天然下ネタお嬢様!
「お嬢様、もう朝ですよ」
「ふにゅ~」
「ほら、寝ぼけてないで起きてください」
「ほえ~、起こすのじゃ~」
「自分で起きてください」
布団の中から手を伸ばすお嬢様に、私はピシャリと言い放ちます。
まったく。世話の焼けるお嬢様ですね。
毎朝こんな感じで、ため息がでますよ。
まあ、かわいいから許しますけど。
「起きたのじゃ!褒めて褒めて!」
「オジョウサマ、エライエライ」
「棒読みではないか!」
当たり前じゃないですか。もう十七歳になられるんでしょう?
私はその言葉をぐっと忍耐で飲み込んで、カップを差し出します。
「朝のハーブティーです。これで目を覚ましてください」
「うむ。ごくろう」
そう言ってお嬢様は、静かにハーブティーを飲み始めました。
こうして黙っていると、お人形さんのように可愛らしいんですけどね。
「アリス=エライト、完全起床!!」
口を開くとアホなのが残念です。本当に。
「はいはい。今日も習い事やお勉強で忙しいので、
はやく支度しましょうね」
「え~、面倒くさい~」
「さあ、服を脱いで。私がドレスを着せますから」
「乙女に服を脱げとは、とんだ変態め。わらわは屈さんぞ」
「毎日の事でしょう」
「おぬし、わらわに
ノクター○ノベルズみたいな事するつもりであろう!」
「しないですよ!あとメタ発言やめい!」
言い合いながらも、私はお嬢様にドレスを着せていきます。
「うう……お嫁にいけないのじゃ……」
「毎日やってる事でしょう」
「毎日ヤってる!?」
「そっちじゃないですよ!」
まったく。そういう下品なネタは謹んでもらうよう、
教育係に伝える必要がありますね。
「さあ、お嬢様。行きますよ」
「イクイク~」
「はぁ……」
*
それから数時間後。
「勉強お疲れ様でしたお嬢様。
次は剣のお稽古ですね」
「ぐふふふ。わらわの、訓練による汗で濡れた扇情的な体を見て
おぬしの剣もき……」
「やめなさい」
すかさずツッコミを入れます。
どこまで調子に乗るんですか、まったく。
かわいいから許しますけど。
「私はお嬢様に欲情したりしませんよ」
「そう言って、実はわらわをおかずにしてるんじゃろ?
お見通しじゃぞ」
「してません」
「えー、つまらん男じゃのう」
「いいから、剣のお稽古に行ってください!
先生も待ってますよ!」
何分もの説得の結果、
無理やりお嬢様を訓練場に押し出すことに成功しました。
私の勝ち!なんで負けたか明日まで考えといてください。
お稽古を見ていると、お嬢様が真剣な表情で剣を振っています。
なんだかんだ言って、お嬢様は「やる」と決めたら全力でやるんですよね。
その横顔が、私にはまぶしく感じられました。
本当に、素敵な方です。お仕え出来るのが光栄です。
*
私がお嬢様に恋をしたのは、最初に会った時でした。
花が咲くような人懐っこい笑顔に、一瞬で惚れてしまったのです。
今まで一度も、その素振りさえ私は見せてきませんでした。
ですが、何も知らないお嬢様がこちらにスキンシップを取ってくる度、
私の心は苦しくなりました。
「お嬢様には素敵な人と結婚して、幸せになってもらいたい」
それが私の望みです。だから――
「今日限りで執事を辞めさせていただきます。
今まで、本当にお世話になりました」
頭を深く下げる私に、旦那様――お嬢様のお父様は不思議そうな顔をしました。
「なぜだ?君はとてもよく娘の面倒を見てくれている。
娘もまた、君によく懐いている。
給料が問題なら、いくらでも出そう。
何か問題があるなら、言ってくれ」
本当にありがたいお言葉です。執事冥利に尽きます。
ですが、私は首を振りました。
「一身上の下らない理由ですので、旦那様や奥様に責任があるわけではございません。」
そう。私がお嬢様を好きになってしまったのが、
そもそもの間違いだったのです。
旦那様は、私に深くうなずきました。
「そうか。そこまで言うなら詮索はしない。
ただ、明日の朝まで残ってくれないか。
今日は娘が、楽しみにしていた日なんだ」
「そう……なんですか?」
「そうだ」
「明日の朝までなら、構いませんが……」
おかしいですね。お嬢様の記念日は、全て記憶しています。
来賓が来る様子もないし、一体何の日なのでしょう。
私は不思議に思いつつ、「では、失礼します」と言って部屋を出ました。
廊下に出ると、汗をびっしょりかいたお嬢様と出くわしました。
「訓練頑張ったのじゃ!ほめて!」
「よく頑張りましたね」
私が笑顔でそう言うと、お嬢様は首をかしげます。
「ん?やけに素直じゃな」
「いつでも私は素直ですよ」
「そうか?」
お嬢様はひとしきり考えた後、考えるのをやめて
こちらに抱きついてきました。
「なっ!?何するんですか!」
「いや、疲れてるからかなあと思ったのじゃ。
だから、わらわが癒してやるのじゃ!」
「ちょっ!抱きつきすぎですって!」
そう笑って誤魔化しましたが、本当はやめてほしかったです。
今更そんな事をされても、辛くなるだけなんですよ。
私は、あなたの幸せを願って執事を辞めるんですから。
「なあ、今夜わらわの部屋に来られるか?」
「いつも寝る前のダージリンティーを運んでますから、全然大丈夫ですよ」
「わかった」
お嬢様は何だかとても楽しそうです。
私にとってもお嬢様が楽しんでいる、という事は嬉しい事ですが、
その顔がもう二度と見られないと考えると、私は身が引き裂かれるような思いがしました。
「では、ピアノの練習に行ってくるの。
夜に、わらわの部屋で待っておるぞ。」
「わかりました。お茶は、いつものでいいですか?」
「そうじゃの」
そう言うと、お嬢様は駆け出していかれました。
なぜか、やる気がみなぎっていた様に感じられます。いったいどうしたのでしょう。
「まあ、考えても仕方ないですね」
私はそう納得して、いつもの仕事に戻りました。
*
夜。
私はお茶を持って、お嬢様の部屋の扉をノックします。
「入ってよいぞ」
「失礼します」
ガチャリ、と扉を開けると、
そこには満面の笑みを浮かべるお嬢様と、大きなチョコレートケーキがありました。
「……これは、何ですか?」
「父上に頼んだ特注のケーキじゃ」
「そうじゃなくて、今日は何の日ですか?
お誕生日はまだですよね?」
私の疑問に、ゆっくりとお嬢様はこちらを向きます。
そして、私を見つめました。
「おぬしがわらわの執事になってくれた日じゃ」
「――っ!」
そう言われて私は気がつきます。
今日からちょうど五年前。それが、私がお嬢様の、執事になった日でした。
「わらわの苦手な事を手伝い、アドバイスもしてくれて。
つらい時も、悲しいときも寄り添ってくれる。
おぬしは、わらわにとって家族そのものじゃ。
本当に、本当に感謝しておる。してもしきれないくらいじゃ」
「なっ……」
そんな事今言われたら、私泣いちゃうじゃないですか。
ずるいですよ、お嬢様。本当に、あなたって人は。
「だからの。このケーキはおぬしと一緒に二人だけで食べようと思ってたのじゃ。
わらわから、少しでも感謝が伝えられたらと思ってな」
私はその場で泣き崩れました。ぬぐってもぬぐっても、とめどなく涙が溢れて止まりません。
しょうがないですよ。だって、こんなサプライズ、卑怯ですもん。
お嬢様が、そんな私の前にフォークを出しました。
「あーん、じゃ。あーん」
「……あーん」
ケーキは、ちょっと苦くて、でも、とっても甘くて。
とても、とてもおいしかったです。