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魔女の森の物語 はじまり。

作者: まなりの

むかしむかしあるところに、深い深い森がありました。

そこには、対価を払えば、なんでも願いを叶えてくれる魔女がいました。



あたしは鼻歌交じりに森の奥へ向かっていた。

夏だろうが冬だろうがおかまいなしに大木の葉がうっそうと生い茂るというこの森は、今も、昼間だっていうのに薄暗い。

木の揺れる音しかしなくて、あたしのいい声が良く響く。

ずんずん、ずんずん、さっきからずっと進んでいるけど、あたしの周りの風景はずっと変わらない。

これだけ静かで何もいないと、けっこう大きな声で歌っても、恥ずかしくない。


そう。あたしはひとりっきりなんだ。


ずっと歌ったりなんかしてごまかして歩いてきたけど、こんな森の奥でひとりっきり。


だめだと思いながらも、つい、うしろを振り返ってしまった。


歩いてきた森は、目の前に広がっている森とまったく同じ風景だった。

まるで、合わせた鏡のなかの世界みたい。


ずっとずっとずっと、同じ景色が広がっている。


せめて、ちょうちょの一匹でも飛んでいるか、花の一輪でも咲いていればいいのに。

広がるのはこげ茶色の土と、灰色の木の幹、黒々とした葉の天井。

ぜんぶ、同じ景色。どっちから来たのか、どっちへ行けばいいのか、わからなくなる。


ここは、魔女の森なんだ。


立ち止まってしまったら、よけいなことを考えちゃうから、ずっと歌を歌いながら、とにかく歩き続けて来たけど、もう限界。


「怖いよう…誰かいないの。さみしいよ」


涙がこみあげてくる。


泣いたのなんて、いつぶりだろう。


しばらく、あたしはその場にかがみこんで、うつむいていた。


どれくらいそうしていただろう。


あたしは急に、森の葉っぱのざわめきが大きくなった気がして、顔を上げた。



ざああああああ・・・・・


大きく葉っぱのが揺らめいて、


葉っぱの隙間から、隠してあった宝物みたいな、澄んだ青空が見えた。


「あ、綺麗・・・」


なんだか、私に、森が大丈夫だよって言ってる気がした。


「そうだ、泣いちゃいらんないよ」


あたしは、森の一番奥に行かなくちゃいけないんだ。

森の魔女に会うんだから。


ぐっと何かを手のひらで握った感じがして、あたしは慌てて手を開いた。

いつの間にか、あたしの手には、小さな花が握られていた。


花っていっても、本物じゃなくって、鮮やかな色の糸と、きらきら光るビーズで作られた花だった。

いつのまに。さっきまでこんなもの、もってなかったのに。

灰色とか、黒とか、暗い色に慣れていたあたしの目には、その花だけがくっきりと周りの景色から浮かびあがるように鮮やかに見えた。


「行こう」

あたしは花をつぶしてしまわないように、そっと握りなおすと、立ち上がって、走り出した。

茶色い味気ない地面を蹴って、ひたすら、走る、走る。

さっきまで怖かった木のざわめきが、こんどは頑張って、って言ってるみたいに聞こえるからふしぎだ。

走って、走って、ずうっと走って、


急に、目の前に色が弾けた。


あたしが手にしている花から、色がありとあらゆる場所にぱっと広がったみたいだ。


あか、きいろ、ピンク、紫、緑、あお、オレンジ、

ふんわりと柔らかそうな草の絨毯の上に、お洋服が大好きなお姫様が、世界中から集めたありったけのドレスを広げたみたいに、あふれんばかりに色とりどりの花が咲いていた。

チョコレートのようなつやつやした木の幹からは、枝がばんざいするみたいにのびのびと空に向かって深い緑の葉を広げてる。

ぱあっと広がった青い空の天井からふりそそぐお日様の光で、この場所にあるすべてがきらきら輝いていた。まるで、世界中の色を集めた宝石箱みたいだ。


その風景の真ん中に、その人はいた。


「やっと来たか。待ちくたびれたね」


振り返ったその人の、星の光を集めたような銀色の髪に、お日様のベールがかかって、きらきらと輝いた。

とっぷりと夜に浸かる前の、きらきら星の瞬き始めた紺碧の空の色の瞳。


お日様の国にいる、夜のお姫様みたいだって、本気であたしは思った。


ああ、この人が森の魔女なんだ。


その顔には、長い時間を生きてきた証のしわがたくさん刻まれている。

髪の毛も、よく見れば銀色というよりは真っ白。

白髪になる前は何色だったんだろう。

きっともとの色も綺麗な色だったに違いない、

なんてどうでもいいことを考えながら、あたしはその人に見とれていた。


「何をぼさっとしてるんだ」


その人が不機嫌そうに眉を寄せた。


とたんに、人間離れした、神秘的な様子は薄れて、その人はちょっと気難しそうな普通のおばあちゃんになあた。あたしはなんだかほっとして息を吐いた。

知らないうちに息を止めてたのと、走ってきたので、呼吸が乱れているあたしをじっ、と見つめながら、

その人はあたしのほうへ歩み寄ってきた。


すっと顔を覗き込まれて、あたしはまた息を止めそうになった。


口元は不機嫌なまま、星が散った夜空みたいな瞳が、あたしを映して、ちょっとだけいたずらっぽく笑った。


「ようこそ、新米森の魔女」


あたしはさっき走っていた時のように、どきどきしはじめた。

あたしは、森に選ばれて、魔女になる。

この人のように、なれるのだろうか。


「…っ!よろしく、お願いします!」

「よし…おや?」

魔女は頷いて、何かに気がついたように、あたしの手を見た。

あたしは、はっとしてにぎったままだった手を開いた。


手の平の上で、花がきらきらと輝いた。


「それは?」

「わからないけれど、いつの間にか持っていたんです」

「ふうん。森も心配性だね。・・・付いてきなさい」

魔女はそういうとあたしに背を向けた。

あたしは、しばらく立ち尽くしてしまって、はっとして慌てて魔女の後を追った。


魔女を追って歩き始めてすぐに、行く先に家が見えた。

真ん丸に切り取られた空の天井のちょうど真ん中あたりだろうか。

オレンジがかった赤い色の屋根と、黄色の壁の、かわいらしい家だ。

窓辺には屋根と同じ赤色の花の植木鉢がおかれていて、小花柄のカーテンが揺れている。

家の前の木陰には、木の机といすがおかれていて、机の上には読みかけらしき本が置いてあった。

あたしが来るのを外で待っていてくれたんだろうかーーーー。

あたしはちょっとうれしくて、こころがむずむずした。


魔女は木でできたドアを開けて、家の中へ入って行った。

おずおずと中に入ったあたしに、魔女はついて来いと手招きする。


小花柄のかべに、ミントグリーンの天井、明るい茶色の木の床。

光の降り注ぐサンテラスのあるリビングを横目に進んで、奥の本棚の横の扉を開けると、


そこは、色であふれていた。

「わ…!?」

さっき暗い森からここへ来た時のまぶしさがよみがえる。

外の花々に負けないくらい、ありとあらゆる色がその部屋に閉じ込められて、今か今かと出してもらえる日を待っているようだった。


壁に掛けられたラックにずらっと並んだリボン

壁一面を使った棚には、あらゆる色の布地

瓶に入ってきらきら輝くビーズやボタン

ガラスの棚には、色とりどりの糸が綺麗に巻き取られておさめられている。


魔女は机の上から何かをつかむと、あたしの手の平にぽい、と落とした。


2輪の花があたしの手の平で再会を喜ぶみたいに、ころころ、きらきら光った。

「この花は、私が作ったものだ。イヤリングにするつもりで2つ作ったんだが、どうやら森が片方お前のために持って行ったらしい。やるよ」

「いいの?」

「森があんたに渡したいみたいだからね。お守りだ」


魔女は内緒話をするように、あたしに顔を近づけて、声を潜めた。

「私たち森の魔女は、昔は対価をもらって人々の願いを叶えていた。その時、契約のしるしに、花に魔法をかけて枯れない花を作っていたのさ。今では、私たちにそれほどの力はないけれど、代わりに花を模した装飾を作り、そこにまじないを掛けるようになった。この森へやってきたものの願いが叶う助けになるようにね」

とはいっても、と魔女は肩をすくめた。

「叶うかどうかは本人次第。あたしたちは誓いを結ぶだけさ。さて、お前の叶えたい願いは何だね」


誓い。

あたしは手の平の2輪の花を見つめた。


あたしが叶えたい願いってなんだろ。何をこの花に願えばいいんだろ。

立派な魔女になれますように?

みんなの役に立てますように?


ううん、なんだかそんな大きな願い事じゃ、今のあたしには似合わない気がする。

立派すぎて、あたしの言葉じゃない、うすっぺらな想いに聞こえる。


「あたしの叶えたい願いは、いまは、わかんない。あたしの大切にしたいものが何なのか、何を望んでるのか」


怒られるかと思ったら、魔女はどこか満足げにうなずいた。


「素直でよろしい。自分自身の本当の願いを見つける。なかなか良い願いじゃないか」


そっか。それがあたしの今の一番の願い。それでいいんだ。

魔女に言われて、なんだかすとんとつかえていたものが自分の中に納まったような気がした。


「願いを叶えるためには、自分自身と向き合わなくてはならない。大切なものは何なのか、何をすればいいのか。答えは自分の中から生まれる。そして、それを見つけ出して、見失わないようにするのは、ひとりでは思っている以上に辛いものさ。お前が抜けてきたこの森の中をひとりで彷徨うようなものだからね」

あたしは暗い森の中を想い出して、小さく身震いした。

たしかに、一人じゃどうしようもなく怖くなってしまったんだった。

どこに行けばいいかも、はじめは分かっていたのに、わからなくなってしまったのだ。


「森の魔女と結ぶ誓いは、人々の手元を照らして一緒に歩く明かりであり、時には人々に行く先を思い出させる導きとなる」


あたしの手の平で、花がよりいっそう鮮やかさを増した気がした。


さっきからずっと、走りっぱなしみたいに、あたしの心臓はどきどきしてる。


「まあ、まずは腹ごしらえだね。お前・・・そうだ、名前を聞いていなかったね。何ていう名前なんだい」


「あたしは、アーニャ、です」


「そうかい。よろしく。新米森の魔女、アーニャ」


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