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緋の軌跡は途切れない  作者: にょいはい
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第2幕 FellowS(5)

「おい、もういいだろう。」

私の前にいる海賊が、ラローシュを蹴っていた海賊に声をかける。

「はぁっはぁっ…、そうだな、このへんにしといてやるか。」

その男は息を整えてから、もう一発、と最後に蹴りを入れてこちらに向かってくる。

ラローシュは腫れた顔で、ヒューヒューとかろうじて息をしていた。

ユフィアを連れた2人も戻ってきて、海賊たちと私たちはまた歩き始めようとしていた。

少し騒ぎになっていたのか、回りに少し人だかりができていた。

「おぉい!見世物じゃねえんだよ!こいつみたいになりたくなければ散れ!」

大きな声で海賊が叫ぶ。

しかしその人だかりから2人の人物がこちらに歩き始めていた。

「あ…!」

そのうちの1人は、フィリルだった。

その隣にいるのは、見たこともない人物だった。

帽子を被った長い黒の髪に、優しそうな顔立ち。しかし目の下にはクマがあり、どこか凄みがあった。

少し顎にひげをたくわえていて、その服装は砂漠でも放浪してきたかのような麻のような布を纏っていた。

「やっちゃってください!」

フィリルが海賊たちを指差すと、その男は持っていた本を開き、ぺらぺらとページをめくる。

あるページでその指が止まったかと思うと、男はにやりと笑った。

「僕は海賊というものが大嫌いで…。手加減できないと思いますが、ご容赦くださいませ。」

そう言うと、開いていたページが光り始め、そこからいくつもの光線が海賊に向かって放たれる。

思わず身構える海賊たちだったが、その光線が当たっても何も起こらなかった。

「…へへっ、なんだ、びびらせやがってよ…!」

そう言って海賊たちはその男に向かう、と思ったが。

ラローシュを殴った男が、目の前の()()()()()を殴りつけた。

「ただで済むと思うな!」

「こっちのセリフだ!生かしておくか!」

あれよあれよと言う間に、海賊たちはお互いに殴り始める。

私とユフィアの拘束も自然と解け、私は落ちた杖を拾って、ユフィアの手を取ってその場を離れた。


人だかりの中の数人がラローシュを運んで、フィリルが治療を始めていた。

「兄さん!」

ユフィアはすぐにラローシュの元に駆け寄る。

「い、いったい何が…。」

私が呆然と海賊たちを眺めていると、本を持っていた男が近づいてくる。

「彼らは幻を見ている…といったところでしょうか。仲間の1人が僕の姿となるよう目に写る魔法をかけました。」

そう説明したあとに、申し遅れました、と帽子を取り会釈をされる。

「闇術士のサー・アンドレイク・マスター・スコラヴィオラ・ベアグリス―」

「いつも言ってるけど長いですってそれ!」

自己紹介の途中だったようだが、そのお辞儀をしたままの頭をフィリルがはたく。

ラローシュの治療が終わったようだった。

「闇術士のアンドレイクさんです。」

帽子を被りなおしながら、少し不服そうにしている彼に代わり、フィリルがそういった。

どうも、と私はあっけにとられてそれだけしか言えなかった。

「名前が長いのはよく知らないですけど、称号とか無駄に色々ついているだけなんで。」

「無駄とはなんだね、僕はかの有名なヴィオラ学園を主席で卒業してだな―」

「あ、あの!」

2人がいがみ合っているところをさえぎって、私は声を出す。

「とにかく、助けていただいてありがとうございます!」

アンドレイクさんの話をとにかくで片付けるのは申し訳ない気もしたが、まずはお礼を言わなければ。

助けに行かなければと焦った結果、逆に助けられたのだから。

フィリルはにっこりと笑って、

「いいんですよ、私を心配してくれたってさっき聞きましたから。」

と言って、私の手を取ってそう言った。

その視線の先には、傷が癒えたのか座っているラローシュと、心配そうにそばにいるユフィアがいた。

彼が治ったようでなによりだった。当然、痛みはあったのだろうけれど。

「けれど、ユリエさんも同じ女の子ですから。気をつけてくださいね?」

少しぎゅっと力強く握り締められる。

あまりそんなことを気にしていなかったが、改めて自分の無力さに気付かされた。

(1人じゃなにもできない…。ここまで順調に来てちょっと調子に乗ってたのかな…。)

と、反省する。

事実、私が行けばなんとかなるだろうと過信していた。

悪魔と契約したって所詮は1人の人間なのだ。

先ほどのように複数人に囲まれては能力も何もあったもんじゃない。

「…、はい。ありがとうございます。すいません、気をつけます。」

落ち込んでいるように見えたのか、フィリルがぎゅっと私を抱き寄せる。

そのまま、背中を優しくなでられる。

「いいんです、気持ちはとってもありがたいですから。」

それが少し暖かくて、心地よくて、思わず目を閉じる。


フィリルと体を離して少ししてから、ラローシュとユフィアがこちらに来たようだった。

「本当に申し訳ない…、1日に2度も治療してもらって…。」

どちらかというと私よりも彼が落ち込んでいるようだった。

無力さを感じたのは彼のほうが大きいのだろう。

正義感が強い分、責任も感じているようだった。

「いいんですよー、治療はおやすい御用ですって!」

フィリルは両手を振ってそう言った。

本当にいつも元気いっぱいで、こっちまで元気をもらえるようだった。

「それと、あなたも。助けていただいてありがとうございます。」

ラローシュはアンドレイクさんに深々と頭を下げる。

アンドレイクさんはまた帽子を取って礼をして、僕の名は、と言い始めたが、またフィリルが遮り、

「闇術士のアンドレイクさんですよー。」

と言った。

しばらくアンドレイクさんの表情は固まったままだった。

ごほん、と咳払いをして帽子を被りなおし、

「お安い御用さ。海賊というものが嫌いでね、憂さ晴らしもかねているのさ。」

そう言って腕を組んだ。

「私の魔法なんて全然役に立たなかったのに…。すごいです…。」

ユフィアは杖を握り締めながらそう言う。

確かにモンスター相手に有効だった火魔法も、彼らには通じなかった。

「彼らはただでさえしぶといからね。直接的な攻撃よりも僕の魔法のようなものが効果的というものさ。」

そういいながらアンドレイクさんは本をなでる。

もっとも、と続ける。

「闇術士というものはなかなか嫌われるものでね。お嬢さんには向かないと思うがね。」

そう言った目はどこか少し寂しそうだった。

この人もいろいろあるらしい。

(いや、どんな人でもそうか。)

どんな人でも人にあまり言いたくない過去や、自分でも忘れたい過去があるものだ。

「立ち話のままっていうのもなんですし、戻りませんか?」

フィリルがそう切り出して、私たちは元いた宿屋に戻ることにした。

アンドレイクさんは、もう少し彼らの愉快な姿を見るよ、とその場に残った。

海賊たちはまだ噴水の前で、仲間同士殴り合いを続けているのだった。


***


「収穫はありましたよ!」

と、フィリルが言う。

あんな短時間ですぐに何かわかったんだろうか…。

ただただこの人の行動力と情報収集能力には驚くばかりである。

いや、彼女の人柄がそうさせるのであろう。

一緒に宿屋に戻るまでの道のりで、何度も声をかけられていた。

それだけ顔も広く、人気があるということなのだろう。

「是非聞きたいですっ!」

珍しく一番に反応したのはユフィアだった。

ラローシュは遠い目をしていて、ユフィアの声で現実に戻されたような顔をしていた。

「まず黒い騎士なんですが、この港に出入りしたとか、どこかに泊まったような話はありませんでした。」

ただ、とフィリルは続ける。

「あくまで噂話なのでどこまで信用できるかはわからないですが、見かけたという人はいました。」

正確には見たことがある人の話を聞いた人、ということらしいが。

全身を覆う漆黒の騎士。

その鎧もその握る剣も禍々しく黒い煙を放ち、誰彼構わず襲い掛かってくる狂戦士。

しかしどこから来たのか、どこへ行くのか、それは誰にもわからない。

突如として現れ、暴れてはどこかへ消えていく、幻のような存在。

「その見た人はドラペリアで商団の護衛をしたときに遭遇したそうです。」


ドラペリアはこのファリス王国のいわば向こう岸にある砂漠の国だ。

話の時系列としては、この兄妹がいた村が襲われたときよりドラペリアに現れたほうが先だ。

しかし、この港町がドラペリアから一番近いため、移動してきたのであればここを通るはずである。

「ここに来ていないってことは、北上してきたわけではない、と。」

私がそう言うと、フィリルは困った顔をして腕組みをした。

「そうなんですよねー。その人の話を信用すれば、という前提はあるんですが…。」

鎧をわざわざ脱いで移動して、また暴れるためにやってくるというのもおかしな話だ。

暴れたいだけで、果たしてそこまで手間をかける必要があるのだろうか。

考えても結論は出そうになかった。

「そうですか…。」

ユフィアは少ししょんぼりとしていた。

ラローシュは黙ったまま、話を聞いているだけだった。

「それで、ここからが本当の収穫、といいますか。」

組んでいた腕を解き、フィリルが話を続ける。

「ユリエさんが探していた竜狩りは、ドラペリアに向かう船に乗った、という目撃情報があります。」

私は思わず息を飲んだ。手がかりがつかめた。

そして、フィリルがわざわざこの順番で話した理由もわかった。

「それって…。」

「そうです、黒い騎士を探すための手がかりを探すにも、竜狩りを見つけるためにもドラペリアに向かうのが一番ってことですよ!」

フィリルはにっこりと笑う。

確かにその通りだった。

私の目的地はこれで決まった。

兄妹が探す黒い騎士の情報も、襲われたという人に聞くのが一番だろう。

たとえその本人がいなくても、もっと目撃情報が見つかるかもしれない。

「まだユリエさんと一緒に行動できそうでうれしいです…。」

ユフィアは少しほっとした様子で、私にそういった。

ただ、その話が終わってもラローシュは黙ったままだった。

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