彼女の笑顔
「Accept」― 受け入れる、認める等の意味を持つ。また学校や会社等の組織の仲間になるという意味も持つ言葉である。
人はそれぞれ意思を持ち行動している。
人の行動には責任が生まれ、その責任に対し否定されれば傷つき、肯定してもらえれば嬉しくなる。
― 誰かに認めてもらいたい ―
それを口にする人は少ないだろうが、心のどこかでは皆それを願っている。
しかし、受け入れる側にも意思はある。他人の事情、個性、考えを人はどこまで受け入れられるだろう。
相手を気遣うことも大切だが、それでは関係を続けることは難しい。
相手を快く受け入れられなければ、上辺の関係はいずれ終わりを告げる。
「Accept」は、快く受け入れる時も、やむなく認める時でも使える。
あなたは「Accept」をどのように使いますか?
僕の名前は 天川翔太 。ごく普通の高校1年生である。
そんな僕には気になっている人がいる。クラスメイトの 綾野美咲 さんだ。
彼女は美人だし物静かでクールな印象だったので、入学当時は男女問わずクラス外、先輩まで多くの人から声をかけられていた。しかし1週間もたたずに人々は離れていった。話しかけても反応がないし、一時期いじめられていたが、それすらも無反応だった。気味が悪いといじめもすぐになくなったが、誰も近寄ろうとしなくなった。
ただ一人僕を除いて。僕はごく普通の高校生である。しいて言えば奇妙な人に近づく変な奴だと、ちょっとだけ、ほんの少しだけ有名になった・・・
いや、本当は人形女に毎日話しかける危険な奴だと、この学校で知らない人はいないほど有名である。
僕が変人扱いされて半年ほど経過したある日・・・
「お前も物好きだよなー」
話しかけてきたのは、僕の数少ない友人の 石神直樹 だ。
「そういう直樹も結構な物好きだろ。俺みたいなのと仲良くしてさ」
「俺がいないと翔太がぼっちになるからな」
憎たらしく言うが直樹は本当にいいやつで、小学校からの親友である。
性格がよくて、顔もよく、勉強もスポーツなんでも来いだから、僕みたいなのにかまっても人気がある。
「はぁ、助かってるよ親友」
「気にすんな親友。しかしお前のことよく知ってるつもりだったが、女の趣味は理解できんな」
「ばっ、ばか!そんなんじゃないよ」
そういう言い方されると慌ててしまう。
「俺はただちょっと仲良くなれたらいいなと思ってるだけで」
我ながら苦しい言い訳だ。直樹は、はいはいと軽く流したが、おそらくだいぶ前から好意があることはばれている。そもそも好意もなく毎日話かける方が珍しいだろう。
「でもあの女の攻略は無理じゃね?何に対しても無反応じゃん」
「みんなは誤解している。確かに話しかけても全然喋ってくれないけど、たまに笑ってくれるし」
「それは翔太の勘違いだろ。たまにお前らが話してるの見るけど一度も 綾野が笑ったところなんて見てないぞ」
「確かに笑ったといっても、口角がほんの少し上がったように見えたというか、目?表情?オーラ??・・・とにかく何か変わった気がしたんだよ」
直樹はそんな僕を諭すように肩に手を置いた。
「翔太よ、それを勘違いと言うんだ。お前の見せた妄想だ」
反論したいがうまく言葉にできないため、僕は黙ってしまった。
本当にそう感じたのだが・・・
僕が綾野さんに話しかけているのは、昔見た彼女の笑顔がまた見たいからである。実は昔から彼女のことは知っていた。
小学生の時に通っていたスイミングスクールに綾野さんはいた。直接話したことはなかったが、あの頃の綾野さんはよく笑う子だった。そんな彼女の笑顔が僕は好きだった。
直樹とは長い付き合いだが、スイミングスクールにはいなかったし、綾野さんについて話したことはないから知らない。
僕はスイミングスクールを中学に上がるころにやめて、綾野さんと会うことはなくなった。
その後高校で、綾野さんに再会した。
隣の席に彼女が座った時は嬉しかった。
しかし、再会した彼女に当時の笑顔はなかった。
それどころか全ての感情が失われたように見えた。
初めは人違いだったかと思ったが、同姓同名だし、笑顔はなくても当時の面影は確かにあった。
僕はもう一度彼女の笑顔が見たい。
しかし、方法がわからないから、僕は今日も彼女に声をかける。
内容は大したことは言ってない。元々あまり話すのが得意じゃないし、おはようとか、いい天気だねとか、そんな感じ。もう少し面白い話できたらいいのだけど。
そんなこんなで1年が過ぎ、2年生になった。
もちろん僕は学校のある日は毎日綾野さんに声をかけ続けた。
進級しても綾野さんと同じクラスになれてとても嬉しい。
ついでに直樹も同じクラスだ。
2年生になった初日だというのに、僕は担任に呼び出され、帰りが遅くなってしまった。
言っておくが叱られに行ったのではなく、頼まれ事があっただけである。
こんな遅くじゃ誰もいないだろうと覗いた教室に綾野さんがいた。
いつもすぐに帰って行くので少し心配になった。
「綾野さんまだいたの?こんな遅くまで何してたの?」
・・・。
いつも通り返事はない。
わかっていたが寂しい。
「じゃあ俺帰るね。また同じクラスになれて嬉しいよ。2年生もよろしくね。また明日」
ちょっと恥ずかしいこと言ったと思い、少し赤くなりながら、足早に教室を出ようとした時だった。
「・・・あ・・・」
気のせいなんかじゃない。確かに聞こえた。
僕は慌てて振り向いた。
「・・・あ・・・」
やはり、すごく苦しそうに声を出そうとしているが、間違いなく俺に何か伝えようとしている。僕は一言一句聞き逃すまいと、耳を澄まして彼女の言葉を待った。
「・・・あっ」
綾野さんの目が大きく見開かれた。普段が伏し目がちだったので、その瞬間彼女の目に光が灯ったという表現が、比喩とは思えないくらい適切だった。しかしその光はすぐに失われた。
彼女はその場に崩れ落ちた。
「綾野さん!!」
すぐに駆け寄ろうとしたが、僕の足が動くより早く綾野さんが立ち上がった。
ほっとしたのもつかの間、彼女が僕に向けた顔に衝撃を受けた。
綾野さんが笑っていた。
昔の笑顔とは違ったが、1年間彼女の笑顔を見たいと望んだ僕の願いが叶った。
喜ばしいはずなのに、その僕が困惑するほど彼女の笑みは言葉にし難い何かが、潜んでいる気がした。
情けない話だが、その時の僕には彼女の変化を受け入れることができなかったのだ。