REV.5
『アース』。
住民に対して非常に閉鎖的な態度を取り続け、その説明もしないこの街の管理者達に反抗する為に生み出され、活動を続けてきた反政府組織。
その歴史は長い物で、イクスは三代目リーダーらしい。 この街がいつから存在しているのかは判らないけれど、もう半世紀以上活動している組織など今の世界にそう多くはない。
誰にも知らない所で生まれ、誰にも知られないまま朽ち果てて消えていく。 そんな命や、形、在り方ばかりで、孤独と孤独が繋がらないこの世界で、『歴史がある』事を知る事も伝える事も難しい。
親の顔も知らず、生まれた場所も知らず、その意味も知らないまま死んで行く。 そんな命が多い中、受け継ぎ、そして自分が成すべきことがはっきりしている人はいいと思う。 だって楽そうだ。
イクスが用意していた乗用車に乗り込み、三人で逃亡を始めてから数時間が経つ。 今ボクらは高速道路を降り、近くのファストフードショップの駐車場に居る。
運転をしていたのは勿論イクスで、余程暇だったのかそれとも仕事熱心だったのか、彼女はアースについて長々と聞かせてくれた。 ボクは興味無かったのだけれど、助手席に座っているのだから聞こえてしまうのは仕方が無い。
レヴィは後部座席から身を乗り出し、イクスの武勇伝に耳を傾けていた。 彼女は人の話を聞くのが好きだ。 別に、ボクの語る言葉である必要はないらしい。
知識に対して貪欲――。 恐らくそんな意味なのだろう、あのきらきらした瞳は。 何故か助手席で腕を組み、深く体重をシートに預けたボクの表情は浮かないものだった。
「ほら、あんたが一番顔割れてなくて安全何だから早く行ってきなさいよ」
「……お金は?」
「後で払うわ、うん」
その『後』は一生来ない気がした。
オンボロの黒い普通車――何故か元々はイクスの物ではなかったような気がする――を降り、しぶしぶファストフードショップに行く間もボクはずっと考えていた。
自宅にやってきたFRESの工作員。 あれは明らかにボクの所在がばれてしまっているという事で。 ボクがFRESに何をしたのかと言えば、勿論色々やってたわけなんだけど……。 でもきっと狙いはボクじゃない。
判っていたつもりだった。 マンイーターに追われていた彼女を、その巨大な対人駆逐兵器を破壊してしまった彼女を、FRESが放っておくわけがないんだって事。
さらにはイクスのようなわけのわからない人まで出てきて、お陰でボクの仕事場は死んだ。 ああ、死んだ。 思い返すだけで泣けてくる、くそう。
恐ろしく愛想の悪い店員からハンバーガーやら何やらを受け取り店から出る。 接客態度のいい店があるなら是非見てみたいくらいだから慣れているけれど、店から出るとイクスとレヴィが楽しそうに話しているのが見えて何故かいい気分がしなかった。
そうだ、何でボクが使い走りで彼女たちは仲良くお話中なんだ。 おかしい。 おかしいぞ。 ていうか顔が割れてないって、ボク割れてるんじゃないのか。 自宅まで来てたわけだし……。 いや、彼女たち二人の方が『もっと』割れているって事なのだろうか。
イクスはとても気さくな女性だ。 年齢は二十二と言っていた。 一組織のリーダーだけあり、彼女は人の心の壁を飛び越えてしまうような、そんな不思議な魅力がある。 それはわかる。 認めるところだ。
でも、何故あんなにレヴィと仲が良さそうなのか。 レヴィもレヴィだ、さっきまで敵かも知れないとか殺す殺さないとか言っていたのに、もうけろっとしている。
「なんなんだよ、もう……」
イクスはレヴィを人間にする方法を知っているらしい。
それに比べてボクはどうだ。 レヴィに何かしてあげられた事なんて、何一つない。
「…………はあ」
何となく自分が情けなくなった。
「おーい、少年! 何ぼーっと突っ立ってるのよ。 お姫様が食べ物所望よ、早くして」
「……判ってるよ、もうっ!」
思い切り言い返して駆け出した。
そうだ、それでいいじゃないか。 厄介事はイクスが何とかしてくれる。 ボクは所詮子供なんだ。 戦う力もないし、世の中の事も知らない。
腑に落ちない胸の奥のどろどろとした感触に必死に言い訳をする自分自身。 この気持ちをボクは良く知っている。 知っているからこそ、認めたくなかった。
そういう事の一つや二つ、あるものでしょう? 男の子ならば――。
REV.5
「しかし、よく食べるわね、お嬢さんは……」
レヴィはハンバーガーを四個も五個も食べて、今は指先をぺろぺろ舐めていた。 頬にケチャップやら何やら付いているので、ボクはナプキンを渡す。
イクスが驚くのも無理はない。 ボクだって知らなければ今度肝を抜かれていたところだろう。 本当にあの細い体の何処にあれだけの食料が入っていくのだろう。 不思議だ。
イクス、レヴィ、ボク。 三人の旅は未だに続いていた。 イクスがどこに向かっているのかはまだ判らなかったが、進行ルートを見る限り、決して真っ直ぐではない。 時々裏道や全く関係の無さそうな道へ寄り道し、じぐざぐに進んでいる。
その理由は恐らくFRESの監視を潜り抜ける為なのだろうけど、彼女はどこでそれを知ったのだろう。 時間がかかるお陰で話す時間は増えたわけだが。
「それで、イクスはどうしてうちに来たの……?」
そこは大事な部分だ。 勿論、イクスが敵ではないと判断できる要素は今の所多くはない。 兎に角あの場所から離れたかったと言う理由は大きいが、こっちだって全部イクスの事を信じたわけじゃない。
ただ、レヴィは後部座席に隠れながら座っている。 彼女は常にイクスを背後から殺せる位置に居る、という事なのだろう。 どんなに呆けているように見えても、レヴィはレヴィ。 危険が迫れば咄嗟にイクスの首を刎ね飛ばすだろう。
とにかく、レヴィが居る限り安全は確保されていると考えていい。 となれば、むしろ知識的にボクらよりも抜きん出る彼女に解説を頼んでおくのが得策だろう。
「あんた――ウラの家の場所がFRESに知られてしまったからよ。 REVの持ち出しに協力した人間ではないかってあんたが疑われてるの」
「それは、ウラとしてではなく、Ashとしてって事?」
「そう。 あんたFRESのサーバー内に『足がかり』作ってたでしょ? 多分仕事がしやすいようにだろうけど。 この間一斉に内部の調査が行われてね、多分そこで引っかかったんでしょ。 タイミング的にもREV喪失直後だし、疑われて当然でしょうね」
確かにFRESにもOZにもボクは足がかりを残している。 でもここ数年間ずっと誤魔化せていたはずだ。 相当神経を削って作り上げたルートが発見されるなんて事、考えたくはなかった。
見つかるという事さえ初めてなのに、自宅に踏み込まれるという事は逆探知もしっかりされたという事だ。 悔しいが自分より上手の技術者が居ると見て間違いない。 流石はFRESという事か。
「それじゃあイクスは……」
「そ。 あんたを助けに行ったわけ。 尤も、部屋に到着した時にはすっかり荒らされていたわけだけど」
煙草の煙を吐き出しながらイクスは笑う。
しかしちょっと順序が不思議だ。 イクスが来るよりも前に破壊されていたのに、FRESの工作員はボクらより後に到着した。 壊したのはFRESではないのだろうか? だとしたらFRESとしては完全に予想外の展開だったろう。 レヴィどころか、第三者であるイクスに邪魔をされ、しかも部屋に後で入ってみればボクもレヴィもいない上にデータ類が蓄積されたボクのマシンは全滅だし。
何はともあれ、イクスはボクらを助けようとしていた。 そこがポイントだ。 そして彼女はFRESの敵でも在る、という事。
「イクスが助けようとしてくれたのはわかったよ。 でも、イクスはどうしてあそこに?」
「FRESがガサ入れするって情報を入手したからよ」
彼女の答えにボクは納得しなかった。 もし本当にそうだとしたら、ボクの本名である『ウラ』という名前を知っているはずがないのだ。
ネット上ではAsh――。 でも彼女は初めて会った時、ボクの名前を口にしていた。 事前にあそこの住人がボクであるという事を知っていたのだ。
自慢じゃないけど周辺住民との交流は皆無なので、ボクの『ウラ』という名前を知っている人間はあの辺りには居ない。 FRESはあくまでAshを捕らえに来たのであって、ウラという名前は知りもしないはずだ。
腑には落ちないが、とりあえず混ぜ返すのはやめておいた。 どちらにせよイクスが怪しい事には変わりないのだ、これからも警戒すればいい。
「それで、イクスはREVについて何を知ってるの?」
本題に入ると、イクスは顔を顰めてちらりとバックミラーに視線をやる。 レヴィはハンバーガーを頬張りながらも、鋭い視線でイクスを射抜いている。
「そ、その話は後にしないかしら」
「はっ?」
「だ、だから……REVの話は後にしましょうよ。 ね?」
ボクは再びバックミラーに視線をやる。 すると、レヴィが段々とイクスに近づいているのが見えた。
思わずぎょっとしたのには勿論理由がある。 レヴィは口の周りがケチャップだらけでとてもコメディな様子なのに、目だけが殺意に満ちているのだ。 ゆっくりと伸ばされる指先がイクスの首にかかったとき、どうなるのかあまり想像したくないっていうかイクスが死んだらこの車事故るんじゃないですか。
「ちょ、ちょっと……!! レヴィ、口の周りがケチャップだらけだよ! 気をつけようね!!」
「んぐ……はい」
慌ててレヴィの口周りをケチャップでナプキンが……ああ、くそう! 落ち着けボク!
「と、とにかくREVについてはここで話してもしょうがないから、ちゃんとした施設のある場所に行くわよ」
「そうしよう! レヴィ、ボクの分も食べて良いよ!」
「本当ですか!? では遠慮なく頂きます!」
食べている間だけは静かというか……。 後部座席のレヴィがにこにこしながら食べているのを見て、ボクとイクスは安堵の息を漏らした。
「助かったわ、少年」
「急に死なないでよ……? ボクらの命が係ってるんだから」
「そうね。 お互い、まだ死にたくないでしょう?」
乾いた笑みを浮かべるイクス。 ボクらの間には妙な連帯感が生まれようとしていた。
「――――無人、か?」
反政府組織『アース』、その本拠地と思われる場所にゼンとマリーが到着したのは数分前。
警戒しつつ捜索を続ける二人の間にあった共通した認識は、やがて奥へと進むに連れ明白になっていく。
その場所は地下鉄の線路、その壁を潜った地下空間にあった。 広がるのはひたすらに闇。 人の気配は感じられない。
持ってきたライトが照らす微かな明かりだけを頼りに二人は進む。 拳銃とライトを片手ずつに構え、警戒して進むゼンが前方、その後方にぴったりとくっつきマリーが随従する。
緊張感のある空気が流れるのは当然であったが、二人の間にはそれよりも疑念の方が強くあった。 地下鉄の線路周辺はまだ微かに明かりが存在していたが、本陣に近づくにつれどんどん明かりは少なくなり、今となってはライトがあっても前後不覚に陥りそうな深い闇に覆われている。
人が生活しているような風には見えない上に、歩けば舞う埃。 場所は確かにあっているはずだと何度も確認するマリー。
やがて二人が辿り着いたのは、確かに人の手が加えられていた様子がある扉だった。 尤も、随分と長い間開いた形跡はない。 捻るだけで軋むような音を立てるドアノブを強く引き、扉を開放する。
無人。 しかし、そこには確かに生活の痕跡が見受けられる。 確かに広い部屋ではあったが、しかし組織の拠点というには余りに狭い。
警戒すべき物が存在しない事を確認し、ゼンは銃を収める。 電気は既に通っていないのか点くことは無く、ゼンはライトで周囲を照らす。
「ここがアースの本拠地ってのは本当なのか? 人が暮らしていた形跡さえないぞ」
「……そのようですね。 すみません、ちょっと確認してみましょう。 そもそも、何故アースが今回の事件に関わっていると判断したのか」
「ここが一番可能性が高かったんだろ? 『アース』は実行犯だと判断していたはずだ。 それがどうしてこうなる? まるで蛻の殻だ」
「――アースが結成されたのは今から六十年ほど前。 当時、街の外に出てみたいと考える若者が集まり結成された組織で、この辺りの反政府組織の中では最も歴史のあるものです。 特に六十年前の当初は勢力も大きく――当時はそうした反政府運動が盛んだった時期という事もあるのですが――。 ともかく、アースという組織はその当時から政府の敵でした」
「街の外に出たい、か……。 まあ、当然といえば当然の要求だよな」
腕を組み、過去に思いを馳せるゼン。 この世界が自分の目の届くだけの高さしかない空で、それが作り物で。 そして広い広いと思っていた街を、大人になるにつれ少しずつ狭いと感じるようになり。
言葉に出来ない、言い用のないどこからかやってくる焦りのような物に駆り立てられ、ただただここではないどこかを目指した……そんな時期がある。
この街に生きる子供ならば誰でも一度くらいは考える。 この街は余りにも完成してしまっている。 もう、変化のし様がない。 誰もが与えられた役職をこなし、力関係は永遠に変わる事がない。 個人個人の間での変化すら乏しいこの街が、大きな変化を迎える事などこの先来るのだろうかと疑問に思う。
それはつまり、生まれた瞬間から世界に恵まれなかった子供たちは、それから一生恵まれないまま生きていくしかないという事。 与えられた力だけが全てで、自分で幸せを掴み取る事がとても難しい世界。
夢を抱えるのは無謀だと大人は語り、子供はいつしか自分の限界をする。 世界の大きな流れに身を任せ、あとは与えられた役割に徹するだけ。
「……そうでしょうか? ゼン君は、街の外に何があるのか知っているの?」
「さぁな。 だが、そいつを知りたいと思うのは悪いことじゃないだろ? 俺もガキの頃を思ってた。 世界の『壁』の向こうに何があるのか、この目で確かめたいってな」
「知ってしまったら後には引けない事もあると思います。 知らない方が、幸せな事も……」
埃だらけの無人の部屋を見渡し、マリーは小さく呟いた。 その言葉の向こうにどんな意味があるのか、あえてゼンは言及しない。
「この組織の連中は、大人になってもそんな夢を忘れきれなかったんだろ。 そして遠いどこかを目指した……。 だから今、こうして終わってるんじゃねえのか」
誰かの手により滅んでしまったのか。 それとも自分たちで夢を追う行為に幕を引いたのか。
どちらにせよ、今ここに夢を追う人々が居た形跡は残されていない。 とっくの昔に打ち捨てられた夢の残骸――。 テーブルの上をゼンの指先が撫で、埃がそっと積もる。
「何はともあれ、上はこの事態を予測していたのかも知れませんね」
「どういうことだ?」
「だからこそ、私たち二人だけの人員で確認業務だったのでは?」
「じゃあ、どうして俺たちはこのアースって組織を確認する必要があったんだ」
「…………犯行声明があったそうです。 アースのリーダーを名乗る人間から」
何故かマリーの言葉が歯切れが悪かった。 まるでその事実を認めたくないかのように。
しかしその言葉のお陰でゼンにもある程度の想像がついた。 つまりはこういうことである。
「アースが潰れた事をFRESは知っていた――つまり、何らかの形で関与していたと。 そして潰したはずの組織が今、極秘兵器を奪って逃げたと言って来ている――」
「今、何故か再びアースを名乗る人間が現れたという事。 そう、それが本物のアースなら、どれだけよかったか……」
ぎゅっと、抱きしめたパソコンを握り締める力を強めるマリー。 それは判りきっている事実を一つ一つ確認するような、余りにも無駄な動作に見えた。
けれどもゼンはそれを否定しない。 気持ちが判るから。 そう、人間は判りきっている事実から目を逸らし、いつまでもそこから進めない事が多々存在する。
だから一つ一つ確認し、納得させていかなければならないのだ。 そうしなければ、いつしか心の中の蟠りは自らの心さえ壊してしまうから。
「……いくつになってもガキだな、俺たちは」
「うん? 何か言った?」
「何でもねえ。 しかしだとすると……その犯行声明をした奴をとっ捕まえるしかないな」
「はい。 振り出しに戻ってしまいました」
途方に暮れる二人。 しかしマリーには秘策があった。 いや、こうなる事を事前に予測していたのだから、打開策を練っておくくらいは当然の事。
「だからこそ、私たちはあれを取り戻さなければならない。 あの……世界を変えてしまう力を。 ゼン君、手伝ってくれるよね?」
「……仕方がねえ」
煙草に火をつけ、微笑んだ。
「それが仕事だからな」
「うん、期待してる。 それじゃあまずは――出来る事から始めないと」
決意を宿したマリーの眼差し。
理由は知らずとも、それには手を貸してやりたいとゼンは思う。 それは一生懸命に生きている人間に対する賞賛なのか、それとも……。
未だに振り切れない過去から逃げるように、ひたすらに進もうと努力するマリーの様子に、自分と同じ物を感じ取ったのか。
「行くぞ」
部屋を後にするゼン。 戻れないのならば、もう戻りたいとは願わない。
その夢の終わりを踏みつけ、男は静かに歩き出した。
「――――で」
OZ社ビル。
FRESのほぼ反対側に位置する場所に聳え立つこの街の二つの力の象徴。 そのうちの一つがボクたちの目の前にあった。
ひたすらに長い階段、その向こう側にOZの入り口が見える。 行き交うサラリーマン風の人々の中、ボクら三人は異様に浮いているように見えた。
「さ、入るわよ」
「ちょっとストップ!! な、なんでOZなの!? FRESと敵対している会社じゃないっ!! まさかボクたちを売り払うつもりなんじゃ……」
「身の安全は保障するわよもう……保障します」
レヴィが何やら物凄く冷たい目でイクスを見ているのに気づき、ボクらは手を取り合って仲良しムードを演出する。 そうでなきゃ彼女が死ぬ。
「理由は単純明快よ。 FRESはREVを使って悪い事をしようとしているの。 それから匿うのなら、同じ力を持つOZは最適でしょ? それにREVを調べるには相当な施設が必要なの。 FRESに行く以外、状況を打開するにはここしかないわ」
確かにイクスの言っている事は尤もだと思う。 けれどOZに対してボクはいい印象を持っていないし、イクスの事も信用できたわけではない。
ちらりとレヴィを振り返ると、彼女はボクの言葉を待っているように見えた。 じっと、ボクを見つめて黙り込んでいる。 彼女は指示を待っているんだ。 きっとそう……マスターであるボクの。
「…………レヴィ」
「はい」
「これからもしかしたら危ない事になるかも知れない。 それでも構わないかな?」
「……それは、私の台詞です。 宜しいのですか、マスター?」
「うん」
頷く。 出来る限り前向きに、憂いを払うように。
「約束したからね。 君を人間にする手伝いをするって。 残念だけとボクと一緒に居たところで君にしてあげられる事なんてない。 状況を変えなきゃいけないんだ」
そう、ボクに出来る事なんてない。 だから専門の人間に任せるのが一番なんだ。 そんなのはとても当たり前の事だ。
それでも彼女が心配で、傍についていてあげたいと思うのは、突き放すように見捨てる自分自身が嫌だからなのか、それとも本当に彼女のマスターになったつもりで居るのか。
どちらにせよ馬鹿馬鹿しい事だ。 彼女のマスター『ウラ』はボクではなく、そして彼女もまた『ボク』ではない。 だから全ては自己満足。 ここに居ても意味なんかないボクの我侭だ。 それでも。
「――はい。 ウラがそう言うのであれば、私はどこまでも付いて行きます」
彼女がそう無邪気に笑うから。 もしかしたらボクがここに居る意味もほんの少しだけ在るのかも知れないと、期待してしまう。
「ふうん……?」
「な、なんだよ」
「べっつにぃ? ま、ともかくマスターの承認も得られたんだし、入るわよ? 大丈夫、期待は裏切らないわ」
にやにやしながら先に歩いていくイクスを追い、歩き出す。
振り返ればレヴィは何も考えず、安心した様子でボクの後ろを歩いている。
その無邪気すぎる、無防備すぎる表情の正体がボクに対する信頼である事に気づいた時、ボクは少しだけ自分が情けなくなった。
「急ごう、レヴィ!」
手を取り駆け出す。
そうだ、今自分に出来る事をしよう。 自分が彼女に必要とされているのならば、せめて。
それが例え、偽りのマスターだったとしても……。