27.タヒって横棒一本足りないよね?
くどいようですが、ここではHPはハレンチパワーです。
翌朝。
「なに、この女!」
「ムカつく!」
「吐き気してきたわ!」
女性達の罵声で私は目を覚ました。
私はユリの家に泊めてもらったんだけど、そこにはユリの妹一人と母親もいた。ユリと合わせて女性は三人。
父親は他界したらしい。女性三人の家族だ。
その三人が、自我が無くなるほどの負の感情に支配されていた。
理由は簡単。
今、私のHPが初期値に戻っていたからだ。
寝て起きると、何があっても初期値に戻るとんでもない機能だ。
ステータス画面には、HPが2,000,000/2,000,000と表示されている。
私は、慌ててHPを下限値の50まで下げた。
すると、女性達の表情に落ち着きが戻ってきた。
「おはようございます」
「おはようございます。でも、さっきの雰囲気は一体?」
「私はHPが二百万もあるんです」
「はっ?」
「意図的に50まで下げることができますが、寝ると翌朝には二百万に戻ってしまうんですよ。それでです」
「はぁ……」
信じられないって顔をしているよ。
まあ、普通はそうだろうね。
一般には訳が分からない機能だよ。
ミチルさんはパラスの家に泊めてもらったっぽい。
そう言えば、ミチルさんは昨日、一言もしゃべっていないような……。
元々、物静かな人だけど、正直、空気になっていない?
その正体が七首のレッドドラゴンって、誰も信じてくれないだろうね?
私は、ユリの家で朝食をご馳走になった。
と言っても材料は私が物質創製魔法で出したんだけどね。
昨日まで島民全員が植物状態にされていたんだもん。捕えていた魚も全部腐っていたよ。なので、朝食を作ろうにも材料が無い。
それで、昨晩、三千人分の食材を私が出したってとこ。
ヴァナディスやニオベが私の魔法のことを知っていたからね。
お願いされたんだ。
まあ、出せるものは決まっているんだけどね。
いつもの野菜にフルーツ。
それからカップラーメン(辛くないやつ)くらいかな?
私は朝食を済ますとニオベと合流。
残る一人の捜索に出かけることにした。
捜索隊のメンバーは、私とミチルさん、ニオベ、パラス、それからユリの五人。
どうもパラスはミチルさんのことを気に入ったみたいだね。
まあ、ビナタの町にいた時に、ミチルさんの家に泊まっていたくらいだから。既に何かあったのかも?
取扱説明書:アキ-108号は、精神を集中すると、見ただけで相手のHの履歴を霊視できます。いつ頃に何人とやっているかを全て見抜きます。
うーん……。
初めてパラスが人間の姿でミチルさんの家に泊った日に、パラスから迫って使用済みっぽい。
ミチルさんは、男性の姿をしているけど、この世界では、本当は性別無しのレッドドラゴンだからね。
なので、自分からHを求めるってのは無さそうだね。
一応、男性の姿をしている以上、男性器は付いているわけだけどさ。
でも、まあ、パラスにとっては悪い話じゃないからイイよね!
ミチルさんはイイ人だし!
ニオベのレーダーが反応した。
「こっちです!」
彼女の先導で山道を登って行く。
って言うか、マジで結構なスピードでドンドン上って行くんですけど?
そして、歩き続けること延々六時間。私達は、頂上……つまり魔王の住む処まで、あと30メートルのところまで登っていた。
これなら私の転移魔法で一気に来たのに!
でも、ニオベもパラスもユリも平然とした顔をしていた。これくらいの山道は屁とも思わないってことなんだろうね。
さすが地元民!
レッドドラゴンのミチルさんが一番疲れているよ。
私は人形だから疲れるということを知らないけどね。
魔王が住む処って言うくらいだからさ。城でも構えているのかと思ったけど、平屋の小さな一軒家だった。
ここに魔王と三人娘が暮らしているってことか。
それより今は、急いで植物を探さないと。
「ここです!」
見つけたのはニオベ。さすがレーダー娘。
私は、HPを最大にして、その植物の捕虫葉に指を挿入した。
すると、
「ボン!」
植物は二十歳くらいの男性に姿を変えた。
ただ、見た目はイマイチかな。
これならアスタトス王子の方が数段イケメンだね。
HPは最大値で10か。まあ、それなら、このレベルでも仕方が無いか。
私は、即座にHPを50まで下げた。だって、ニオベとパラスとユリの視線が超怖いんだもん。
その男は、目の焦点が合っていなかった。
多分、目が見えていないんだと思う。
「有難うございます。まさか助けていただけるとは」
「こっちこそ遅れて済みません。これで島民は全員、元の姿に戻りました」
「そうですか。初めて聞く声ですね。この島の方ではないんですか?」
「はい。アデレー王国のビナタから来ました」
「そうですか」
「失礼ですが、視力が?」
「魔王が放った閃光が見えたかと思うと、次の瞬間、見えなくなっていました」
「そうですか……」
私は、その男性の顔に右手をかざした。
取扱説明書:アキ-108号は、傷ついた男性を完全に癒す能力を有します(心身共に)。相手が男性の場合は、異性愛者でも同性愛者でも治します。
かつて、この能力で私は大怪我をしたショー・スーシーを治した。
この魔法が効いてくれ!
私は、そう強く念じていた。
すると、
「あっ!」
男性が大きな声を上げた。
「見える!」
良かった。魔法で見えなくなったんじゃなくて、普通に光にヤラれて見えなくなっていたってことだね。
だから傷ついた眼を治せたってことだよ!
「美しい女性だ……。植物にされた私を元に戻してくれたり、目を治してくれたり。しかも、この美貌。アナタは、まるで女神だ!」
「ええと、そんな大それた者ではありません」
「何から何まで、本当に有難うございます!」
ただ、この男性は声が大きい。これじゃ、魔王に気づかれるだろ!
って言うか、遅かったぁ。
魔王の家の扉が開いた。
「何だよ、うるさいなぁ」
しかも、聞いたことのある声。そして、出てきた男……クソ野郎は、たしかに見覚えのある姿をしていた。
あの忌まわしき顔。
間違いない。こいつ、責任転嫁野郎だ!
やっぱり魔王ジローヌは沼尾次郎だったんだ!
でも、特に魅力的な男に変わったわけじゃないね。
見た目も雰囲気も特段、何の変化も無いよ。
HPの最大値は10しかないし。
十万ものHPは、何処に行ったんだろ?
「島民は全員、植物にしてやったのに。なんでだ?」
「私が全員、元に戻してやったのよ!」
「そんなこと、できるわけがない。全部でHP100,000だぞ!」
「でも、できるんだよね。私なら」
「お前、誰だ?」
「忘れたのかよ、沼尾次郎!」
「俺は帰国子女でね、Jiro Numaoと言って欲しいな。でも何故、俺の名前を?」
「お前に責任転嫁されて始末書を書かされた挙句、減俸処分にあった女だよ!」
「ああ、たしか自殺した篠宮……」
「篠原だ! 篠原亜紀!」
「惜しいな。それじゃAki Shinoharaじゃないか。どうして篠宮じゃないんだ!」
「あのね!」
だいたい、私が篠宮亜紀だったら、ファーストネーム、ファミリーネームの順で言ったら恐れ多いし、それに、私なんかがそんな名前だったら失礼に当たるだろ!
だから篠原でイイんだよ!
「それと、篠原が生きていた頃に、ふと思ったことがあったんだけど、AKIってさ、Acute Kidney Injury、つまり急性腎障害の略だよな。おまえ、腎障害とかあんの?」
「……」
あるわけねえだろ!
わけ分かんねえや、コイツ。
変にインテリぶってさ。
もう、相手にすんのやめて帰ろっかな?
このアホを相手にすると、妙に疲れるんだよ。
そもそも、この人を馬鹿にした感じ、人を見下した態度、それで自分は知識人で偉いと勘違いしているところ。
全てが思い切りムカつく!
丁度、この時だった。
「ねえ、どうかしたの?」
魔王の家から女性三人がゾロゾロと出てきた。
うーん……。たしかにお世辞にも美人じゃないね。加えて太っているし。
間違いなく美人とは対極的な存在だよ。
三人ともHPは2/2だって。
今まで見てきた中で最低ランクだよ!
まあ、別に彼女達の責任じゃないから、責めちゃいけないし馬鹿にしてもいけないことだけどね。
ただ、ミチルさんが言っていた通り魔王はデブス専だったってことだ。
「どうして沼尾が、この世界にいるんだよ?」
「一応、俺の方が先輩なんだから、さん付けくらいしろよな?」
「それが出来なかったお前に言われる筋合いは無い!」
「俺はイイんだよ。偉いから。だからだろうね、大天使様からお声がかかってさ。それで、この世界に転移したんだ」
「大天使?」
「ああ。大天使ラフレシア様な」
ええと、それって大天使じゃなくて堕天使なんですけど……。
まあ、元は大天使……って言うか天使長だったみたいだけどね。つまり、地球で言えばまるっきりサタンだね。
ってことは、こいつもラヤと同じかな?
って言うか、なんとなくだけど、コイツってラヤに立ち位置が似ていない?
ラヤは首ちょんぱ魔法で、誰が相手でも首を簡単に刎ねることができた。
こいつは、誰が相手であろうとHPを奪って食虫植物に変えてしまう。
つまり、どっちも迂闊に近づけない。
これだと、ミチルさんでも下手に手を出せないかも?
ミチルさんだってHPを奪われたら食虫植物になっちゃう気がする。
やっぱり、先ずは私が戦うしかないか。
「この世界を支配するつもり?」
「別に、そこまでするつもりは無いよ。俺は、ただ好き勝手生きるだけさ」
「それでHPを奪ったわけ?」
「そう言うこと。まあ、俺は賢者になりたいって言ったんだけどさ、ベクトルが違うから賢者以外で好き勝手生きろって、ラフレシア様から言われたんだけどね」
「……」
多分……賢者の反対で愚者って言われたんじゃないかな?
まあ、それは言わないでおこう。
「それで方針転換して魔王になったってわけ。なんか、この島に来て自己紹介したら島民達が勝手に魔王って言ってくれたからさ」
Jiro Numaoをジローヌ魔王と勘違いされただけなんだけどね。
それも黙っておくか。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「沼尾が島から追い出した10人のHPを全部足すと665じゃない?」
「たしか、そうだったね」
「どうして666にしなかったの?」
「カタカナで『タヒ』って書くの知っているだろ?」
「死の意味ね?」
「そう。でもさ、タヒだと横棒一本足りないじゃん? だから俺は、タヒを死の一歩手前って思っていたんだ。でも、普通に死を意味しているじゃん?」
「まあね」
「だから、666に1足りなくても666を意味してイイんだよ!」
「……」
うーん……。やっぱり、こいつ、変!
すっかり私は絶句して全身が固まったよ!
「まあ、俺のセンスを理解できなくても仕方が無いけどな」
理解したくねえよ!
どうせ、足し算を間違えたのを屁理屈こねて誤魔化しているだけだろ!
とにかく私は、こいつを私の生活する世界から抹消したい。
まあ、こいつを元の世界に戻せれば、それでイイんだけどね。
亜紀篠宮でも、厳密には『の』が一つ足りないのでしょうけど……。




