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戻りし命 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 やあ、久しぶりだね。クラスが違っちゃうとここまで会う機会が少なくなっちゃうなんて、思ってもみなかったなあ。お互い、忙しくなりすぎちゃったかねえ。

 そういえば、この間、家の畑にヘチマの種を植えたんだよ。最初はビニルポットで育てて、後から大きめの花壇に植え替える予定だ。

 ――食べるのかって?

 まあ、それもあるけど、僕んちではタワシとして使うことが多いよ。繊維だけの状態にしてね。自然のパワーとは、やはり偉大なものだよ。

 家での栽培はたいてい一家総出で行う。けれど、弟だけはそれに携わらないことになっているんだ。

 面倒くさいとかじゃなくて、両親の地元に伝わる言い伝えでね。その者が撒いた種が芽を出さないことがあれば、無用の混乱が起こるのを避けるため、栽培に携わらない方がよいというものがね。

 そのいわれとなっている、昔話にこのようなものがある。


 両親の地元では、その昔、あくどい領主から金銀財宝を盗み出す、義賊集団がいたとのことだ。彼らは当初、盗んではすぐにみんなにばらまいていたんだが、あまりに派手にやりすぎて、領主側から追手を差し向けられてしまったとのことだ。

 殺生はしない、が信条であるその集団は、そのうち盗み出した財宝はひとまずどこかに隠し、ほとぼりが冷めてから配って回ろうという算段になったらしい。隠し場所は、金が掘りつくされて閉鎖されてしまった、旧金山が選ばれた。

 葉を隠すなら森の中。金を隠すなら金山の中、というわけだ。目先の欲にくらんでいる領主は、もはや望みの薄い鉱山に割く、時間も労力も惜しんでいることが、閉山の事実から伺える。

 となれば、打ち捨てられた金山の中に入り込むのは、日々の糧に飢えた者たち。死んだ方が楽とさえ思える境遇に負けず、生への渇きを宿した真に強き命。その姿こそ、まさに自分たちが救わんと願う、貧しさにひるまぬ魂たちだ。

 ほとぼりが冷めて、自分たちの手でこれらを配れるのであればよし。しかし、それより前に、その宝を死に物狂いで探し当て、むさぼった者がいたとすれば、それもまたよし。

 義賊たちはめいめい、廃金山のあちらこちらに、つるはしで穴を開けて黄金を埋め込んだ。そして追手を撒くために、彼らは名と姿を偽り、百姓仕事に従事するようになったんだ。

 

 今のままで情勢が変わらなければ三年後、再びあの金山に集うことを決定した一同。各地に散って、それぞれの仕事を始めたんだが、少しおかしい事態が起こり始めた。

 一同のうち、畑仕事に従事していたもの。彼らが撒いた種に限って、いっこうにその芽を出さなかったんだ。他の者たちが携わった野菜は問題なく育つのに、あの黄金に触れた面子のものは、水も肥やしも十分に用意したはずなのに、まったく育つ気配がない。そんなことが何度も何度も続いた。

 その不気味な様子は、周囲の注目をいたずらに集めてしまい、結局彼らは、自分たちのみでひっそりと固まって暮らすようになったらしい。

 彼らはわらじ編みを始めとする、本来は農作業ができない間の副業にするべきことで生活の糧を得ていたが、野菜に関しては文字通り、一向に日の目を見ることがなかった。

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた一人が、二十日経っても音沙汰がない、ダイコンの種を掘り起こそうとしたんだ。

 ところが、いくら掘っても掘っても、撒いたはずのダイコンの種には当たらなかったんだ。一つの穴につき、五、六粒は撒いているのに、その一粒にさえもだ。

 他のものも確かめ続けた彼は、やがてあることに気づく。種を撒いた部分より、一尺ほど潜ったところに、指の先がようやく入るほどの横穴が開いているんだ。それはどの種が埋められた場所も例外ではなかったらしい。掘る時に崩れた土のせいで気づけなかったが、きっと種のもとへ通じる縦穴もあったのだろう。

 モグラの類かと思い、横穴を掘ってみようと試みた彼だが、とてつもなく長い。自分たちの畑を通り抜けても、穴は細く曲がりくねりながら続いている。頭上からはしばしば土が降ってきて、ただでさえ小さい穴の姿を隠してしまい、追跡は遅々として進まなかった。

 あまりに没頭する彼の姿を見かねて、仲間たちは仕事に戻るように説得。彼自身も皆との約束を思い返し、それ以降、野菜は商人から買うことにし、日々の内職仕事に打ち込むようになったとか。

 だが、このおかしな事態は仲間うちで伝えられ、ほどなく一同の知るところとなった。

 もしや、自分たちの正体に関して、アタリをつけている者がいるのではないか。そいつによる警告なのではないか、と判断した一同。

 そうだとしたら、種泥棒は件の財宝に関しても、気づいているのではなかろうか。一度解散した後、尾行などに気を配りながら、彼らは例の廃金山へ集うことに決めたんだ。

 

 細心の注意を払い、約束の日時よりもずっと早く集まることになった面々。彼らは金山の中に侵入したが、ほこりの積もり具合などから判断して、自分たちが入り込んで以降、ここには誰も入っていないであろうことを悟る。

 そして各々、自分の担当した区域の財宝を掘り出そうとしたのだが、例の畑に撒いた種の一件から、全員が抱いていた一抹の不安。それが形を成してしまったんだ。

 彼らが手ずから埋めた、それぞれの宝。それがそっくりそのまま、無くなっていた。当初こそ、仲間の誰かが裏切ってガメたのでは、と騒ぐ者がいたが、先に調べた人の侵入した気配のなさと、埋めた場所よりもずっと深くまで穴が続いていたことで、外部から掘り起こしたという容疑は、取り下げられた。むしろこれは、穴の奥へと吸い込まれたと見て、間違いないだろう。

 野菜を育てようとして、それがかなわなかった者たちは、畑の横穴のことを思い出していた。もしかしたらこれも、同じ犯人のものかもしれない、と。

 今日は人もいるし、時間もある。迷惑を考えずとも、深みに続く穴の果てへたどり着くことができるだろう。

 いくつものつるはしが振るわれ、財宝があった場所よりも更に奥へ。穴の幅を広げながら、腕を潜り込ませていく。時々、休憩も兼ねた見張り役と交代をしつつ、彼らは岩の壁を削り続ける。

 ふと、先行しているひとりがあるものを見つけ、他の者を呼び寄せた。見ると、そこには岩の表面に絡みつく、植物の根っこがあったんだ。

 硬い岩盤の中で張る根。しかし、長年隠れていたにしては、異様にみずみずしい。おそらく根を張って数年はおろか、数ヶ月経っていないのではないか。

 自分たちの誰かが、財宝を隠す際に、衣服についた種を持ち込み、地面に落としてしまったものが成長を遂げたという可能性も、なくはない。しかしそれが、岩の表面ではなく、掘ることでようやくお目にかかれる、壁の中というのはどうも腑に落ちなかった。それこそ、壁の内側から何者かが根を引き込んだりしない限りは……。

 

 ひとりが恐る恐る、つるはしの先で根に触ってみる。根自体の色は明るいが、予想以上に頑強な手ごたえで、周囲の岩と遜色なく思えたという。

 とたん、鉱山全体が揺れ始めた。激しい横揺れで小さい石たちが、天井からぽとぽとと落ちてくる。このままでは生き埋めにされてしまうかも知れない。

 一同は作業を中止。出口めがけて、しゃにむに走り出した。この点は義賊として鳴らした脚力の見せ所で、足場の悪さもなんのその。全員が欠けることなく、鉱山の外へ脱出していたようだ。だが、振り返った者たちは、驚きのあまり声をあげることができなかった。

 

 やや青みを帯び始めた空の下で、鉱山全体が、二の足で立ち上がったんだ。

 これまで土についていた部分が浮き上がり、山全体を胴体に、背伸びをしているかのようだったんだ。その巨体を支えているのは、幾重にも編み込まれた根っこによる、極太の足。

 根っこの足が姿をじょじょに現す。それはそのまま、鉱山の丈が伸びることを指す。根っこの伸びが止まった時、すでに鉱山の頂上は、見上げても見えない位置まで上っていた。

 根っこの足のうち、片方が浮いたかと思うと、彼方の平地に一足踏み出した。根っこ自体が緩衝しているのか、音も揺れも伝わってこない。

 更に一足、二足。鉱山は悠然と、しかし何里もあるであろう一歩を刻みながら、どんどん一同から遠ざかっていく。

 

 唖然とした心地でその光景を眺めながらも、集った彼らはどこか納得していた。

 あの領主に宝を奪われていたのは、何も人ばかりではなかったんだ。この鉱山も、自分が持っていた金を根こそぎされ、打ち捨てられていた。

 貧しき者の中で、一番大きいと思われる図体の持ち主でありながら、これまで省みられることのなかった存在。その手元に、形を変えながらも金たちが戻って来たのだ。図らずも、隠したつもりになっていた自分たちのおかげで。

 行方不明の種たちも、この鉱山が自分たちを追って長きに渡る穴をつなぎ、集めていたのだろう。今、目の前から遠ざかっていく、根っこのわらじを編むために。

 

 生への渇きを宿した真に強き命。彼らは何よりも力強いその姿を見送ると、また各々の生活へ戻っていく。

 廃鉱山が一夜にして姿を消していたことは多くの人のうわさとなったが、その姿を直に見た者は、あの時に集った一同を最後に、誰も現れることはなかったという。



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