂れる血で地面に出来た体液溜まりを、老婆は嬉しそうにキッキッと笑いながら眺めていた。

 そんな老婆をぼうと見る事しか出来ずにいれば、やがて感情は消え失せ、結城の意識は段々と薄れていった。

 彼は薄れ行く意識の中で、走馬灯を見ていた。

 幼少時分の最古の記憶から、大学に進学し、オカルトという共通の趣味を持つ仲間達と出会い、そして今日までの記憶を、彼は鮮明に見ていた。


 そして、ある感情が彼の中に生まれる。


――あぁ、俺も夏木と同様に、この老婆に殺された後バラバラにされるのだろう。夏木。夏木? つーか夏木……あのクソビッチ……なんなんだよマジで。俺に気がある風に接していながら、他のサークルメンバー全員と寝てたとか……。つーか俺も夏木に気があることあいつら全員知ってたよな? 裏で夏木と寝てたくせに、俺が夏木に気があることを話した時、応援するとかめっちゃ言ってくれてたのに……まじ俺ピエロじゃん。

 ぃやだッやだやだやだッマジで死にたくないッ。

 童貞のままッ死にたくないッ。


 そう思った瞬間、結城の体躯に生気が戻った。

 彼はキッキッと笑う老婆の顔、右側面に強烈な一撃を喰らわせれば、老婆の左目の眼球が衝撃で抜け落ち、彼の体は解放された。

 老婆は空洞となった左目を抑え、うっうっと苦しそうに唸っていた。

 ふと、結城は落下した眼球に目を遣った。

 右目の眼球とは違い、左目の眼球は地面に落下しても潰れる事無く、テンテンテンと地面を弾んでいたのである。

 結城は地面の上で大人しくなった眼球を手に取り、そして気付く。

 それが、四星球スーシンチュウであることに。』



 そこまで読み終えた新田は原稿を机の上に叩き付け、この日一番の怒鳴り声を上げた。


「四星球ってッッッなんっだよッッッ」


 東極は暫く新田の激しすぎる憤りに呆気に取られていたが、ハッとした表情で我に返り、説明しだした。


「あっ! ご存知ありませんでしたか!? 四星球は、四つ星が書かれた球で――」


 東極の説明を途中で遮る、新田。


「そんな事は知ってますよッ。ナメてんですかッ!?」


「……ナメてません。」


「私が聞きたいのはッなに急にホラー小説でドラゴンボール始めてくれちゃってんだッってことが言いたいんですよッ」


「いやでも……これ大事な所で……。ほら! 新田さんも最後まで読んでくれたから分かってらっしゃるとは思うのですが、この後、謎の老婆から四星球を手に入れた結城が謎の老婆を激闘の末倒し、他六人の謎の老婆もなんとか倒して眼球……七つの球を揃え、なんやかんや思いながらも殺されたサークルメンバーを生き返らせ、皆で力を合わせて村長を倒し、村を封殺するっていう大団円があるわけで――」


「ほぼほぼナメック星編なんだよなぁッそれッ」


「……ちがいます。」


「なにが違うんだよ」


「ちょっと冷静になってくださいよ、新田さん」


「はぁ?」


「よーく考えてください。老婆の目玉が四星球だったら……めっちゃ怖くないですか?」


 新田は一度、深呼吸してから言葉を放った。


「おめぇのッその発想が怖ぇんだよッ」


「……。」


 東極は黙り下を向きながら思う。

――新田さん絶対元ヤンだ。と。


「何とか言ったらどうなんですか?」

と、 冷徹極まりない表情で言葉を放つ新田。


 怖々とした表情で彼は問う。

「新田さん……昨日、北野映画見ました?」


「はっ?」


「いや、、、なんとなくなんですけど。。。。」


「見てませんけど。なにがおっしゃりたいんですか?」


「今日、めっちゃまくし立ててくるなって思って」


「東極先生がッドラゴンボールのまがい物みたいなの書いてきちゃうからでしょうがッ」


「……。」


 また黙ってしまう東極に、新田は一度大きく溜め息を吐き冷静な口調で言った。


「とにかく、うちはジャンプじゃないんでぇ……つーかジャンプでもこんなん載せらんねーけど、とにかくこんなのうちで載せるのムリですからね。書き直してください」


 新田にそう忠告された東極の表情には、明らかな焦りが見て取れた。


「そ、そんなッそれは困りますよッ。すぐに金がいるんですッ。

大家のババァがここのところブチギレでうちに来るんですよッ」


「払えばいいでしょう、家賃」


「だからッこの原稿料で払おうと」


「じゃあなんでドラゴンボール書いてきちゃったんですかッ?」


 新田の質問に東極は数秒黙り考えた後、照れ笑いを浮かべながら言った。


「まさに再起をかけたんです」と。


 新田は東極を死んだ魚のように濁りきった目で見詰め、言った。


「うまくねーよ。」

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