175.コイツかよ!
その男性が、辺りをキョロキョロ見回していると、早速、近くにいた若い女性が声をかけてきた。
その女性にとって、中々のイケメンな彼は、容姿的にストライクだったのだ。
しかも、彼女は男好きでもあったようだ。
「お兄さん、結構イイ男じゃない? 何て名前?」
「俺か? 俺は一朗と言う」
とっさのことだったので、つい反射的に地球時代の名前を名乗ってしまった。
もっとカッコイイ名前の方が良かったと、言った直後に後悔したが……。
「ふーん。イチローか。珍しい名前だね」
「……(この世界じゃ、ごもっともで……)」
「ねえ、一緒に食事に行かない?」
「良いけど、俺、文無しだぞ」
さすがに転生直後では、お金なんて持っていない。
一応、全裸ではなく、服を着た状態で転生させてもらえたが、基本的に、他に持ち物など無い。
「じゃあ、おごってあげる。ただ、その分、身体で払ってもらうけど」
「身体で?」
「そう。コ・コ・で♡」
その女性は、イチローの股間を指さしていた。
つまりは、Hしろと言うことである。
…
…
…
この日から彼は、ヤリチン人生を歩むことになる。
それ相当に優れた容姿の中に、ナニのサイズも含まれていたようで、まあ、それなりに巨根でもあった。
なので、女性のリピーターも、結構いた。
ただ、そのペースは尋常では無かった。
朝昼晩と違う女性を相手にする。
乱交も多数。
前世で托卵された恨みを晴らすかのように、そして、元妻だけでなく、元カノのことも忘れ去るため、とにかくやりまくった。
とは言え、医療系魔法の中に避妊魔法があったため、相手を妊娠させることは無かった。
当然だが、毎回、中○し。
また、性病にかかっても、治癒魔法で瞬時に治せる。
なので、絶対に安全にやりまくれるはずであった。
ところが、その一年後、彼はシリバス町で淋病を発症した。
まさか、多術式耐性菌なんてモノが存在するとは……。
まさに盲点であった。
…
…
…
私、アキは、マナミとスタチンさんと一緒に、ニコラスの転移魔法でシリバス町へと移動した。
ニコラスの案内で、淋病患者二名が入院しているアトルバ医院に到着。
受付の女性に、スタチンさんが多術式耐性淋菌治療を行いたい旨を説明してくれた。
ただ、外部の医師が駆け込みで来たところで、この医院の受付の人からすれば、
『あんた誰?』
ってなると思うんだけど?
普通は、外部の医師のことなんて知らないからね。
ところが、その受付の方は、
「分かりました。では、二階の奥の病室になります。院長と担当医師には私の方から連絡しておきますので」
と、すんなり通してくれた。
これはこれで、セキュリティー面で問題がある気がするんだけど?
疑問はあるけど、今は患者を治すのが先。
私とマナミ、スタチンさんの三人は、大急ぎで患者二人が入院する病室へと入った。
ニコラスには、受付前のソファーに座って待っててもらうことにしたよ。
目当ての病室には患者達の他に若い男性看護師が一人いた。
彼が看護していたってことだ。
この病室に医師がいなかったのは幸いだったと思う。
院内だと医師は患者を前に診断魔法を発動するはずだからね。
私とマナミの正体がバレかねない。
まあ、さっきの受付の人が担当医師に連絡するはずだから、そのうち来ると思うけど。
そして、早速だけど、診断目的でステータス覗き見スキルを発動したんだけど……。
「げっ!」
つい、言葉が漏れた。
患者二人のうち、片方は普通にブルバレン世界の住人だったけど、もう片方は地球からの転生者だった。
しかも、そいつの地球時代の名前は、槍田一朗。
私が二度と見たくないと思った名前の一つだったんだ。
ある意味、魔王……沼尾よりも見たくない名前だ。
私をフッた元彼だからね。
姿は変わっていたけど……(それはお互い様か)。
コイツの死因は私には分からないし、天寿を全うして時間軸を遡ってこの世界に転生してきたのか、不幸にも若くして死んでこの世界に来たのかも分からないけどね。
あと、コイツは地球の言語を忘れているようだ。
ステータスに、そう書かれている。
ただ、一朗……この世界ではイチローって名乗っているみたいだけど、こいつが私やマナミを見る視線が、妙に熱かった。
特に私に対して。
そう言えば、こいつは美少女フィギュアオタクだったっけ。
等身大美少女フィギュアである私やマナミは、間違いなく、こいつのストライク超ど真ん中に違いない。
もっとも、こいつは、私達が人形であることには気付かないだろうし、人間だって誤認すると思うけど。
「美しい。まるで、女神リニフローラ様のようだ」
「ええと、女神様に会ったんですか?」
「はい、お会いしました。でも、まさか女神様と生き写しの女性に会えるとは……」
なんか、それってダ女神の姿がオリジナルで、こっちがコピーみたいに聞こえるけど?
ラヤに聞いた限りだと、男受けがイイから、女神連中の間では、私に似た容姿になるのが流行ってるって話だけど?
なので、あっちがコピーで、こっちがオリジナルだと思うけど!
そう言えば、ナオもダ女神に会っているはずだけど、私とダ女神が似てるとは言わなかったな。
その時は、違う姿をしていたのかな?
飽くまでも男受けを狙って私の姿になっているって話だったから。
別にどうでもイイけど!
ただ、ふと思ったけど、ここの医師の立ち会い無く、私達だけで勝手に治療とかして大丈夫なんだろうか?
いくら受付の人から連絡してくれるとは言ってもさ。
「スタチンさん。この医院の医師に許可を取らなくて大丈夫なんですか?」
「問題ありません。実は、ここの院長は私の父でして。と言いますか、ここは私の実家なんです」
「えっ?」
「ですので、たまに手伝いに来ているんです。医院で抱えている転移魔法使いに迎えに来てもらってですね」
これはこれで驚いたよ。
医師の家系ってヤツか。
でも、実家の医院があるのに、どうしてビナタに来てるんだろ?
後で、それとなく聞いてみよう。
「そ……そうだったんですね。正直、驚きました。では、早速ですけど二人の診断をお願いします」
「はい」
スタチンさんが診断魔法を発動した。
既に他の医師によって診断されているから、再確認ってとこだけどね。
「間違いなく、多術式耐性淋菌感染症ですね」
「スタチンさん、治せますか?」
「私にはお手上げです。アキちゃんには何か方法はありますか?」
すると、私の名前を聞いて、イチローのヤツが反応してきたよ。
こっちも地球時代と同じ名前を名乗っているからね。
名前に関してだけは、地球語もブルバレン語も関係なく同じ発音になるし、コイツが何らかの反応を示しても別におかしくは無いけどさ……。
「君は、アキと言うのか?」
「はい、そうですけど?」
「知人の女性の名前と同じで、ちょっと驚いたよ」
「もしかして、元カノとかですか?」
「ああ」
「それで、フッちゃったとか?」
ちょっと意地悪してみた。
別に、こっちはもう、未練とかあるわけじゃ無いけどさ。ヴァナディスもいるし。
でも、コイツが目の前に現れたせいで当時のことを思い出しちゃって、悔しくなってきてさ。
「ああ……。でも、あれは一時の気の迷いだったって後から気付いてね」
「そうですか。でも、それって、時既に遅しってやつじゃないですか?」
「まさにその通りだな。我ながら馬鹿だったよ」
「でも、全然反省の色が見えないみたいですけど? こんな病気をうつされるなんて」
「……」
さすがに、これは反論できないだろう。
ただ、この世界に来てまで、コイツには会いたくなかったよ。
できれば、コイツのことは視界に入れたくない。
なので、私は、イチローの横を素通りして、もう一人の患者の方に行った。
「マナミ。そっちの患者を診てもらえる?」
「あっ! うん」
マナミもステータス覗き見スキルが使えるからね。
コイツの正体に気付いているはずだし、私がコイツを避けたいってことも、多分、分かっているはず。
なので、イチローのことはマナミに任せるよ。
取り敢えず、ステータス画面を覗き見スキルで細かくチェックだ。
でも、
『多術式耐性淋菌なので、魔法での治療は不可能』
としか書いていない。
どうやったらイイんだろう?
魔法で治せなければ薬で治すしか無いですね。