ライラのとりこ
その夜俺は、ライラの謎の行動や言葉の意味が気になっていた。
(ふぅ・・・)
机の上の安い卓上時計が、ずっと前から壊れている。
直さなきゃ・・・
直すことで、ライラと近付ける気がした。
工具箱を持ってきて、ドライバーの先を選びグリップにはめた。
パーツをはめ直すだけで良かったようだった。
ラジオペンチで、少しだけ緩んでいたところを曲げて、正した。
良かった・・
中まで分解することになったら、精密ドライバーがないとダメだった。
こういうのは得意なんだけど・・・
ライラと関わるのは、こう簡単にはいかない。
たしか、あの時、20デシベルって言ってたな・・
なんだろう・・・
検索ワードに思いつくワードを入れてみた。
あ・・・と手を止めて、
見入った記事に、蚊の羽音が20dBだと記載されてあった。
そうか・・
ライラと話すためのアルゴリズムをノートに書き留めた。
そして次の日の朝、情報科の教室をのぞいた。
ライラは何かのデータらしい一覧をじっと眺めている。
「何してるの?」
ノートには、数字と単位がたくさん書かれてあった。
「磁場が悪い」
「え?」
「何でもない」
お前には分からないと言いたげに、素っ気なかった。
ライラはスマートウォッチをしていた。
アプリで、磁場を測っているようだ。
「あのさ、俺たち友達にもなれないかな?」
ライラが下を向いたまま、口を開こうとした時、
言いたいことが分かってしまった。
故意に、自分の声をライラの声にかぶせる。
「やだ」
「言うと思ったよ・・だけど、話はしてくれるんだね。」
「知らない人とも話すでしょ」
ここで、会話が終わってしまいそうな空気が流れた。
だけど、終わらせない!昨日から考えていたんだ。
「ところでさ、蚊は手をパンって叩いた音で気絶するらしいよ。知ってる?」
ネットで見つけた浅い情報だったけど、興味を引きたかった。
ライラが今日初めて顔を上げて俺を見た。
「確実に仕留めたかった。」
真っ直ぐな瞳とその言葉にドキッとした。
「ははは、そうなんだ・・でも、握り潰すより、上下から挟んだ方が確率が高いみたいだよ。」
言いながら、さっきのドキッとしてからの動揺が声を震わせた。
なんだ、オレ・・・
今、自分の話していることがどうでもいいように感じる。
目が離せない・・・
どうなってるんだ・・・
樹が気付いて近づいてきた。
「なんだよ!二人とも仲良しじゃん!」
「仲良しじゃない」
ライラは迷惑そうだった。
俺は樹が外に誘導するので、廊下に出て窓越しにライラを見ていた。
ライラは冷たそうな飲料水の瓶についた結露を眺めている。
艶やかでほんのり色づいた唇から、言葉が漏れたように見えた。
「H・2・O・・・」
自然と声が出た。
その時、俺は口を読んでいた。何を言ったか分かったんだ。
「はぁー?なんだよ、お前まで!それに、ずっとあいつ見て、俺の話聞いてなかっただろう。」
その時、俺は気づいたんだ。
ライラのとりこになってしまった、どうしようもない自分に。