虚弱系令嬢は第三王子殿下に保護される
初投稿です!
「ゼェゼェゼェゲホッゴホッ」
「はい、頑張ってシア。あと三メートルだよ」
「ヒューヒュー」
本格的に呼吸がおかしくなってきたアリシアです。一応公爵令嬢をしています。
只今体力作りのために50メートルダッシュならぬ50メートル競歩の最中です。室内で。
勿論、何本も出来るわけないので一本目ですよ。一本目であるにも関わらず既に両膝の大爆笑が止まりません。
半ば倒れ込む様に、というか倒れ込んでゴールです。タイム?そんなのは知りません。走り(歩き)切ったことに意味があるのです。
ゴールすると同時に感動的な音楽が生演奏で流れてきたんですがおちょくってますよね。わざわざ呼び出したんですか?
公爵令嬢的には論外ですが、地べたに寝転がって呼吸を整えていると眼前にタオルが差し出されます。
「うう、ありがとうルイさま」
素直に受け取るとタオルを差し出してきた人物がアリシアの頭を撫でる。
「よーしよし、よく頑張ったねぇアリシア。ご褒美に抱っこしてあげよう」
爽やかな笑顔でアリシアを抱き上げた青年はルイス・アシェル。この国の第三王子殿下だ。
そして、アリシアの今の保護者でもある。
保護者と言っても、たったの三歳しか違わないのだが。
私、アリシアはこの国の筆頭公爵家の御令嬢である。
整った容姿とあらゆる才能を持って生まれた。
これだけ聞くとめちゃくちゃ勝ち組じゃん!と思われるかもしれません。だが、人生はそんなに上手くはいかないのだ。
一曲歌を歌えば喉はかれて酸欠を起こし、十分散歩しただけで息が上がり、夜風にあたると次の日は熱を出す。
つまり私は極度の虚弱体質なのだ。
私のたくさん居る兄弟達はそんなことはない。むしろ体は強いくらいだ。
私だけがこんな体質を持って生まれて来てしまった。
生命線が短いんでしょうかねぇ。幼い頃は何度も生死の境目を行ったり来たりしてましたよ。
チラリと左掌を見てみると極薄の生命線が掌の半ばくらいまでは伸びています。
今が十六なのであと二十年くらいは生きられますかね~。
と、そんな感じなので私が生きていくためには人一倍治療費と言う名のお金がかかります。食費はかからないんですが……。
その上、出産には体が耐えられないだろうということで政略結婚の駒にも使えないしまともな職にも就けないと予想されました。
つまりは穀潰し認定されました。
そして遂に、私が十歳の時に両親から私を親戚の爵位の低い家の養子に出すと宣言されました。
子供のいないお家だそうです。
兄弟はたくさんいましたし、私は真ん中らへんの子だったので特に愛着も無かったんでしょうね。
その宣言は至極あっさりとしたものでした。
私は高熱で頭がボーっとする中、とりあえず「はい」と答えようと思い口を開こうとしました。
その瞬間、我が家の窓が蹴破られました。
それはもう派手にガラスの破片が飛び散りましたよ。幸い、私達は全員割られた窓から遠い所に座っていたので掠り傷一つ負っていませんが。
窓を蹴破って室内に入って来たのは五歳から交流のあるルイさまでした。勿論ルイさまも傷一つ負ってません。
常識を母親の胎内に忘れて来たのでしょうか。
玄関の位置を勘違いしてしまったルイさまは私の両親に向けて爽やかな笑みを張り付けて一言。
「アリシアが要らないなら俺が貰うね」
疑問系じゃないんですね。
そして私の前で両親に私が不要なことを確認するとか。私、心だけは丈夫で良かったよ。
もし私が気弱な令嬢だったらショックでぽっくり神に召されてますよ。
それからあれよあれよと言う間に事は進み、私の住まいは王宮に移りました。
「シア、薬の時間だよ」
そう言ってルイスはアリシアの口に錠剤を放り込み、水を飲ませてやる。
私がルイさまに保護されるようになってからルイさまは私の呼び方をシアに変えました。
王宮に来てから1日の大体の時間はルイさまと一緒に過ごしています。何でも、いつ私の体調が悪化するか気が気でないんだとか。
今はソファーに座ったルイさまの膝の上に座って頭に頬を擦り付けられています。ぬくいです。
恥ずかしい?
何ですかそれ。
私がルイさまの膝から理由なく降りた日には笑顔のブリザードが吹き荒れますよ。
羞恥心は捨てて愛されペット生活をするが吉です。
「よっと」
移動するらしく抱き上げられました。移動は基本抱っこです。
……ん?
「ルイさまルイさま」
「何だい?シア」
「もしかしてこうやって運ばれてるから私は50メートルも走れないもやしどころか枯れ草程も強度がない子なんでしょうか」
ルイさまの笑顔が深まりました。
「歩けるなら問題ないよ。第一、シアが靴を履きたくないというからこうなったんだろう?」
確かに、私は外出時しか靴を履きません。
小さい頃はベッドの上か自分の部屋の中でしかほぼ動きませんでしたからね~。靴を履く習慣があまりないのです。
だいたい何で室内なのに靴を履かなきゃいけないんですか。
「別に履かなくても室内なら問題ないですよ」
「何か踏んで怪我したらどうするの。そこから感染してあの世に直通だろシアは」
「城の中はどこもきれいですよ?」
「万が一があるでしょ」
実際、ルイスの命でアリシアの生活範囲内は過去最高レベルで清潔さを保っている。
彼の側近は「アリシア様結局歩かないんだからそんな厳命しなくてもよくないですか?」と主人に言ってみたことがある。
結果はアリシアが居ないときだったので無表情の上無言で却下された。
ルイスはアリシアの前以外では笑顔を見せない。というか表情を浮かべない。
アリシアが王宮に来る前は何にも関心を寄せず、黙々と自分の任務をこなしていたので、裏では"顔が美しいだけの人形"や"ルイス殿下には心がない"などと揶揄されることも少なくなかった。
ルイスが関心を向けて愛情を注ぐのは後にも先にもアリシアただ一人だ。
アリシアが薬が苦いといったら甘味を自ら与え、何処に行くにも抱き上げて運び、熱を出したら徹夜で看病する。
今のルイスを言葉で表すとしたら、正しく"過保護"と言うのが正しい。
第三王子として生を受け、人の世話とは無縁のはずのルイスがそんな対応をするなんて誰が予想しただろうか。
「はい、あーん」
「あーん。むぎゃっ」
「ははは」
アリシアにピーマンを食べさせて楽しそうに笑っている。
通常のルイスを知っている者は思うだろう。これは誰だ?と。
ルイスの優秀な側近達はそう思ってもアリシアの前で顔に出すようなことはしない。後で何されるかわかったもんじゃないからだ。
「こぉら、シア。好き嫌いせずに食べなさい」
「おいしくないいいいいいい」
アリシアがピーマンがこの世で一番大嫌いな食べ物だということはルイスも知っている。
知った上でたまにこういうイタズラをやらかす。
ピーマンを無理矢理食べさせるとアリシアは半泣きになる。
それでも一生懸命食べきるのだが。
「ぐすっ」
「シアは可愛いなぁ」
ルイスは満面の笑みでアリシアの頭を撫でてやっている。
あんた泣き顔が見たくてやってるだろ!と思っても口には出せない側近達。
ちなみに、アリシアのことを"シア"と呼ぶのはルイスだけだ。
正確には呼べるのはルイスだけと言った方が正しいだろう。
理由は簡単だ。ルイスが他人がシアと呼ぶのを禁止しているからである。
前に、謝ってアリシアのことをシア様と呼んでしまった騎士がいたという。
その騎士はアリシアが寝静まったその日の夜更けに、ルイスの執務室に呼ばれた。
……その騎士の部屋の前には仲間達からの花と線香が供えられたいたらしい。
その騎士は恐怖にうち震えながら執務室に入った。
そこ部屋の中には魔王とその側近二名が居た。
ルイスは何故かアリシアが居ないにも関わらず微笑んでいた。
(こわっ!!真顔よりも微笑んでる方が怖いとか何なんだよこの人)
「君、アリシアをシアと呼んだみたいだけどそれはどういう意図があってのことかな。俺のシアを気安く呼ぶなんて烏滸がましいにも程があるよね」
側近達の目は死んでいた。
(何だこの独占欲の塊…………。驚きの心の狭さだな)
「俺はシアを最大限の親しみと愛情を込めて呼んでいるのに、君なんかに呼ばれたら俺のシアが穢れるだろ」
………騎士には到底理解出来ない次元の話だった。
「シアは自分をペット扱いだと思っているけどね。あんなに愛らしいシアに恋情を抱かないなんてあるはずないよねぇ。俺に感情を与えるのも生きる理由を与えるのもシアなんだから。シアのおかげで俺は人形じゃなくて人間でいられるんだよ」
「とりあえず今回は君に何かをする気はないよ。他への牽制が目的だからね。ただ次はないけど」
「シアには俺だけが居ればいいんだよ。俺なしでは生きて行けなくなればいい」
騎士を自室に戻すとルイスはアリシアと自分の寝床に戻った。ベッドは同じだが勿論清い関係だ。
人の温もりが近くにあった方が眠れるらしく、若干うなされている。
ルイスの微笑みは先程とは違い、穏やかな眼差しでアリシアの寝顔を見つめる。
ルイスはアリシアの隣に横になると頬にかかった髪を払い、額にキスを落とす。
「おやすみ、シア。俺を生かしてくれる人」
その後、その騎士はアリシアと全く関係のない所に配属されたらしい。