第2幕 FellowS(3)
朝目が覚めると、昨日の朝と変わらない光景だった。
すーすーと寝息を立てて寝ているユフィアと、剣の素振りをするラローシュ。
(日課…日課ねえ…。)
あれから日課にするようなことを考えてみたものの、とくに思いつかなかった。
今の私のステータスで言えば、もうひとつなんらかのスキルが欲しいところだ。
契約で得た力はもちろんフル活用するつもりではいるが、もしそれが効かないような敵と遭遇した場合も考えていた。
たとえば、弱点を探知できる能力はモンスターにしか発揮しない。
もし人と戦うことがあった場合を考えると、考えたくはないが、そういう場面もこれからはあるかもしれない。
あの竜狩りの男と対峙したときに戦闘にならないとも限らない。
(対人でも使うことができるような…魔法とか…でもどうやって覚えるかわからないしなあ…。)
私が剣を振るったりするシーンはあまり想像できない。
体術的なスキルも似合わない…というか、そうなると地のステータスがものをいうことになるだろう。
かといって弓のような武器は対人ではほとんど役に立たないだろう。
うーん、と思わず唸ってしまう。
しばらく考えていたのか、ユフィアが目覚める。
「…おはよう、ございます。」
相変わらず朝は苦手のようだった。
「おはよう。」
ユフィアから魔法を教わる、というのも無きにしも非ずだが。
魔法を使うには基本的には何かしらのアイテムが必要だ。
それこそユフィアが持っているような杖や、何らかの触媒のようなもの。
そういった類のものは持ち合わせていないし、町に着いてからでは教わるのも難しいだろう。
(…まあ、ぼちぼちと考えておくか。)
現時点ではあまり考えがまとまらなかった。
剣の素振りを終えたのか、ラローシュがこちらに戻ってくる。
「おはよう、2人とも。」
「おはよう。」
「…おはよ…ふぁぁぁ…。」
日が暮れる前にポタリアに着くことを今は考えよう。
荷物を片付けながら、まずはそう思った。
***
洞穴を出てからの道のりは案外楽だった。
でこぼこした道はもうあまりなく、海の匂いが少しする。
そして何より、地平線の先に町らしきものが見える。
ここまでくれば日中モンスターに出会うこともないだろう。
そう思うと、少し足取りが早くなる。
「よかった、早く着きそうで。」
自然とそんな言葉が出る。
もっと遅くなるものだと思っていた。
「この分だと、昼過ぎには着きそうだ。俺も正直ほっとしているよ。」
歩き続けると、どんどん町が近づいてくる。
町から出る人とすれ違うこともあった。
兵士らしき人は見当たらなかったので、もうほとんど主要な道に来たのだろう。
外套のフードを一応被って、町に向かってそのまま歩いていく。
到着したのは言ったとおり昼過ぎくらいだった。
まずは情報収集…といきたいところだったが。
なにせ今まで保存食しか食べていない。それに、時間も時間だ。
3人の意見は何も言わずにそろっていたようで、まずは食事にすることにした。
町はやはり活気に溢れていた。
商店の数も多く、様々な冒険者やそうでない人が溢れかえっている。
とりあえず一番最初に目に付いた宿屋に入ることになった。
カランコロン、と小気味いい音がして、私たちは宿屋に入る。
「いらっしゃい!」
宿屋の店主だろうか、おじさんがそう言って出迎えてくれる。
その作りは村の宿屋とほとんど変わらなかった。
奥に広がるテーブルに座り、1人ずつ料理を注文する。
来るのを待っている間に、これからのことを考える。
「荷物を置くためにも、宿は確保しておきたいな。」
ラローシュがそう言う。
確かにこの荷物を持ったまま町をうろうろするには少し骨が折れそうだ。
「じゃあ入ったし、ここの宿でよさそうだね。」
おいしそうに水を飲んでから、ユフィアがそう言った。
それには同意しておくことにして、私はうなずいた。
でも、とラローシュが持っている布袋の中身を見てから言う。
「手持ちが心もとないな…。」
ユフィアもしょんぼりとわかりやすくうなだれた。
「お金なら私が出すよ?」
正直、1人ではもてあます量は持っていた。
それこそ、何日か滞在しても大丈夫なくらいには。
「いや、それは悪いよ、いくらなんでも…。」
「でも、仲間なんだし。気を使わなくてもいいよ。」
ラローシュはあまり乗り気ではなかったようだ。
しかしその話がひと段落する前に、ちょうど料理が運ばれてくる。
村とはまた違った、海鮮風の料理。相変わらず空腹を増幅させるいい匂いだ。
「じゃ、とりあえず食べよ?」
とにかく私はすぐに食べたくなったので、フォークを持って、いただきます、と言ってから食べ始める。
2人もその後すぐに、いただきます、と料理を口にする。
そろそろ食べ終わる、といったころに、宿屋の扉が乱暴に開かれる。
ベルがガランガランと大きな音を立てる。
「邪魔するぜー!」
大柄な男が二人、ずかずかと店内に入ってくる。
その風貌からすると、海賊のような出で立ちだった。
冒険者の中には、そのほとんどを海で過ごす船乗りのようなことをする者もいる。
もちろんマナーをわきまえた冒険者がほとんどだが、中にはこういった者もいる。
そういう者は煙たがられていることが多い。
そんな意味もこめて、海賊というのは素行の悪い者を指すことがほとんどだ。
私たちが座っていたテーブルの隣のテーブルにどかっと座り、大声で注文を済ませる。
穏やかな店内の雰囲気が一瞬にして変わってしまった。
(うーん、近くに来られたくないなと思ったけど…。)
私は関わらないのが一番、とばかりに視線をそっちに向けないようにした。
ユフィアもおびえているようで、背中をちぢこめて視線をテーブルにじっとさだめていた。
ラローシュはいやそうな顔をしながら、それでも関わらないのがいいと判断したのか、海賊のほうを向くことはなかった。
料理を運ぶウェイトレスに、海賊たちが絡むまでは。
「いいじゃねえかよ、ちょっと同じテーブルに座るくらいよぉ!」
「そんなサービスもないシケた店なのか??ああ??」
嫌がる女性の腕を無理やりつかんで、いすに座らせようとする。
私が立ち上がろうとする前に、ラローシュが立ち上がって、海賊たちのテーブルに近づく。
剣を抜き、ウェイトレスをつかんでいた海賊の顔の前にその剣先を向ける。
「やめろよ、嫌がっているのがわからないのか?」
海賊はさして驚いた風でもなく、そっと女性の腕を放す。
その隙にウェイトレスはカウンターへ戻る。
「…兄ちゃん、冒険者かい?」
そうだ、とラローシュが言いかけたその瞬間、もう1人の海賊がコップの水をラローシュに向かってかける。
ひるんだラローシュの剣をその手から殴り落とし、首をつかんでそのまま放り投げる。
投げられたラローシュは、カウンターのいすに激しくぶつかり、呻く。
「う…。」
「へなっちょろい冒険者がよぉ!俺たちにかなうとでも思ってるのか!」
大柄な男はその体躯に見合った大力のようだった。
他の客が座っていた席から離れ始める。
ユフィアはとっさに飛び出して、ラローシュの元に駆け寄る。
「お兄さん、大丈夫!?」
しかし海賊たちはそんなことを気にせず、2人にずかずかと詰め寄る。
(結局こうなるような気はしたけど…。)
私はそっと立ち上がって、使っていないフォークを2本手に持った。
「あのー。」
海賊たちの後ろから声をかけて、振り返ったところでフォークを投げる。
2人の男が耳につけていた飾りを、フォークが掠め取り、そのまま壁に刺さる。
2人はそのまま、何が起こったのかわからない状況で、ぼうっと立ったままで。
違和感があったのか、耳を触った後に、フォークが刺さっている壁を見つめる。
「次は目とか狙いますよ?私が言いたいこと、わかってもらえますか?」
できるだけ、穏便に。内心逆上されて襲われるのではとびくびくしている部分もあったが。
もう2本、ナイフを手にして私は精一杯微笑んでそう言った。
「この距離だと、外さないですよ?」
もう一言付け加えると、海賊たちは、
「チッ、覚えてやがれ!」
と、絵に描いたような捨て台詞を吐いて、そのまま宿屋を後にした。
またガランガランとドアを乱暴に開けて出て行き、そのままゆっくりとドアが閉まる。
「…ふぅ、疲れたぁ…。」
私は緊張から解けたのか、そのまま座っていたいすに座りなおす。
その瞬間、他のお客さんや宿屋・レストランの店員から、おおっという歓声が上がった。
海賊に腕をつかまれたウェイトレスの人が、私に駆け寄ってくる。
「あのっ、ありがとうございますっ!」
「や、その、大したことしてないんで…。というか、フォークと壁、ごめんなさい…。」
歓声があがるとは考えてもいなかったし、手を握られてお礼を言われてなにを言えばいいのかわからなくなる。
「いいんです、あの人たちを追っ払ってくれたんだから!」
ウェイトレスはうれしそうにそういいながら手を握ったままぶんぶんと振る。
私はなすがまま体ごとぶんぶんと揺られる。
その視線の先で、シェフもにっこりと笑っていた。
その後すぐにラローシュが立ち上がって、ユフィアと一緒にこちらに近づいてくる。
「面目ない、また助けてもらって…。」
「それより、怪我とかしてない?大丈夫?」
カウンターのいすもかなり損傷しているようだった。
「まあ、なんとか…。」
自分から立ち上がっておいて何もできなかったことが悔しいのか、少し無理をしているのが見て取れた。
しかしウェイトレスは私の手を離すやいなやラローシュの手も握り、同じようにぶんぶんと振り回す。
「あなたも、ありがとうございます!助けていただいて!」
「俺は何もしてな、いたい、あの、そんなに振らないでも大丈夫です、あの!」
ラローシュの言葉が聞こえていない勢いで手をぶんぶんと振り続ける。
その光景が少し面白くて、私はユフィアと一緒に笑ってその様子を見ていた。