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緋の軌跡は途切れない  作者: にょいはい
9/25

第1幕 ReLoad(9/9)

葬儀といっても簡単なものだった。

村のはずれに墓場があり、そこにお母さんは眠ることとなった。

私のほかには農場の人たちと昨日の晩私と共に助けられたマルクがいるだけで、質素に行われた。

(どうか、安らかに眠ってください…。)

埋められていく棺桶を見つめながら、私はそれだけ祈っていた。

葬儀が終わると、農場のおじさんに声をかけられた。

「必要だろうと思ってね、まだ渡していない分のお母さんのお給料は君に渡しておくよ。」

そういって、布袋を手渡される。

必要になる、というのは私がこの村から出なければならない、そういう決断をすることを知っていることも含んでいるのだろう、と思って、そのまま受け取った。

「ありがとうございます。」

「君のお母さんは本当にいい人だった。君にもどうか、その精神を受け継いでほしいと、そう思っているよ。」

おじさんは目を伏せながらそういった。

けれど、私はもちろんそのつもりだった。

お母さんのように死んでいく人をもう目の前で見たくはない。

「…はい。私ができる限りそうするつもりです。」

おじさんは私の目を見て、何も言わずに頷いた。

「ああ、そうだ。家のことは気にしなくていいからね。いつ帰ってきてもいいようにしておくつもりだよ。」

おじさんはそれだけ付け加えて、村の方向へと歩き出した。

戻ることがあるかどうかはわからないが、家があることは安心できる。

その後も農場の人たちからお母さんの話をされたりしつつ、私たちは村に戻った。


***


家に戻って、私は一番大きなかばんを探した。

その中に、自分の服と、必要そうなものを入るだけ詰めていく。

ゲームの中では中身の重さも何も考えなくていいアイテムボックスなるものがあったが…。

(実際問題、そんなものあるわけないよね…。)

あくまでシステム上のことだと思い知らされた。

詰め終わってから向かったのは、宿屋だった。

チリンチリン、とドアのベルが鳴り、開くや否や宿屋のおばさんたちが集まっているのが見えた。

「ああ、ユリエちゃん、待っていたよ。」

おばさんが私に気づき、ドアの近くまで来てくれた。

「この村を救ってくれたのに、出て行かなきゃいけないなんてね…。」

おばさんは今にも泣きそうな声で、私の手を取って中に引き入れてくれた。

やはり、《悪魔憑き(ディアマン)》になったことは誰の目から見ても明らかだったのだろうか。

同時にこの国から出て行く選択をするということも、織り込み済みなのだろう。

「いいんです。この村の人たちに迷惑をかけられませんから。」

まあまあ座りなよ、とおばさんは私のかばんを持って机の上におき、いすに座るように促す。

カウンターからマルクがやってきて、隣のいすに座る。

「必要かと思って、持って来たよ。」

マルクが持ってきたのは、魔唱石だった。

私はありがとうございます、とだけ言って、両手を石に当て目を閉じて意識を集中する。

また耳鳴りのような音がした感覚があり、目を開けると魔晶石の中に浮かび上がる文字を見つめた。

『名前 : ユリエ

 性別 : 女

 年齢 : 17

 職業 : 農村の娘

 レベル: 12

 状態 : 悪魔憑き

 装備 : 村人の服』

(レベルが一気に12にまで上がってる…。ここまでとは思っていなかったな…。)

あと変わっていたことは、状態が《悪魔憑き(ディアマン)》になっていることくらいであった。

「ありがとうございます、だいたいのことはわりました。」

マルクは頷いて、魔唱石を持って立ち上がり、歩き出した。

それと入れ替わりにおばさんが台帳のようなものを持ってきた。

おそらく、この宿屋の宿泊客の台帳だろう。

「あ…!」

そうか、竜狩りの男の名前がわかるかもしれないのか。

私の声におばさんは少し笑って反応して、ページをめくる。

「あの男を追うんだろう?門番の人にももう確認しておいたんだ。」

「え、あ、ありがとうございます…!」

おばさんの手際の良さに…というか私の行動がだいたい予測されていてびっくりした。

ページをめくり、最後に書かれていた名前は、「ステイン」という名前だった。

「この名前で間違いないよ。それと、暗くなる前には村を出てポタリアのほうに向かったらしいよ。」

私の知りたかった情報がすべて手に入ったと言っても過言ではなかった。

ポタリアはこの国で随一の港町だ。

この村から荒野を抜けて、2日もあればたどり着く。

そして、港町ということはこの国から出る目的地でもある。

(目的はもうほぼ決まり、かな!)

私は少しうれしくなった。


私は宿屋に荷物を預けたまま、武器屋と防具屋に向かい冒険に必要な最小限のものをそろえた。

続いて向かったのは、食料を買うために昨日も訪れた店だ。

「おお、ユリエちゃん!待っていたよ。」

私が何も言っていないのに、おじさんは袋を差し出してくる。

「え、あの、何ですか?」

「話はわかっているつもりだ。冒険に必要な分の保存食が入っているよ。」

中を開けると(何かはわからなかったが)、いろいろなものが入っていた。

もちろんそれを買うためにここに訪れたのだけれども。

「あ、ありがとうございます…って、これ、全部でいくらですか?」

ポケットからお金を出そうとするが、おじさんはそれを遮って、

「いや、お代はいただかない。なんたってこの村を救ってくれたんだ。それだけじゃあ返しきれないくらいさ。俺の気持ちと思って、取っておいてくれ。」

と、少し恥ずかしそうに鼻を指でこすりながら言った。

「で、でも…。」

「いいってことさ!ユリエちゃんのお母さんにはいろいろ世話になったこともある。それもこめてどうか受け取っておいておくれ。」

それを出されると私は何も言えず、そのままありがたくもらうことにした。

「わかりました。本当に、なんて言ったらいいのか…。」

「それよりも、気をつけるんだよ。冒険は危険なことがいっぱいだ。」

何人もの冒険者を見てきたであろうおじさんが、私の目をじっと見てそう言った。

「はい、ありがとうございます!」

私はそれ以上は何も言わず、その忠告をしかと受け止めて、手を振って店を後にした。


宿屋に戻って、荷物を整理する。

これでほとんどの準備はできたといっていいだろう。

名残惜しいが、早く出たほうがより良いことはわかっていた。

「あ、そういえば、昨日のお金まだ払ってなかったですよね…。」

私は近くにいたマルクに話しかける。

お店のおじさんの態度からして、なんとなく返事は察していたが…。

というか、武器屋さんも防具屋さんも、初対面だったにも関わらず同じ対応だったし。

「そうだね、じゃあ、また帰ってきたときにもらおうかな?」

予想していた返事とは違った返事が返ってきて、私はきょとんとする。

「ま、またって…。」

そういわれても、この村に戻ってこれる保障はない。

というか、その見込みはほとんどないといってもいいだろう。

「いろいろ済んだら、この村に帰ってくるといいよ。…って思ったんだけど、だめかな?」

帰れるかどうかわからないから今払います、と言いたかったが、私はそうしなかった。

農場のおじさんの言葉も思い出しながら、この村には待っていてくれる人もいるのだと思った。

宿屋のおばさんも、周りの人たちも優しく微笑みながら私を見守っていた。

そっか、皆待っていてくれるのか。もう帰らないなんて思わなくてもいいんだ。

「…わかりました。じゃあそのときに、また食べに来ます。」

「そういう約束、ってことで。」

そういってマルクはカウンターに向かっていく。

かばんを持ち、私はドアに向かって歩き始める。

後ろに向きなおすと、中にいたみんながこちらを見ていた。

「じゃあ、行ってきます。」

いってらっしゃい、といういくつもの声に押されて私は宿屋を後にした。


***


村の出口に到着すると、門番が二人私に話しかけてきた。

「この村を救ってくれてありがとう。王都の兵士がやってきてもなんとかしておくよ。」

「このまま南西の方向に行けばポタリアに着く。あの紺の冒険者を追うんだろう?」

同時に話しかけられて少しびっくりしたが、どちらも優しい人だった。

「ありがとうございます。」

確かに方向には少し自信がなかったが、これで向かうべき方向はわかった。

もし王国の兵士がやってきても、この村の人たちはなんとかしてくれるのだろう。

帰るべき場所、といっていいのだろうか。

それはまだしっくりこなかったが、待っている人がいる以上、私はいつかここに戻ってこようと思った。

「じゃあ、行ってきます。」

門番の二人は何も言わず、ただ微笑んで見送ってくれた。

そのまま私は村の外へと一歩踏み出した。

(いよいよ冒険が始まるのか…。)

先行きも何もかも不安だ。不安なことだらけだ。

しかし、あの竜狩りの男に会って話を聞かなければ。

それと私はもうひとつ決意したのだった。

現実世界に帰ったら、お母さんと話そう、と。

部屋から出て、元の人生をしっかりと歩き出そうと。

もちろんその前にこの村に帰ってくるつもりだけれど。

それまでは、何があっても死ねない。そして、周りの人を誰も死なせない。

今踏み出した一歩はただの一歩なのかもしれないが、私にとっては2つの意味を持つ一歩だった。

照りつける太陽を見上げ、私は、よし、と力をこめて歩き出す。


第1幕 了

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