第1幕 ReLoad(6/9)
宿屋に着くと、マルクを含め、数人が1階に集合している様子だった。
「おばさん、と、ユリエちゃん?」
マルクが不思議そうにこちらに話しかけてくるが、それを半ば無視して、
「マルクさん、瓶に入った油をちょうだい!2,3本でいいから!襲ってきたモンスターを倒せるかもしれないの!」
と、いきなりまくし立てた。
そんなこと急に言われても対応できない人がほとんどだろうが、マルクは私をじっと見つめたかと思うと、
「わかった。」
と言って、キッチンに向かった。
「ゆ、ユリエちゃん、倒すって…。」
おばさんを含めた宿屋の従業員のほとんどが、心配そうにこちらを見つめてきた。
「冒険者の人たちが向かったんだ、私たちがどうにかできることなんて…。」
たしかに、普通ならそうだろう。
でも、私は、少なくとも今の私は、それを待っていられない。自分でなんとかしたい。
出会って1日もたたない人たちだけれども、この村の人たちを守りたい。
その気持ちでいっぱいだった。
「危ないかもしれない。でも、できることはしたいんだ。」
おばさんたちはまだ心配そうな表情だったが、瓶を持ってきたマルクがそこに割って入った。
「何か考えがあるんだろう?」
そういって、お兄さんは油の瓶が3つ入ったかごを、私に渡した。
言葉には出さず、うなずいて私は宿屋を後にした。
宿屋を出ると、先ほどまでと少し様子が変わっていた。
火が建物に移ったのか、外灯もないのに明るい。
それと足音がこちらに進んでくるように、どんどん近づいてくるのがわかった。
あまり時間は残されていない。
瓶を投げるなら、火を避けつつ、確実に命中させるためにも、なるべく高い場所がいい。
(あの場所からほとんどまっすぐ近づいてきているとしたら…。)
宿屋を出て、右に走り出す。角を曲がって、まっすぐに走る。
2つほど道を通り過ぎて、左に曲がる。そこにあるのは、村に4つあるうちの1つの風車。
この風車は井戸から水をくみ上げるための風車だったはず。
なので、他の風車と異なり誰でも入れる状態になっていることを瞬時に思い出していた。
風車の扉を開け、階段を駆け上る。
駆け上って、駆け上って、また扉を開けて、ごう、と風が土煙とともに吹き込んでくる。
外の景色が見えた。
「予想通り…!」
狙っていたとおり、この風車からであれば、投げるというよりもほとんど落とす感覚で、ドラゴンに瓶をぶつけることができる。
まだ少し遠いが、このまままっすぐ向かってくるなら、チャンスはある。
「はあ…疲れたけど、やりこんでてよかったとこんな達成感を味わったのは初めてだなあ…。」
少し座り込み、かごの中身を確認する。火傷状態にするには、十分な量だろう。
立ち上がると、ドラゴンの姿を視認することができた。
やはり、中級のモンスター、フレアドラゴンだった。
翼は体に比べると大きくなく、それゆえ飛行能力はほとんどない。歩いて進んでいるのもその証拠だ。
これも予想通りだったが…。モンスターを実際に見ると、少し足がすくむ。
あんな大きな生き物、今まで見たことがない。
「はは…そりゃそうだよね…。」
なんせこんな世界に生まれてきたのはこちとら今日ですから。
ドラゴンが進んできたであろう方向を見ると、建物がいくつも破壊され、燃やされ、倒れている人の姿も見えた。
きっと冒険者たちであろう。今はみんな無事であることを祈るしかない。
もう少しドラゴンの様子を見ると、尻尾がなく、背中に大きな傷があることがわかった。
(尻尾が切り落とされていて、背中のあの傷…竜狩りの人がしとめ損ねた、って言ってたドラゴンか…!)
なぜ竜狩りの男が姿を消したのかは、今は考えないでおこう。
今は、あのドラゴンを倒すことが最優先だ。
それに、ある意味これはチャンスとも考えられる。
手負いであれば、火傷状態にしてしまえば全快よりも早くケリがつく。
ずん、ずん、と、その足音が大きく響き、風車も揺れ始めた。崩れたりしないよね…。
ドラゴンの頭が、風車の根元に来た。
もう腹をくくるしかない。
「こんな形で、私の二度目の人生を、終わらせたりするもんか!」
瓶をかごから取り出し、1本ずつドラゴンの首辺りを狙って落とす。
カシャンカシャン、と、瓶の割れる音がする。
狙い通り、瓶の中の油はドラゴンの体にまんべんなく降り注いだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
大したダメージはなかっただろうが、ドラゴンは瓶が割れたことに気がつき、空に向かって咆える。
そして、そのまま炎を―
「って、私のいる方向!?」
とっさに風車の中に飛び込み、間一髪で炎を避ける。避けることはできたが、かなり熱い。
炎が途絶えたことを確認して、恐る恐る自分の様子を確認する。
傷を負ったり、燃えていることはなさそうだ。だけれど、安堵するのはまだ早い。
しっかり油に引火してくれていないと、この行為には意味がない。
確率は五分五分、といったところだが…。
少しこげている風車の柵から、ドラゴンの様子を見る。そこには、先ほどとは違って炎に包まれたドラゴンの姿があった。
「やった、成功だ!」
と、喜びのあまり叫んだが、その瞬間、ドラゴンは身をよじらせて風車にもたれかかる。
ズドン、と大きな音がして、すぐに風車の根元が崩れる音がする。
(これ、やばいんじゃ―)
そう思ったのも一瞬のことで、私は崩れゆく風車と共に、自分の体が落ちていく感覚を、時がゆっくり進んでいくかのように、感じていた。
***
「う…。」
気がつくと、水の中に浮かんでいた。
(そうか、風車が崩れて、下にあった井戸に落ちたのか…。)
なんとか助かったことに安心した。
ここまで想定していなかったから、死んでしまったかと思った。
3階くらいの高さで、水だったとしても落ちて無事なのは幸運なことだろう。
井戸の紐を手繰り寄せ、なんとか外に出る。
外に出ると、燃え上がったドラゴンが近くに倒れていて、それを遠くから見るように村人たちが集まっていた。
井戸から出た私に気づいたのか、数人の人が駆け寄ってくる。
意識が朦朧としていて、何を言っているかはよくわからなかったが、喜んでいることは確かだった。
少しして、意識がだんだんと戻ってきた。
「よかった、ユリエ!気がついたんだね!」
意識が戻ってからちゃんと聞こえたのはお母さんの声だった。
駆け寄ったほかの人も、安堵したようだった。
「あんた、無茶なことして…。でも、よくやったね…。」
ぎゅう、とお母さんが抱きしめてくれる。
いたいよ、と言いたかったが、声はまだうまく出なかった。
駆け寄った人の中には、マルクもいた。
「無事でなによりだよ。もう村の英雄だね。」
英雄だなんて…と思ったが、その言葉からあのドラゴンが倒れたであろうことがわかった。
村の人たちの様子を改めて見ると、泣いたり、土ぼこりで顔を汚していたりしていたが、みんな喜んでいるようだった。
ああ、よかった。
無茶なことだったかもしれないけれど、なんとかなった。
自力で立ち上がれそうだったので、お母さんの手を借りながら立ち上がる。
ドラゴンはパチパチという音を立てながら燃えていた。
(レベルは1のままでもなんとかなるものだなあ…。)
と思ったが、違和感を覚える。
あのドラゴンが本当に倒れたのであれば、その経験値は私に入ってくるはず。
少なくとも、ゲームの中ではそうだった。
レベルが1なのであれば、中級モンスターを倒せば経験値の数値からして、5つや6つは上がっていてもおかしくはない。
そして、なによりの違和感の正体は、レベルアップに関することだった。
(ゲームの中では、レベルアップすれば体力とか他のステータスも全回復するはず…だよね…。)
この世界ではそういう概念はないのだろうか。
確かにいきなり全回復、というのも現実的に考えればおかしな話であって…。
と、考えながらドラゴンを見つめた。
この近さで改めて視認すると、ドラゴンの頭に何かがついていることに気がついた。
それは、きのこのような形で、もぞもぞと蠢いていて…。
「…!だめ、あいつ、まだ生きてる…!」
力を振り絞って声を出す。