39.後継機?
この日、大井川真奈美は焦っていた。
「このままじゃ遅刻しちゃう!」
久しぶりにやってしまった朝寝坊。このままでは出社時間に間に合わない。
今日は社会人になって二回目のクリスマスイブ。
「(そう言えば、三年前のこの日に友達が一人、自殺したんだっけ)」
その友人と真奈美とは、中学校から大学まで同じ学校だった。今でも、真奈美は思い出すとブルーになる。
真奈美にとって、今日は、どちらかと言うと沈んでいる日なのだが、クリスマスイブに遅刻したら、周りからは絶対に浮かれているからと誤解されるだろう。
フレックス制とか在宅勤務とかがあってくれれば助かるが、彼女の会社にはそれらの配慮は一切無かった。
この時、彼女が歩いていたのは進行方向右側の歩道だった。そして、直進方向の歩行者用信号機が青点滅になっていたところ、
『まだ渡れる!』
と思って横断歩道に飛び出した矢先、右折車両が猛スピードで突っ込んできて真奈美を左斜め後ろから撥ねた。
運転手は、やっと右折できると思って対向車両が来る前にと、思い切りアクセルを踏んでいたのだ。
車は、そのまま逃走。
そして、真奈美は運悪く頭を強打し、帰らぬ人となった。
「ここは?」
真奈美は、辺り一面が曇り空のような灰色一色に染まった空間に浮いていた。
多分、死後の世界であるってことは理解できるが、まさか灰色一色の世界と言うのは想像していなかった。
とてもドンヨリした雰囲気だ。
「大井川真奈美だな」
なんだか横柄な雰囲気の声が聞こえてきた。
「はい。アナタは?」
「我が名は大天使ラフレシア。今では『い』が抜けて堕天使と呼ばれているがな」
そこに現れたのは、十二枚の漆黒の翼を持つ元天使長だった。
ただ、翼の色からして神々しさとか善良さは思い切り欠ける。むしろ邪悪な雰囲気しか感じられない。
「つまり、サタンですか?」
「地球人なら、そう言うだろうな」
「では、悪役側ですね」
「一般には、そう取られるだろう。まあ、悪役側かも知れないが、俺はお前にブルバレンと呼ばれる世界に転生してもらうことを提案するが、どうだ?」
「異世界転生ですか?」
「そうだ。条件は、我が側がブルバレン支配を行うに当たり、邪魔となる者と戦い、勝利することだ」
「さすがに無条件って訳には行かないってことですね」
「そうだ。ただ、小顔で目が大きくて美人顔。豊満な胸にくびれたウエスト、やや長い首に美しくて長い腕と脚。スーパー美少女に生まれ変わるのだぞ」
「ええっ!」
「ふりまく色香は、そんじょそこらの美女の二万倍以上になる。それだけ超魅力的な超美女だ。さらに、転移魔法は使えるし、物質創製魔法も限定的だが使える。うまくやれば金貨を出すこともできるぞ」
「おっおぉぉぉ!」
「焼き殺されでもしない限り、ずっと若い姿のまま老いることなく生きられるしな」
「不老不死ですか?」
「そうだ。スーパー美少女の姿で永遠にいられるぞ。食っちゃ寝していてもスタイルを維持できる。何の努力もしなくて美人を維持できるんだ」
「マジですか?」
「勿論だ。与えるモノについて嘘は言わん。さらに、首を刎ねられても胴体を真っ二つにされても問題無し。それくらいなら生き返ることが出来る。そんなハイパーな人生だが、どうだ? 勿論、言語能力の方も問題は無い。降臨する世界の言語が全て読み書きできるようにしておく」
この内容は、アキそのものなのだが、真奈美は、そんなことは知らない。
むしろ、
『そんな人生ってチョーラッキーじゃん!』
としか思えなかった。
超美人で不老不死。
スタイル抜群。
魔法も使える。
だらけていても、食い放題飲み放題してもスタイルを維持できる。
つまり、美を維持する努力は必要ない!
そんなことしなくても超美人でいられる!
多分、お金にも不自由しないだろう。
これだけ都合の良い単語を並べられたら、地球で普通に生まれ変わるよりも、ずっと楽しい人生が待っているに違いないと誰もが考えるだろう。
真奈美は、即答した。
「や……やります! 提案を受け入れます!」
「相手は、お前の先行機だ。後継機としての高い性能を見せ付けてやるが良い!」
「えっ?」
「その者はアデレー王国のビナタにいる。検討を祈る」
そうラフレシアに言われた直後、真奈美の意識は飛んだ。
ただ、先行機とか後継機って何だろう?
さすがに、これは真奈美にも意味不明な言葉であった。
気が付くと、真奈美はベッドの上に裸で寝ていた。
彼女は身体を起こすと、まず、自分のスタイルをチェックした。
「たしかに手足が長いしウエストも細い。胸も大きいし、あの堕天使の言うとおりだわ。アソコの毛が生えていないのは気になるけど、腋毛もすね毛も無いし、ムダ毛処理しないで済みそうね」
そして、近くに鏡があるのを見つけると、彼女はベッドから起きて鏡を覗いた。
映されたのは、目が大きくて小さな顔。
紛れもなく超美人。
たしかにラフレシアの言っていた通りだ。
「まるで二次元から飛び出して来たみたいに超綺麗。この顔にこのスタイル。これが私なんだ!」
湧き上がる高揚感。
これなら、絶対にどんな女よりも優位に立てる。
真奈美は、そう信じて疑わなかった。
ここに、一人のアラサー風の男性が入って来た。しかも、真奈美は裸なのに、何の遠慮も無い顔をしていた。
「おお、目が覚めたか」
「あんた、誰?」
「俺は魔導師エロス。性なる魔玩具の研究では世界の第一人者と呼ばれる男だ!」
その男は、そう言いながら胸を張っていた。
ただ、性なる魔玩具とは、魔法で動く大人のオモチャと言うことであろう。
この言葉に、真奈美は、正直、もの凄くイヤな予感がしてならなかった。
「ちょっと、なにそれ? この展開って、もしかして?」
「お前の名前はマナミ-365号!」
「えっ?」
「俺が精魂込めて作り上げた最高の性魔玩具だ!」
「それって、ダッチワ……」
取扱説明書:マナミ-365号は365号だけあって、毎日使用して頂きたい逸品です!
「108号から随分ナンバーが進んでしまったが、それは、小物の制作ばかり依頼が来て、それらにナンバリングしていたら、何時の間にか365号になってしまったんだ。まあ、それは置いといて、お前は、この世界の全ての男性の夢と希望、そして理想の容姿を兼ね備えたハイパーな存在だ。しかも最強の癒しの能力を持つ。誇りに思うべきだぞ!」
これを聞いて、マナミは愕然とした。
確かに魔力で動く人形への転生なら、壊滅的破壊を受けない限り不老不死だ。
それに、いくらでも美しく作ることが出来る。
二次元風に作ることだって可能だ。
やはり、サタンの言うことには裏があった。これじゃ詐欺だ!
しかし、ラフレシアは人間に転生するとは言っていない。言葉自体に嘘は無かった。
と言うことは、魔法は使えるのだろうか?
「一応、今回は自分用のつもりで造ったんでな。早速、俺が起動実験を……」
そう言うと、エロスが服を脱ぎ始めた。
これは、マナミからすれば間違いなく貞操の危機だ。
でも、ラフレシアの言葉が正しければ、ここで金的攻撃をぶちかます必要はない。
確実に逃げられるはずだ!
「転移!」
すると、マナミの姿は、その場から忽然と消えた。
アキと同じで、効率良くHのデリバリーが出来るように、行ったことのない場所でも転移できるのだ。
マナミが転移した先は、人通りの無い、土が剥き出しの路上だった。
どうやら、周りの植物の雰囲気と言うか、茂り方から察するに、季節は初夏のようだ。
「ラフレシアの言う通り、転移魔法は使えるんだ。なら、物質創製魔法も使えるはず。服、出ろ!」
早速、マナミは物質創製魔法を試してみた。
取扱説明書:マナミ-365号は、先行機が使える魔法は全て使えます。
すると、一応、女性ものの服が出てきた。こっちの世界の平民女性が普通に着るタイプのものだ。
早速、マナミは服を着た。さすがに路上で裸のままと言うわけには行かない。
「あと、靴、出ろ!」
しかし、靴は出てこなかった。
そう言えば、ラフレシアは、物質創製魔法は限定的と言っていた。
どういった制限がかかっているかは、マナミには分からない。
ただ、今は、なんでもイイから靴が欲しい。
「じゃあ、サンダルでも下駄でもヒールでも何でもイイから出ろ!」
すると、よりによってピンヒールが出てきた。
土剝き出しの路面を歩くのに、これほど不都合な靴は無いのではなかろうか?
ただ、自慢の脚線美を、より一層際立たせてくれるアイテムにはなりそうだ。
一先ずマナミは、道の端に座り込み、ステータス画面の確認を行うことにした。
…
…
…
その頃、アキは、いつも通りのエロい八百屋娘をしていた。
アキがこっちの世界に転生してから丁度三年。
ええとね、別にエロい八百屋娘って言っても、野菜を挿入するとか、そんなんじゃないんだからね!
見た目がエロいだけだからね!
この日、半年振りに珍しい客が来店した。
ただ、客と言って良いのかどうかは微妙だけど?
「久しぶりだねー。アキ」
この女は、私の大学の同期で、私自身は余り好きではない人種だ。
ミチルさんからも『働かない女』って言われていたヤツだ。
大天使セクロ……なんとかに召喚されて異世界転移したけど、何もしないでプラプラしているだけ。
セクロなんとかも嘆いているって話だ。
半年前は、コイツの名前をすっかり忘れていた。
でも、あの後、一生懸命頑張って、何とかコイツの苗字だけは思い出した。
「根岸さん。今日はどうかしたの?」
でも、フルネームまでは憶えていないや。
「こっちではユキって呼ばれているからー。ユキって呼んでー」
そうだ。そう言えば根岸由紀だった。
一応、覚えておかないとね。数少ない元地球人だからさ。
「分かった。で、ユキ。何かあったの?」
「転生者が来たよー」
「えっ」
「大天使セクロピアからの伝言でねー。私にも仕事をやらせないとダメだってことになってねー。せめて大天使からの伝言くらいはヤラせろだってー。アキの転生に直接関与した大天使がこっちの世界にはいないみたいだからー。アキには担当の大天使がいなんだってー。それで私がセクロピアから聞いたことを話して来いってー」
セクロなんとかって、セクロピアだっけ。
これも覚えとかないとね。
「私が会ったのは地球の天使のシーシアだけだからね」
「そうなんだ。で、早速情報だけど。大井川真奈美って覚えてるー?」
「大学のサークルが一緒で理工学部の?」
「そう。彼女がラフレシアに召喚されてカリセン王国に転生したってー。しかも、アナタと同じ大人のための等身大フィギュアとしてー」
「えっ?」
「造った人も同じで魔導士エロスだってー。だから、基本的に機能はアキと同じだよー。でも、後継機ってことで、マナミの方が性能は上らしいよー」
「噓でしょ?」
「本当だよー」
「まさか、マナミが?」
「たしか、マナミは修士まで行っていたよねー?」
「うん……」
実は、ユキには言っていなかったけど、私とマナミは中学校から大学まで、ずっと一緒の学校だった。
仲は別に悪くない。むしろ良い方だったと思う。
でも、私はサークル内で彼氏が出来ちゃったから、そっちベッタリになっちゃったってのもあるし、それに理工学部と私の学部は、専門課程のキャンパスが違うってのもあって、疎遠になっちゃったんだよね。
うちの大学、三年生以降は、基本、専門課程のキャンパスしか通わないから。
あと、マナミは大学院進学を目指していたから、大学三年から再び受験勉強を始めちゃったしさ。
それも知っていたから、さすがにキャンパスが離れてからは一緒に遊ぼうなんて言えなかったよ。
でも、まさかマナミがラフレシアに呼ばれて来たなんて。
マナミと戦うのはイヤだよ!
かと言って、ミチルさんに代打で戦ってもらうわけにも行かない。
多分、ミチルさんが本気を出したらマナミは焼き殺される。
マナミに死なれたくない。
逆にミチルさんが殺されるのもイヤだ。
ラフレシアのヤツ。なんて選択をしてきやがったんだ!
私は、しばらく呆然としていた。
すると、
「じゃあ、情報代、いただくねー!」
と言って、ユキは大きな高級メロンを二つ、両手に持って転移して消えた。
「えっ?」
私が気付いた時には、既に遅し。
また万引きされたよ。




