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ロアンの魔女

作者: みくた

ズイーク王国領ロアン島沖。

 夜明け前の暗い海に集結した同国所属の軍艦達。その内、数隻の全通甲板を持つ強襲揚陸艦から多数の水陸両用車がロアン島に向け、発進していた。

 この日、バチランド王国、イーストランド王国、ズイーク王国の三カ国からなる王国連合は、大国ノヴァリア帝国によって不法占拠されているロアン島を奪還するため、大規模な軍事作戦を展開していた。


 水陸両用車の暗い車内でバチランド王国王立騎士団所属の女魔導騎士ラスタは、仲間の騎士達とともに浜辺への上陸を待っていた。

 「上陸まで三十秒!」

 ラスタと向かい合う形で座席に座る眼鏡を掛けた分隊長、ホーガンが大声で騎士達に告げる。

 「上陸まで十!九・・・」

 ホーガンのカウントにより、張りつめていく空気の中で、ラスタは目の前に立ててある魔導騎士専用装備のロケットランチャーを身体に引き寄せた。

 ラスタ達の任務は海岸に上陸後、そのまま水陸両用車で浜を前進し、奥にある敵の防御陣地を奪取することだ。

 「・・・四!三!二!一!上り・・・」

 凄まじい音と衝撃に車内が揺さぶられる。

 「・・・車両被弾!行動不能!下車戦闘!」

 前方で車長が吠える。

 「下車戦闘ー!」

 ホーガンが車内で待機する騎士達にさけぶ。

 「マジかよ・・・」「まだ上陸したばかりだぜ・・・」

 溢れる騎士達の動揺の声。

 車両後部の昇降用ハッチは完全に開ききろうとしていた。

 「おい!グズグズするな!下車だ!豚ども!戦争はもう始まってるんだぞ!・・・先輩、行きましょう。」

 新米騎士のギースが騎士達を怒鳴りつけると、ラスタに声を掛けて外に飛び出していった。

 「ええ。」

 ラスタが立ち上がり、魔法によって軽量化されたロケットランチャーを担いでギースの後を追う。

 「二人とも待って!」

 いきなり襟首を掴まれ、ラスタとギースがひっくり返る。

 「周りをよく見て!」

 仰向け状態の二人を上から覗きこみながらホーガンが厳しい口調で言う。どうやら、二人を引き倒したのもこの男のようだ。

 「え、ええ。」

 普段、温厚な性格のホーガンの豹変ぶりに驚きつつも、ラスタはゆっくり立ち上がり、周囲の状況を伺う。

 水陸両用車の外は多数の味方の死体が転がり、銃声、爆発音、悲鳴、怒号が入り乱れていた。

 「遮蔽物から出るな!指示を待て!」

 車両を盾にして後方でかたまるラスタ達にホーガンが叫ぶ。

 「分隊長!第一部隊が浜を確保してるんじゃなかったんですか!?」

 一人の騎士がホーガンに詰め寄る。

 「その筈だった!」

 大声でホーガンが答える。

 「じゃあ、これは一体・・・」

 「ごちゃごちゃ抜かさないで頂けます?このウジ虫。」

 そう言って涼しい顔のラスタが騎士を締め上げる。

 「ラスタちゃん、下ろしてあげて。」

 勘弁してくれと言わんばかりにラスタに命令する。

 「はい。」

 ラスタが手を離すと騎士は崩れるように落下し、波打ち際の海水に全身を浸す。

 「頼むからこれ以上問題を増やさないでくれ・・・」

 ホーガンはため息をつくと、激しくせき込むずぶ濡れの騎士を尻目に、車体後部のボックスから受話器を引っ張り出す。

 「車長、煙弾発射を頼みたい。」

 受話器を通して車両の中にいる車長に呼びかける。


 「・・・分隊、前進準備。」

 ホーガンが受話器を持ったまま振り返り、騎士達に指示を出す。

 そして、その指示に対し、騎士達は一人ずつ「準備良し。」と返す。

 「良し。五カウントで煙弾発車。」

 全員の返事を確認したホーガンは、車長に対してさらに指示を出す。

 「五、四、三、二、一・・・今!」

 ホーガンの合図で車体上部の筒上の煙弾発射器から火球が発射され辺りを白煙が包む。

 「ぶんたーい!前へー!」

 号令のもと、ラスタ達は銃弾と攻撃魔法が飛び交う浜辺に飛び出して行った。


 攻撃をかいくぐりながら敵陣地を目指し、ラスタ達は多数の死体や残骸の転がる砂浜を疾走していた。

 「あ・・・っ!」

 敵陣まであと数十メートルの所でラスタが死体に足を取られ、砂浜に投げ出される。

 「先輩!」

 すぐ後ろにいたギースが追い抜きざまにラスタの手を掴み、引っ張り上げる。

 強く引っ張られたことにより、勢いに乗ったラスタは流れるように再び走り出した。

 「ありがとう。」

 前を走るギースの背中に礼を言う。

 「先輩、太りました?重かったですよ。」

 「・・・。」

 「ぐはっ!」

 NGワードを吐いたギースに、ラスタがすかさずドロップキックを喰らわす。

 そして、二人はそのまま敵陣真下の斜面になだれ込んだ。


 「いたたた・・・」

 低い姿勢を保ちつつラスタは体勢を立て直し、周囲を見回すと自分たちと同じように斜面にたどり着いた騎士が多数いた。しかし、総数はかなり減っている。

 「先輩、あれ!」

 ギースがラスタの肩を叩き、真横を指し示す。

 「どうしたの?・・・あ!」

 ギースが示した方向に、斜面でぐったりとするホーガンの姿があった。

 「ギース君、行きましょう。」

 「はい!」

 二人は斜面を這ってホーガンの下に向かった。

 「分隊長!大丈夫ですか!?」

 ラスタがうつ伏せに横たわるホーガンを抱き起こす。

 「あ、足が・・・」

 固く目を閉じたホーガンが、弱々しく言う。

 「足!?うわ・・・」

 ギースが悲鳴を上げる。ホーガンの足は右足の膝から下が無惨に千切れかけ、傷口からおびただしい量の血が吹き出していた。

 「これはひどい・・・」

 ギースが呟く。

 「え・・・?そんなにひどいの・・・?」

 「足・・・がっ!!」

 負傷者にショックを与えるような事を口走るギースに、ラスタが拳大の石を投げつけて黙らせる。 

 「ねえ、俺のケガ、そんなにひどいの?ねえ。」

 「ええ。ひどいです。レンズにヒビが入ってます。この眼鏡は諦めてください。」

 ラスタはうわ言のように同じ言葉を繰り返すホーガンに淡々と対応しながら治癒魔法を発動する。

 「いや、足・・・」

 「大丈夫です。今、私の治癒魔法で繋げてます。・・・はい、繋がった。」

 かすり傷程度にまで回復したホーガンの右足をラスタがポンと叩く。

 「え?繋がっ・・・」

 「後は御自分の回復薬を使ってください。」

 ハッとするホーガンにラスタは笑顔でごまかす。

 「ホーガン軍曹!前方のトーチカに対し、航空支援の要請をします!地図を貸してください。」

 斜面にへばりついていた小隊長が叫ぶ。

 「ラスタちゃん!地図貸して!」

 ホーガンがヒビの入った眼鏡を掛け直し、ラスタに手のひらを差し出す。

 「ギース君、地図を貸して貰える?」

 ラスタがギースを見る。

 「持ってません!」

 「何でみんな持ってないの!?」

 ホーガンが嘆く。

 「あ、すみません。ありました。」

 ギースが腰に下げているダンプポーチから地図を取り出し、ホーガンに渡す。

 「ジョーズ01、こちら23。航空支援を要請する!」

 ホーガンから地図を受け取った小隊長が、傍らで伏せる通信手の背中の無線機から延びるマイクに吠える。


 小隊長の支援要請から十分ほどで、すっかり日の上った海上上空に多数の黒い点が出現する。それはやがて白煙の尾を引いて飛翔するロケット弾となり、頭上を通過し、前方で爆発音となる。

 そして、ロケットを放ったであろう三機のイーストランド王国所属の攻撃機が、頭上を旋回して戻っていく。

 「・・・突撃ィーーー!!」

 指揮官達の号令とともに、斜面や遮蔽物で機会をうかがっていた騎士達が一斉に陣地へなだれ込んで行く。


 「クリア!前へ。」

 塹壕内で細身のロケットランチャーを持った敵の魔導兵を排除し、安全が確保されたことを確認したホーガンが前進命令を出す。

 「前へ。」「前へ。」

 ラスタとギースが復唱し、小銃を構えたまま前進する。

 「うおーーー!」

 帝国騎士団の制服を着た黒い毛並みの獣人が、曲がり角から銃剣のついた突撃銃をこちらに向け、突っ込んできた。

 眼前に迫る獣人に対し、ラスタは持っていた銃から手を離すと、相手の銃を掴み、勢いを利用して獣人を地面に叩きつけた。そして、痛みに悶える若い獣人に奪い取った銃を向ける。

 「・・・っ!」

 数発の銃声が響き、ラスタが後ろにひっくり返る。

 その隙を突いて逃げ出す獣人。進行方向には同じ制服を着た別の獣人が突撃銃を構えていた。

 「ラスタちゃん!」

 ホーガンがラスタに駆け寄る。

 「この野郎・・・っ!」

 踵を返して駆け出す獣人にギースが発砲するも、命中の手応えはなかった。

 「くそっ・・・!先輩、大丈夫ですか!?」

 ギースは悔しそうに獣人が消えた塹壕の奥を睨むと、ホーガンによって抱き起こされたラスタのもとに駆け寄った。

 「ええ。なんとか・・・鎧が防いでくれましたわ。」

 そう言ってラスタは鎧の胸部に食い込んだ弾丸を一つ外して見せる。

 「よかった・・・」

 ギースとホーガンが安堵の表情を浮かべる。

 「無理はしないでね。」

 「はい、ありがとうございます。では、行きましょう。」

 ラスタは立ち上がると、ロケットランチャーとともに奪った銃を背中に背負い、再び臨戦態勢に入った。

 「おい、ヤベェのが来た!」

 「全員下がれ!」

 そんな声が辺りから上がり、敵味方関係なく双方の人員が、逃げるように壕を飛び越えて行く様子が見えた。

 「なんだろうね?」

 「どうしたんでしょう?」

 ラスタとホーガンが顔を見合わせ、首を捻る。

 「とりあえず、状況を確認しましょう。」

 そう言ってギースは塹壕をよじ登り、二人もそれに続いた。

 「うわ、やばーい・・・」

 塹壕から頭を出し、外の様子を見たホーガンが声を漏らす。

 ホーガン達の視線の先、陣地の奥で鎖に繋がれた巨大なドラゴンが、帝国の紋章の描かれた翼を羽ばたかせて宙に浮いていた。

 そして、その鋭い眼光がこちらを睨み、恐ろしい咆哮を上げる。

 「・・・二人とも下がるよ!・・・あれ?ギース君はどこにいった!?」

 ギースの姿がないことに気づいたホーガンが辺りを探す。

 「あそこです!」

 ラスタが付近にあった機関銃陣地を指し示す。

 そこには対空戦闘用に据え付けてある重機関銃にかじりつくギースの姿があった。

 「分隊長ぉぉ!!逃げてくださぁぁぁい!!」

 そう叫びながらギースが重機関銃をドラゴンに向けて掃射する。

 ドラゴンは一瞬怯むも、ギースを睨みつけた。

 「あのバカ・・・っ」

 青ざめるホーガン。その横でラスタは素早く塹壕の上に上がり、その場に寝そべってロケットランチャーを構えた。

 「後方良し。」

 発射時の後方爆風による損害を防ぐため、後方を確認したラスタはそう呟くと、再び射撃装置のスコープを覗き、周囲を焼き払おうと口内に灼熱の炎を溜めるドラゴンに照準を合わせ、引き金を引いた。

 轟音と爆煙が辺りに広がり、本体から射出されたロケット弾が白煙を引きながらドラゴン目掛けて飛んでいく。そして、長い首に直撃弾を喰らったドラゴンは、ひっくり返るようにして墜落した。

 「・・・二人とも下がって!」

 発射の衝撃によるスタン状態から解放されたホーガンが、まだスタン状態に陥っているラスタとギースに命じる。

 「先輩、ありがとうございます。」

 塹壕に下りたギースが少し申し訳なさそうに礼を言う。

 「いえいえ。」

 ラスタが穏やかな笑顔を見せる。

 「はぁー・・・まったく、寿命が縮んだよ。」

 大きく息を吐いてホーガンはそう言うと、迷彩柄をした半円型の兜を外した。

 「分隊長、戦果の確認を・・・」

 「おっと、そうだった。」

 ラスタに促され、ホーガンは兜を被ると、再び塹壕から頭を出した。

 「うわ・・・っ!」

 短い叫び声を上げたホーガンが、転げ落ちるように塹壕内に戻り、壁にピタリと背を預ける。

 「どうされま・・・」

 ラスタの問いかけを遮るように、あの恐ろしい咆哮が響く。

 「生きてやがったのか・・・」

 いつの間にかホーガンの隣で壁に張りついていたギースが青い顔をする。

 そして、三人の恐怖を煽るように、切れた鎖を首から下げたドラゴンが上空を通過する。

 「・・・!」

 ラスタは先ほど射殺した魔導兵の傍らに転がるロケットランチャーを掴むと、機関銃陣地に駆け上がった。

 そして、ロケットランチャーを肩に担ぎ、陣地の周囲に積み上げられた土嚢に身を預ける。

 「ギース君、塹壕内を警戒。」

 落ち着きを取り戻したホーガンがギースに指示を出す。

 「了解。」

 返事をするとギースは銃のグリップを握り、首を動かして周囲に目を光らせる。

 「どんな具合?」

 ドラゴンが飛び去った方向にロケットランチャーを指向し続けるラスタに、ホーガンが聞く。

 「見えなくなりました。」

 「了解、引き続き警戒。」


 そして、暫しの沈黙の後、複数の飛翔音とともにズイーク所属のヘリコプター部隊の編隊が飛来した。

 「ああ、終わったみたいだね。」

 ドラゴンの脅威が完全になくなったことを悟ったホーガンが、空を見上げながら呟く。

 「終わった・・・」

 ギースが兜を外して伸びをする。

 「分隊長、お疲れ様でした。」

 陣地から下りたラスタが涼しい顔で、ホーガンに労いの言葉を掛け、水筒の水を一口飲む。

 塹壕の外では攻撃ヘリの援護のもと、輸送ヘリが降下を始めていた。

 


 その後、ロアン島には帝国の逆襲に対応するための陣地が構築され、戦いの場はテーブルに移された。

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