第2幕 FellowS(1)
ポタリアを目指し、村を出てから2日経った。
ゲームの世界に来てから、3度目の朝である。日差しは相変わらず強い。
主要な道を通れば本来たどり着いている頃であろうが、今の私ではそうはいかない。
主要な道、ということは王国の兵士が通行する可能性も高い。
情報共有がどれだけのスピードで行われているものなのかは知る由もないが…。
出会わないほうが無難、といったところだろう。
その分、道なき道を通ることになるため、2~3倍はかかると考えていいだろう。
幸い岩場が多く、寝て休息できる洞穴のような場所も多く存在する。
この2日で困ったことはほとんどないといっていい。
主要な道から外れた分、モンスターと遭遇する確率が上がったこと以外は。
しかし、遭遇するモンスターのほとんどはハウンドウルフばかりだった。
低級のモンスターで、1匹のステータスはたいしたことがないが、やっかいなのは仲間を呼ぶ習性だ。
いくら1匹1匹倒すのが容易とはいえ、囲まれでもしたら中級者でも厳しい状態となることは必至だ。
(…と、思っていたけれど…。)
モンスターの弱点が見えて、かつそこに正確に武器を投擲できる今の私にとっては、仲間を呼ばれる前の2,3匹の状態で処理することは容易だった。
投擲するために武器屋で購入(お金は払ってないが)した武器は、剣や弓ではなく、使い捨ての投げナイフだった。
本来ゲーム内ではモンスターを倒すために使われるものではなく、注意をそらすためのアイテムだ。
しかし、当たれば当然ダメージは入る。
今の私にとって重い剣を持つことや、慣れない弓を使うことよりもはるかに効率がいい。
(何といっても、本来ゲーム内だと使い捨てアイテムは回収できないけれど、今だと回収できる。)
驚いたことに、倒したハウンドウルフからズボッと投げナイフを抜くと、何も問題なく使えたのだ。
ゲームでは考えられないことだったが、理解した以上使わない手はない。
必要かと思って20本以上所持していたが、今のところ使用したのは5本だけだ。
流石に何度も使っていると刃こぼれするようで、途中で2本捨てた。
「…さて、今日もポタリアを目指しますか。」
寝袋をたたみ、荷物をまとめる。
保存食の、何かを干したものを1つだけ取り出し、手で持ち噛み千切りながら歩き始める。
魚の干物、といえばいいのだろうか。味はそういった類だった。
しかし形がどちらかといえば爬虫類のような…トカゲの足がない状態のような…。
深く考えると食べることができないので、あまり考えずに食べている。
1つ食べれば2時間くらいは何も食べなくても空腹は気にならない。
ある程度川沿いに移動しているため、飲み水にも困らない。
「うん、順調だ。」
保存食を食べ終え、川で口を少し濯いでいく。
順調、といったものの、実際にはどの程度進んだのか、まったくわからないのだが…。
***
日が沈み始めたので、適度な洞穴を見つけて休息を取ることにした。
荷物を置き、寝袋を広げて、その上に寝転がる。
あの夜以降、契約した悪魔が夢の中に出てくることはなかった。
用事がないと基本的には出てこない、ということだろうか。
夢自体を見ないことはなかった。
あの夜、ドラゴンを間近に見た光景や、お母さんが目の前で死ぬ光景…。
そんな夢を見ては、夜中に起きることもあった。
(安心できない状況だから、余計そんな夢を見るのかなあ…。)
夜中に起きたところで、真っ暗でどうしようもないのだが。
火を起こして照らすことも可能だ。しかし、この真っ暗な荒野の中ではかえって自殺行為となる。
モンスターや冒険者狩りにここにいますよと教えているようなものだ。
だから睡眠時間は多く取れている。日が沈んでいる間めいっぱい睡眠を取れる。
今日はあまり夢を見たくないな…と思っていると、近くで音がすることに気が付いた。
注意して聞いてみると、誰かが走っている音と、ハウンドウルフの鳴き声だった。
その鳴き声の数からすると、7匹くらいはいるだろうか。正確な数まではわからなかった。
(囲まれて逃げている冒険者、ってとこか…。)
そう思い、伸ばしていた体を今一度引き締め、起き上がる。
まだ完全に日は沈んでいない。助けることができるとすると今しかない。
近くで、2人の人影と、8匹のハウンドウルフがいることを視認した。
荷物はそのままに、投げナイフだけを10本持ち私は駆け出した。
1人は剣を持った男で、私と同年代くらいに見えた。
背格好も似たようなものだ。荷物を抱えながら、振るいにくそうな剣さばきでハウンドウルフを牽制している。
もう1人は小柄な女の子で、ローブに身を包んでいる。
杖を持っているが、魔法がうまく使えない距離なのか、男にぴったりとくっついている。
そこまで確認できる距離になると、声も聞こえてきた。
「くそ、いい加減離れろっ!」
「ひっ…ひぃ…。」
「ガウガウガウ!!」「グルルルル…。」「ギャウウゥウン!!!」
このまま放っておくことはできそうになかった。
ハウンドウルフの1匹が私の走る音に気づいたのか、こちらに視線を向けるが、それと同時にナイフを2本投げる。
視線を向けていたハウンドウルフの頭の真ん中と、もう1匹の首の根っこあたりにナイフが突き刺さる。
「ゴホッ…クゥゥン…。」
頭にナイフが刺さった1匹はそのまま倒れ、首に刺さった1匹は少し動いてから倒れた。
それに気づいたのか、残りのハウンドウルフもこちらに視線を向ける。
(仲間をこれ以上呼ばれる前に処理しておかないと…!)
「ガウガウガガウ!!」「ギャウウン!」
左右の手にもう1度ナイフを握り締め、走りながら最初に向かってくる2匹に投げる。
避ける動きなどはせずに、まっすぐ向かってくるのでその動きは単調といえる。
投げたナイフはそのまま2匹の頭の真ん中に刺さる。
残りの4匹が向かってくる。
(流石に4匹一気に来られると…、距離をとるしか!)
走っていた足を止め、まず先ほどと同じように2本投げる。
真ん中の2匹に命中する。が、もう2匹が私に向かって来るほうがナイフを投げるよりも早かった。
(夢中だったから距離を詰めすぎた…!)
いったん後ろに下がろうと、後ろにジャンプしたが、同じようにハウンドウルフは飛び掛ってきた。
その瞬間、その後方で何かが光ったと思うと、飛び掛ってきたハウンドウルフが燃え上がった。
2匹は後ろ向きに倒れた私の、そのまたさらに後ろに、飛び掛ったままのスピードで燃え上がったまま倒れこんだ。
「た、助かった…。」
まだ奥の手を使わなくて済んだ。
そう思って起き上がると、囲まれていた2人がこちらに走りよってきた。
そうか、この女の子の魔法で助けられたのか。
ありがとう、と声をかける前に、2人から、
「ありがとうございました!」「助かりました!」
と大声で言われ、少し面を食らってしまう。
(あ、そうか、どちらかといえば助けたのは私だったか…。)
自分が遭遇したのではないことにいまさら気づいて、手を体の前で振りながら、
「いやいや、こっちも助けられたから、気にしないで。」
と言って。
とりあえず投げナイフを回収しようと、ハウンドウルフの死体からナイフを抜いていく。
抜いて、外套で血を拭い、ナイフをまた装備する。
「す、すごいですね、本当に投げナイフだけだったんですね…。」
女の子がそれを見ながらそう言う。
「しばらく囲まれていてどうしようもなかったんだ。本当にありがとう…。」
男のほうはそう言いながら深々と頭を下げる。
(…この2人、どこかで見たことがあるような…。)
と、思いながらも、もう沈みそうだったので、私がいた洞穴までひとまず移動することとした。
***
「俺の名はラローシュ、見ての通りまだまだ駆け出しの冒険者、ってとこ。それで、こっちが。」
「妹のユフィアです。…同じく駆け出しの魔法使い、って感じです…。」
改めて2人の自己紹介を受ける。
その名前を聞いて、あー、と思い出す。
(確か荒野に出てからのイベントで出会う2人だ…。)
この荒野を移動中、他の冒険者として先ほどと同じような場面で遭遇するのがこの兄妹。
助ければ仲間に加えることができ、一緒に冒険することができる。
…助けなければその装備がゲットできる、となんともいえない展開になるのだが…。
どちらにせよ、旅を始めて間もない初心者にとってはどちらの選択でも助けになることは間違いない。
「私はユリエ。同じくまだ冒険は始めたばかり、ってとこかな。」
私もきちんと自己紹介をしておく。
が、2人に目をまん丸にされた。
何か変なことを言っただろうか?
「…すごい…。」
と、ユフィアは声を漏らす。
「あれだけサクサクとモンスターを倒しておいて始めたばかり、って…本当に?」
ラローシュの言葉に、ハッとする。
(たしかに初心者ですというには無理があるかもしれない…!)
ステータス自体は初心者だが、投げナイフのみでハウンドウルフを倒すのは初心者とは言いがたい。
それに、素直に、いやあ実は悪魔と契約して…とも言えない。
あうあう、と困ってしまうが、とっさに、
「ぼ、冒険を始める前に練習してて、そしたらうまくいったというか…。」
なんて苦しい、とても苦しい言い訳をする。
しかし2人は不思議に思わなかったようで、ただ感心していた。
「もう暗くなってきたし、またそれぞれの詳しい話はまた明日ってことで!」
半ば強引に話を終わらせ、私は自分の寝袋に入り、2人とは反対の方向を向く。
2人も少しすると用意ができたのか、ごそごそという音だけが聞こえ、しばらくすると寝息のみ聞こえてきた。
少し安心して、私もすぐに眠りについたのだった。