第1幕 ReLoad(3/9)
はたと気が付くが、もうそろそろお昼くらいの時間だった。
よく考えると朝も何も食べていなかった。
こういう時間経過は夢の中だとあっという間に場面転換するものだと思ったが…。
「それにしても。」
そう認識してから空腹感を覚えたが、夢の中でもお腹は空くものなのだろうか?
色々混乱していたということもあるが、夢にしては他人と会話が成立して、景色も鮮明に目に映っているし、歩き回ったことによる疲労も感じていることに違和感を覚え始めた。
逆に、夢の中ではないとしたら。つまり、これが現実だとしたら…。
ぶっちゃけ、よくできてるなあ…と思う。そうとしか思えない。
いつの間にかそんなゲームにそっくりな世界にワープしただなんて。
「いやいや、そんなまさか。」
そんな信じがたい話、あるわけない。ただリアルな夢を見ているだけなんだ。
そう思いつつも、ぬぐいきれない不安感に少し襲われた気がした。
といっても、現実の世界に何か未練があるわけではないのだけれども…。
どちらにせよ、情報収集は必要だ。それに、この空腹感も解消しなければ。
***
そうして私が向かったのは、村で唯一の宿屋だった。
このゲーム内での宿屋の役割はいろいろある。
一般的なRPGゲームのように、休息できる場所でもあるし、材料ではない食料、つまり料理などを扱っているのもここだ。
重要なのは、ゲーム内で他の人のキャラクターと情報交換ができるのはこの場所だけ、ということだ。つまり、冒険者も自然とそこに集まっているはず。
これが夢だとしても、一度訪れておきたい。
仮に夢でなかったとしたら、何か情報が得られるかもしれない。
いろいろ思うこともあるが、第一にさっきから音がなりそうなこのお腹をどうにかしなければ。
ドアを開けると、チリンチリン、とベルが鳴る。
何度も見たことのある光景が目前に広がっていた。
奥にはレストランのようなたたずまいのスペースに、手前には宿屋のカウンター。
おお、本当にゲーム内の宿屋とおんなじだ…。
感動を覚えながらも立ち尽くしていると、カウンターから声をかけられる。
「あら、いらっしゃいユリエちゃん。珍しいね。」
宿屋のおばさんだった。どうやら私が宿屋に来ることは珍しいようだ。
といっても、この村の出身なのであれば、当たり前のような気もするが。
「うん、ちょっとお腹空いちゃって。」
隠す必要もないので、本音を口にする。
おばさんは、ああそうかい、と納得したようだった。
「それより今日は珍しいお客さんが来ててね。冒険者は何人も見てきたけど、あんな人初めて見たねえ…。」
おばさんはさっきよりも少し声を小さくして、気をつけたほうがいいよ、といった具合で私に喋りかけた。その視線の先には、カウンターに紺色の鎧に身に纏った大柄な男がいた。
(たしかに、珍しい存在だ。)
村を散策していてもこの村の住民しか見ていなかったので、村人以外の、いわゆる冒険者をまだ見てはいなかった。
しかし、ゲームのシステムから考えるとまんざら不思議でもない。
どんな人のキャラクターがここに集まって来るかなんて、わからない。
レベルが高ければ自然と装備も豪華になるし、ああいったシリーズの装備で冒険している人も少なくない。
(あの鎧は確かに珍しいけど、近くで見れば何かわかるかも?)
好奇心にも似た気持ちが浮かんできたので、おばさんの忠告をありがたく受け取りつつも、カウンターに向かい、その人のひとつ席を空けた隣に座った。
「珍しいお客さんだ。ここで働いてみるって話を考えてくれたのかな?」
座ってすぐに、カウンターの向かいから話しかけられる。ここのレストランのシェフだ。
確か名前は…マルク、だったか。
見た目は20代前半くらいなので、なんだか少し年上の人と意識してしまうと何を話せばいいのかわからなくなって、何も言えずに微笑んでしまった。
「あはは、冗談だよ。そんなに困らなくても。」
マルクは微笑しながらメニューを私に差し出してくれた。
こういうやさしい態度だと余計話辛くなっちゃうんだけどなあ。
そう思いながらも、空腹に勝てなかった。
「お腹が空いたもので、久しぶりに来てみたんです。」
久しぶりなのかどうかはわからなかったが、珍しいといわれたからには私が通っているようではなさそうだった。
そろそろ早口になるのなんとかしたい。と思いながらも、早口になってしまう。
「お買い物帰りってことはよっぽどお腹が空いてたんだね。待ってね、すぐ作れるものを用意するよ。」
マルクは私のかごをちらっと確認していたようで、何もかもお見通し、といった感じだった。
なんだか余計に恥ずかしい…。
と、赤面するが、ここに座った理由を思い出して視線を隣に移動させる。
紺色の鎧のいろいろなところに金色で装飾が施されている。
鎧以外の装備は持っていないようでわからなかったが、ゲームの記憶が正しければ、この鎧は…。
(ドラゴンハントメイルだ。それも、魔法耐性が付与されてる。つまり、この冒険者は…。)
「竜狩り…。」
自分の中で答えが出ると同時に、ポツリと声に出ていることに気づいた。
しまった、と思ったが時すでに遅し、鎧の男は私の声に反応してこちらを向き、視線が合う。
「…お嬢ちゃん、よく俺が竜狩りをしている冒険者だってわかったね?」
大柄な体躯に見合った、お腹にずっしりと響くような低い声。
言葉からして脅されているわけではないだろうが、そう感じることができるほどの威圧が、この男から放たれていた。
「さ、さっき宿屋のおばさんから聞いて、もしかしたら、と思って…。」
苦し紛れに言い訳をする。
当然、このゲームやりこんでるんで、なんてたとえ夢の中であったとしても言えないし。
バッサリ切られてゲームオーバー、なんて目覚めが悪いだろうし。
「ああ、そういえば。随分珍しいものを見る目で見られたからそう言ったのだったな…。」
ククク、と納得したのか不気味な笑みを浮かべながら、お酒らしき飲み物を口に含んだ。
「いかにも、ドラゴン討伐を生業にしている竜狩りだ。」
あなたの呟きは正解ですよ、といわんばかりに男は言った。
このゲームでは、だいたいのプレイヤーは冒険者となり世界中を旅してクエストをこなしていく。
その中でも、難易度が高いクエストはドラゴン系のボスが多い。
そういったドラゴン討伐のクエストのみに特化した冒険者が、通称竜狩り。
ドラゴンは通常物理攻撃やブレス攻撃が多いため、竜狩りとなるプレイヤーは自分の攻撃力とスタミナにスキルを振り、足りない防御力は装備で補うことが多い。
特に、魔法が付加されたブレス攻撃をするドラゴンもいるため、スキルを振り切れない魔法防御はそのほとんどをアイテムや装備に頼っている。
「昨日も近くでドラゴンを討伐したが…、1匹に逃げられてしまってな。致命傷を与えることはできたが倒しきれなかったのだ。」
この人、自分でいろいろと話してくれるなあ。
そう思いながら、相槌を打っていた。
空腹も忘れて、私は竜狩りの男の話を聞くことに集中しようと思った。
竜狩りと気づいたことにも違和感を覚える様子はなかったし、今の言葉からは威圧感を抱かなかった。
「じゃあ結局何体倒したんですか?」
この竜狩りのステータスがわかれば何かしらヒントが出てくるのかもしれない、とはやる気持ちを抑えきれず、つい質問してしまった。
「それが1体だけでね…。なかなかうまくはいかないものだよ。」
男はやれやれ、といったため息を飲み込むように、グラスに残った飲み物を一気に飲み干す。
なるほど、この竜狩りはかなりレベルも高い熟練の冒険者だと思ったが、装備だけ整えたがまだ操作に慣れていないプレイヤーのようなものか、と自分の中で納得した。
「思っているよりも体が動かなくてね。」
男はまた話し始めた。
もしかして酔っているのだろうか、視線は私ではなくカウンターの奥に並んでいるビンを見つめていた。
もしかしたらビンに移っている自分を見ているのかもしれない。
「実際に剣を握ってみると、こんなに重いものなのかと思うよ。鎧も重いし、酒はうまいし、よくできてるものだとひしひし思うね…。」
その言葉は私に話しかけているのではなく、どうも独り言のようだった。
今の言葉はどういう意味なのだろうか、と考えている間に男が立ち上がってしまった。
「飲みすぎたよ。悪いねお嬢ちゃん。」
立ち上がるなりくるりときびすを返し、手を振りながら歩き始めた。
よろける様子はなかったが、そのままレストランを後にして階段を上がっていってしまった。