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かくしつケア

作者: 嘉多野光

 最近、私の所属する吹奏部内の空気がすこぶる悪い。先輩たちがピリピリして、よくケンカが起こるのだ。


 元々、二年生の先輩と、三年生の先輩たちは、あまり仲がよくなかったようだ。

 二年生の先輩たちは自由でマイペースな雰囲気。練習も楽しいことがまず大事で、コンクールで金賞を受賞するといった目標は二の次。対して、三年生の先輩たちは、打って変わってかなりストイック。筋トレとかつらいトレーニングも惜しまない。コンクールで二年連続銀賞止まりだから、今度こそ金賞を取るぞと息巻いているのだ。


 その仲の悪さに拍車を掛けたのは、何と顧問の白鳥先生だ。

 先生は、私の所属するトランペットのパートリーダーに、あろうことかスキルを理由に二年の部長候補である早見先輩を指名した。三年生であり部長の大和先輩は、勿論怒り心頭。大和先輩は早見先輩の指示を無視したり邪魔したり、明らかにいじめをしていた。全体練習中でも、みんなの前で早見先輩を叱りつけたりして、ピリピリしていた程度だった空気は、最悪の状態になった。


 練習も円滑に進まないし、これでは本当に今年も銀賞止まりになってしまうと、自分のしでかしたことに気付いた白鳥先生は、あるとき不可思議な指示を私たちに出した。

「今日から全員、部活開始前に、器楽室前の流しにあるハンドソープで、手を洗うように」

 言われてみれば、教室でのパート練習が終わって器楽室に移動しているとき、流しに見慣れないものがあるなと思っていたが、あれはハンドソープだったのか。しかし、喉のケアならまだ分かるが、ハンドソープで手を洗うのに何の意味があるというのだろう。風邪を引かないようにということかな、と何となく思っていた。


 翌日から、ちゃんとみんなそのハンドソープで手を洗ってから部活を始めるようになった。私もそれで手を洗ってみた。

 容器は一般的なプラスチックのポンプ式のもので、淡いピンク色をしている。ただ、プリントされている商品名が気になった。ラベルの中央に「確執ケア ハンドソープ」と書いてあったのだ。

 「角質」の誤植だろうか、手の角質を取り除くと楽器のスキルが上がるなど聞いたことがないが、と思いながら、私は白鳥先生と部員の目をかいくぐってこっそりハンドソープの裏面を確認した。


 見えない、頑固な確執をケア!

 「確執ケア ハンドソープ」を使って、人間関係を円満に。


 どうやら誤植ではないらしい。

 部活の後、どうしてもあのハンドソープのことが頭から離れなかった私は、商品についてネットでも調べてみた。ネットの口コミや商品ページによれば、このハンドソープをターゲットに使用させると、ハンドソープに含まれるエッセンシャルオイルやナチュラルハーブの効果により、その人たちの心のとげが丸くなり、人間関係での問題が改善されるのだという。


 最初こそ半信半疑だったが、効果はすぐに表れた。

 使用し始めて三日目、数ヶ月ぶりに、早見先輩と大和先輩の間で言い争いが起きなかった。先輩たちが途中で練習の中断をすることもなく、スムーズにパート練習が終わった。パートリーダー指名の前の練習がどうだったか振り返っても、こんなに静かに練習ができたのは、その日が初めてだった。

 使用し始めて一週間もすると、全体の雰囲気が変わったのが肌で感じられた。二年生のマイペースぶりも落ち着いて、素直に指示に従うようになった。三年生も、無理な指示をしたり、後輩を叱るのではなく、褒めて伸ばすようになった。いつか部活が終わった後、白鳥先生から「あのハンドソープ、侮れないわね」と呟くのが聞こえた。


 でも、私は今になって結局、白鳥先生を恨んでいる。

 確かに、部全体の雰囲気はよくなった。しかし、緊張感がない分全体的にだれてしまって、練習もテキトーになり、結局夏のコンクールでは金賞どころか入賞を逃すという、最悪の結果となった。吹奏楽の名門校でありながらこの体たらくというのは、学校側としても由々しき事態だった。


 白鳥先生はコンクールの日を境に辞表を提出し、学校を去った。代わりの先生がすぐ入ってきたが、結局今ではそのスパルタ先生により、前よりもっとピリついた雰囲気のなか、私たちは練習している。

 こんなことになるなら、確執なんか放って置いてくれたらよかったのに。


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