第2幕 FellowS(9)
ついに私の番が来た。
兵士が1人紙を持ち、もう1人がその行く手を阻むように槍を掲げている。
「確認する。少々待たれよ。」
私は無言でうなずくと、兵士が私の顔を見て、そのまま紙を見てそのページをめくる。
何が書かれているのかまで確認はできそうになかった。
私の情報が載っているとすれば最後のページだ。
手配される人の情報なんて、次々と更新されるわけではない。
最初のページで何もないのであれば、私が載っていないか、あるいは古い順に載っているのだろう。
最後のページをめくって、兵士が目を通す。
(ここで少しでも気をそらせれば…。)
私は怪しまれないように腰のリボルバーに手をかける。
いつでも撃てるように引き金に指をかけ、狙いを定めておく。
「…君、出身は―」
(ここだっ!)
出身地を聞かれた瞬間に、引き金を引く。
乾いた音が鳴り響いた直後、兵士の足元にあった壷がガシャンと割れる。
中から水がこぼれ、あたりを湿らせる。
「な、なんだっ!?」
槍を携えていた兵士が壷の様子を確認する。
紙を持っている兵士も、その様子を動かないまま視線でそれを追う。
「急に割れるなんて…妙だな…。」
そう言って気がそれている間に、私は、
「あの、行っても大丈夫ですか…?」
と、おずおずと尋ねる。
「ん、ああ、そうだな、行っていいぞ。」
成功した。
兵士は紙を最初のページに戻し、壷の様子を見に行く。
足早に船に乗り込み、中の人ごみにまぎれるように移動する。
(な、なんとかなった…。)
やや強引だったが、質問をごまかせるほど私は口が達者ではない。
それならば、と、注意を引く出来事を起こして、何もなかったかのように装うことにした。
拳銃のように動作が少なく、かつここまでの破壊力を持つものはこの世界にはない。
…と、思う。少なくとも魔法を除けば。
船に乗り込めたのなら、もう安心していいだろう。
検問が再開されるのを確認してから、私は人ごみを離れ3人と合流することにした。
「なにかあったみたいですねー。ユリエさん、大丈夫でしたか?」
少し遅れて合流した私を心配していたのか、フィリルがすぐに声をかけてくれた。
「うん、大丈夫。船って始めてだったから、ちょっと色々見てみたくなって。」
一応言い訳をしておく。
多分私が何かしたとは思わないだろうけれども。
「かわいいですねえ。部屋を取ってからいっぱい探検できますから、一緒に回りましょう?」
なぜかフィリルはにやにやしながら私の頭をなでる。
こういうところは年上っぽいけれど。
「あ、もう部屋はとっておきましたよ。ただ4人部屋がなかったので2人ずつ分けたんですが、私とでいいですか?」
「全然、大丈夫。ありがとう。」
兄妹なら同じ部屋でも構わないだろう。
逆に私やフィリルと同じ部屋だと、ラローシュは色々と気を使いそうだし。
「んじゃ、早速荷物を置きに部屋に行ってみますかー!」
返事をする前にフィリルは私の手を握って、歩き出す。
本当、元気というか、いろんな意味で冒険向きな性格の持ち主だなあと、改めて思う。
少なくとも会話に困ることはなさそうだった。
船の内装はいってしまえば、宿屋とほぼ変わりないものだった。
階段を見上げると、どうやら4階くらいに分かれているらしい。
乗り込んだ階から階段を1つ上ると部屋がいくつもあるようだった。
「えっと、私たちは205で、あの2人は隣の206ですねー。」
ラローシュとユフィアの2人はもう部屋に入っていたようだった。
フィリルはわざわざ待っていてくれたのだろう。
部屋を開けると、ベッドが2つ並んでいるのと、海が見える小さな窓があるのがわかった。
天井にはランタンがぶら下がっていて、暗さは感じない。
広さは宿屋よりも少し狭いくらいだった。
3日間ということだったが、思ったよりも快適に過ごせそうだ。
「食事できるのは4階みたいですね。船って意外にもおいしい料理が出るんですよねえ~。」
思い出しているのか、目を閉じながらうっとりとした表情をするフィリル。
レストランで働いていた彼女がそこまでの表情になるのなら、期待できそうだ。
「それは楽しみだな。やっぱりご飯っておいしいものだと元気がでるっていうか―」
「そう!その通りですっ!」
やや食い気味に反応され、私は少し驚くが、彼女はそのまま話を続ける。
「その場所の特産品が活かされていたり、その場所でしか食べられないものが使われていたり…。何もない場所をただ歩いて、保存食ばっかり食べていると誰かが作った料理のありがたさがなんと身にしみることかっ…。」
その話の内容には完全に同意するが、今までよりもかなりテンションが高い。
もしかして、案外グルメだったりするのだろうか。
「私たち、話が合いそうでなによりですっ!」
またいつしかを思い出すように、手を握られぶんぶんと振り回される。
元気だ。かなり。
「こんなにわくわくしている自分にも驚きですよー!楽しみですねーっ!」
ああ、そうか。
久しぶりに冒険に出て、テンションが上がっていると考えると納得した。
私は嫌な気持ちになるどころか、そこまで楽しい反応をされると、自然と笑顔になった。
私も内心、わくわくしていたのかもしれない。
***
荷物を置いて、私たち2人はラローシュとユフィアを誘い船内を探索していた。
ちょうどお昼ご飯の時間だったので、探索がてら食事にすることにした。
出てきた料理は、ポタリアの宿で食べたものとはまた違ったものだった。
船ということもあってか、やはり魚介類がメインのようだ。
あとは保存に適している野菜などを使っているのだろう。
おいしいものを食べると自然と顔がほころぶ。
その様子を見ていたのか、フィリルはうれしそうにはにかみ、自分も料理を口に運び笑顔になっていた。
ラローシュとユフィアの2人も料理に満足していたようで、特にラローシュはあっという間に食べてしまった。
「これは晩御飯も期待できそうだな。」
彼の言うとおりだと思った。
3日間とはいえ、寝泊りできて食事も提供されるのは王国が運営しているからということなのだろうか。
冒険者が利用するのももちろんだが、利用するのはもっぱら商人が多いようだ。
周りのテーブルを見渡す限り、見た目で冒険者とわかるのは数グループだった。
部屋の中でフィリルに聞いたところ、それなりに強い冒険者は自前の船を持っているらしい。
なるほど、停泊していた船の中にはそういった船もある、ということか。
財政的にも余裕があるのだろう。
しかしそれはそれで自分たちで船の管理や航行も行わなければならないことを指す。
(船員を雇うお金もある、ということなのかな…。)
ゲーム内ではそれこそそんなことを考えることはなかった。
たとえ自分ひとりだろうと船を購入してしまえば自由に行き来ができる。
しかもどこに泊めても盗まれるような心配もない。
(そういったところはやっぱりゲームならではだよねー…。)
ご都合主義というか、うらやましいことである。
しかしこういった船もあるのは私にとっては都合がいい。
自分の船を買うなんて今では想像もできない。
一体何日かかることだろう。
そんなことを考えながら、スープを飲み干した。
昼食を食べ終え、ちょうど甲板に出たときだった。
チリンチリン、と一際大きな鈴の音がする。
どうやら出航の合図らしい。
「いよいよですね…。」
と、手すりを持つ力がこもるユフィアが言った。
彼らにとっては故郷を離れて初めて別の大陸に行く旅だ。
そういう意味では私もそうであるとも言えるが。
潮風がより感じられる。船が動き出し、少し揺れた。
そのあとも少し揺れながら進み始めたが、しばらくすると揺れもあまり気にならなくなり。
(そういえば船なんて乗ったの初めてだな…。)
と、思い返す。
内陸に住んでいたこともあって、海を見る機会もそうそうなかった。
船酔いとかするんだろうか、と不安も一瞬よぎったが、この分なら大丈夫そうだ。
私たちが見る景色はいつの間にか水平線のみになっていた。
反対側に行けば離れていく港町の様子も見ることもできるのだろうか。
でも私はこのままこの水平線を少し見ていたくなった。
村を出たときとは違う、大きな一歩を踏み出したような気分になる。
日はまだ高く、少し暑いが涼しい風が吹きあまり気にならない。
潮の匂い…なのだろうか。町の中にいたときよりも、より海の匂いを感じる。
実際嗅いだことはないのだけれど。
「一通り探索もしたし、部屋に戻りますかー。」
と、フィリルが伸びをしながらそう言う。
「あの、私、もうちょっとここにいてもいいかな。」
そう言うと、ラローシュとユフィアは部屋に戻り、甲板には私とフィリルだけになった。
基本的についていてくれるらしい。
「フィリルは、何回か海を渡ったことがあるの?」
少しの間の沈黙を破り、私は尋ねる。
フィリルは答える前に指を何度か折り、
「そうですね、指で数えられる回数ですけど…。ポタリアに来たのもこの船とは逆方向の船でしたからね。」
と、風に揺れる髪を掻き分けながらそう言った。
ということはドラペリア側からこちらに来たのか。
元の仲間たちはそのままファリス王国にいるのだろうか…などと考えていると、
「私からも質問、いいですか?」
と、フィリルが今までになく真剣な表情でそういった。
私は無言でうなずく。
「ユリエさん、…私たちに隠している力を持っていますよね?」
その質問にドキリとする。
そのまま私は黙って…、しばらくして、うなずいた。
「部屋で、話しませんか。」
私はそう言って、フィリルを連れて部屋に戻った。
第2幕 了