65.世界一だって?
時は少し遡る。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ!」
就業時間のチャイムが鳴り響き、部下達が順々に仕事を終えて帰る中、黒沼団十郎は部下達が提出した報告書に目を通していた。
彼は今、この支店の支店長を務めており、先月の役員改選を伴う人事異動で執行役員に就任していた。
年齢は既に五十歳に達していたのだが、特にメタボ体型になっていない。
実は、彼は体型には非常に気を使っていたのだ。
仕事にひと段落を付けると彼は帰路についた。
向かうは一人暮らしの賃貸マンション。
別に独身と言うわけでは無いし、妻と死別したわけでは無い。
彼は、数年前までは本店に勤務しており、その時に家を購入していたのだが、昨年、この支店の支店長に栄転していた。
それで、今では単身赴任の一人暮らしをしていたのだ。
マンションに戻ると、彼は急いで着替えたのだが……、何故かクロゼットの中にあるのは女性ものがほとんどであった。
しかも、ナース服とかチャイナドレスとか、趣味が偏ったモノばかりである。
実のところ、彼は元々、女装に興味を持っていたのだが、単身赴任すると同時に、本当に女装に走るようになってしまった。
多分、部下達には見せられない一面であろう。
勿論、家族にも。
彼が体型に気を使っていた理由は、実は健康のためではなく女装のためであった。
一応、彼には、メタボジジイの女装では見るに堪えないとのポリシーがあったのだ。
「今日は、これだな!」
身に付けたのは婦警の制服。
この手のモノを、彼は通販で色々購入していた。
ただ、この趣味のお陰でストレス発散できている部分もあった。
恐らく、この趣味が無かったら、過度の重責によるストレスから精神的に崩壊していたかも知れない。
それを考えると、誰も女装趣味を咎めることは出来ないだろう……と彼は思っていたし、同時に女装趣味を自己正当化していた。
深夜二時。
団十郎は既に眠りについていた。
突然、彼の頭の中に力強い男性の声がこだましてきた。
夢の中に、知らない男性が特別出演してきたのだろうか?
「黒沼団十郎だな?」
「そうだが、今はシルヴィアと呼んでもらいたい」
「分かった。それでシルヴィア。お前を異世界に招待したい」
「異世界? そもそもアンタ誰?」
「我が名はラフレシア。異世界の天使長を務めていた者だ」
「過去形ってことは、今は堕天使だったりして?」
「その通り。お前の世界で言うサタンに相当すると言えば、私の地位が分かるだろう」
強いて言えば、悪魔側のトップである。
元は、この世界の現天使長の上に立っていた者であり、神からの寵愛を最も強く受けていた者でもあっただろう。
当然、その力は強大である。
しかし、シルヴィアは、ラフレシアに恐れおののくことは無かった。
むしろ、マイペースだったのだ。
マナミと言い、マリカと言い、シルヴィアと言い、ラフレシアが選ぶ者達は、何故かサタンを前にしてもペースを崩さない。
ある意味、心が座った者達である。
「それで何故、私なんかが異世界に?」
「新興宗教……。つまり、我を崇拝する宗教を立ち上げ、広めてもらいたい」
「悪魔崇拝?」
「まあ、そう言うことになるだろう。勿論、タダでとは言わない。お前の希望を叶えてやろう。女装が趣味のようだが、いっそのこと、こっちの世界で一番の美女になってみる気は無いか?」
「面白そうだけど、地球で例えたら、どのレベルの美女?」
「そっちで世界一の美女と呼ばれる女の二万倍以上の色気に包まれた超美女だ。しかも、歳をとらず、どんな堕落した生活をしても体型は変わらず、永遠の美しさを保てる」
「ちゃんと人間の女性になれるのならOKだけど? 実は作り物でしたぁ、なんてことは無いよね? 人形なら年を取らないし体型も変わらないからさぁ」
「(ギクッ!)」
こう言われて、ラフレシアは一瞬焦った。
性なる魔玩具に転生させればHP二百万を確保できるし、年も取らず暴飲暴食しても体型は変わらない。それで、この話を持ち掛けていたのだ。
完全にマナミやマリカの時と同じパターンであった。
しかし、この流れで、
『そうだ! 作り物だ!』
とは言えないだろう。
なので、
「も……勿論、キチンと人間の女性だ!」
とラフレシアは答えた。
当然、有言実行で何とかする。
「それが真実なら承諾しよう」
「では、早速、こっちの世界に召喚させてもらおう。異世界転移発動!」
召喚魔法と同時に、ラフレシアは団十郎……いや、シルヴィアを性転換してブルバレン世界の人類で一番の美女(ランキングには人形を含む)に変身させた。
これは、ラフレシアの意地とプライドをかけての対応であった。
突然、シルヴィアの目に映る空間がS字状に激しく歪んで行った。
マリカの時と完全に同じ現象であった。
それに、全身が強く締め付けられるような感覚もあった。
これは、常人には苦痛でしかないだろう。
天界にシルヴィアの転移をキャッチし難くするため、ラフレシアは敢えてマリカの時と同様に細いパスを使って召喚を行なったのだ。
再び、シルヴィアの頭の中にラフレシアの言葉がこだました。
「今、お前のHPは恐るべき高値になっている」
「HPって、ヒットポイント?」
「いや、ハレンチパワーだ」
「何だ、それ?」
「ハレンチパワーは、世界一の美女でもせいぜい百程度の数値だが、お前は、それを遥かに超える異常値に設定してある。しかし、普段から最高値にすると目立ち過ぎるのでな。本人の意思で数値を五十くらいにセーブできるよう、HP可変の能力も与えておこう。それから……」
そのままシルヴィアは、オルキス共和国の北側国境付近に位置するシミア町へと送り込まれた。
…
…
…
時は現在に戻る。
一方、こちらはアデレー王国のビナタ町。
日も暮れたので営業時間は終了!
と言うわけで、私、アキは店を閉めようとしたんだけど、丁度その時だった。
「ヤッホー!」
マナミが店の前に転移して現れた。
今日はケイコと一緒じゃなくて単身だ。
「どうしたの? こんな時間に」
「オルキス共和国にラフレシアが召還した転移者が現れたのよ」
「少し前にユキから聞いた。禁欲の宗教の教祖様だとか。あと、町の連中の話では居場所がスプマ町だって?」
「うん。情報早いね。送り込まれたのはシミア町だったんだけど、スプマ町に移住したらしいのよね」
「でも、詳細は分からないってことだったけどね。元々中年男性で、性転換して召喚されたとしか」
「そこまでは知っていたのね。ただね、その人はラフレシアの魔法で、この世界で一番の美女に生まれ変わったらしいのよね」
なんか、気に入らない言葉が聞こえてきたよ。
でも、HP二百万の私達を差し置いて、そんなことって有り得るのかなぁ?
「世界一?」
「そう」
「私やマナミやマリカより?」
「当然!」
「HP二百万の超美女トリオを凌駕する物体ってこと?」
「そうらしいわね。しかも、私達みたいに人形じゃなくて、正真正銘の人間だって」
「ナニそれ?」
なんか、ムチャクチャ腹立って来たよ。
HP二百万の三大超美女(成人男性用魔玩具)を超える人間って、普通有り得ないでしょうが!
ただ、私と違ってマナミからは怒り狂った空気は感じられなかった。
むしろ、困った雰囲気が漂っていた。
「マナミ、どうかしたの?」
「ちょっとアキにお願いがあってね」
「お願い?」
「そう。ラフレシアには、私とケイコはアキを利用してディスプロシ島の観光地化計画を進めていることにしているのよ」
「つまり、ラフレシアの敵を巧く利用したってことね。建前上」
「そう言うこと」
まあ、私から喜んで利用されているところもあるし、全然問題無いけどね。
むしろ、それでラフレシアが変な攻撃を仕掛けて来ないのなら、そっちの方が有難い。
「別に気にしないけどね。手伝ったことは事実だしさ」
「ありがとう。それで、今回の転移者はシルヴィアって名前らしいけど」
「じゃあ、外人?」
「一応、元日本人男性。名前は、男性時代に勝手に自分でつけた名前みたい」
「そうなんだ」
「ただね。シルヴィアは、結構なヤリ手だったらしいからね」
「Hな方で手が速いとか?」
「そうじゃなくて、仕事の方でのヤリ手ね。それで警戒しているのよ。私達のことで、変にアキにちょっかいを出して来ないかって」
「そう言うことか」
つまり、私とマナミを仲違させようってハラかも知れないってことだ。
ラフレシアにとって、私は邪魔な存在だからね。
可能性としては低くないだろう。
「ディスプロシ島行きのゲートを設置した町に移住したってのも気になるしね」
「そうなんだよね」
「私達が本当はラフレシアを裏切っているんじゃないかって、探りを入れてくるって言うか、突っかかって来るんじゃないかとか……。もしくは、私達の友人関係にヒビを入れるような画策をしてくるとか……」
「まあ、その辺は巧くやっておくよ」
「よろしくね。じゃあ、また何かあったら来るから」
それだけ言うと、マナミは転移魔法でディスプロシ島へと戻って行った。
ケイコもマナミも頭がイイからね。
多分、二手三手先を読んで、私のところまで話をしに来たんだろう。
どうせ、移動費用はタダだし。
私は店を閉めると、控室に行き、そこにいたヴァナディスとパラスにマナミから言われたことを話した。
ただ、こっちからワザワザ行動を起こすつもりは無い。
しばらく様子見だ。
それから数日が経った。
この日、男性客達が妙に目を輝かせてトークしていたんだけど……。
「この間さ、オルキス共和国まで行って、新興宗教の教祖を見て来たよ」
「マジで!」
「おお。すげえ美人だったよ。たしかに本気のアキちゃんを僅かだけど超えるレベルだね。間違いない!」
「そんな教祖に色々教えを脱いで……じゃなかった、説いてもらいたいもんだね。手取り足取り腰取り」
おいおい。
イイ年して言偏と肉月を間違えるなよ!
「さすがに腰取りは無いって。完全な禁欲生活を送る宗教らしいから」
「それじゃつまんねえな。ただ、聞くところによると悪魔崇拝っぽいんだけど?」
「そうそう」
「でも、エロくない悪魔崇拝って無意味じゃね? 悪魔崇拝で禁欲って、絶対に間違ってるよ!」
「たしかに!」
「やっぱり、オキシラン共和国のネトリ村の方が魅力的かもな」
「ただ、俺個人としては、オルキスの教祖様よりも、アキちゃんの方が見ていて落ち着く感じがあるんだけどなぁ」
「それって、アキちゃんより綺麗だから落ち着かないってことか?」
「うーん。なんだかよく分からないんだけどさ。アキちゃんの方が見ていて、何て言うかな、安心するんだよ」
「見慣れているからとか?」
「さあ? 俺にも分からん」
なんだか、よく分からない会話をしているけど、ブスは三日見たら慣れる的なことを言われているようにも感じるよ。
ただ、周りの連中は興味津々だなぁ。
そして、その中の一人がとうとう、
「ツアー組んで行かない?」
って言い出したよ!
本当にヒマなんだから、コイツ等。
「おお、イイねえ」
「俺もイク!」
「俺もイきたい!」
「ただ、移動手段はどうする?」
「ダイ・スーシーとか大三元トリオのチュンに依頼するってのはどうだ?」
忘れているかも知れないけど、ダイもチュンも私と一緒にティラノ君の住む森に行ったことのある転移魔法使いだよ。
二人共、私と同じで一回の移動距離は二キロが限界なんだけどね。
「ただ、ダイもチュンも連続転移は三回までじゃなかったっけ?」
「そうだったな。それじゃ、オルキス共和国まで行くのは、キツイんじゃないか?」
「だったら我らが女神様にお願いできないか?」
「でもなぁ。アキちゃんよりも綺麗な人が見たいから連れてってくれなんて、アキちゃん自身に言うのはなぁ」
「だから、俺はその教祖よりもアキちゃん派だってば!」
なんか、私のことを持ち上げているのか下げているのか微妙な感じだなぁ。
ただ、正直言うと私も、その教祖に興味がある。HP二百万の私を超えるって、どんな性転換美女か見てみたいもんね!
なので、彼らの会話の中に私は割り込んで行った。
「別にイイわよ。私ならワンセットで連続五十回の転移ができるからね。一回の移動距離はダイとかチュンと同じだけど」
「じゃあ、ワンセットで百キロか。それなら効率がイイな」
「ただ、連続転移を何セットかやることになるけど大丈夫?」
「それくらいは何とか」
「でも、ヴァナディスもパラスもゲロゲロになったけど?」
「ま……まあ、耐えてみるさ!」
「じゃあ、明日でもイイ?」
「勿論!」
と言うわけで、早速、私達はシルヴィア観光ツアーに行くことになった。
ただ、私の場合はヒマだからじゃなくて敵情視察だからね!




