第1幕 ReLoad(5/9)
「あら、おかえりなさい。」
家のドアを開けて、誰もいないだろうと思いながらも、ただいま、と言ったら意外にも返事があってびっくりした。
この人が、この世界での私のお母さん。
起きたときは声しか聞いていなかったので、改めてまじまじと見てしまう。
「どうしたのぼうっと突っ立って。お使いは行ってくれた?」
「あ、うん、行ったよ。これ。」
はっとなって、かごをテーブルの上に置く。
どれがおまけでつけられたものかはわからなかったので、おじさんがおまけつけてくれたの、と言いながら。
「あの人は優しいからねえ。」
そう言いながらお母さんはかごの中身を確認していく。
あのおじさんに限らず、この村の人はいい人ばかりだと思うのだけれども。
お母さんがそういうなら、より優しい人なのかもしれない。
「今から晩御飯作るからね、ちょっと待ってて。」
もうそんな時間か、と思ったが、ご飯を食べてから結局いろいろ考えて歩き回って、宿屋からますぐ家に帰ったわけではなかったので、それもそうかと考えた。
少し外は暗くなっていた。
時計らしきものはないので、だいたい夕方なんだろう、くらいしかわからなかったからなあ。
「あ、わかった。待ってます。違う、待ってる。」
お母さんだと思いながらも、実際のお母さんではないわけで、なんだか言い方が変になってしまった。
それでも特に気にした様子もなく、食材を見比べながらキッチンに並べていく。
手伝おうか、と言おうと思ったが、料理なんてほとんどしたことがない上にこの世界ではどうやって料理をしているのかもわからなかったので、黙ってその様子をいすに座って見ておくことにした。
様子を見ながら、これからのことを少し考えることにした。
(まずは明日だ。明日、竜狩りの冒険者に話を聞くところからスタートだ。)
しかし、それはあくまでどうやってこの世界にやってきたのか、ということを確認するためにすぎない。
もっとも、私が深く考えすぎていて、あの人がただの冒険者という可能性も無きにしも非ずなのだが。
(それからは…どうする?)
ゲームであれば、間違いなく旅を始めていただろう。
しかし、今はただの村の娘。
村から出たとしても弱いモンスター1匹にでも遭遇してしまえばゲームオーバーだ。
いや、そもそもこの世界にゲームオーバーなんて概念、あるのだろうか?
死んでしまったとして、何事もなかったようにマイページに戻るなんてことはないだろう。
マイページって現実だとなんだかよくわからないし。
朝この家の部屋で目覚めることになるのかな?セーブ機能だってないわけだし。
考えたくはないが…たぶん、死んだらそれこそこの世界から消えることになるのだろう。
可能性があるとすれば、現実の世界に戻されることくらいだろう。
(それを確かめるために死ぬなんて絶対したくないなあ…。)
ゲームは多少、死んで覚えるしか方法がない場面はあったが…。
その点、慎重にならなければいけないことは確かだ。
つまり、これから取る道は、何らかの方法でレベルを上げて冒険に出るか、それともこの村で平凡に暮らしていくか、だ。
(といっても冒険は…無謀すぎるなあ。)
正直なところ、ゲームで体験した世界をまんべんなく体感したい、というのが本音である。
しかしそれはそれなりのステータスが必要だ。
そんなことを考えていたら、唸っていたのか、お母さんが私を不思議そうに見ていた。
「あんたでも悩むこと、あるのねえ。」
「失礼なっ。」
しかし、起こされたときの言葉を思い返すと、私自身に記憶はないが、こちらでもそこそこ自堕落な生活をしていたのだろう。そう考えると何も言い返せなかった。
「なにか手伝えないかなって考えてたの。」
思ってないことを言ってその場をごまかす。しかし、余計に不思議がられた。きょとんとした顔、と思ったら大きな声で笑われた。
「今日は何かあったの?おかしいねえ。」
そんな笑うことなんだろうか。少しだけ恥ずかしくなってうつむいてしまう。
「大丈夫よ、ご飯の用意くらい。」
お母さんはそういって、キッチンのほうを向いてしまうのであった。
しばらくして、外はもう暗くなっていた。
考え事をしていたら転寝をしていたようだった。
鼻腔をくすぐるいいにおいがしたので、晩御飯が出来たころなのだろう、と思い、軽く伸びをした。
その時だった。
耳を劈くような大きな何かの叫び声と、ずしんと衝撃音がしたのは。
とっさに地面に体を伏せたが、実際に地面が揺れたようだった。
テーブルの上の食材がばらばらと床に落ちていく。
お母さんも床に伏せていたようで、怪我はないようだ。
「な、何の音…?」
「私、見てくる!」
お母さんの返事も聞かずに、とっさに立ち上がってそのまま家を出た。
外に出ると、同じように異変に気がついて家から出ている人が何人もいた。
あたりを見渡すと、村の端のほうから煙が上がっているようだった。
(ここからは遠いけど…さっきの叫び声は、明らかにモンスターの声だった。)
ゲーム内で、この村が襲われるようなイベントは存在していなかったはず。
そう思った刹那、辺りが照らされたように明るくなった。
煙が上がっている方向から、空にまっすぐと炎が伸びていた。
こんなまっすぐな炎が出せるモンスターなんて、村の外にいるような弱いモンスターではない。
明らかに、クエストで登場する、少なくとも中級以上のモンスターだ。
そこで、気がつく。
(もしかして、ドラゴン!?)
竜狩りの男が言っていた。倒し損ねたドラゴンが1匹いると。
ということは、この近くに他のドラゴンがいてもおかしくはないのか…!
この村にドラゴンを相手に出来る人物なんていない。
たまたま滞在している冒険者だったとしても、それこそあの竜狩りの男しかいないだろう。
考えるよりも先に、私は宿屋にまっすぐ向かった。
だが、意外なことに、宿屋にたどり着く前に宿屋のおばさんが立っていた。
「おばさん!あの、あの冒険者の人!」
走ってうまく声が出せず、単語だけでしか話せない。
息を整えながらもう一度、あの竜狩りの冒険者の人を、と言おうとしたが、
「そうなんだよ、ユリエちゃん!あの紺色の鎧の冒険者、いつの間にかいないんだよ!」
という言葉に遮られた。続けざまにおばさんは説明してくれる。
「他の冒険者の人はね、もう向かってくれたんだけれどもね!あの人だけいなくて、部屋も見たんだけれどもぬけの殻で…!」
「そ、そんな…。」
今の状況をなんとか出来るかもしれない人物がいないことと、あの竜狩りの人にもう事情を聞けなくなったのかもしれない、その2つのことに愕然とする。
「だから今から門番のところに、あの人が村を出たか聞きに行こうと―」
会話を遮るようにドラゴンがいるであろう方向から、ドン、ドン、と何かが破裂する音が連続する。おそらく向かった冒険者の魔法の音であろう。
しかし、その後すぐに、地面をも揺るがす咆哮と、辺りを照らし出す明るさが襲ってくる。
私たちが立っている場所にも、砂煙が舞う。
とっさに目と口を隠したが、同時に何かが焼けたような匂いも辺りに漂う。
きっとドラゴンの近くの建物が焼けた匂いだ。
(い、今の私に出来ること…!)
最優先は命を守る行動だろう。だが、待っているだけではおそらくあのドラゴンは倒れない。
この辺りが焦土と化してしまうのは時間の問題だろう。
(落ち着け、このゲームをずっとやりこんできたんだ!なにか打開できる方法があるはず…。)
必死に思いを張り巡らせる。そこで、1つ思い出せたことがあった。
(あの赤い炎を吐くタイプのドラゴンは、上級じゃない。きっと飛ぶ能力もそこまでない、中級のドラゴンのはず。であれば、自分のステータスが低くても、油の詰まった瓶を投げつければ…!)
中級のドラゴンであれば、攻略法はある。
そのうちの1つが、ドラゴンに油をかけるという単純な方法。
その次に来るであろう炎の息を避けなければならないという問題はあるが、自分の吐いた炎が纏わりついた油に引火し、火傷状態にできる。
そうなれば、こちらが何もしなくてもドラゴンは消耗していく一方だ。
(私に出来るとすれば、これしかない!)
家や店に行けば油は手に入るが、もっと近くに油がある場所がある。それも、きっと大量に。
「おばさん、ちょっと手伝って!」
宿屋のおばさんの手を取り、私は宿屋に向かった。