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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人間狩り 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 はあ〜、猟銃を使った殺人事件? こいつはまた、物騒な世の中になったものだ。

 つぶらやの周りには、狩猟経験のある人っていないのかい? 今じゃ、生物の保護とかを謳っての禁猟区が結構あるって話だよなあ。こうして銃を持つにも、日本じゃ特に色々な条件のクリアが必要と聞くし。

 狩り。こいつもまた、古くより伝わる命にかかわる儀式。神に敬意を払うところから始まり、様々な手順を踏むことも珍しいことじゃない。自然に存在するあらゆるものを、自分のものにしうる権利をいただくんだ。畏れ多さもかなりあっただろうさ。

 そして、俺たち人間もまた自然の中で生きていることを忘れちゃいけない。必ずしも自分たちばかりが、狩りをする立場とも限らないからだ。実は最近、狩りに関する昔話を聞いてな。お前、ネタを欲しがっていたと思うし、聞いてみないか? お気に召すことを祈るぜ。


 俺の地元では昔、人間が突如としていなくなってしまう出来事が、頻発していたらしい。

 神隠しと、広い地域では認識するだろうが、かつてのご先祖様たちはこれを「人間狩り」と称し続けた。自分たちが山野の中で獲物を獲るのと同じく、神様が人間を獲物として捕まえているのだろうと。

 一度姿を消した者と再会することはなかった。かの地に人が住まってより数千年が経ち、環境が整えられ、人々の寿命が延びるまでの間は。


 人間狩りから帰ってきた者がいる。それは姿を消してから、実に50年が経過してからのことだ。彼が姿を消したのは八つの時。共に遊んだ子供たちも今や老人。この世を去っている者もいた。

 彼は当時と変わらない容姿だったらしい。語ったところによると、自分はこれまで別の住みかで暮らし続けていたというんだ。誰にさらわれたかは、判然としない。

 気がついたら、かつての自分の家と大差ない装いの家に寝かされていた。その壁には出入口らしいものがない。せいぜい人差し指を差し込める大きさの穴が、点々と開いているのみだ。そこからのぞく景色は、おそらく自分が入れられているものと同じ、かやぶき屋根の壁が映し出されていた。かなり近い距離にあり、壁以外の景色はろくに見ることができない。

 昼夜はそこから入り込む光によって判断するよりなく、食事は唐突に運ばれてくる。壁の一角が不意に破られ、そこに空いた穴から投げ込まれてくるんだ。

 その穴から脱出を図ったこともある。だが一度、穴へ近づいた拍子に、そこを埋め尽くすような太さの棒が、突きこまれてきた。迎撃が来ると思っていなかった彼の腹に、叩き込まれる棒と衝撃。そのまま後ろに吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる彼。

 激痛と共に、腹を下したかと思うほど、身体の内側で音が渦巻いた。もだえることしかできず、ようやく起き上がった時には、すっかり穴は塞がっていたらしい。

 

 まだ幼かった彼にとって、この仕打ちはかなり心にこたえた。親に叩かれてものを覚えさせられてきた自分には、この上ない教育でもあったんだ。

「あの穴から出ようと思ってはいけない。ここから逃げようとしてはいけない」。一発でそう教え込まれた彼は、反抗の意思が自分の中で急速に萎えていくのを感じた。加えて、放り込まれる飯は獣肉をはじめ、村で食べたものと大差ないのに、味は段違いに美味かったらしい。

 そして運動。彼は一日のうちのある時に、ふと身体を動かしたくなったという。それは体調が芳しくない時でも、身体から勝手に動き出すという奇怪なものだった。彼自身の意思を無視し、屋内で繰り広げられる運動は、走るだけに留まらない。

 おのずから動く身体は、ほぼ直立する壁に向かって突進。とっかかりなどほとんどないその壁を虫のように登っていき、天井近くに渡されている一本の梁に飛び移り、懸垂を始める。

 床までは優に、大人数人分はあるだろう。落ちればケガをするか、それ以上にひどい事態もあり得るかもしれない。落ちた時のことを考える怖さのあまり、小便を漏らしたこともあったが、身体は懸垂をやめない。

 いくら苦しいと感じても、一定の速度を保って行われ続ける懸垂は、彼自身の心を折る一歩手前だったという。回数も日によって違い、いつ終わるか分からない重圧。そして身体は、梁から勢いをつけてまた壁に張り付き、降りていく……。意思の自由を取り戻しても、体中は悲鳴を止めることはなかったとのことだ。

 

 飯、運動の日々がどれほど続いたか。数えることなどとうに忘れた時期に、彼は唐突にこの村へ帰ってこられたんだ。

 かつて自分を打ちのめした棒。彼の感覚でつい先ほど、あれが唐突に家の壁を突き破り、自分へ迫ってきた。今度の棒は彼の腹に食い込むことなく、その全身に吸い付いたらしい。引きはがすことなど思いもよらず、正面から体中を塞がれたから、視界も聞かなかった。

 不自由極まりないが、このような感覚はすでに毎日の自動訓練であきらめがついている。流されるままに任せていると、不意に頭を押さえられ、「ずい」と棒からこそぎ落とされた。そして降り立ったのがここだったというんだ。

 

 当初、この話はとうてい受け入れられるものではなかった。気でも触れたのかと、彼は隔離の対象となったが、翌日から続々と「人間狩り」に遭った人々が村に帰ってきた。その彼らが、一人の漏れもなく彼とほぼ同じ生活の有様を説いたことで、彼の立場も回復する。

 しかし、彼らが戻ってくるのには時間がかかり過ぎた。帰還を心から喜ぶことのできる者たちはほとんど残っておらず、結局彼らは村はずれに大きな住まいを立て、同じ境遇の者同士、寄り添って過ごすようになった。

 あの強制された運動はなくなり、あの時と同じ芸当を披露しようとしても、誰もできない。そして飯は飽きの来るもの……。自分たちは何をしていたのかと、彼らは首を傾げながら日々を送っていたらしい。

 

 しかし、家が立って10日が経った時のこと。早朝に村長が、定期的に様子を見ている彼らの下へ行こうとしたところ、その家からあわただしく人の動く気配がする。

 見る間に彼らは次々と家を飛び出し、村の者の狩場となっている森の方へまっしぐらに向かっていく。ここに立ち入るには、神へ祈りを捧げてからと村の掟で決まっているのに。

 村長は村の若者たちを叩き起こし、礼を払ったうえで後を追わせた。ときおり、高い木のてっぺんからてっぺんへ、飛び移る影が見える。最初は猿かと思ったが、何度も目にするうちに、それが村を出た者たちの一部だと気づいた。

 かの訓練の成果を一度も人前で見せることができず、嘘つきと罵る者も少なくなかった現状。それがここに来ての、人間離れした動き。

 彼らはまさか、三味線をひいていたのか? ならば、何のために?

 かろうじて方角は分かる。若者たちの息はすでに上がっていたが、死に物狂いで木立へ分け入っていく。他の小動物が逃げ出すのには目もくれず、ひたすら彼らの後を追った。

 

 ややあって。視界が開けたその時、もはや豆粒ほどに小さくなっていた影のひとつが、てっぺんから大きく上に跳んだ。空中で大きくとんぼを切るが、その右足は何かを蹴り飛ばすように、しっかり伸びきっている。

 わずかに遅れて、濁った悲鳴が一同の耳を打った。潰された喉から無理やり絞り出しているかのような絶叫と共に、木々の折れる音が混じっていく。飛び上がった影の近くには、ここまで追従し続けていた他の者もいたが、悲鳴が響くや木々を渡るのをやめる。代わりにその場へ飛び降りたようで、緑の葉たちの中に紛れて見えなくなってしまった。


 ――おそらくは空中で何かを叩き落とした。それに群がっていったんだ。


 追う者たちとて、山野に命をかけてきた者たち。この追い詰める動きは、自分たちが行う「狩猟」に近い空気を感じるものだった。疲れた身体に鞭を打ち、彼らは落下地点へと急いだ。


 たどり着いた時、やはりあの家の面々が集まっていたが、彼らは一様に宙へ浮かんでいた。というより、若者たちの肉眼には映らない何かにしがみついているように見えたんだ。ひとりが不意に手足を話したかと思うと、ぐるりと身体が空中で一回転。若者たちの方へ勢いよく飛んできた。

 おそらくは、見えない何かに投げ飛ばされたのだろう。抱きとめようと、先頭にいた若者が胸を広げたが、そのひとりは直前でまたも一回転。先ほどまで頭のあった部分は瞬時に足の裏となり、抱き留められる代わりに、広げた胸を強く蹴った。そのまま右足を大きく前に出し、跳び蹴りの構え。

 多くの者がしがみつく「空白」を、そいつの蹴りが穿つ。空白からはとたんに青い液体がほとばしり、先ほども耳にした悲鳴が、5倍増しとなって若者たちの耳を震わせる。あまりの振動にめまいを覚え、もれなく膝をついてしまうほどだったとか。


 目の前では、青い液体に染め上げられた身体が浮き出てくる。輪郭は大鹿のようだったが、背には一対の翼が生え、その頭は横に三つ並ぶ、異様な姿だった。

 そして次の瞬間。天空から瞬く間に降りてきた棒状の柱らしきものが、鹿ごとあの家に住まう人々を、ことごとくを覆って潰した。いや、潰したように見えるだけだった。

 再び持ち上がった柱には、先ほど見えなくなった者たちが、ひっついていたんだ。身じろぎひとつせず、柱が持ち上がっていく様に任せているかのような、その姿。話に聞いていた、柱に連れてこられた時と同じだったんだ。

 血痕すらもきれいに柱にぬぐい取られたそこは、元あった草むらが広がるばかり。その後の捜索にもかかわらず、連れていかれた彼らは二度と人々の前へ姿を現すことはなかった。


「きっと人間狩りの正体は、人間を狩ることではなく、人間で狩ることなのだろう。あの未知なる生き物をしとめるため、人をさらい、養育し、教え込んだ。理由は分からないが、あの柱の主にとって我々は、体のいい狩猟道具なのだろう」


 かつて追跡に参加した若者のひとりは、そう話したのだとか。


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